東北大学-RIETI共催シンポジウム

産学連携によるイノベーションの創出に向けた知の総合のあり方(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2023年1月25日(水)13:00~15:00
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI) / 国立大学法人東北大学

議事概要

新たな価値を創造するには、価値の源泉であるニーズをつかむ必要があり、地域や社会を俯瞰した上でシーズとニーズをつなぎ、事業化して継続・発展させることが求められる。東北大学とRIETIが共催する本シンポジウムでは、RIETIが実施した「ムーンショット型研究開発制度」に携わる自然科学者へのインタビューから見えてきた将来ニーズ実現のイメージや、東北大学がプラットフォームを構築して取り組んでいる具体的なイノベーション活動を踏まえ、知の総合のあり方や、技術イノベーションと事業イノベーションの関係、イノベーションの創出における社会科学の役割などについて、自然科学者と社会科学者らが議論した。

開会挨拶

浦田 秀次郎(RIETI理事長)

東北大学とRIETIは2018年10月に研究交流に関する協定を締結し、さまざまな交流を進めています。3回目となる本日のシンポジウムは、研究第一主義や実学尊重を掲げて世界最先端の研究活動を行っている東北大学と、社会科学の立場から文理融合に取り組んでいるRIETIの研究者が参加して開催し、知の総合が産学連携によるイノベーションの創出にどのように貢献するのか、技術イノベーションと事業イノベーションの関係、イノベーションの創出における社会科学の役割などについて議論します。本日のシンポジウムを通じて文系・理系の知を総合し、日本においてイノベーションの創出に向けた挑戦が次々に生まれる環境を構築するためのヒントを得られることを期待しております。

基調講演:イノベーションの先導に何が必要か?

池内 健太(RIETI上席研究員(政策エコノミスト))

日本におけるイノベーションは国際的にはそれほど活発ではなく、起業家活動も低調に推移していますが、大学・企業間の産学共同研究費は増えており、大学の特許活動も活発化しています。しかし、研究開発費に占める政府の負担割合は世界最低水準となっており、企業への支援は間接支援(優遇税制)がほとんどで、直接支援(研究開発への支援)はあまりないのが現状です。

一方、研究開発のスピルオーバー効果(生産性への影響)を見ると、バブル崩壊以降、日本は企業のR&Dの伸びが鈍化し、生産性上昇率が低下したのですが、大学や公的機関におけるR&Dは伸びており、生産性の上昇を下支えしてきたことが分かります。

日本政府はイノベーション推進に向けていくつかの取り組みを行っていて、大学の役割を強化するために産学連携や技術移転、大学発ベンチャーの奨励などを進めています。大学の研究費の配分方式も変化しており、運営費交付金主体から競争的資金主体になり、最近はミッション志向型の研究費も増えています。研究開発税制では、オープンイノベーション型で産学連携に取り組む企業の優遇率を上げたりもしています。創業・スタートアップ支援や、公共調達を活用したベンチャー企業の促進にも取り組んでいます。

これからイノベーションを先導していくためには、具体的な課題のある「現場」が重要なのだと思います。「ニーズはイノベーションの母」であるともいわれるように、課題をイノベーションで解決するという考え方が重要であり、課題に対してどんなイノベーションが必要であり、そのために投入すべき資源は何なのかを考えることが求められると思います。

オープンイノベーションの「場」としての大学の役割も重要になるでしょう。現場の課題と技術・知識の新結合にチャレンジする場として大学が果たすべき役割は大きいと思いますし、多様な人材が協働する場としての役割にも大きな期待が寄せられていると思います。

パネルディスカッション:「産学連携によるイノベーションの創出に向けた知の総合のあり方」

パネリスト:
  • 小谷 元子(東北大学理事・副学長(研究担当))
  • 内田 渡(東北大学副理事(オープンイノベーション戦略担当)、産学連携機構 副機構長、オープンイノベーション戦略機構 統括クリエイティブ・マネージャー、特任教授)
  • 藤本 雅彦(東北大学総長特別補佐、経済学研究科 地域イノベーション研究センター長・教授)
  • 赤池 伸一(文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)上席フェロー(併)内閣府科学技術・イノベーション推進事務局参事官(エビデンス・統合戦略担当))
  • 池内 健太(RIETI上席研究員(政策エコノミスト))
モデレータ:
  • 関口 陽一(RIETI研究コーディネーター(併)上席研究員)

