政策シンポジウム他

動きはじめたビジネス支援図書館~図書館で広がるビジネスチャンス~

イベント概要

  • 日時:2002年9月23日(月・祝)13:00~18:00(開場12:15)
  • 会場:一橋記念講堂 東京都千代田区一ツ橋2丁目1番2号 学術総合センター2階
  • オープニングスピーチ「日本経済の現状と公共図書館におけるビジネス支援の意義」

    安藤 晴彦 (RIETI客員研究員/内閣府企画官)

    ただいまご紹介いただきました経済産業研究所フェローの安藤です。素晴らしい機会を与えてくださいました竹内会長、ビジネス支援図書館推進協議会の皆様、関係の皆様に厚く御礼を申し上げます。休日にもかかわらず、大勢の方においでいただきまして、本当にありがとうございます。何か主催者めいた挨拶になっていますが、今日は感慨深いものがあります。2000年12月28日、ちょうど御用納めの日でした。まだ経済産業研究所が通産研究所と名乗って、本館の2階にこじんまりとしておりましたときに、図書館協議会の皆様、そのときに協議会はなかったのですが、こういうことをやっていこう、という志を持って集まったのが御用納めの夕方で、もう官庁にはほとんど人気がなくて、そこが起点でした。今日は、こうした素晴らしいシンポジウムを開催されているというところで、私自身も非常に感無量です。その年の秋の頃に菅谷さんの論文を竹内会長からご紹介いただきました。それを見まして、「これだ!」と思ったのです。なぜこれだ、と思ったのかと申しますと、創業に関する政策に随分心を悩ましていたものですから、この論文を拝見し、「これは凄い。こういうのを日本でも是非やりたい」と、こう思ったのがきっかけでした。なぜ凄いと感じたのかは、残り15分くらいでお話しします。私の今日のテーマは、「日本経済の現状と公共図書館におけるビジネス支援の意義」です。

    危機的な日本の開廃業率

    日本経済の現状ですが、実は、私は内閣府で、竹中大臣の下で仕事をしています。今年の経済見通しとか、底入れしたとか、そういった話を申し上げるつもりは全くありません。むしろ、経済の本質に関わるところをお話したいと思います。最初の図をご覧下さい(配付資料「事業所数による開廃業率の推移」参照)。開廃業率の推移です。これが非常に危機的な数字で、1991年以降、開業率と廃業率、この開業と廃業の差で、実は、経済は新陳代謝を起こすのですが、廃業の方が上回ってしまいました。「失われた10年」といわれます。これは必ずしも正しい表現ではないと思いますが、開業の方が低くなってしまった。これは経済活力にとって非常に根本的な問題です。不良債権その他いろいろな話がありますけれども、それよりも何よりも、本質の部分は、ここではないかと私は思っています。

    次の図(配付資料「都道府県別開業率」)は面白い図でして、中小企業白書のデータで、製造業の各都道府県別の開廃業率です。青いところは開業率が高くないところです。それからオレンジ色では、割と高いところです。首都圏、近畿圏、この辺が高いのは肯けますが、実はこれは企業数ではなく、企業数は当然その分母になっていますから、その中でどれぐらい新しい血、企業が生まれてくるのか、新しい力が沸き起こってくるのかを表しています。そういう意味では、全国同じチャンスがある中で、どこが燃え盛ってきているのかという図なのです。残念ながら低いところもあるのですが、ちょっと面白いのは愛媛県です。愛媛県で思い出しますのが、先々週社長にお会いしたベンチャー企業で、サイボウズというベンチャー企業があります。これは経済産業研究所でも利用しているシェアウェアという情報共有システムの会社ですが、この前、新規上場された先々有望なベンチャー企業の高須賀社長にお目にかかりました。昔から知り合いでしたが、彼は、松山で創業しました。もともと松下で働いていて、大阪で創業しようと思ったら、実はオフィスが高い。オフィスを貸してくれない。これから会社を起こそうという人にはなかなか貸してくれない。しかも、最初のうちは出るお金をできるだけ少なくしていきたいわけですから、自分の出身の松山で創業されました。松山から大阪に、大阪から東京にと進出され、とうとう新規上場までされました。同じような話がベンチャーの世界にはありまして、メガチップスという、今や500億円以上売り上げている成功企業があります。その進藤社長は、二つも上場企業を作られました。実は同じで、起業のときに大阪でオフィスが借りられない。では、どうしたかというと、公民館を日借りで替わりながら、転々としながら事業を進めていったのです。任天堂関係の素晴らしいチップを設計することで、半導体関連メーカーとして上場を達成されましたが、そういう素晴らしいベンチャー企業でも、実は、オフィスとか情報が、非常に大事なのですけれども、なかなか足りないのです。この図が非常に面白い。各県に実はチャンスがあるのだ、でもそこがどういう状況になっているのか、を表しております。

