RIETI-NISTEP政策シンポジウム

オープンイノベーションによる日本経済再生の道筋(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2015年8月21日(金)13:30~17:50
  • 会場:イイノホール&カンファレンスセンター Room A
    (東京都千代田区内幸町2丁目1-1)
  • 議事概要

    第5期科学技術基本計画の策定が進む現在、国が推進しているオープンイノベーションの流れをさらに加速し、わが国の経済成長につなげることがますます期待されている。本シンポジウムでは、その実現のために必要な民間企業の取り組み、政策的なインプリケーションについて検討した。基調講演では、第5期科学技術基本計画に触れながら、どのようにオープンイノベーションを推進していくべきかが提示された。その後の講演では、米国における経験や先端的な事例をベースに、オープンイノベーションについての見解が述べられた。最後のパネルディスカッションでは、産学連携における日米の比較、国家の役割などについて活発な議論が行われた。

    開会挨拶

    中島 厚志 (RIETI理事長)

    人口が減少し、潜在成長力が低下している日本経済の活性化のためには、イノベーションが必要不可欠である。イノベーションが生じる可能性は、自社のみならず他社、大学等が持つ技術やアイデアを組み合わせるオープンイノベーションの手法を促進することで高まる。本シンポジウムが、今後のオープンイノベーション政策を支えるものとなれば幸いである。

    奈良 人司 (NISTEP所長)

    現在、第5期科学技術基本計画の策定作業が進む中で、日本企業の研究開発の自前主義、組織間の壁、産学連携策の不足という課題が挙げられている。こうした課題の克服と、イノベーションに関する一層の議論、学術的な知見の深化がわが国に求められている。本シンポジウムにおける議論が、わが国の科学技術イノベーション政策をまさにイノベートする契機になればと考えている。

    基調講演「イノベーション推進:日本の特異点とは?」

    原山 優子 (内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員)

    第5期科学技術基本計画の概要

    日本では組織内部と外部のつながりが弱く、オープンイノベーションを促進するために最適な環境とは言いがたいこの改善には、政府による制度改革が求められる。日本はこの20年間、科学技術基本計画を策定してきた。現在策定中の第5期科学技術基本計画が過去の計画と大きく異なる点は、単なる「科学技術」ではなく、「科学技術・イノベーション」が主体となったことである。2016~2020年はこれまでとは比較にならないほどの変革の時であり、確定できない将来に向けていかに準備しておくかが鍵となる。

    第5期科学技術基本計画においては、1)未来の産業創造・社会変革に向けた取組、2)経済・社会的な課題への対応、3)基盤的な力の育成・強化を3本柱としている。それらの実効性を高めるのが、多種多様な組織が関わり合ってイノベーションを創出するイノベーション・エコシステムである。このシステムをつくるには人の流動性がカギとなるが、単純に人が動けばいいという問題ではなく、さまざまな場でさまざまな知識を吸収した人が、それを活用していく場を求めて動かなければならない。

    達成すべき課題と推進方策

    第5期科学技術基本計画では、「未来の産業創造と社会変革に向けた取り組み」として、未来に果敢に挑戦する研究開発への投資と人材の強化、新たな価値を生み出す「システム化」と統合、「超スマート社会」の実現に向けた共通基盤技術の強化を挙げている。

    「経済・社会的な課題への対応」として、持続的な成長と地域社会の自律的な発展、安全・安心な生活の実現、地球規模課題への対応と世界の発展への貢献を掲げている。

    「基盤的な力の育成・強化のための方策」として、科学技術イノベーション人材の育成・流動化、知の基盤の涵養、オープンサイエンスの推進を示している。

    「科学技術イノベーション・システムにおける人材、知、資金の好循環の誘導のための方策」として、好循環を促すイノベーション・システムの構築、大学改革と研究資金改革の一体的推進、国立研究開発法人の機能強化・改革、「地方創生」に資する科学技術イノベーションの推進を挙げている。

