政策シンポジウム他

動きはじめたビジネス支援図書館~図書館で広がるビジネスチャンス~

イベント概要

  • 日時:2002年9月23日(月・祝)13:00~18:00(開場12:15)
  • 会場:一橋記念講堂 東京都千代田区一ツ橋2丁目1番2号 学術総合センター2階
  • 基調講演「東京都におけるビジネス支援図書館政策」

    乾 敏一 (東京都産業労働局産業政策部部長)

    ただ今ご紹介をいただきました、東京都庁の乾と申します。都庁の産業労働局というところで、産業政策を担当させていただいています。本日は、東京都の産業政策の重要な柱のひとつとして位置付けられているビジネス支援図書館について、その内容のご紹介をしたいと思います。基調講演という、立派な題目をいただいていますけれども、いろいろな理論を述べるのではなくて、この6月にTOKYO SPRingという名前で丸ノ内に開設されたビジネス支援ライブラリーの内容について、今後の議論の題材を提供するという意味で少々ご披露いたしたいというところです。

    産業活性化における自治体の役割

    さきほど、オープニングスピーチの方が、わが国の経済が長い間、バブル以降の長期低迷を続けているということをお話されていましたが、東京都も例外ではなく、この10年あまり大変経済は低調な状況が続いています。特に中小企業の現状というのは、大変厳しいものがあるわけです。地域の経済政策、産業政策を考えるにあたりまして、特に自治体の役割というのは、やはり中小企業の動向を注視し、またこの中小企業がうまく発展をするような、いろいろな基盤を作っていく、というのが主眼になっているわけです。長期の経済低迷の中で、なかなか発注が確保できない、さらには、大企業が調達を多角化するなかで、従来の安定的な発注を確保できない、ということもあります。何よりも産業の空洞化の話を聞かれたことがあると思いますけれども、大企業を中心に、グローバリゼーションの中で海外展開を盛んに進める中で、従来の親企業、大企業に依存して、中小企業が仕事を維持してゆくということができなくなってきています。こんな事情は特に顕著に、日に日に強くなってきているわけでありまして、中小企業がその中で生き残っていくためには、自らの技術開発、研究開発や、商品開発、そういった努力をし、自立化の道を探ることが大事になっている、というのが現状です。それに、自治体の産業政策当局もどういう基盤を作っていくのか、それが大きな任務として強くなってきているということです。

    特に、地域の雇用を確保するという観点からもこれは大変重要なポイントなのですけれども、完全失業率は日本全体で、最近では5%半ばで前後しているようです。特に東京都の場合ではそれよりもさらに悪く、直近の今年の4月から6月では、6.1%と、これは昭和30年以降だと思いますけれども、一番悪い失業率の記録をだしていて、これがなかなか改善される方法が見えない、というのが現状です。

    そういった中で、どのように産業の活性化をしていくのか、これが自治体の場合、先ほど申した中小企業に焦点を当てた政策ということに、どうしてもなっていくわけです。その方法を考えるにあたり、やはり日本全体もそうであるように、新規の創業、さらにはベンチャービジネス、中小企業の活性化というものに着目をして、いろいろな方策を開発する必要が出てきた、ということです。特に先ほども強調されていました、新規開業率が、バブルの前後から廃業率を下回って、どんどん企業の数が減っていくという状況が10年以上続いているわけですけれども、東京におきましても、平成3年から8年ぐらいの数字で見ますと、開業率が3.5%に対して、廃業率が7%ぐらい、というように相当に大きなギャップが出て、その状態が続いています。

    そのような中で、いかに産業を活性化し、中小企業を、ベンチャー企業を含めて開業の促進をしていくのかがおそらく大事な方向となっていくわけです。創業の増加、さらにはそれを通じて雇用の確保、というものを目指して、政策を講じていく必要が益々強くなっています。東京都が2000年に、ちょうど今の石原都知事が就任した後ですが、中期のビジョンをとりました。これは産業ビジョンだけではないのですけれども、東京構想2000といっています。そのなかで開業率につきまして、先ほど申しました、3.5%の開業率を中期的5年ぐらいに2倍の7%まで何とか引き上げたい、かなり野心的な数字ではありますけれども、これを目標にいろいろな政策支援策を講じているところです。

    知的情報資源の拠点である図書館

    創業支援については、いろいろな国の中小企業政策を含めて、いろいろな政策プログラムがあります。東京都においても、中小企業総合支援センターがあり、国の中小企業支援の一環として、これまでの政策の再編をし、より選択集中をして、力強く講じているわけですけれども、それだけではこの創業支援は十分ではなありません。

