RIETI-CEPRシンポジウム

Brexit後の世界経済(議事概要)

イベント概要

  • 日時:3月22日(金)13:30-17:20
  • 会場:虎ノ門ヒルズフォーラム
    (東京都港区虎ノ門1-23-3 虎ノ門ヒルズ森タワー5階)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI) / 英国経済政策研究センター(CEPR)

英国の欧州連合(EU)離脱(Brexit)は、世界経済に大きな影響を及ぼすことになるとみられている。本シンポジウムでは、英国のEU離脱が急速に変化する世界経済にどのような影響がもたらすのか、また、人工知能(AI)やロボットといった新技術がどういう意味合いを持つことになるのかなどについて議論が行われた。

英国経済政策研究センター(CEPR)から国際経済の専門家であるリチャード・ボールドウィン氏(ジュネーブ高等国際問題・開発研究所)、L・アラン・ウィンターズ氏(サセックス大学)、ダリア・マリン氏(ミュンヘン大学)の3氏を招き、ご講演いただいた。続いて、パネルディスカッションが行われ、日本の視点と対応について議論するとともに、英国のEU離脱が国際経済に及ぼす影響について、さまざまな角度から検討した。

CEPRは、欧州の経済政策の改善を目指して創設された英国を拠点とする著名な非営利組織である。1,000人を超える欧州の研究者が政策分析を行い、議論を交わし、政策提言を取りまとめている。RIETIは長年にわたり、研究交流や国際ワークショップの共催を通じてCEPRと協力してきた。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

英国のEU離脱はまだ途上にあり、離脱によって欧州経済および世界経済に及ぼされる影響の全体像はまだ見えていません。「Brexit後の世界経済」と題する本シンポジウムでは、Brexit後に起こりそうなことについて議論します。どういうかたちで離脱が進むことになるのかわかりませんが、世界経済に大きな影響が及ぶと予想されています。

現在、世界経済は、米中の貿易関係に見られるように、急激かつ大きな変化の只中にあります。さらに人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、ロボットの進歩とこれらの技術が先進国や新興諸国の競争力にどのような影響を及ぼすことになるかということが、今日の経済が直面する問題をより困難なものにしています。

本日はCEPRを代表して、欧州の大学で経済学をご専門とする3名の教授にお越しいただき、特に英国のEU離脱と技術イノベーションに着目しつつ、世界経済に関する知見をお聞かせいただきます。その後、パネルディスカッションに移り、英国のEU離脱とこれに対して日本が行なうべき経済対応について議論します。日本からも専門家数名に議論に加わっていただきます。

CEPRは、英国を拠点とする欧州有数の著名な政策研究機関で、1,000名を超える研究者が協力して研究活動を行い、欧州経済や世界経済が直面する課題について政策提言を行っています。今回のシンポジウムのような国際ワークショップを共催するなど、RIETIはCEPRと活発な研究交流を行っています。

講演1:脱グローバル化という筋書き(ナラティブ)を覆す

リチャード・ボールドウィン(高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授)

脱グローバル化という筋書き(ナラティブ)を覆す

英国のEU離脱は世界が脱グローバル化に向かう動きの一環であると多くの人々が考えていますが、私は、今後、グローバル化がかなり急激に加速すると考えており、本日はその理由をお話しさせていただきます。1990年代は、途上国出身の無数の低コスト外国人労働者が製造業に従事する動きが世界的に見られましたが、2020年代以降は、無数の低コスト外国人労働者がサービス業に従事するようになると予想されます。

1960年代以降、モノの貿易は拡大してきましたが、このところは停滞しています。このことが世界の脱グローバル化という筋書きの大きな根拠の1つとなっています。さらに、米国の貿易紛争、英国のEU離脱、反移民感情、世界貿易機関(WTO)の機能不全もすべて、この筋書きに寄与しています。その中で、特に米国の貿易戦争については、脱グローバル化の動きと捉えるべきではなく、むしろ、「地域主義の解消(リバースリージョナリズム)」と捉えられるべきものです。実際、米国の輸出入に高関税が課された結果、貿易政策とグローバル化は加速しています。

経済の変化

グローバル・バリュー・チェーン(GVC)貿易によって形成されてきた結びつきが解消されつつありますが、その原因は主にインドと中国にあります。これらの両国では、国内需要の拡大に伴い輸出から内需へシフトが進むとともに、国内生産の拡大に伴い輸入が減少しつつあります。つまり、インドと中国は「普通」の大国になりつつあり、生産したものは主に国内市場で売るという、比較的自給自足の状況にあるということです。

サービス貿易はモノの貿易より速いペースで拡大していますが、無形資産の貿易は過小評価されています。製品に組み込まれたサービス、外国人に提供される無形資産、国境を越えて提供される無料のデジタルサービスも考慮に入れると、サービス貿易はモノの貿易と同じくらい国際商取引に寄与しています。つまり、グローバル化という現象におけるモノ以外の貿易の重要性が著しく過小評価されているということです。