    個人、組織、政府が共に議論して行動できる状況がなければ、オープンイノベーションは機能しない。自分の土俵だけをにらみながらアクションを取るのではなく、他の土俵をうまく取り込みながら、他人にも自分にも有利になるというしたたかなストーリーを描けるかがこれから重要になる。キーワードは「Co-...」である。次に続くのはproductionかもしれないし、creationかもしれない。

    講演「米国の経験から」

    「公的研究資金の効果を評価するためのフレームワーク」

    アダム・ジャッフィー (Motu経済・公共政策研究所所長・上席研究員/全米経済研究所リサーチアソシエイト)

    エビデンスに基づいて、最も効果的な政策を選択することは可能である。新薬の場合のように、政策によってどのように結果が変わるのか、政策の「トリートメント効果」を測定すべきである。しかし、ある特定の政策が実施されなかった場合の結果を予測するのは困難である。援助を受けた者と受けなかった者を比較することは1つの方法である。しかし、援助を受けた者は無作為に抽出されず、選択の偏りにつながる。

    たとえば、ニュージーランドのマースデン基金研究補助金を用いて、補助金を支給されたプログラムと却下されたプログラムに注目することによって、プログラムの「トリートメント効果」を比較することができる。補助金の受給後、1年間あたりの出版件数は最大15%、引用件数は最大25%増加した。ビジネス・オペレーションズ・サーベイ(BOS)データを用いて、企業の研究開発を支援するニュージーランドのプログラムを考察し、資金提供を受けた企業とプログラムに参加しなかった類似する企業について比較した。資金提供を受けた企業は、新しい製品やサービスの売上高がより高く、新しい製品やサービスが導入される可能性は約2倍上昇し、また特許権を取得する可能性は約2倍となった。

    対象研究の有効性の測定については、影響のカテゴリーを特定できる。プロキシ/インジケーターを使って、このような影響を直接測定する、あるいは中間結果を測定することもできる。重要な点は、このようなプログラムはニュージーランドで効果があったから、他の国でも効果が得られるだろうということではなく、プログラムの有効性を検証するために使えるツールであるという点である。

    「オープンイノベーションとアントレプレナー戦略」

    スコット・スターン (マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院教授/全米経済研究所リサーチアソシエイト)

    イノベーションは効果的で透明性のある政策が実施されるかどうかに左右される。オープンアクセスは、継続的な科学研究、商品化、起業家精神を強化するだろう。研究機関は、先行知識を基にしてイノベーションを行う能力を開発する上で重要な役割を果たす。

    特に顕著な例は、バイオリソースセンター(BRC)である。BRCは、研究志向の科学者たちに新しい研究の基になる研究結果の検証方法を提供することによって、継続的な科学活動をうまく推進させてきた。BRCは将来のプロジェクトの潜在的な重要性を予測する手段として、過去の実験結果の記録も保管している。以前の閉鎖的なシステムと比べ、BRCへの寄託開始後は引用率が122%増加し、その効果は時間の経過とともに上昇し続けた。

    マウス遺伝学の分野において大きな影響力を持つデュポン社の例は、オープンポリシーがイノベーションの進展に果たす役割を申し分なく示している。デュポン社は、Cre-lox技術やトランスジェニックマウスのOncoMouseの知的財産権(IP)を積極的に行使することにより、マウスの遺伝子研究を阻害していた。知的財産権に関する制限が解除されると、後続研究の割合が飛躍的に向上した。このことは、オープンイノベーションがより生産的な研究環境を創出し、萌芽研究を増やし、マウスの遺伝子分野への新規参入が可能になったことを示している。以上の2つの例を考慮すると、オープンアクセス化が科学研究知識の蓄積に因果的効果を持つことは明らかなようである。

    オープンアクセス化が科学研究を強化したという事例のほかに、川下での商品化と起業家精神に着目した事例もある。地表の公開画像によって、金が発見される確率の高い地域を識別できるようになった。鮮明な衛星画像によって各地で金が発見される確率が上昇したということは、オープンアクセスの価値を示している。

    全般的にみて、公的資金が投入される研究の場合、データや手段へのアクセスが確保されれば、イノベーションの水準と研究の生産性は時間の経過とともに確実に向上するだろう。