    経済の成長点への投資がOECDの先進国中で最下位の日本

    次の図(配付資料「開廃業率の差は…」参照)は、これがまた問題ですが、各国で比べてみた開廃業率の差です。この「差」の部分がすごく大事です。2%ちょっと超えれば30年で複利計算していただければ、大体倍になります。そうすると経済全体で企業が入れ替わる形になりますが、30年というのは企業のライフサイクルともいえるかもしれません。韓国、台湾をご覧いただくとプラスで2%を超えています。アメリカも2.3%。日本は、マイナス1.8%です。これだと経済がどんどん萎んでしまうという非常に危機的なデータだと思います。次の図で、アメリカの開廃業率の推移を見てください。上の方の数字は14.3%の開業率です。日本と随分違います。廃業率も実は高く、12%で、多産多死なのですが、割と簡単に会社を作れて、また、割と簡単に止めていけます。止めるときにも悲惨さがなく、また次チャレンジしていこう。別な会社に勤めたり、再度会社を作っていこうとしたり、こういうダイナミズムがアメリカ経済の中でできています。

    次の図(配付資料「ステージ別のベンチャーキャピタル投資」)は、先週金曜日の夜中になって確認が取れて、ここでお見せできるようになったOECDのデータです。オフィシャルユースということで、ずっとお見せしたいけれどできないと思っていました。OECDの研究者と直接やり取りしてみたら公表されているということで、お見せ出来ることになりました。OECD各国のGDP、経済の規模と比べたベンチャー投資の重さのグラフです。一番多いのはアメリカです。その次がアイスランド、カナダ、オランダ、イギリスと続いて、ここで一番低いのが日本です。右から4番目の低いのが日本ですが、韓国の数字は相当高いです。これは何でそんなに危機的なのか。グラフの帯の一番下側の部分は「アーリーステージ」といって会社を創る段階です。その次の黒い部分は、会社をもっと広げる段階です。その上の白いところはもう公開直前の部分ですが、これはちょっと無視していただいて、黒いところまでをご覧いただくと、日本は、経済規模に比べて新しい成長部分に力を入れていない。他国に比べてさぼっている。こういう図になっているわけです。これが、実はOECDの先進国中最下位です。国際競争力のデータで日本が30位になったというスイスのIMD(ビジネススクール)のデータがよく引用されます。これはあまり心配する必要はないのです。なぜかというと、世界中の3000人くらいの研究者などにアンケート調査をして、要は、「美人投票」をして日本の状況はどうかということです。最近、日本は悪く報道されていますから、30位といわれるのも、ちょっと悔しいですが、それ自体は問題ではありません。内訳をみると、「科学技術」は2位という評価を取っています。実は、その中で問題になる数字がいくつかあります。49カ国のデータですが、「創業」は、49位です。「大学」も49位といったら、ちょっと大学関係者がおいでになりますから辛いところですけれども、その先進国だけでなく途上国も含めた中で、最下位という数字が入っています。30位という総合ランクよりもそこが一番問題です。しかし、もっと問題なのは、この図の成長部分への「真水投資」が先進国中最下位というデータです。ポーランドとかハンガリーとかと比べても低い。ここが問題であります。