近年、無形資産への投資は有形資産への投資を大きく上回っています。このことが意味しているのは、各国経済が進化しており、かつてあまり重要でなかったことが今はずっと重要になり、今後もそうなっていくだろうということです。データの流れは驚くべき速さで拡大しています。以上のことはすべて、脱グローバル化という筋書きが経済の変化を見誤っていることを示しています。

グローバル化の行方

将来のグローバル化は、工場での労働だけでなくサービス産業での労働や専門職を中心に進むことになります。かつては、グローバル化と言えば、ほとんど製造業の話でしたが、今後は、サービス業の話がほとんどいう状況になっていくでしょう。そのため、これまでとはかなり違う人々が影響を受けることになります。デジタル技術はサービス産業のグローバル化と自動化をもたらします。ほとんどの人がサービス産業に従事していることを忘れてはなりません。特に日本はそうです。

多くの雇用が失われることになりますが、職業そのものは残ります。グローバル化が進むにつれ、外国の労働者が別の国のサービス業務を担うようになります。外国人労働者が在宅勤務で特定の業務をこなすようになるわけですが、これは目に見えにくい変化です。サービスのグローバル化は同じ業務に要する時間の短縮化ももたらします。そのため、仕事を失う労働者が出てきますが、職業そのものはなくなりません。

こうしたサービスのグローバル化は予想以上に速いペースでやってきます。サービスは情報とコミュニケーションが中心であり、デジタル技術の急速な進歩がサービスのグローバル化をかつてない速さで推し進めているのです。製造業のグローバル化と違って、変化はあまり明確ではありません。大きな工場が閉鎖されるわけではありません。仕事が1つずつ外国人労働者に取って代わられていくのです。

テレマイグレーションの役割

将来のグローバル化の形態で非常に重要な役割を果たすものとして、テレマイグレーションがあります。国境をまたいだ在宅勤務を思い描いていただければと思います。どういうことかというと、ある国の人々が別の国にある会社の仕事をするということです。この方式は賃金格差によって収益性が確保され、デジタル技術によって実行可能かつ利用可能なものとなります。

米国や欧州では、国内の在宅勤務はすでにごく一般的なものとして広く普及しています。各企業は在宅勤務がしやすいように業務を再編しつつあります。同時に、外国人労働者が在宅勤務することも容易くなっています。フリーランスと企業を引き合わせるオンラインプラットフォームはテレマイグレーションとさらなるグローバル化を促すことになるでしょう。こうしたマッチメイキングサイトを活用することで、ある国の企業が別の国を拠点とする専門家を見出し、報酬を支払い、管理することができるようになります。機械翻訳によって言語の壁は低くなり、テレマイグレーションの実行可能性が高まることになるでしょう。テレマイグレーションは世界に急速かつ重大な変化をもたらそうとしています。通信技術の目覚ましい進歩もこの変化を後押ししています。

講演2:史上最も締結しやすい貿易協定

アラン・ウィンターズ(CEPRリサーチフェロー / サセックス大学教授)

史上最も締結しやすい貿易協定

EU離脱を提唱してきた人たちは、離脱後に英国がEUとの間で締結する貿易協定は史上最も締結しやすい貿易協定になるだろうと示唆していましたが、これまでのところ、そうなってはいません。45年にわたる統合がそう簡単に解消できると考えるのは非常識です。EU離脱に関する見解は実にさまざまですが、なおかつ十分な情報に基づいていません。どういうかたちでなされるべきで、何が求められているのか、その答えを出すための国民的議論は行われてきませんでした。さらに、EU離脱は貿易政策だけでなく、国家主権など他のことにも関わる問題です。実際、経済学はこれまでのところ、十分な情報に基づかない一部の希望的観測にタガをはめる程度の役割しか果たしておらず、大きな要因にはなっていません。

英国のEU離脱をめぐり現時点までに行われた経済学的議論は非常に短絡的で重商主義的なものです。もっぱら輸出に焦点が当てられ、輸入についてはほとんど議論されていません。協定案は経済の専門家の助けを借りずに策定され、政治家の希望的観測を主な内容とするものになっています。離脱をめぐる政治学的議論も大差ありません。異なる意見に耳を傾けようとする姿勢は皆無でした。基本的に、長期的な繁栄をどう手に入れるかではなく、目の前の困難を短期的にどう切り抜けるかという点に議論が終始してきました。

一般的に、交渉は長引けば長引くほど、あり得る結果の選択肢は少なくなります。これに対して、英国のEU離脱については、交渉が長引くほど結果が見えなくなっています。離脱が承認されるかもしれないし、撤回されるかもしれません。現時点では、いずれもあり得ます。

EU離脱の経済学と政治学

1870年頃以降、英国の経済政策は、同国経済の相対的地位の低下にどう対応していくかという問題を念頭に置いていました。英国の1人当たりGDPは、1950年時点では欧州経済共同体(EEC)の当初加盟国の約150%でしたが、英国がEECに加盟した1972年にはほぼ同等の水準になっていました。それ以降は下げ止まり、英国は相対的な経済的地位を維持していますが、これは、EU加盟国であることによるものと考えられます。EUを離脱することで、英国はGDPの相対的低下の時代に逆戻りすることにもなりかねません。