    「米国製造業における発明とその商業化」

    アシシュ・アローラ (デューク大学経営大学院教授/全米経済研究所リサーチアソシエイト)

    オープンイノベーションは、イノベーションの効率を高めるとともに、イノベーションの速度も上がる。米国の製造業を代表する製造企業対象の調査によると、2009年には約42%が新製品を導入し、その36%は市場初のものであった(new to the market, NTM)。

    NTMイノベーションの外部ソースに注目すると、専門家の割合はわずか17%で、顧客の割合は27%であった。イノベーションの程度は、産業によって異なるが、イノベーターの44%は外部のイノベーションソースに依存しており、この依存率は産業や企業規模にかかわらず不変である。しかし、大企業は大学やサプライヤーをソースに選択する傾向にあるが、中小企業は個人の発明家をイノベーションのソースにする傾向が高い。他のソースからイノベーションを得られるかという質問に対し、イエスの回答は34%にとどまった。スタートアップ企業はサンプル企業のわずか2.5%に過ぎなかったが、13%の企業がスタートアップからイノベーションを獲得しており、その重要性を示したといえる。

    最も重要な外部発明のソースは顧客だったが、その発明の価値は、技術専門家と総称される大学、コンサルタント、個人の発明家から得られる価値よりも低かった。ただし、顧客からイノベーションを得るコストは技術専門家から得るよりも小さい。、外部発明を取り入れるコストの違いによる統計的なバイアスを調整した後でも、専門家から得られるイノベーションは、顧客やサプライヤーなどのバリューチェーンから得られるイノベーションより価値が高いことが明らかになった。同様の調査が日本で実施された場合、バリューチェーンから得られる価値が高くなる可能性がある。

    質疑応答

    モデレータ

    元橋 一之 (RIETIファカルティフェロー/NISTEP客員総括主任研究官/東京大学大学院工学系研究科教授)

    元橋:ミッションオリエンテッドなプログラムの評価について、アドバイスをお願いします。

    ジャッフィー:ミッションオリエンテッドなプログラムの有効性を測定するのは困難を伴うが、工夫の余地はある。

    元橋:R&Dを促進するための知的財産権の重要性と、オープンサイエンスの均衡をどのようにとるべきか。

    スターン:研究のためのインセンティブは重要だが、特に公的資金が投入される研究は、イノベーションの市場を良好に機能させる施策を導入する必要がある。

    元橋:専門家による高い価値のイノベーションは、オープンサイエンスとどのように適合するのか。

    アローラ:専門家は、ほかのソースよりも質の高いイノベーションをもたらす。

    元橋:政策分析が政策行動につながった事例はあるか。

    ジャッフィー:政策研究の結果、マースデン基金の選考手続きを変更し、選考に関するリソースを減らして研究により多くのリソースをあてるべきだという議論が行われた。

    アローラ:政策研究の結果、いくつかのプログラムがキャンセル間際まで追い込まれた。

    パネルディスカッション 「政策的インプリケーション」

    モデレータ

    元橋 一之 (RIETIファカルティフェロー/NISTEP客員総括主任研究官/東京大学大学院工学系研究科教授)

    報告1「University-Industry technology transfer: overview & continuing challenges」

    ジェフリーL.ファーマン (ボストン大学経営大学院准教授/全米経済研究所リサーチアソシエイト)

    米国では、ベンチャーキャピタルや技術移転機関などの存在によって、バイドール法制定以前から産学連携が高いレベルで行われていた。米国の事例から、産学連携において押さえておきたい点を2つお示しする。

    1点目は、大学から民間企業への技術移転のインセンティブをつくることは大切だが、非常に難しいということだ。たとえば、教授が持っている知財権の移転は税制の整備によって容易になるが、どのようなインセンティブが最も推奨されるかを示唆する証拠はまだそろっていない。

    2点目は、米国のシステムが全ての国でうまくいくわけではないということだ。その国のファンダメンタルズ、資金を考えた上で、オープンアクセスを担保することが重要である。