    そこで昨今、いろいろな創業に対するネックの中で、一番大きなネックになっているのは情報の問題なのですが、地域には図書館という知的情報拠点があるということに改めて気が付いたというのが現状です。浦安市の図書館を始めとして、全国各地でこの取り組みが具体的に行われてきているわけで、東京都も、遅ればせながらといいますか、ほぼ同時期にといいますか、この知的情報拠点である図書館をこの地域の産業政策にどう結び付けていくのか、それを結び付けていくことが、情報格差の是正や、創業、開業、第二創業の支援につながる、また産業全体の活性化につながるのではないかと、改めて位置付けたというところです。つまり創業の増加、産業の活性化につながる、ということです。

    情報格差の是正と申しましたけれども、これは中小企業総合事業団の調査をそのままお借りしているわけですが(資料参照)、データやノウハウなどに関する情報面からの支援が大変重要であるということです。創業において何がネックになるのかというのはもうご想像がつくように、1番目の資金の問題を別にすれば、複数回答ですのでかなり多くなっていますけれども、いずれも情報格差を埋めること、これが大変大きなニーズとなっているわけです。情報格差の是正というのは、特に中小企業の場合、先ほども申しましたけれども、当然、やはり大企業、親企業に依存をしていて、いろいろな情報を与えられ、また、研究会、その他の資源も提供してもらっいたという長い間の経緯もありますし、また何よりもいろいろなネットワークに限界があります。資金面でも資源の面でも限界があるわけで、この入手が困難な情報にアクセスすることが大変難しい。ましてやこれから個人で又はグループで起業しようという方にとって、どこに適切な情報があるのか、もちろん情報は溢れているわけですけれども、その中に有用な情報はどこにあるか、アクセスする方法が大変重要になってきているわけです。

    これを埋めるものが、知的情報拠点であるというのは、ご想像のとおりです。さらにひるがえって、このデータも同じように中小企業の情報ですけれども(資料参照)、やはりアメリカやヨーロッパ、ヨーロッパは少し日本と似たようなところがありますが、特にアメリカと比較をすると、創業しようという個人個人の取り組み、企業におけるビジネスマンの会社員としての取り組み、意欲の面で見劣りがするというのは事実です。これはそもそもこれまでの日本の産業構造なり、政策的な産業政策というものの結果ともいえます。こういう意味で、アメリカを始めとして、先進国での創業を考えている人の割合というのを、単純なアンケートかもしれませんが、比較をしてみますと、日本はずっと下位のほうにあるのです。

    これは教育面、その他いろいろな総合的、複合的な理由はあるのだと思いますが、たとえば、やってみたがうまくいかなかったというモデルなり、そういうやってみるためのきっかけ、これがなかなかすぐ目の前にない、周辺にない、ということも理由の1つであると思われます。政策当局とそのような情報を伝える工夫をしながら、このチャンスを創業を志す人、もしくは個人個人の周辺に提供すること、これが大変大事になってきているのではないかと考えます。これもまた、各種の行政政策とタイアップをして、知的情報拠点である図書館が市民の周辺に手近なところにあるわけですから、これがその面でも利用可能だということがわかれば、創業機運の醸成にも大変役に立つのではないかということが容易に想像できるわけです。

    TOKYO SPRing-東京都ビジネス支援ライブラリーについて

    私ども、6月にTOKYO SPRingというビジネス支援ライブラリーを立ち上げるにあたりまして、いろいろな関係方面、利用者と考えられる人たち、想定される人たちにアンケート、またはヒアリングを実施いたしました。それでどういう人がこれを利用するのかということで、4つぐらいの類型を考えました。まず、これはある意味では当たり前ですけれども、これからベンチャービジネスを立ち上げるということではなくて、自立、さらには発展を目指して、また新規分野の展開を図るための技術に自信を持つ、もの作りの企業が考えられます。2番目に中小企業の営業マン、これはあえて具体的に挙げましたが、実際営業活動をする方はいろいろな面で刺激があり、自らそういうものに取り組みたいと思うでしょうし、またその営業に関しての手助けになる情報が欲しくなるだろう、当然ニーズがあるだろう、と考えました。また3番目がそのものずばりで企業をスピンアウトして、創業する社員で、4番目はSOHOで現にITビジネスも含めて、ビジネスの展開を図っている人たちです。やや個別具体的ではありますけれども、こういう類型の想定をいたしました。

    ビジネス支援ライブラリーは丸ノ内の東京商工会議所のビル1階にありますが、6月末の開館以来、これまでのところ、おかげさまで想定どおり大体週に200人を超えるペースで入館者があります。しかも、単に初めて訪れる人だけではなくて、半分ぐらいがリピーターというのが現状です。また、入館者の内訳も70%を超える人たちが企業の社員や、創業を志すという意欲のある方であり、私どもが事前に想定をした方がビジネス支援ライブラリーを利用してくださっているわけで、大変頼もしく感じているところです。