EU離脱の長期的な経済的影響に関する予測は、そのほとんどがマイナスの影響を予測しています。つまり、経済学者の間では、EU離脱が相対的な経済的地位の低下をもたらすという見解でほぼ一致しているということです。国民投票で離脱が決まって以降、景気後退には陥っていないものの、GDPは予想されていたはずの数値に比べて約2.5%減、輸出収入(ドルベース)は約12~15%減、外国からの直接投資は約16~20%減となっています。さらに、金融資産はEUに流出し、EUからの純移動率も英国からEUへの移出民の方が多いためマイナスになっています。

政治的に、EU離脱はもっぱらイデオロギー上の問題として取り扱われ、反対派の意見や専門家の見解は無視されてきました。非常に複雑で微妙な問題であることは最初から分かっていましたが、現状、意思決定は短期的な政治上の理由に基づいて行われています。経済と政治のバランスを取ることが肝要ですが、テリーザ・メイ首相が提示した要求と条件のせいで、政治が議論の中心となり、経済は無視されることになりました。

離脱合意

メイ首相は、2018年11月に発表された交渉後の協定案を提示しました。これは、基本的に法的拘束力を持つ離脱協定で、その内容は市民の権利、予算・債務(清算金)、北アイルランドとの国境問題、競争政策に関する協力、労働・環境規制の維持に関するものです。政府によって合意されたものであるにもかかわらず、英国議会はこれを拒否しました。

貿易は離脱協定案には盛り込まれず、法的拘束力のない政治宣言での扱いとなり、離脱後に交渉されることになっています。政治宣言は、貿易に関する交渉結果がいかなるものになろうと、ほぼすべて容認します。したがって、離脱協定が承認されたとしても、さらなる不確実性と分裂の可能性が待っているだけです。

政治宣言によると、場合によってはEUとの間の自由なモノの流れを確保し、意欲的な関税の取り決めを行い、英国がモノに関する多くの規制をEUの規制に合わせるべく検討することが意図されています。政治宣言の実に重大な欠陥はサービスについてほとんど触れていないことです。この欠陥は、英国のGDPの80%はサービス業で生み出され、輸出の45%をサービスが占めているという事実が明確に示しています。英国はサービス経済なのです。

EU離脱の行方

EU離脱の行方は不確実性に満ちています。いかなる打開策が見いだされようと、それは交渉の終わりではなく始まりにすぎません。リスボン条約第50条の発動を取り消した場合のみ何が起こるか分かっていますが、そのためには、さらなる国民投票がほぼ間違いなく必要になります。EUによって定められた期限は4月12日です。現時点では、多くの党がEU離脱に強く反対しています。もし、離脱承認ということになれば、英国はEUとの貿易協定の交渉を開始し、原則として、米国その他の国々との協定を交渉することができるようになります。日本との経済連携協定に代わるものを策定することも課題となるでしょう。

講演3:世界貿易の新たな時代:ロボットの果たす役割

ダリア・マリン(CEPRリサーチフェロー / ミュンヘン大学教授)

世界貿易の新たな時代

私たちはハイパー・グローバリゼーション(より進んだグローバル化)の時代に生きています。貿易の自由化には3つの波がありました。まず、1950~1980年に先進工業国で、続いて1980~2009年には途上国で貿易の自由化が進みました。そして、1990年以降はグローバル・バリュー・チェーン(GVC)の台頭が見られるようになりました。この第3の波は、生産に対する貿易額の比率(貿易依存度)の大きな上昇に特徴づけられますが、これがハイパー・グローバリゼーションの時代と称される時代です。ところが、2011年以降、世界の貿易量と貿易自由化の動きはともに停滞しています。考え得る原因は3つあります。グローバル・バリュー・チェーン拡大の終焉、投資の伸び悩み、そして、中国における輸出から国内消費への転換です。GVCの拡大がなぜ止まったかという問題は重要です。

これからお話するのは、経済分野におけるロボット活用について私が考えた2つの仮説です。

先進国における製造業の復活

1つめの仮説は、ロボットの活用が高所得国における製造業の復活をもたらすというものです。ロボットが労働者に取って代わり、効率性を高めるだけでなく、これまで不可能だった仕事をこなすようになります。さらに、ロボットはそのもの自体が資本偏向的なので、労働コストは重要でなくなります。つまり、労働コストにおける優位性はいずれ妥当性を失うことになるということです。ロボットの活用が最も進んでいるのは韓国と日本とドイツです。韓国は労働者1,000人当たり6台以上のロボットが使われています。これに対し、オーストリア、スペイン、米国、フランスにおける労働者1,000人当たりのロボット台数は1台をわずかに上回る程度です。先進国の製造現場におけるロボットの使用は主に自動車産業によるもので、ほとんどの先進国でロボットへの全投資額の50~60%を占めています。

