イベント概要
- 日時:2024年11月21日(木)14:00-16:00(JST)
- 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)
議事概要
日本企業は、インフレ環境の中でコストカット型経営から高付加価値を追求する経営への転換が求められているが、長年抑制的な投資戦略を続けてきた経営者の意識改革は容易ではない。2018年、経済産業省と特許庁は、ブランド力やイノベーション力を強化することで企業の競争力を高めることを目的に「デザイン経営」を提唱。経営チームにデザイン責任者を配置し、事業戦略の最上流からデザインを活用することの重要性を示した。本シンポジウムでは、RIETIで3カ年にわたり実施した企業におけるデザイン組織の調査結果を踏まえて、日本企業におけるデザイン経営の現状や課題、さらに今後の展望について幅広く議論した。
来賓挨拶
村山 達也(特許庁審査第二部生活機器先任上席審査官 / 特許庁デザイン経営プロジェクトデザイン経営推進事務局長)
経済産業省と特許庁は、2018年に『「デザイン経営」宣言』を公表しました。これは、有識者からなる「産業競争力とデザインを考える研究会」での議論を通じ、デザイン思考を活用した経営手法が企業の競争力向上につながるのではないかとの考えから、特許庁自らもその実践に取り組む考えを示したものです。我々が考えるデザイン思考の主なポイントは、「相手に寄り添うこと」を重視し、観察・共感を通じて発掘した真のニーズに対して解決策を導き出していくそのプロセスにあります。デザイン思考は、製品開発現場だけに限らず、行政における企画・立案やサービスの提供においても有効なアプローチであると考え、組織横断的に活動を進めています。
基調講演:「日本企業のデザイン組織の機能・変遷と、デザイン組織KPI調査の分析」
鷲田 祐一(RIETIファカルティフェロー / 一橋大学 教授)
企業内のデザイン組織というのは70年余りの歴史があるものの、企業経営への影響度に焦点を当てた研究は多くありません。しかし、限られた資料や先行研究から、社内デザイン組織は、デザインの力で商品やサービスの質の向上を図る事業部と、企業の戦略や方針を決める経営トップとの間の囲い込み合戦に翻弄されてきた歴史が見えてきました。
また、多くの日本企業はデザインをコスト要因と捉えてきたと同時に、下流工程のスタイリング職という意識を強く持ち、上流工程である企業の意思決定にはデザイン思考を活用してこなかったことも分かってきました。
その一方で、組織のデザイン思考が、ユーザーとのコミュニケーション、提案力・情報提供の向上、そしてインナーブランディングに使用されていることも確認できます。デザイン思考に対する認知度はこの4年間で0.5%から16.4%へと上昇し、特に新規事業・研究系の部署において理解が深いことも示されています。
そうした状況のもと、デザイン組織のパフォーマンスを測る指標を作成するために、本研究では延べ58社を対象にアンケート調査を実施しました。その結果、①対応力・スピード・信頼・コスト、②ブランド力の向上、③提案力・情報提供、④商品価値向上、⑤知財、⑥インナーブランディング、⑦ユーザーコミュニケーションを評価指標として同定することができました。
このようにデザイン組織のパフォーマンスを量的に把握できる土台ができれば、企業が経営判断をしていく中でデザイン組織の役割や貢献を評価する重要な指標になります。こういった研究を積み重ねることで、いずれはデザイン組織の貢献を財務指標化する手掛かりも見つけたいと考えています。
質疑応答
司会:肥後 愛(一橋大学 商学部 大学院経営管理研究科 データ・デザイン研究センター)
Q:
デザイン組織KPI調査において、③提案力・情報提供がイノベーションに定儀されるのでしょうか。
A:
より分かりやすくものづくりに近いということで、本調査では④商品価値向上をイノベーションと呼んでいます。
Q:
中小企業での取組事例はありますか。
A:
今回のデザイン組織KPI調査では、中小企業は含まれておりません。より広い意味のデザイン経営という意味では、むしろ中小企業のほうが取り組まれている事例は多いとは思いますが、中小企業は社長のイニシアチブが強いほか、社内でデザイン組織を抱えることが容易でないため、同じ方法での測定は難しいと思います。
Q:
海外でもデザイン経営の研究はされていますか。
A:
今回、紹介したインハウスデザイン組織のKPIを作るというタイプの研究は、海外では見当たりません。インハウスデザイン組織を持っている企業が日本ほど多くないということもあり、デザイン業務自体が市場化されている割合が多いという要因がありあます。
Q:
デザイン専門家がいなくてもデザイン経営は可能ですか。
A:
全社的なデザインの取組にはさまざまなタイプの方が貢献できると思います。
デザイン組織戦略の企業事例
宇田 哲也(富士通 デザインセンター長)
富士通は、自動的にデザイン貢献度データを取得できる仕組みを社内で構築し、経営層に対してデザインの価値をKPIやROI(投資利益率)で可視化することで定量的に伝達してきました。これは「デザイン白書」として、社会にも公開しています。
効果的にデザイン活用を拡大するために広報やマーケティング部門などのコーポレート部門と連携し、社外のアナリストやステークホルダーに向けた情報を分かりやすい動画で発信するなど、企業価値向上に向けた活動にも参画しています。
また、社内でのデザイン経営の浸透に向けて、富士通の全社員がデザイン思考を習得するためのプログラムを提供してきました。そこで培った知見を「デザイン思考テキストブック」にまとめて、英語版も含めて無償で公開しています。
その他、現場層に加えて、トップ層にもデザイン思考を学んでもらうプログラムを実施することで、デザイン思考の認知向上を図ってきました。われわれは多様な人材を取り入れながら、現在さらなる変革を進めているところです。
花井 陽子(KDDI マーケティング本部デザインセンター デザイン1G グループリーダー)
KDDIでは、パーソナル事業の目指す姿として、「両利きのCX(コーポレート・トランスフォーメーション)」活動を推進しています。この取組は、お客さま視点の活動がより良いサービスの提供に結びつくという考えに基づいています。
当デザインセンターは、経験知の集積や標準化/プラットフォーム化を進めることで組織知のアップデートを図り、サービスの成長、さらにブランドやビジネス価値の向上に取り組んでいます。
サービスグロース、リサーチ/評価、ウェブアクセシビリティ、プロダクトデザイン、KPIツリー/アクセス解析の5つの領域において、成果を可視化できる環境を整備するとともに、人材育成や評価を通じて短期間で改善サイクルを回せる体制を構築しています。
私どもは、ブランド体験、顧客体験、ユーザー体験、ユーザーインターフェースを一気通貫で捉え、デザイナー専門家としてアウトカムを重視し、組織横断的な連携を強化するとともに、デザイン組織の拡大を目指していきたいと考えています。
久田 歩(ディー・エヌ・エー ソリューション本部 デザイン統括部 プロダクトデザイン部 部長)
DeNAは、「一人ひとりに想像を超えるDelightを」というミッションのもと、「エンターテイメント領域」と「社会課題領域」を軸に多様な事業を展開しています。
弊社のデザイン組織は、プロダクトデザイン部、コミュニケーションデザイン部、エクスペリエンス戦略室の3つの部門で構成されています。2014年以降、これまで各事業部に分散していたデザイナーを集約し、より一体感を持たせた横断的な組織として運営してきました。
現在、私たちは2つの重要な課題に取り組んでいます。1つ目は、高度なデザイン人材の育成です。これは、現場での自律的なトライ・アンド・エラーを通じて進めるべきものと考えており、組織全体で取り組みを強化しています。
2つ目は、事業部間をつなぐ横断的な組織体制の構築です。各事業部のデザインチームを緩やかに連携させる共同体を形成し、共通の評価指標やナレッジ教育の仕組みを整備することで、デザインの価値を組織全体で共有・証明していきます。これにより、デザイナーの存在価値をさらに高めていきたいと考えています。
パネルディスカッション