    専門家の皆さんの前ですが、これは東京都や東京商工会議所で思いついたアイディアではありません。海外での先進的な例があります。たとえばアメリカのSIBL(科学産業ビジネス図書館)です。このニューヨーク市の図書館もこのような取り組みをすでに始めているところです。これは、連邦や州、また個人や銀行その他の企業の助成を基に運営がなされているニューヨーク市の公立図書館の別館的な存在です。これはアメリカの中でも有数のビジネス支援の実践図書館であるといわれています。私どもも調査員を派遣して勉強して、内容も分析をして、それを活かそうとしたわけですが、そちらの図書館は、ひとつには創業支援という、われわれが先ほどから強調しているものというよりは、納税者への多角的なサービス提供という観点から設置されたものであろうかと理解しています。

    もうひとつ、シンガポールでのビジネス支援機能をもっている図書館も大変有用で、われわれとしても参考になる例です。これはインフォコム21という国家戦略、シンガポールの情報化国家戦略の一環として、日本でいえばIT戦略ですが、その国家戦略、情報戦略の一環としてできた組織のひとつでして、国が丸抱えで進めているものです。こういったようなものも、運営体制とは別に、私どもとしても内容を十分勉強し、このTOKYO SPRingというビジネス支援ライブラリーに反映、活かしていこうと先進事例の調査も行ってまいりました。

    東京都が考えるビジネス支援図書館は、いくつかある形態のひとつであり、この東京都の地域の特性を活かし、地域の特性になじむものでありますけれども、大きく3つの内容があります。まず専門図書館の公共化というものです。東京商工会議所と共同してこれを立ち上げていくということは、東商が持っている経済支援センターにおける、これまでの情報の蓄積、14万冊にも及ぶ蔵書、さらに多数の雑誌、その他の情報をいかに活用するか、特に無料でといった公共的な色彩で、手軽に市民が利用できるようにするということがひとつにあったわけです。また図書館ですから、夜間や土曜日にも開館している。従来東商の場合は夜間・土曜日の開館はなかったようですが、土曜日も開館したり、夜間にも使っていただけるよう、サービスを拡大したり、またさらに狭い施設だけではなくて、インターネットを介してアクセスを幅広く、情報の広がりと深みを持つ工夫をするというのがひとつです。インターネットを利用される方のためのHPもできています。イメージとしては、いわば行政の中小企業、ベンチャー支援政策、それに商工会議所が持っている専門性、これまでの中小企業支援の蓄積、さらには公立、専門図書館そして大学図書館の持っている知の情報拠点性や知の蓄積、こういったものを有機的に結び付けようというコンセプトが東京都のビジネス支援図書館の基本コンセプトになっています。

    2つ目が具体的にそういうものをどう連携させるかという具体的な取り組みについてです。まず行政面ではセミナーその他でどのような施策を展開しているのかということを幅広くご理解していただこうとしています。また図書館や大学の図書館でもそうですけれども、レファレンスサービス、特にこの場合ではビジネス関連情報のレファレンスサービスを通じて、いろいろな情報に容易にアクセスでき、あまり具体的にどういう情報がピンポイントで必要かという特定性がなくても、レファレンスサービスを通じてその適確な情報の提供に結び付けるという機能です。さらに、その上でそういった情報をいかに具体化し、企業の設立や、事業計画の形成に結び付けるのか、このような開業等の相談は、商工会議所が持っている蓄積、ノウハウです。この3つの有機的な連携がかかる事、これが私どもの2番目に大きな目標であったわけです。

    特にレファレンス、情報の広がりと深みの追求に関しては、商工会議所だけではなくて、広尾にある東京都立中央図書館においてレファレンスサービスを有効に活用しようということになり、このネットを広げています。また大学との関連、特にいまは慶応大学との連携を進めていますけれども、他のいろいろな大学の図書館とも、いろいろなレファレンスサービス、資料のやりとりを通じて、これを拡大していこうという取り組みを進めているところです。

    3つ目として、やや口幅ったい言い方ではありますけども、このたまたま東京にある資源を活用しまして、ひとつの形態、ひとつのモデルを作って発信する。これが東京のみならず若しくは首都圏、さらには日本全国の創業機運の醸成、またベンチャー支援につながってくるのではないかという自負を持って展開をしています。

    具体的に、このTOKYO SPRingビジネス支援ライブラリーを利用する上でどのような形を想定しているのかということをごく簡単にご紹介したいと思います。携帯電話のコンテンツサービスを始めたいという方が仮にいたとします。具体的な情報がない場合に、これがどのようにこのビジネス支援ライブラリーにアクセスをすることで、開業まで結び付くのかというプロセスを簡単にご紹介いたします。ここでは携帯電話の市場の可能性についてのデータ調査をするために、まずインターネットを使ってもいいですし、または直接丸ノ内に来ていただいて、レファレンスサービスを受けます。特にそこで商工会議所の蔵書、資料、雑誌、図書、業界専門誌そういったものでも不十分な場合には、都立の中央図書館と連携をしていますので、図書館に連絡を取り、できるだけリアルタイムで回答を受けることにより、必要な情報にアクセスすることができるという仕組みもあります。さらに、一般的な情報、雑誌や業界紙、統計情報のみならず、企業情報や新聞記事のデータベース、さらには金融関係こういったものも当然必要な情報です。