GVCの話に戻りましょう。GVCの規模は、ある産業の生産活動に投入された生産財に占める輸入財の比率で測定します。生産プロセスのグローバル化が進み、高所得国は生産拠点を低賃金国に移転します。生産拠点の海外移転(オフショアリング)は生産財の輸入を増やし、国内回帰(リショアリング)はこれを減らします。欧州では、一部の高所得国から東欧諸国への生産拠点の移転が進む一方、英国、フランス、オランダ、スペインにとってGVCの展開先として中国が最も重要な存在となっています。しかし、これについても、2011年以降はGVCの拡大が止まり、製造業の国内回帰が進んでいます。興味深いことに、日本では、他の国々と異なり、ロボット化の動きが縮小し、GVCが急拡大しています。中国、インド、インドネシアは2000年代半ば以降、生産プロセスの国内回帰が進んでいます。

金融危機の前、低賃金国で賃金が上昇していたにもかかわらず、高所得国がこれらの国々に生産拠点を移転し続けたのはなぜなのでしょうか。

このことは、これらの国々でロボットの利用が進んだことを示しています。スロベニア、チェコ共和国、スロバキアなどでは、生産プロセスにおけるロボット利用がかなり進んでおり、労働者1人当たりのロボット台数で見ると、フランス、スペイン、オーストリア、米国を上回っています。私たちは、世界銀行が言うところの「中所得国の罠」をロボットに多額の投資を行ってきた一部の東欧諸国が上手く回避してきたことを知っています。これらの国々は、賃金が上昇しているものの、ロボットに投資をすることでGVCの展開先としての魅力を維持しています。金融危機前は、ロボットと生産活動の海外移転の間に重要な関係は見られませんでしたが、金融危機の後、状況は一変しました。2010年以降、多くのロボットを活用している国ほど、生産活動の海外移転が少なくなっています。生産活動の国内回帰が起きており、ロボットという要素が加わったことで、製造業が高所得国に戻りつつあると結論付けることができます。さらに、ロボットの比率が高ければ高いほど、GVCの展開先になる可能性が高まります。

では、このような生産活動の国内回帰は高所得国の雇用を改善することになるのでしょうか。

機械による人間の代替

2つめの仮説は、知能機械は技能の需要を増やすというより、有能な人材を代替することになるだろうというものです。つまり、デジタル技術は資本偏向的であり、技能偏向的ではないということです。例えば、記事や原稿を瞬時に書き上げるインテリジェントなソフトウェアが出てきてジャーナリストや場合によってはアナリストに取って代わるとか、弁護士の代替となる法務ソフトウェア、医者の代替となる医療ソフトウェア、大学教授の代替となるオンライン講座が登場するといったことが考えられます。

通常、技術は技能偏向的だという言い方をしますが、これは技術を使いこなすためにより多くの技能が必要になるという意味です。技術と技能は補完し合う関係にあるということです。そうだとすると、技能や学歴が高いほど稼得所得が高くなり、スキルプレミアム(高技能労働者と低技能労働者の賃金格差)が上昇すると予想されます。米国ではそのとおりになりましたが、フランス、イタリア、スペインなど多くの欧州諸国では、実際には逆のことが起きています。高技能労働者の時給が相対的に低下し、低技能労働者の時給が相対的に上昇したのです。欧州では、ドイツを除き、スキルプレミアムは2005年以降、低下しています。

スキル偏向型技術という考え方の別類型として分極化仮説がありますが、これは、情報技術が中間層の仕事を奪うというものです。この仮説によれば、複雑で反復的でない仕事は報酬が高いものも低いものも需要が増え、中間所得の仕事は需要が減ることになります。このことはデータに表れているでしょうか。そういうわけではなさそうです。なぜスキルプレミアムは低下しているのでしょうか。

2つの可能性が考えられます。1つは、学位を持った人材に対する需要が減っている可能性です。これは、技術が技能偏向的ではなく資本偏向的であるという主張です。1980年以降、GDPの労働分配率が世界的に低下していることがその裏付けとなっています。ある論文は、この低下の50%は情報技術によるものと考えられるとしています。もう1つの可能性は、学位を持った人材の供給が増えすぎたというものです。この考え方の裏付けとなっているのは、高等教育を受けた成人の失業率が大きく上昇しているという事実です。高等教育の普及も急激に進み過ぎました。高等教育進学率が技術進歩を上回るペースで伸びた結果、スキルプレミアムが最小限にとどめられています。

従って、さらなる高等教育の推進は正しい方向ではないと思われます。過去数十年間、「人的資本」対「労働」が課題になってきましたが、今度は「資本」対「労働」という新たな課題に直面しているということなのだろうと思われます。

パネルディスカッション

プレゼンテーション1:深まるグローバル統合と動かぬ投票者

冨浦 英一(RIETIファカルティフェロー / 一橋大学大学院経済学研究科教授)

日本経済にとっての英国

日本経済にとって英国は、モノの貿易で見ると1~2%程度を占めるに過ぎない小さな存在です。しかし、日本の対外直接投資(FDI)残高で見ると英国のシェアは10%を超えています。経済を論じるにあたっては、モノの貿易だけでなく対外直接投資も視野に入れる必要があります。日本企業はEU市場と米国市場に対応すべく英国とメキシコに巨額の投資を行っていますが、ここ数年、英国のEU離脱問題と米トランプ政権誕生により、グローバル化戦略の転換を迫られています。