    最も良い産学連携の方法は、1つの方法を他の国でそのまま適用することはできないということを頭に置いた上で、オープン性、インセンティブをしっかりつくることである。

    報告2「Comments: from a US and Japan comparative perspective」

    長岡 貞男 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/NISTEP客員研究官/東京経済大学経済学部教授)

    日本の発明者を米国の発明者と比較すると、日本の発明者は研究開発の知識源として科学技術文献を利用している頻度が低いこと、海外生まれ・海外在住の研究者とのコラボレーションが少ないこと、組織間のモビリティが低く、特にベンチャーキャピタルが発達していないため、スタートアップのために動く発明者が少ないことが重要な差として挙げられる。

    日本の今後のイノベーション・システムにとって重要なことは、第1に、日本企業の科学の吸収能力を高め、進展するサイエンスをより活用できるようにすることである。第2に、国境や国籍を超えた協働である。知識の生産にチームが重要になっているため、よりオープンな採用慣行に変え、また言語能力を高めることが必要である。第3に、スタートアップ・システムの強化である。イノベーションは革新的なものであればあるほど、意見の相違を生かしてさまざまな実験が必要になるため、リスクキャピタルとのコンビネーションが重要になる。スタートアップ・システムを強化するためのエコ・システム内のコーディネーションが政府の役割として求められている。

    報告3「Digitalization and innovation in media」

    ジョエル・ウォルドフォーゲル (ミネソタ大学カールソンスクール教授/全米経済研究所リサーチアソシエイト)

    デジタル化は当初、レコード売上や新聞広告収入の減少をもたらし、メディア業界にとっての脅威であった。しかし、デジタル化によって、製造・販売コストが抑えられ、組織以外の個人も商品をつくることが可能になった結果、特に音楽、書籍、映画の業界において商品数が大きく伸びたため、消費者にとっては朗報となった。

    商品数が増えれば、おのずとヒットする商品数も増えていく。したがって、大手出版社や大手レーベルなどから出される商品(デジタル化以前の勝者)ではない、自主制作の商品(デジタル化以後の勝者)がヒットする現象が増えている。オンライン小説から大ヒット作となった『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』がその一例である。

    つまり、デジタル化は従来的な製作者や仲介者にとっては課題だが、新規参入者にとっては好機なのだ。著作権の執行を強化するという政策は、デジタル化の中で新しい商品を生み出していく上では必ずしもいいものではない。

    報告4「Hitachi's social innovation」

    田辺 靖雄 (株式会社日立製作所執行役常務)

    日立製作所は、エネルギー、都市問題、交通問題などの社会課題を日立製作所のテクノロジーで解決していく「ソーシャルイノベーション」というコンセプトを打ち出している。

    また、日立製作所は顧客とのコラボレーティブクリエーションというアプローチを強化している。得意としているビッグデータ解析を用い、単なるハードウェアの供給だけではなく、オペレーションやメンテナンスのサービスも加えた形で顧客のニーズに対応するというプロセスを推進しつつある。

    さらに、近年はビジネス戦略として、特にパートナーシップストラテジーを強化している。米国のペンタホというデータ解析の会社を買収し、これを日立製作所のテクノロジーとつなげることでプラットホームをつくろうとしている。また、ABBと組んで、送電分野のジョイントベンチャーをつくっている。このような形で、日立製作所はM&Aや顧客へのアプローチの強化を通じて、ソーシャルイノベーションを進めている。

    報告5「Approach to open innovation in Japan」

    中西 宏典 (内閣府大臣官房審議官(科学技術・イノベーション担当))

    日本におけるオープンイノベーションは、大学と企業、企業と公的機関の壁を壊していかなければなかなか進まない。間を取り持つような機能が日本全体として必要ではないか。過去10年で、政府の役割はどんどん小さくなっていったが、今、政府として社会経済的な課題に対して一歩踏み込んだことができるのではないかと考えている。

    最近、民間側が埋もれた技術を日本で活用すべきだと主張している。日本もようやく少しずつ、企業内の知的資産をうまく使い、ビジネスを拡大し、オープンイノベーションを推進することを考えはじめているということだ。