    創業の動機トップは「自分の裁量で仕事をしたい、自己実現を図りたい」

    次の図(配付資料「開業年次別事業所の…」参照)は、また興味深い図ですが、会社を起こして何年で潰れるかという図です。1年目がすごく多いのです。それで2年目、3年目になってくると安定してくる。ここが非常に示唆に富んでいます。正しい方法で起業しているか、会社を創っているか、方法論を学んでやっているのか、ここが非常に大事です。この点が、創業と図書館とがまさに関わってくるところだと思っています。次の図は、創業希望者と実現率との推移(配付資料参照)です。創業を希望する人は国内に120万人もいます。ところが実際に創業される方は、39万人ですから3分の1くらいです。ですから起業したい、こんな経済状況で会社に勤めるよりも、むしろ「自分で自分のボスになりたい」、と思う人がいても、実際にそこまで到達できる人は3分の1となっています。ちょっとデータだけいくつか見ておきましょう。創業には年齢も重要だ、こんな話です。各国比較しますと、いつ創業したいと思って、いつ実際に創業して、現在何歳なのか、このあたりを比較しています(配付資料「創業には年齢も重要」参照)。シンガポールなどはやはりちょっと若いです。次の図は、要は、新陳代謝の中身です。面白い図ですが、この10年程度で開業した企業が、どれぐらい経済の中で付加価値を生み出しているか、という図です(配付資料「付加価値額コーホート」参照)。それが、毎年、毎年、ミルフィーユのように積み重なってきますが、過去10年ちょっとで、付加価値ベースでは2割を切ります。新陳代謝としては、必ずしも活発でないのです。次の図は雇用です(配付資料「開業が新たな雇用を生み出していく」参照)。雇用では、もう少し多く約3割です。でも逆に、この3割の部分をもっともっと層を厚くできれば日本経済はどんどん活性化してくる。これは間違いのないところだと思います。アメリカがまさに2%の開廃業率の差でダイナミズムを保ってきた、日本はダイナミズムを若干失っている。といっても、これだけ起業が大きなウェイトを占めている。これは非常に大事な図ではないかと思うのです。お手元に「創業の動機」(配付資料参照)がありますが、ここで面白いのが、やはり「所得を得たい」というのは2割ぐらいですが、むしろ、起業のトップの理由は、「自分の裁量で仕事をしたい」、「自己実現を図りたい」というところがトップになっています。「自分で自分のボスになる」、こういう生き方を希望している人たちが多い。昔は、割と「のれん分け」が一般的だったのではないでしょうか。良い高校、良い大学、良い会社に行かなくても、むしろ手に職をつけて自分の会社を創る、これが人生のひとつの選択肢になっていたと思います。しかし、最近はどうもその偏差値教育、これはあまり悪くいってもいけないのかもしれませんが、半分の敗者を生み出す制度だといわれています。せっかく能力があって、自分でいろいろな才能を持っている人たちが、学校の中では偏差値が低いということで、40だというと、お前はここの高校だ、ここの大学だと。そういうことで、個人の可能性を殺しているかもしれない。でも実はこういう創業希望の芽は社会の中にいっぱいあるのだ、というところが非常に大事だと思います。

    図書館+地域を良くしたいという熱意が地域の創業率アップにつながる

    これはアメリカの例で、驚いたので、一度ご覧いただきたいと思うのですけれども、ニューヨークやワシントンの近くの図書館のウェブサイトです(配付資料参照)。アーリントン図書館、ワシントンDC近郊の図書館のサイトを見ると、「ビジネス・インフォメーション・センター」と書いてあります。心憎いのは、あなたは既存企業ですか、あるいは、これから会社を創りますか、とちゃんと書いてあるわけです。その人に応じた企業関係の情報を得るのに、図書館のサイトから入っていける。これは素晴らしいところです。しかも「スモール・ビジネス・パスファインダー」とありますが、どうやって道を見つけるのか、そこの道を見つけるやり方といったところまで書いてあります。まさに図書館が「知の巣窟」として頑張っている。しかも、ITをフル活用している。都会だからいいというわけではなくて、どんなところにもチャンスがあるのですけれども、地元で働ける場をどれだけ創り出せているか、あるいは、創りだそうという意欲があるかが非常に大事です。

    次に、世界中で一番の起業のメッカといいますか、熱い「るつぼ」になっているシリコンバレーです(配付資料「シリコンバレーの特徴」)。全米平均で付加価値が約700万円です、シリコンバレーだと付加価値は大体2100万円です。3倍です。平均賃金で見ても、大体アメリカで430万円くらいが、1000万円近くになります。コンピュータ分野でも、2040万円という形です。創業が非常にホットな地域になればなるほど、その地域も活性化するし、こういった賃金水準の実態も起きてくるわけです。