英国のEU離脱について欧州に拠点を置く企業に共通する懸念は関税率の上昇です。しかし、日本貿易振興機構(JETRO)が欧州進出日系企業を対象に行った調査によると、非製造業の欧州子会社が2番目に多く挙げた懸念は英国とEUの間のデータ送信に関するものです。やはりモノの貿易に焦点を当てるだけでは不十分です。

日本はこのところモノの貿易収支が赤字になっていますが、外国直接投資や技術も含む経常収支は黒字です。形のないものをつかむのは困難な作業ではありますが、無形のものにもっと注目する必要があります。

EU離脱問題の教訓

EU離脱に賛成票を投じるという判断に最も大きな影響を与えた変数は学歴で、その他にも年齢、性別、地域の経済状況などが有意な影響を与えたことが先行研究で示されています。これらの変数は、米国大統領選挙における投票行動や日本における貿易政策に関する意識調査への回答にも影響を及ぼしていました。RIETIが実施した調査では、上記の変数に加えて、現状維持バイアスやリスク回避といった行動バイアスも移民やグローバル化に対する個人の反応に関係していることがわかりました。

各国の経済がモノの貿易だけでなくサービス、技術、対外直接投資、デジタル貿易を通じて深く結びついています。このため、各国政府は、他国との間で国内規制に関するルールも含む、踏み込んだ内容の協定を締結する必要があります。しかし、一般市民や投票者は、行動バイアスの影響を受けており、しかも国内の生まれ育った地域からあまり移動しません。そこで、短期的には選択肢を投票者にどう提示するかが重要ですが、長期的には国民の教育が重要です。問題は中期的に何をなすべきかが分かっていないことです。

プレゼンテーション2:欧州における日立の概要:モノのインターネット時代におけるイノベーションパートナーとして

田辺 靖雄(株式会社日立製作所渉外特別代表)

欧州における日立の概要

日立はモノのインターネット時代のイノベーションパートナーです。日立グループの連結収益は721億ユーロで、従業員数は世界全体で30万人を超えます。収益の約50%が日本国内、残りは海外です。アジア、北米、欧州、その他の地域で事業活動を行っています。当社のビジネスモデルは「社会イノベーション事業」と称されるものです。当社の持つ能力と強みを生かして顧客や社会にイノベーションを届けようとするものです。

欧州における日立

欧州における収益は74億ユーロです。うち37%が鉄道システムを中心とする社会インフラ・産業機械システム事業によるものです。現在、鉄道システム、電力システム、IoT(モノのインターネット)ソリューション、建設機械という4つの戦略的事業の成長を通じて事業拡大を図っています。英国、イタリア、ドイツ、オランダ、スイスなど、欧州各地に当社グループ企業の地域統括本社が置かれています。

鉄道システムは英国における当社の重要事業で、鉄道の維持管理に力を入れています。スペインでは、高度がん治療機である陽子線治療装置とその保守事業を受注し、現在稼働に向けて準備を行っています。

日本経済団体連合会の要望

英国のEU離脱については、日本経済団体連合会からすでにいくつか要望が出されています。必要であれば移行期間を延長し、関税やライセンスが従来どおり維持されるよう「穏健離脱」を目指し、移行期間終了後直ちに多国間・二国間協定を締結するよう求めています。

プレゼンテーション3:世界的な課題と不確実性の下での日本経済成長戦略

風木 淳(経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当))

アベノミクス

デフレ経済を克服し、経済成長を促す要因を増加させるために、安倍首相はこの6年間で3本の矢の政策を実施しました。成長戦略については、資本と労働投入を増やし、生産性を高めることによって行われました。データは肯定的な結果を示しています。名目GDPは拡大し、企業利益は増え、訪日外国人旅行者数も増加し、失業率は下がっています。

世界情勢

日本は今、世界の政治・経済情勢の変化に直面しています。この変わりゆく世界情勢を日本がうまく乗り切って行けるよう、経済産業省は、ルールに基づく通商戦略、イノベーションエコシステム、成長のための再分配がなされる新たな社会システムという3つの方向に向けて政策を推進してまいります。

成長戦略

成長戦略の最終目標は「Society 5.0(ソサエティ5.0)」の実現です。Society 5.0とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を融合させた超スマート社会のことで、技術の活用を通じて社会問題を解決しようという考えです。重点分野は、無人自動運転を含むモビリティ、次世代ヘルスケアシステムなどの健康医療、キャッシュレス社会の構築を中心とするフィンテック/キャッシュレスシステムです。

日本の人口は減少しています。労働人口も急減すると予想されています。一方で明るい材料としては、昔に比べて高齢者が元気で、80%が70歳まで、あるいはそれ以上まで働き続けたいと思っていることです。安倍首相は昨年、向こう3年間の最優先課題として「人生100年社会」の実現を挙げました。日本にとっては大きなチャンスです。

質疑応答

中島:
どの国がグローバル化の恩恵を受け、どの国が受けられないのでしょうか。

ボールドウィン:
テレマイグレーションによって途上国が自国の比較優位を直接活用できるようになることは明らかだと思います。ごく最近まで、途上国が比較優位を活用する唯一の方法は、モノをつくり、外国に送り出すことでした。今は、デジタル技術のおかげで、在宅勤務という手段を通じて賃金水準の差をより直接的に活用できるようになっています。