    ICTによってこれだけイノベーションのスピードが速くなっている中で、関係者が広く入った形のイノベーションが加速できるような、よりユーザーサイドにフォーカスしたイノベーション・システムをつくり込んでいかなくてはいけない。現在、これを念頭に置いて第5期科学技術基本計画を策定している。

    ディスカッション

    産学連携における日米の比較

    元橋:まずジェフリーさんに話を伺う。米国の大学における技術移転機関(TTO)はどのような経緯で設立されたのか。

    ジェフリー:初期のTTOは1950年代に始まった。そしてバイドール法によって、多くの大学がTTOをつくったが、必ずしも収益が上がるわけではなかったため、大学の資金集めというよりも、大学でつくった技術の普及促進に方向転換した。

    元橋:米国の大学には多様性があるが、それによってどのようなメリットがあるか。

    ジェフリー:それぞれが本拠を置く州にとって役立つ技術をつくるため、技術が多様化する。

    元橋:日立製作所の産学連携の事例をご紹介いただきたい。

    田辺:北海道大学白土教授の動体追跡照射技術と、日立の持つスポットスキャニング照射技術を組み合わせた陽子線治療装置を開発した。開発に当たっては、日本政府の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)を使った。マーケットの傾向を理解した上で、対等な関係で共同開発したことが成功の要因ではないか。

    元橋:長岡さんは、日本における海外生まれの人とのコラボレーションが増えれば、エフィシェンシーが上がるのではないかと言われたが、それはどういうロジックか。

    長岡:フロンティア分野の知識を組み合わせるためには国内だけでは不十分で、グローバルなチームが、特に科学とのつながりが強い分野で重要だということが実証的に分かっている。ただ、米国における海外生まれの人材は、米国の大学で勉強して、米国の大学や企業に残った人が科学者としても発明者としても貢献しており、これは世界から人材を集められる米国に限った特殊な事情である。海外生まれだからといって必ずしも優れた人材というわけではない。したがって、海外生まれの優れた人材を集める力を持っていなければいけない。

    元橋:長岡さんの研究によれば、大学を研究開発の知識源としている割合は日米でそれほど大きな差はなかった。単なる産学連携の量であれば、日米はほとんど変わらないということになると思うが、どこが違うのか。また、その違いをどのように測定すればよいのか。

    ジェフリー:産学連携において、産業側が得るメリットのほとんどは、大学からのライセンスや技術の移転というよりも、大学とのオープンクリエーションによって生み出される。その意味では、結果としてはそれほど違いが出ないということになるが、米国の場合は、この部分にかなり投資をしてきた歴史が長いため、それによって違いが出てくるのではないか。

    測定方法としては、合弁事業や特許、論文の数、公的セクターで生まれたものを基に民間が何をくみ上げていったのかということから測ることができるだろう。

    長岡:基本的に私の調査は共同研究や共同発明の頻度だけを見ているため、質までは押さえていない。その意味では、ここで日米の違いがはっきりするわけではない。ただし、事例について話すことはできる。たとえば日本で開発された革新的な薬剤の多くは、産学連携の成果であるといえる。企業内の科学者が、サイエンス自体が未完成の時点から研究に参入してくることで、大学側と企業側がお互いに学ぶプロセスができ、そこで革新的な発見も生まれる。良い研究資産を持っている者同士が、互いに協力して新しい技術をつくっていくことが成功の秘訣だと考える。

    中西:企業側から、米国の大学と比べて日本の大学は共同研究をビジネスライクに取り扱ってくれないという声がある。日本における共同研究の数は多いが、1つ1つの金額が平均200万円と小さいのは、企業側が大学に本当に成果を出してほしいと考えることが少なかったことが背景にあるのではないか。ところが、最近は1億円を超える共同研究もかなり増えていることから、企業も大学を本当のパートナーとして見はじめてくれているのではないか。

    ITとイノベーション

    元橋:ジョエルさん、デジタル化以前の敗者が、デジタル化以後は勝者になる比率が上っているのはなぜか。

    ジョエル:どの本、映画、音楽がヒットするかを事前に予測することは難しいが、くじを引く回数を増やせば当たる回数も増えるように、デジタル化によって出せる商品の数が増えたためにヒットする確率が上がったということだ。ここでのポイントは、メディア業界でイノベーションをオープンにしたのは、政策ではなくデジタル化というテクノロジーだったということだ。イノベーションは伝統的な組織以外がもたらしている。