モデレータ:鷲田 祐一(RIETIファカルティフェロー / 一橋大学 教授)
鷲田:
KDDIでデザイン組織を設立した経緯を教えてください。
花井:
経営層は事業にどれだけ貢献できるかというところを重視します。だから戦略立案からデザイナー参画の重要性が認識されたほか、デザイナーもその価値を経営層に証明できるようになったことが大きいと思います。
鷲田:
富士通のデザイン部は長い歴史がありますが、この数年で何か変化を感じられますか。
宇田:
モノやサービスの販売において、ユーザーが使いやすいとかユーザーに伝わりやすいといった差別化、つまりエクスペリエンス重視へのシフトが起こっていて、価格の競争では勝負ができないということが認知されてきたと思います。このような経緯の中でデザイナーが周囲から徐々に信用を取り付けてきたと思います。
鷲田:
DeNAのデザイン組織設立で何かエピソードをいただければと思います。
久田:
弊社の事業はエンターテインメント領域と社会課題解決領域を柱としています。それに伴い、デザイナーにもそれぞれ得意分野があり、エンタメに強い人もいれば、社会課題解決に寄ったスキルを持つ人、さらには両領域に対応できる人もいます。しかし、各事業部のデザイナーを一堂に集めた際に、得意分野の違いから評価基準を統一することが難しいという課題がありました。また、全体を横断的に見渡せるジェネラリストを見つけることにも苦労しました。
鷲田:
今後もデザイン経営は続くとお考えですか。
久田:
社会はより複雑になっていくので、今後もデザイン経営は続くと思います。
花井:
デザイナーは横断的かつ複眼的に物を見ることができるので、今後も必要になると思います。
宇田:
従来のデザインの考え方とは異なる領域に対して逆張りしていくことで、デザイン組織やデザインの在り方が変わっていくのだと思います。
鷲田:
デザインを学んでいなくてもデザイン人材として活躍できますか。
久田:
一般的に幅広く学ばれている方を美術面から強化していく育成方法もあると思います。
宇田:
種を作るデザイナーと価値を紡ぐデザイナーは異なります。そういったデザイン人材の重要性をマーケットに訴えていくことも重要です。
花井:
美大出身の方も非常に必要ですが、現状はデザイン戦略を考えることが重要で、デザインを経営に活用できるデザイナーが今の日本には必要だと考えています。
鷲田:
デザイン組織は全社規模に対して小さ過ぎると思いませんか。また、人材構成は理系が多いのでしょうか。
花井:
デザイナーは圧倒的に足りていないと思います。理系の割合は半々程度です。
久田:
事業によっては現状の規模感は適切だと考えています。理系的な分野や深く掘り下げるような領域についても、「自分には無理だ」と決めつけずに、まずは挑戦してみることが大切ではないでしょうか。
宇田:
富士通ではエンジニアの数に比べてデザイナーは多勢に無勢状態ですが、デザイナー以外の人たちに僕たちのエバンジェリストになってもらい、彼らを緩くつなぐことで効率的な展開を考えています。また、理系の人たちが論理思考で僕らの仕事を翻訳してくれるのはありがたい一方で、デザイナー自身のデザインの説明性に対するリスキリングも必要だと感じています。
鷲田:
経営層によるデザイン経営への参画は増えていますか。
久田:
新規事業の初期段階からデザイナーが参加し、CDO(最高デザイン責任者)が存在する環境は、近年増加していると感じています。
花井:
増えている一方で、価値を証明しきれずにシュリンクしているところもあります。
宇田:
日本の大手ものづくり企業においてはデザインに対する優先度はまだまだ低いですし、デザイン組織としての多様性を実現するための流動性も十分には上がっていないように感じています。
鷲田:
海外でデザインマネジメントと言われているものと、今ここで私たちがデザイン経営と呼んでいるものは同義ですかという質問がありました。これに対しては私から回答させていただくと、デザインマネジメントはUI(ユーザーインターフェイス)などのデザイン性の向上を目指すもので、デザイン経営はデザイン思考を活用して企業価値を高める手法を指します。