ブレイン・ストーミング最前線 (2002年6月号)

北東アジア地域協力の意義と戦略

深川 由起子
ファカルティフェロー

今日の私のお話は小渕首相(当時)がご存命だった頃、中国の江沢民主席、韓国の金大中大統領とで北東アジアの経済交流について共同研究を行おう、といって始まった壮大なプロジェクトの報告の一部にあたります(ここで北東アジアは日本、中国、韓国、台湾を指します)。北東アジアの成長力を日本が今の危機から脱出するきっかけとして捉え、産業構造調整の中にその成長のダイナミズムを取り込んでいけるのではないか、それは産業空洞化論などとは別なのではないか、ということが提起したい問題です。

まずわれわれは、1997年のアジア通貨危機以降、東アジア経済の中心が東南アジアから北東アジアに移ってきたことを認識しなければなりません。東アジアの実質経済成長率推移をみると(図1「東アジアの実質経済成長率推移」)、通貨危機以降の韓国、香港がASEAN(東南アジア諸国連合)―4に比べてはるかに劇的に回復していることがわかります。ASEANはなかなか立ち直れていません。またわずかこの3~4年の間に、日本や台湾からの産業移転を含めて中国の産業集積は急速に進みました。日本では空洞化論がジャーナリズムを賑わしていますが、韓国では中国が工業化するから韓国が空洞化する、という議論は少ないんですね。その理由として、韓国は今のところは中国との間に分業的な構造をつくりつつあって、その調整の中でフルセット型の産業構造を捨てきたため、韓国の方が中国の成長に自信をもっている、という現象があげられます。

北東アジアの地域的特性は東南アジアと比較して際立っています。1つは冷戦が依然として残存している地域であること、そしてそれ故にフルセット型の自立的産業構造をつくろうとしていたということです。その結果、産業基盤は非常に厚く地場企業のプレゼンスが大きいのが特徴で、中国と韓国は圧倒的に地場企業の売り上げや上場比率が高いのに対してASEANでは外資系が上位を占めます。これは北東アジアの豊かな人的資源と教育水準の高さ、特に理工系人材の供給源が大きいといったことが要因であると思われます。

このような地域特性を前提とすると、生産拠点として、技術を売る市場として、人材を獲得する市場として、いろいろな可能性が考えられるのではないでしょうか。

まず生産拠点の市場としては、日韓中は産業構造がかなり似ています。それも担い手として、地場企業が強くしっかりしていることを考えると、今後、産業調整をする場合には、M&Aや企業間の連携が、グリーンフィールドからの直接投資に比べてますます重要性を増すでしょう。

次に産業基盤がしっかりしているということは、技術市場としても有望です。たとえば、90年代からの日本の技術輸出先としてはアジアが既にアメリカを上回っているのです(図2「日本の技術輸出における北東アジア」)。従って地場企業を相手としてさまざまなアプローチの可能性――技術販売提携、OEM(Original Equipment Manufacturing)調達、ブランド供与、研究開発協力、戦略的提携――などのオプションが考えられます。反面、知的財産権侵害は大きな問題で、技術輸出先としては有望ですが対策を怠るとやっかいな地域でもあります。

最後に人的資源市場としては、日本はまだ十分に活用できていません。空間的に距離が近く人が動くときのコストが比較的安いということ、日本人以外は外国語学習能力が高くコミュニケーションコストという点からも大きな潜在マーケットでしょう。何となく概念が伝わる「漢字文化」もあえて捨てるのはもったいないと思います。

消費に関しては、高度経済成長で中間層が厚くなり消費が非常に盛り上がって早いスピードで展開する、というよく似たパターンがみられます。この地域は人口動態的にも雁行形態になっていて、高齢化のビッグウェーブが日本を筆頭に続いて行きます。将来的に日本を中心に高齢者の成熟マーケットができて統合が進むと、日本にとってやりやすい市場になるかもしれないのです。

ただ、経済統合が進むには大きな変化が必須で、フロンティアの技術に向かって抜本的に産業構造を変えていく力があるのは、今は日本しかありません。日本が自国の成熟したハイエンド市場という強みを発揮して、うまく産業構造を転換していければ、むしろそれ自体が北東アジアの統合への突破口を開いてくれるのではないでしょうか。1)日本の伝統製造業のシステム化であるハードとソフトのインターフェイスは日本が依然として強いですし、2)感性型ソフト産業については、アジアとの分業はあっても日本的な感性は残るでしょう。3)高齢化需要に対応した市場は人口動態的に日本が高齢化のトップを走るため国内に集中し、多様なサービス需要を秘めています。4)環境保全についても、経済成長が加速しているときは環境よりも明日の豊かさが優先され、機械技術的にもハイレベルなものが要求されるので日本が簡単に追いつかれる状況にはありません。結局、上述1)から4)は実は放っておいても日本に自然な優位性があり、しかも輸入で脅かされることもほとんどありません。このような分野に日本が重点を移すと産業構造変化が進み、アジアにもキャッチアップの余地が拡大し、アジア市場が拡大すると考えられます。