関口:
ここからはイノベーションの創出に向けた知の総合のあり方について、東北大学における取り組みをご紹介いただいた上で議論を深めていきたいと思います。

内田:
本学では、東北大学オープンイノベーション(OI)戦略機構を設置しており、迅速な意思決定による組織運営と先駆的な取り組みを可能とする組織を確立することで、ニーズの把握から事業化まで一気通貫の支援体制を構築しています。

急速な技術革新や社会成長、ニーズの多様化に伴う製品ライフサイクルの短命化といった変化が進む中、これまでの規模の追求から価値の追求へとビジネスの構造は大きく変化しており、アカデミア企業は事業化に対する不確実性に直面していると考えられます。そこで本学では、そうした潜在的なリスクの回避や軽減に向け、先端研究を将来の社会ニーズと結び付け、新たな事業へとつなげていくことが重要と考え、企業との「共創の場」を構築しました。

「共創の場」の形成に関しては、本学内に「共創研究所」という企業の研究拠点を設置しています。企業研究者が複数の部局の研究者と物理的に融合し、タイムリーかつ多面的なコミュニケーションをとることで新たなイノベーション創出につなげたいと考えています。

イノベーション創出には、先端研究を担うアカデミアに加え、企業、社会など多様なステークホルダーの目線合わせが必要です。それぞれの立場の違いから生じるギャップを解消しながら共創活動を展開していくことが鍵となり、本学の先端研究を社会課題解決に向けて事業化するために、企業への橋渡しを支援する仕組みとしてイノベーションエコシステムの構築を目指しています。

今後も多様なイノベーションエコシステムへの挑戦を通じて、新たな発想を生み出す知の統合の場を提供し、研究成果の早期事業化を実現するとともに、社会の発展にも貢献したいと考えています。

藤本:
われわれ地域イノベーション研究センターでは、地域企業のほとんどを占める中小企業の事業イノベーションを支援しています。中小企業の事業イノベーションには、既存事業から新たな顧客(市場)を開拓するイノベーションと、新たな価値(商品・サービス)を提案するイノベーションだけでなく、これらを組み合わせて新たな顧客に新たな価値提案を行えば、中小企業の既存のビジネスを新規事業に多角化することにつながると考えられます。

価値提案には機能的価値と意味的価値という大きく2つの考え方があります。この考え方に基づいて、地域に眠る多種多様な資源を活用した課題解決手段を開発するとともに、それを必要とする顧客を創造し、最後は両者を結び付けることで革新的事業の創造につながると思っています。これを支援しているのが、われわれが10年前から取り組んできた「地域イノベーションプロデューサー塾(RIPS)」と「地域イノベーションアドバイザー塾(RIAS)」です。

RIPSは、地域企業経営者を対象に新事業の創造を促し、雇用機会の創出と革新的プロデューサー人材の育成を図るための取り組みです。RIASは、地域企業の事業イノベーションを支援するパートナーとなるために、地域の金融機関を中心とした支援者が共同学習をする取り組みです。この両者を掛け合わせている点が最大の特徴となります。

事業者向けのRIPSでは、基本的にはベーシックコースの3カ月間で事業構想をまとめ、次のアドバンストコースの3カ月間で事業計画を作成します。中小企業には大手のように経営スタッフやマーケティングスタッフがいないので、全て1人でやらなければいけません。そこで、事業計画を作る段階でRIASの支援者が一緒に入っていろいろなソリューション提案をすることにより、事業計画をかなりブラッシュアップしていきます。

コロナ前の調査では、卒塾生の約7割が何らかの新規事業に着手していて、約3割が実際に何らかの投融資を受けています。このように既存事業から新事業に切り替えて発展させていく企業が多く出てくることが地域活性化にもつながると考えます。