    こういう企業情報、非常に細かくて恐縮ですけれども、ひとつ例を挙げますと、携帯電話でどういうキャリアがあるのかという情報です(資料参照)。同じく、これが個々の企業の会社概要や財務にも関わるような、さわりの公表資料ですけれども、こういうものにもアクセスが可能になってまいります。また、新聞記事からは大変貴重な、一番新しいホットな情報が手に入ります。この新聞記事データベースも幅広く用意してあります。これにもアクセスが可能です。ここでは固定電話がどんどん減って、携帯電話が増えていくということが示されています。さらに、規格の統一の動きが国際的にあるということも、新聞記事で情報が得られます。これによってコンテンツビジネスも、国際的な展開が可能になっていくというチャンスが見て取れるわけです。さらに、海外の企業情報、業界情報も当然貴重な情報です。ここでは業界紙、Hyper Asiaという、アジアの業界の情報を定期的に公開しているものの一部ですが、こういったものが幅広く手に入ります。また、具体例が企業で恐縮ですけれども、NECとある企業が提携をしたという新聞紙上のプレス発表もすぐに手に入る、アクセス可能であるということもあります。また、データ・金融情報ですけれども、たとえば韓国でのマーケットを考えてみた場合、ウォンの為替が対米ドルでどのようになっているのかという為替情報、さらには政策金利の推移や株式市場の反応のホットな推移というものも具体的にビジュアルに入手が可能です。さらには、韓国の経済情報を含めた金融政策といったものも、ここで入手可能です。

    こういった情報を踏まえた上で、具体的な開業にあたっての次のステップがあります。アメリカの場合多産多種だという状況がありますが、一般的にわが国の場合、起業をしようという意欲があり、それなりの資源も持っているけれども、計画そのものが十分練られてないという場合が多々見られます。そのためには慎重に市場調査をして情報収集した上で、さらには専門家への相談を十分する必要があると考えられます。私どものビジネス支援ライブラリーでは開業などの相談機能も充実しています。特に事業計画をどう立案するか、たとえば中小企業政策で展開されています中小企業診断士、身近にもたくさんおられると思いますが、そういった方に直接事業計画の立案の相談をすることや、会社の全体や経営スタッフ事業内容等々、こういったものの具体的な相談を受ける機会を提供するというのがひとつにあります。

    さらにもうひとつは、会社の設立にあたっての法務など、面倒な手続きについて、弁護士、税理士というプロの方に直接相談するチャンスを用意しています。定款の作成から社員の確定等々にいたる設立の具体的な事務についても、このビジネス支援ライブラリーで要望があれば相談を受けられるように用意しています。さらには法的な支援の内容についてもどのような補助金や助成が利用できるか、制度融資があるかということの紹介は、それについてのセミナーやその他もちろんありますけれども、この開業相談窓口でも容易に情報が手に入り、具体的に理解できるような形でご紹介しているということです。セミナー、マーケティング戦略といった一般的に開かれております機会も積極的に活用できるように、ビジネス支援ライブラリーでも、こういったセミナーを定期的に開催する事を検討いたしています。

    以上ざっとさわりだけですが、時間もきてしまいましたので、私ども東京都で考え、実施しているビジネス支援図書館のご紹介をいたしました。これも繰り返しになりますけれども、ひとつの地域の特性を活かした形態でして、これが完璧な、完成したものであると思い込んでいるわけではありません。東京の状況を反映したひとつの形態であろうかと考えています。今後これをひとつの題材にしていろいろご意見をいただきたいと思いますし、これからネットワークの範囲や連携相手をどんどん広げて、情報の深み、広がりを持ちたいと考えています。

    来年度以降、先ほど慶応大学と申しましたけれども、さらにいくつかの大学のご協力いただきながら、さらには公立の区市町村が非常に優れた機能を持つ図書館を運営されていますので、そういうところで意欲のある区市町村の図書館とも密接に連携をとりながらネットワークを広げて、そういう情報の充実とともにより効果的な、もしくはできるだけ手間のかからない、創業のための支援策を講じていきたいと考えています。最後になりましたけれども、なぜTOKYO SPRingというかということですが、スプリングはバネということで、バネを踏んで大きく起業家の方に羽ばたいていただけるような支援を行う、という意味をこめてこう呼んでいるのです。ぜひ皆さまにお見知りおきをいただきたいと思います。