    元橋:日立製作所では、顧客ニーズの中から技術シーズを探し、それを産学連携などで具体的に提供できる形にするというR&Dが行われているのか。

    田辺:おっしゃるとおりだ。歴史的には日立製作所も自前主義の発想が強かったが、顧客目線でソリューションを提供するためには、必ずしも自前技術にこだわらなくてもいいという発想を事業部も研究所の人間も持たなければいけない。それを今まさにオン・ザ・ジョブ・トレーニングしている段階である。

    元橋:音楽や本などのように、新規参入が増えて、マーケットが厳しい状態になり、ビジネス上の脅威になるということはないのか。

    田辺:私どもがしようとしていることは、米国やヨーロッパの同業他社も、われわれの後を追い掛ける韓国や中国もしようとしているため、国際的なビジネスの土俵では常に競争の緊張関係はある。その中で勝ち残っていくためには、オープンイノベーションやパートナリングなどの戦略をよく考えなければいけない。

    国家の役割は何か

    元橋:次は、国家の役割について考えていきたい。

    ジョエル:政策担当者が考えなくてはいけないのは収益であるため、特許や著作権を取り入れる際には、コストを十分に調査した上で、どのようなシステムの目標を立てるべきか考えなくてはならない。

    元橋:日本には、イノベーションを起こすための実験、トライ・アンド・エラーができる環境が少なく、これが米国との1つの違いだとよくいわれる。この点についてコメントいただきたい。

    長岡:繰り返しとなるが、社会全体として実験を強化するにはスタートアップ・システムの強化が重要である。日本では現状では研究者が職を移ることは非常に希だが、終身雇用の選択肢と両立するような形で、もっとスタートアップを増やすことはできるのではないか。今、総合学術会議でもベンチャーキャピタルの育成も含めて、スタートアップの強化に取り組んでいるが、それは価値がある。

    田辺:日立製作所では、人材の流動性はまだまだ低い。しかし、4月から米国人と英国人の2人が執行役に加わった。このように、外部から刺激を与える形で、人材も含めて、日立製作所ももっと変わっていかなくてはいけないと考えている。

    政策については、Internet of Thingsの時代には、いかにデータを取得して利用できるかが非常に大事になる。その際、セキュリティとプライバシーへの手当てが必要になる。既に政府では内閣サイバーセキュリティーセンター(NISC)の権限を強化するなど、情報セキュリティへの意識も高まっており、また個人情報保護法改正もなされているため、自由なデータの取得や移転ができる環境をつくっていただきたい。また、世界中でもデータの移動が何らかの条件で自由になされるようなスキームをつくることにご尽力いただきたい。

    元橋:ジェフリーさんから、日本に対して助言を頂きたい。

    ジェフリー:政策提案は主に3つある。1つ目は、イノベーション推進政策を導入する際には、その政策の評価システムを事前に設計しておくということだ。2つ目は、イノベーションについての情報のオープンアクセスを提供していくことである。そうすることによって、将来世代が現在の科学の進歩を最大限に活用できる。3つ目は、具体的にベンチャー企業、大企業の中のイノベーションを推進するということではなく、実験を推進することである。ベンチャー企業15社が同じ実験をするかもしれないため、実験を調整することも重要である。

    元橋:今日の議論は中西さんからご覧になっていかがだったか。

    中西:大学の先生は、本来であればリスクが取れるステータスを持っており、知識の蓄積も持っているため、そこをもっとサポートすべきだと思っている。数年前に、政府も大学に1000億円のファンドをつくるなどして、だいぶ世の中も変わりつつある。

    米国国防高等研究計画局(DARPA)のように、ハイリスクであるけれども、うまくいった場合は大きなインパクトがある研究を支援するということを、日本の研究開発のスキームでも、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)で行っている。それを他省庁にも広げていく努力をしている。