小谷:
大学の研究が社会でイノベーションを巻き起こすまでの時間が短縮し、大学においてもイシュードリブンが随分認識されるようになりました。そして、これまで以上に分野融合、特に人文社会科学と理工系の連携の重要性がうたわれるようになりました。その点ではRIETIと東北大学の関係は日本の先駆けになる連携だと思います。また、広い視野を持ったサイエンティストの育成を現場の活動に参加しながら行うことの重要性も指摘されており、RIETIと東北大学の取り組みはこれからさらに重要になるでしょう。

1月の「Nature」では、論文や特許が科学の現状を打破するものではなくなりつつあるとの記事が掲載されていました。この分析について先生方からご知見を頂ければ幸いです。

赤池:
結局は研究開発をどういう形で生かしていくかが非常に重要であり、日本はその点が十分にできていないのだと思うのです。ですから、「Nature」の記事は非常に示唆に富んでいますし、研究開発をどう生かすかという機能の面での問題だと認識しています。

機能的価値、意味的価値は経営学で非常にホットな議論となっていますが、特に意味的価値においては人間や社会を知ることが非常に重要になると思います。そのために先生方はどのような工夫をされていますか。

内田:
ニーズとシーズがずれていると、たとえ先端技術であっても企業の事業に合わずになかなか発展しないことがあります。そこで本学では「共創の場」を設け、企業はどこに行きたいのか、われわれはどんな技術を提供できるのかを早い段階から明らかにして共同研究を進めています。われわれは最終的にイノベーションを社会に実装していきたいので、「共創の場」では企業との信頼関係を築き、本音で話す環境を作っており、話が非常に早くまとまることが多いです。それによって年間50を超える共同研究が生まれています。

藤本:
意味的価値は、われわれ経営学者の間ではよく「経験的価値」ともいいます。顧客のあらゆる経験における価値を考えるに当たっては、デザイン思考が有効であり、顧客にとっての価値は一体何かということをきちんととらえようとします。それと同時に、自分たちの会社にはどういう資源があるのか、その資源の価値は顧客にとって一体どんな価値があるのかを改めてレビューしていきます。つまり、経験デザインという手法を使って、課題解決と顧客開拓の両方が見えてきて初めてビジネスが成立するわけです。地域の中小企業には資源が何もないわけではなくて、プログラムではアイデアを掘り下げることによって当初のアイデアから大きく変わる形で事業化を支援しています。

池内:
大学という場ですので、大学全体の人材育成と先生方の起業家的な動きを有機的につなげることが重要だと思いますが、その点はどのようにお考えですか。

内田:
私どもOI戦略機構のメンバーはほとんどが企業出身者であり、企業側と大学の先生の取り払うこともミッションとして動いています。ですので、学内では特区的な組織だと思っていて、今まで大学になかった部分をわれわれが埋めている形になります。

今後の人材育成に関してはOJTに近い形で、大学の先生や企業との交渉のときに立ち会ってもらって、企業と交渉しながら契約を決めたり、知財戦略を立てる部分も経験してもらっています。そうした中で産学連携の持ち方も学んでいくと考えています。それでも限界があるので、われわれが持っているネットワークを大学に取り込むために、ベンチャーキャピタリスト(VC)や起業家の人たちを大学の先生のところに連れていきます。若い学生とそうした人との接点をうまく作ることで、研究手法を学んでもらっています。

池内:
藤本先生は意味的価値について言及されていましたが、意味的価値を事業につなげていく上では文系が主導的な役割を果たしていくと思うのです。意味的価値を見いだす上で、文系発のイノベーションに関して手ごたえのようなものはありますか。

藤本:
手ごたえとは一体どういう形か分からないのですが、具体的なフレームとして、塾においてはオンラインの講義とは別に、実習でディスカッションするための事業モデルを見える化しています。そうしないとディスカッションができないのです。