新興市場国の奇跡は今後も続くし、その範囲は拡大するだろうと思います。これまでは製造業を舞台に奇跡が繰り広げられてきました。南アフリカ共和国、ブラジル、ケニアといった国々には有能な人材がたくさんいます。高所得国にとっては非常に破壊的なものになるでしょう。これまでとは全く異なる層の人々が初めて、低賃金競争に直接晒されることになります。

高所得国でも最も競争力のあるサービス提供者は恩恵を享受するでしょう。さらに、中所得国の中間層が直接的に最も大きな恩恵を享受することになると思います。彼らはすでにつながっているし、技能も持っています。このあたりから新たなグローバル化の波が起きるのではないでしょうか。

中島:
この新たなグローバル化はロジスティクス業界にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

ボールドウィン:
ロジスティクスで影響を受けるのは通信、AI、コンピューティングといった側面です。運輸については、自動化によって労働コストが下がりますが、ある程度まで下がり切ると製造業の貿易は行われなくなります。何かを遠く離れた場所でつくって運ぶことに価値が見いだせなくなるからです。あらゆるものが現地で生産されるようになります。それは、世界中でモノの輸送ニーズが減少することを示唆しています。

中島:
英国がEUにとどまる可能性についてどのようにお考えでしょうか。

ウィンターズ:
2度目の国民投票を求める政治的圧力が強まるだろうと思います。これに代わる見方は、メイ首相が自身の離脱案に固執するというものです。その場合、ほぼ間違いなく離脱案は拒否され続け、議会は合意なき離脱かリスボン条約第50条の発動取り消しかという二者択一を迫られることになるでしょう。そうなってしまったら、議会が第50条の発動取り消しを選ばない可能性は十分あると思います。まさにこの可能性があるからこそ、各党が最終的に2度目の国民投票を行うことで合意するかもしれないのです。

中島:
ドイツの高等教育や職業技能教育の制度についてどのような考えをお持ちでしょうか。また、欧州教育という枠組みにおける人文科学教育はどのようにご覧になっていますか。

マリン:
ドイツの制度は非常にうまくいっていると多くの人々が評価しています。問題は、この制度が将来にわたり持続可能なものかということです。技術変化が激しい時代においては、一般知識に依拠する制度の方が有利です。専門知識は瞬く間に時代遅れになってしまいます。一般知識を身につけて学び方を学んでおいた方が、うまく適応していくことができます。将来的にドイツの制度は理想的な制度ではないかもしれません。

STEM(科学・技術・工学・数学分野)教育についてですが、現在、ドイツでは新規事業にSTEM技能を提供できる人材が不足しています。十分な人材を見つけることが最大の課題になっているのです。デジタル化について分かってきたのは、ほとんどの先進国において、生産性の上昇率の高まりは期待されていたにもかかわらず起きていないということです。考えられる理由として、新たな雇用が十分創出されていないのではないかということが挙げられます。こうした新たな雇用に適した技能を持つ人材が十分に育っていないということもあります。

中島:
国民投票からかなり時が経っています。未だに合意が得られないのはなぜなのでしょうか。

ウィンターズ:
賃金の停滞と金融危機に緊縮財政が続きました。当時の状況でもはや得るものはほとんどないと感じていた人々がいました。政権の指導力のなさに「ポスト真実」時代における道徳的行動基準の低下も相まって、EU離脱投票は体制を懲らしめるチャンスだと誰もが考えていました。そして誰一人として離脱派が勝利するとは思っていませんでした。

通常はこれであらゆることが見直されることになると思うでしょうが、誰も本当にこうなるとは思っていなかったのです。そんなわけで、誰も状況に適応できておらず、あのような重大な判断ミスを犯してしまった人たちに譲歩しようという人はもういないのです。最初から事実と良識に基づいた大規模な国民的議論を実施しなかったのは政治の大失態でした。もう手遅れです。

北アイルランド国境問題の安全策(バックストップ)については、保守党強硬離脱派は、新技術を導入すれば国境問題はすべて管理できるので何も心配することはないと言っています。しかし、仮に正直な大企業で完璧に機能するシステムを構築できたとしても、明らかに、多くの大企業が正直ではないし、自動システムに準拠するつもりのない人々はいともたやすくシステムを回避することでしょう。さらに、小規模企業の経営者は技術的な要件を満たすのは高くつくので、海外との取引をやめてしまうかもしれません。

中島:
英国がEUに残留することになった場合、日本企業にどのような影響があるでしょうか。

田辺:
ほとんどの日本の大企業は、在庫の積み増しやサプライチェーン変更に向けた準備、生産ラインの移転を進めるなどして、あらゆる可能性に備えていますので、乗り越えられないような問題に直面することはないだろうと思います。一方、「ハード」もしくは「合意なき」離脱ということになった場合、先が見通せなくなり、備えるのが難しくなります。そうなると日本企業に深刻な影響が及ぶことになるかもしれません。