    図書館には実はいろいろなリソースがあります。もちろん本はいっぱいあって、知的資源があるわけです。が、大事なのが土日夜間に空いているということです。サラリーマンは平日には勤めがあり、創業情報を手に入れにくいです。また、図書館にスペースがあることは大事ですが、さっきの進藤さんや高須賀さんの例でおわかりだと思います。それから、どれぐらい活用しているかは別としてウェブもあります。それから、司書がいる。浦安のように皆プロフェッショナルを大勢集めているところもありますが、そうでなくても、プロの方達がおいでになられれば、あるいは、司書の資格がなくても、地元の(創業への)「熱き思い」を助けていこうとする思いがあれば、そういうことができるわけで、上手なチャネリングができる可能性がある。それに一番大事なのは、地元を良くしたい、熱くしたいという「熱意」ではないかと思います。このように、図書館には、創業支援に必要なものはいっぱいあるわけです。会社を創るときに何が必要なのか、あるいは、専門家につないであげる窓口機能は非常に大事です。図書館にお金を探しにくる人はさすがにいないと思います。お金はちょっと別のところに行ってくださいと、こういうことになるのだと思うのです。けれども、実は、「これだ!」と思った理由は、創業支援政策をやろうとしましたときに、いろいろな創業キャラバンとかを全国でやっていこうということでしたが、「土日でないと効果が無い」という話を中小企業事業団の方とか、あるいは、中小企業庁の中で話しをしていました。土日は、官庁、商工会、商工会議所を含めてお休みです。わざわざイベントを開くのは大変なのですが、創業は日本経済にとって大事だというと、関係する皆さんは協力してくださいます。土日でも、一所懸命休日出勤で対応してくださる。でも、無理しなくても図書館は土日ずっと開いています。スペースもあります。そういったところに、むしろ中小企業庁が出前をしてアドバイザーが行く、こういうことで組合せができてくればよいのではないでしょうか。ユーザーはビジネスマンですから、土日以外は中々話を聞くチャンスがありません。むしろ土日だったらそこにチャンスがあるわけです。アメリカの図書館では、アメリカ中小企業庁のアドバイザーで、経営者や元経営者でリタイアした人たちが行って経営のイロハを教えていたりします。そこで、廃業確率というのを減らしていく、こういう非常に良い循環を起こしているわけです。これを、地域を良くしたいという「熱意」や「志」とミックスすれば、さっきの青い地域でもどんどん赤くなって燃えていきますし、赤い地域はもっと真っ赤になってくると思います。

    効果的な会社創設のノウハウも本になっている

    ちょっと、ご紹介したいのですが、今日おいでのさとうみどりさんが『私たちの会社はじまり物語』(星雲社)をお書きです。さとうさんは会社を創るのに、実は、図書館で会社の創り方を学ばれた。どうやって登記したら良いのかとか。登記は、司法書士に頼めばそれは簡単にできるのかもしれませんけれども、最初の創業の時にはできるだけお金を節約したい。それでご自分で図書館で学ばれた、「ああこうやって会社って創るんだ」と。それで窓口で聞いて会社を設立したそうですが、そのあたりのことを本に書かれています。3万人の主婦のネットワーク、今はもう7万人近くなっておられます。その中身は詳しくはご本人から聞いていただきたいと思います。

    もうひとつはタリーズコーヒーの社長、松田公太さんが書かれた『すべては一杯のコーヒーから』(新潮社)です。彼も銀行をスピンオフして33歳で公開会社の社長になりました。彼がコーヒー屋を始めるときの方法論は、非常に精緻に詰められています。銀座で1号店を開くのですが、どういう規模のお店で、どれぐらいの席数を置いたら、回転率など事業として成立つのか。どうやったら、政府系金融機関からお金を借りられるのか、そこら辺を非常に精緻にやっています。そうするとさっきの廃業確率をどんどん減らせるわけです。

    もうひとつ面白い本がありまして、『ラーメンの経済学』(角川書店)です。レモンの経済学でノーベル賞を取った方もいますから、ラーメンの経済学というのもあってもよいのかな、という気もしますが、ラーメン一杯つくるのに、会社・お店の規模をどうしたらいいのか、席の配置をどうしたらいいのか、どれぐらいの売上率で、どうやったら会社として経営できるのか、といったことが本の中に書いてあるわけです。

    本というのはやはり図書館の中にいっぱいあります。(土日が空いている)創業希望の人たち、「熱き思い」を持っている人たちが地元には100万人もいる。100万人の姿勢を見て、次の人たちがもっと出てくるかもしれない。これが、今日お話したかったメッセージです。図書館 の館長さんや、図書館の皆様がおいでだと思いますが、これをやるときに自分の館の中で全部揃えようと思ったら大変です。むしろ外の力をうまく使うことがコツでしょう。大学の力、竹内さんのような経営者の力とか、中小企業診断士、弁護士、公認会計士など近くに大勢いるわけです。たとえば図書館で一回そういう方の異業種交流会を開かれたらどうでしょうか。そうすることで、創業のチャンスを活かし、地元を良くしていく。図書館が持つ「知」を、世の中に還元して活かしていく。こういうことができるのではないかと思います。少々僭越なお話しましたが、ひとつのメッセージとして申し上げたいと思います。ご静聴ありがとうございました。