そのためのツールとして「ピクト図」を使っていて、自分の事業にはお金やモノが誰からどのように流れるのかを簡潔に表現しています。それから、「ビジネスモデルキャンバス(BMC)」を使って、どの顧客に対して、どのようなモノやサービスを通して、どんな価値を提供するのかを詳細に表しています。中小企業の経営者の方々はモノやサービスを開発するときにどうしてもモノにこだわってしまうので、顧客にとってどんな価値があるのかを明らかにするわけです。そうすることで価値の届け方や訴求ポイント、収益モデルが見えてきます。

関口:
自社が持っている「眠れる価値」を認識してもらうためには言語化が重要だと思いますが、中小企業では新市場や新価値の存在を十分かつ正しく認識することは難しいと思います。RIPS・RIASや「共創の場」への参加者を超えて地域で広く結合が起こりやすくするためにはどんな方策があり得るでしょうか。

藤本:
経営者が1人であれこれ考えるだけではなく、経営者が実際にこのマーケットでこうしてはどうかと提案したときに、支援者がヒアリングに行って顧客の声を集め、統計資料で競合分析をしたりしながら、いろいろな提案をすることが重要なのだと思います。また、卒塾したOBのネットワークはなかなか強固で、その中でいろいろなアライアンスによって実際の事業が生まれていて、やる気満々の経営者と支援者である金融機関の人たちが切磋琢磨することで、卒塾後のアライアンスと協調融資が非常に活発に行われています。

関口:
企業で知財に関係している立場から、OI戦略機構の取り組みはとても魅力的に感じます。大学の本分である研究とのバランスについて工夫されていることはありますか。

内田:
大学の知をしっかりと知財化して開放するとともに、クローズで事業化にも使うという両面が非常に重要だと思います。

関口:
文理共創・文理融合型の社会課題解決に向け、OI戦略機構が果たすべき役割についてどのようにお考えでしょうか。

内田:
人文社会科学の先生方に入ってもらいながら、ゴールオリエンテッドの共創をしていくことは機構の今後の課題だと思っています。クローズの関係では絶対にうまくいかないと思うので、いろいろな産官学のステークホルダーが技術やサイエンス、ノウハウ、知識、感覚などを持ち寄って、明るい社会を作っていくための入り口を設定していくと面白いのではないかと思っています。

一方で、新たなイノベーションでは、既存の製品や知財が規制・規格が伴わないために使えないこともあるので、今後は負の部分も含めてしっかりと議論できるステークホルダーを入れながら進めていくことが必要だと思っています。

関口:
社会や企業としては、大学に研究だけでなく研究成果の社会還元も期待したいところですが、若手研究者にとって社会還元は大学で評価されないので忌避されがちです。解決策はありますか。

赤池:
私は成果と評価の問題があると思っていて、昔ながらの査読付き論文を3本取ったら博士号を出すという基準だけでなく、そのうちの1本は知財に対する貢献やビジネスモデルの提案でもいいというふうに変えていくのも1つの方法でしょう。そもそも若い研究者は大学に就職する必要はなくて、自分でベンチャーを起こしてもいいわけですし、人材の流動性やキャリアの多様化が非常に重要になってくると思います。

関口:
東北大学とRIETI、そして今日ご視聴いただいている方々と連携しながら、日本と世界のためにそれぞれの知を融合して新たな価値を生み出していければと考えています。本日はどうもありがとうございました。

閉会挨拶

大野 英男(東北大学総長)

本学では、オープンイノベーション戦略機構をはじめ、2021年度に創設した共創研究所を活用して、従来の産学連携の枠にとどまらない多彩な共創活動が展開されており、大きな支持を頂いています。全学的には民間から受け入れる研究費が年率十数パーセントの伸びを示しており、社会が大学の価値創造の力を求めていると強く感じています。

本学6代目総長の本多光太郎は「産業は学問の道場である」という言葉を残しており、その精神を現代的に体現する形で産業と学術の新たな関わりができつつあります。社会からのご期待に応えるため、本学は連携拠点の構築を進め、国内外のステークホルダーの皆さまと共に多様な価値観と総合知を融合することで、未来価値創造のプラットフォームになりたいと思っています。