中島:
英国離脱は日・EU経済連携協定(EPA)に影響を与えるとお考えでしょうか。

風木:
メイ首相と安倍首相は、2019年1月の共同声明の中で、日英間で新たな経済パートナーシップを構築しなければならないという見解を共有しています。英国離脱問題の結果如何にかかわらず、できる限り早く行動する必要があります。自由かつ公正な貿易を尊重することが現時点における対英国での戦略です。

中島:
英国とEUが別々の道を歩むことになった場合、日本との貿易はどれくらい影響を受けることになるのでしょうか。

冨浦:
多くの日本企業はすでに英国内や欧州域内に生産ネットワークを構築しています。そのため、サプライヤーを変更するなど短期的な措置を講じなければなりません。長期的には、深刻な不確実性が存在するとき、各企業は複数の供給先を並行して確保する体制にするなど不測の事態に備える必要があり、経済の効率性にマイナスの影響が出ることを認識しておかなければなりません。英国のEU離脱問題によってもたらされた不確実性に伴うこの追加的なコストは誰が負担すべきなのでしょうか。

中島:
合意なき離脱となった場合の影響はどういうものになると予想されますか。

ボールドウィン:
合意なき離脱ということになれば、緊急対応状況に入らざるを得ないだろうと思います。その場合、EUはさまざまなことを一時的に停止する可能性があります。それはWTOルール違反になるかもしれないし、ポピュリズムをけん制することになるかもしれません。あるいは、民主主義制度全体への信頼を弱めるという残念な結果を招くことになるかもしれません。英国のEU離脱や米国の現在の状況は選挙民の過ちの結果だと考える人々がいるからです。

ウィンターズ:
3年先もしくは5年先を考えると、欧州は主要国の1つを失って弱体化することになると思いますが、希望的観測としては、域外各国と好ましい貿易協定を締結し続けていくのではないでしょうか。英国は大きな損失を被るでしょう。経済力は大きく衰退し、国際社会における英国の存在感は小さくなるでしょう。

経済的に、英国は世界のGDPの約2.5%を占めるに過ぎないので、世界経済はさほど大きな影響を受けないだろうと思います。世界はそのまま前に進んでいくというのが私の予想です。しかし、欧州に実際に大きな影響が及ぶことになったら、深刻な変化が起きることになるでしょう。ですから、この先数年間、欧州に何らかのダメージが出てきた場合はこれを支援することが誰にとっても最善策ということになります。

中島:
ドイツは英国との貿易量が大きいですが、どういう影響があるとお考えでしょうか。

マリン:
英国はEUにとって非常に重要な国で、多くの場面で、あまり競争力重視ではない政策をとりがちなフランスの対抗勢力となってきました。ドイツは常に英国と連携してきたので、EU域内の力学が変わることになります。私たちはこの状況を大変残念に思っています。

さらに、ドイツはGVCの混乱による打撃も大きいでしょう。英国離脱の影響はそれほど大きいと思っていませんが、ドイツは英国との間に大規模な生産ネットワークを有しているので、特に自動車産業では、複数の国境をまたぎ関税が課せられるなど、深刻な影響が出ることになるでしょう。

中島:
合意なき離脱の場合、日本ではどういう影響がありそうでしょうか。

冨浦:
短期的な影響と長期的な影響があります。短期的には、在庫を積み増しするなど、日本企業は対応を講じることになるでしょうが、長期的に見ると、世界の経済政策決定における英国の影響が小さくなり、その結果、デジタル貿易のルールを含む重要なルールの制定作業に遅れが生じることになるでしょう。

田辺:
合意なき離脱は、日本にとって好ましい結果ではありません。現在、日本企業は英国を欧州への玄関口と位置付けており、開かれた事業環境をずっと享受してきました。しかし、個人的な意見を言うなら、いい教訓になるのではないかと思っています。日本人、日本企業、日本政府に対し、不確実な世界においては予期せぬ変化に常に備え、強靭性を高めておく必要があることを教えてくれているように思います。

風木:
合意なき離脱という事態が回避されることを願っています。変化について各企業への周知が徹底されるようにしなければならないと思います。英国には多くの日系企業が進出しており影響は大きいと思われます。モノの貿易、関税率、関税手続きばかりが大きく注目されてきましたが、同じように重要なサービス貿易や国内規制などの分野についても検討する必要があります。もう少し前向きな側面としては、これを契機に将来的には日英間で新たな意欲的な協定を締結できるかどうかという点もあるかと思います。

中島:
技術やロボットはどういうかたちで世界貿易に影響を及ぼすことになるのでしょうか。

ボールドウィン:
最も大きな影響を及ぼすのは機械翻訳だと思います。機械翻訳が貿易のあり方を変え、大きく加速させることになると思います。一般的に同じ言語の国同士の貿易はそうでない国同士の貿易を50%上回っています。機械翻訳によってこれと同じくらい増加するだろうことは簡単に見て取れます。

ウィンターズ:
技術については政策の管理が非常に重要になってくると思います。中国とインドにおいては特にそうです。

マリン:
貿易の開放性は行きつくところまで行きついたように思います。これまで起きてきたことが将来にわたり起こり続けるわけではないので、これまでと同じような働きをすることにはならないでしょう。