記憶媒体など高精度な中間財の競争力は残りますし、自動車やロボットのシステム産業部門、電子マネーや交通システム、GPSなども強い分野です。北東アジアの生産基盤が充実していてキャッチアップするだけの能力があるというのは、安いハード部品を柔軟に調達できるという点で日本にとっては大変恵まれている条件です。すなわち、北東アジアをうまく分業体系の中に巻き込んで、日本型の分業システムを構築すれば、強い競争相手は強い同盟者になるのです。たとえば、九州から釜山を通って中国東北地方までの地域というのは世界の五大自動車メーカーが全て工場をもっている一大産業集積地帯になります。こういった要素をうまく組み込めれば、日本と中国のマーケットは大きいので補完しながらの分業が可能なのではないでしょうか。

いわゆる「空洞化」とならずに分業がダイナミックに進むためには当然、どこかに日本の優位確立を求めなければならないわけですが、これは全体設計やモジュール化される生産ユニット間のインターフェイスにあるのではないかと考えています。恐らく非常にアナログ的な精緻な熟練世界と、オープン・アーキテクチャー化される世界との2つに分かれるのかもしれません。

IT関連ビジネスやデジタル化は日本が出遅れたために、韓国、中国との関係はむしろ水平的といえるでしょう。特にデジタル系の人材は韓国や中国の方が若年人口がまだ多く、旺盛なベンチャー意欲をもっているので、そういう人たちにハイエンド市場である日本で実験・成功してもらい、ビジネス・モデルを自国に広げてもらうのも悪い戦略ではないと思います。これによって北東アジアに共通のモデルがたくさんできれば、地域の統合度は増します。

北東アジアの物流構造は今後10年間のうちに一変します。韓国も中国も凄い勢いで空港と港湾のインフラ投資を進めていて、それぞれその周りに自由貿易都市のようなものを形成しようとしています。たとえば釜山港では、24時間通関はもちろん、通関システムなどを洗練して時間短縮を図る、といったソフト面での対応が進み、中国が深海港に恵まれないこともあって釜山で大型の船から荷物を詰め替えて中国向けの小さい船を出す、というハブ機能を既に担っています。優秀な人材集めも強化しており、最近決めた特別ビザは、突然韓国にやってきた外国人バイヤーでも「これは商売になる」と自分で商売を始めようと思った瞬間から5年間韓国に滞在できるというものです。

こうしたなかでは、日本は技術的にハイレベルで、フロンティアを有しているという優位性が依然としてあるとはいっても、グローバル対応では大きく遅れをとっているわけです。通信やバイオといった知識集約産業はデファクトであれデジュールであれ、どれだけ自分が標準や技術の中心を担うかを考えていなければなりません。地域の中で積極的に制度的イニシアティブをとれなければ取り残されていくでしょう。言い換えると、日本の基礎設計が北東アジアで通用するように制度の整備を進める戦略こそが場当たり的「空洞化」対策を超える対応だと思うのです。

日本のこの10年を経て、アジアの日本に対する期待が極端に低くなっているという現実も直視すべきです。日本自身が産業構造転換について強い決意をもたないと日本のイニシアティブは発揮できません。日本自身が北東アジア地域の自由貿易(FTA)や地域協力に対してどういうビジョンで臨むのか、構造改革の中でのコンセンサスをどう図るか、それを示さない限り、相手には伝わりません。FTAはどの程度制度化された枠組みをつくっていくかによって、内容も結果も変わってきます。また、単なる「人民友好」でいいのか、時間軸についてどう考えるかなど、グローバル化対応への課題は山積しています。

質疑応答

Q:

欧州統合のようにアジアにFTAをつくれば少し光が見えるのではないか、という期待が海外にはあるのではないでしょうか。今後、10~20年についてどのような見通しをもっていらっしゃいますか。

A:

今は、日中韓の三国一斉にやるのか、日中・中韓・日韓の二国間をどう先行させるのかを決めるべき時期だと思っています。まず、日韓は制度的に似ているので政治的なものや農業問題以外では比較的取り組みやすい相手です。中韓は「途上国」水準でWTO二十四条をクリアしていけば道は開けるでしょう。とすると、日中の間が最も微妙であり、最後になると思います。

実際、日韓中を一度に、というのは世界貿易に与える影響が大きいので、大変でしょう。最大の問題は、空白地帯である日本がどう考えるということですが、議論自体が国内で真剣に試されていないということが問題です。

最後に、台湾ですが、台湾サイドには非常に関心はあります。しかし、経済に関しては、窓口を国家単位で考えている限り現状は厳しく、日本がそれを侵してまでイニシアティブをとることは政治的にないだろうと思います。

※本講演は4月12日に開催されたものです(文責・RIETI編集部)