人工知能(AI)はこれまでに起きた他の変革とは大きく異なります。雇用に関しては、雇用創出と余剰人員発生のペースが異なるため、生産性の向上にはつながりません。政府が果たすべき役割は大きいと思います。AIが民間企業の手にある限り、雇用創出の方向に向かうインセンティブは働かないからです。政府は、AIに取って代わられた労働者のための雇用を生み出す大きなインセンティブを民間企業に提供すべきです。

冨浦:
日本では夥しい数のロボットが製造工場に導入されてきましたが、最近では、非製造部門のサービス業務をこなせるAIロボットが出てきています。この違いを理解することは重要だと思います。

田辺:
デジタル技術を中心とする技術の進歩によって、多くの可能性が日本企業にもたらされています。現在、製造業や医療に関する膨大なデータが存在します。これらのデータを活用することで、日本経済の生産性を高められる可能性があります。これは政府が推進していることでもあります。人材に関しては、デジタル技術を効果的に使いこなせなければならないので、データアクセスと教育が不可欠です。

風木:
デジタル技術は日本経済と世界経済に大きな影響をもたらすことになると思います。最近、AIや機械学習が誰でも利用できる汎用技術になりつつあることやギグエコノミーの影響について議論しています。これらの新技術は高所得者と低所得者で格差を生み出す可能性もありますが、実際にどうなるかはこれらの技術への適応性次第です。従って、日本がこうした技術を最大限活用していくには、柔軟な労働と教育のシステム、とりわけリカレント教育(社会人の学び直し)の推進が重要です。

中島:
自由貿易協定(FTA)のような地域連携は拡大するのでしょうか。それとも縮小に向かうのでしょうか。

ボールドウィン:
世界経済の地域化は、連携国が類似の事業環境にあることが求められるGVCが原動力となって推し進められました。WTOは膠着状態のままで、GVCに参加していない国がほとんどだったことから、当初、これらの問題については二国間貿易協定で対処されていましたが、必要な課題すべてを網羅するなかで、これらの協定は相当包括的なものとなりました。最終的に、これらの協定が組み合わさることでメガ地域協定に発展しました。

GVCが近いうちになくなるとは思えません。従って、地域統合の動きは継続されることになるでしょう。電子商取引協定については、世界中でこれまでとはかなり異なる国々の連携が見られます。ある意味、全世界が1つの地域であり、あらゆる当事国が交渉の席につかなければならないからです。これは新しいタイプの協定ですが、その一方で、従来型のGVCは依然として拡大しているし、そのペースは加速し続けるでしょう。

ウィンターズ:
突如として単一に統合された世界経済が出現するとは思いません。多くの新技術に関わる大きな問題は、法的責任をどうするかといった問題です。インド人の医師がオーストラリアにいる患者の診断を誤ったらどうなるのでしょうか。世界的な経済統合が実現するには大きな信頼と正式な承認が必要です。前進させるために相当な努力を要する専門的な問題がたくさんあります。さらに、国家主権の侵害につながる問題も出てきます。昨今の政治の趨勢はこうした問題に対する反応として出てきたものです。そして、さらなる分裂が起こるのではないかと懸念しています。調和のとれた単一経済という考えは楽観的過ぎると思います。

マリン:
どの国がGVCの展開先として魅力的かということが大きな問題になるだろうと思います。その点において、関税や貿易規制は国を敗北に導くことになるでしょう。

冨浦:
グローバル・バリュー・チェーンの配置は、これまで主に親会社とターゲット市場との地理的近接性に基づいて行われてきましたが、これは必ずしもデジタル貿易にも当てはまることではありません。過去に締結されたFTAは、多くの場合、近隣諸国間の地域統合を反映するものでしたが、デジタル貿易に対応するために、新たなルールが策定されなければならないと思います。

中島:
ロボットの導入は途上国の競争力を向上させています。日本企業はどうやって前へ進むべきでしょうか。

田辺:
日本はAIに強みがあるので、高性能ロボットの導入という点において、日本は他の国々より大きな潜在力を持っています。日本はこの分野におけるシェアを拡大できると思います。アジアは世界経済の成長の中心地ですから、日本企業にとっては好機です。日本が中心となって地域協定の締結が進んでいます。こういうかたちでこそ、日本は世界経済をリードしていくことができます。

中島:
途上国があらゆる面で能力を高めつつあるなか、日本はどうやって競争優位を維持していくべきでしょうか。

風木:
グローバル・バリュー・チェーンに関して言えば、引き続き国際ルールづくりでリーダーシップを発揮するとともに、日本が最先端の地位を維持していけるよう、企業改革や人材開発を含む国内の構造改革に力をいれていくことが私たちの役割だと思っています。

WTOの重要性についても強調されなければなりません。今年1月にはダボスで同じ志を持った76カ国が電子商取引協定に関する協議の場を立ち上げ、議論を進めています。近年の動向にかかわらず、WTOは今でも前進している側面もあり、2019年に日本で開催されるG20を含め、改革に向けて国際社会のより一層の努力が求められています。