RIETI政策シンポジウム

賃金・処遇改革と「ポスト3.11」の雇用・労働政策 (議事概要)

イベント概要

議事概要

従来の日本的雇用システムが変容する昨今、賃金・処遇改革は、これからの日本を支えていく人材を育成・活用していく上で、重要な課題だ。いわゆる正規雇用・非正規雇用それぞれについて、処遇を改善することはできるのだろうか。未曾有の大災害であった3.11以降、日本の雇用環境が新たな問題に直面する中、未来を切り開く多様な人材を輩出することはできるのだろうか。そうした問題意識のもと、RIETIでは、2011年12月2日にシンポジウム「賃金・処遇改革と『ポスト3.11』の雇用・労働政策」を開催、学界・政策担当者・企業・労働組合から有識者を招いて、賃金・処遇改革と大震災後の労働政策について議論した。

報告(総論)

鶴 光太郎 (RIETI上席研究員)

シンポジウムのねらい

今回、なぜ賃金・処遇改革を扱うのか。政府は「新成長戦略」に、非正規雇用の処遇問題への対応を盛り込んでいる。これに対応し、厚生労働省は審議会・研究会を開催、2011年(度)末までに「非正規雇用ビジョン」を策定予定である。このような賃金処遇システムの改革は、正規雇用にとっても重要な問題である。

雇用情勢の現状

被災地を除いた全体の雇用情勢は、非正規雇用や雇用調整のデータを見ると、2008年のリーマンショックにより落ち込んだものの、現在は回復しつつある。被災地についても、4~6月には雇用保険受給者増加・新規求人倍率低下が顕著だったものの、数字上は夏ごろから回復基調が明確である。

大震災後の雇用・労働政策について

震災後の雇用政策は、非常に包括的かつ迅速な対応で、評価できる。しかし、雇用保険・雇用調整助成金の拡充は、緊急措置が恒常化してしまうという懸念がある。また本来は公費を使うべきではないかという議論もある。マッチングを考慮すると、労働移動の促進も考えなければならない。ハローワークも今回活躍したが、人材ビジネスにも活用の余地があるのではないか。

賃金・処遇改革の論点

こうした現状を踏まえた上で、賃金・処遇改革には、4つの論点がある。1点目は、マクロレベルで見た賃金低迷、労働分配率の低下である。2点目は、日本的雇用システムの変容をどう考えるか、という点である。年功賃金のフラット化、職能給から職務給・役割給への変更という問題である。3点目は、正規雇用と非正規雇用の賃金・処遇格差、4点目は正規雇用の多様化である。

正規・非正規雇用の賃金格差

正規・非正規の賃金ギャップは見かけ上は20~40%程度だが、個人の属性を取り除くと、10~20%程度に縮まる。このギャップの理由としては、非正規労働者に何らかの事情(例:地理的制約)がある可能性や、正規雇用には突発的な残業・転勤・配置転換という暗黙の契約があり、それが賃金を上乗せしている可能性がある。

転勤・不安定雇用に対する補償

RIETI「第5回派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査」では、労働者が転勤・異動や不安定雇用に対して、どの程度の補償を求めるかという調査を行っている。転勤・異動に対する最低補償率の平均は26%であった。補償率が50%を超えても転勤・異動はしない、という人も非常に多い。パート・アルバイトでは補償率が高い一方、製造業派遣では低いなど、実際の契約形態による違いも見られた。不安定雇用(短期契約)に対する最低補償率の平均は20%で、こちらも契約社員は高いなど、契約形態による違いが見られた。賃金関数の推定では、パートの賃金が低く、かつ経験年数が影響を与えないということが示された。政策的には、契約終了時に賃金の一定割合を支払うという仕組みの設定や、合理的理由のない不利益取り扱い禁止原則の導入が望まれる。

第1部:賃金と処遇(経済・経営学からのアプローチ)

報告「賃金からみた日本的雇用システムの変容」

川口 大司 (RIETIファカルティフェロー / 一橋大学大学院経済学研究科准教授)

日本型雇用慣行と賃金

80年代の多くの研究により、日本はアメリカと比べて、賃金プロファイルの傾きが急であることが発見された。バブル崩壊後の90年代半ばから、賃金プロファイルがだんだん平坦化したといわれるようになった。日米の差は現在ではなくなったのだろうか? 直近の、2005~8年のデータを使用し、日米の賃金構造の比較を行うと、アメリカでは学卒後10~15年たつと賃金の伸びがなくなる一方、日本では、傾きは緩やかになるけれども、賃金は定年まで上がっていくという違いが見られた。現在でも、アメリカと比べ、日本の賃金は年功的な性格を持っている。

なぜ日本の賃金プロファイルは急なのか

日本の賃金プロファイルはなぜ急なのだろうか。技能蓄積のインセンティブ付けをしている、後払い賃金により努力を引き出す、といった仮説があるが、どちらも長期勤続が前提となっている。実際の転職行動や平均勤続年数のデータを見ると、日本は勤続年数が長いことがわかる。賃金と勤続年数の関係を見ると、この傾きも日本のほうが大きい。

日米賃金 学卒後年数プロファイル2005~2008年(男性)
日米賃金 学卒後年数プロファイル2005~2008年(男性)
企業特殊的人的資本とボーナス

企業特殊的な人的資本が蓄積されていると、解雇によって企業・労働者ともに大きな痛みを受けることになる。このため、企業が厳しい状態のとき、ボーナスを下げて対応するという手段がとられる。データを見ると、高卒よりも大卒のほうが、また勤続年数が長いほどボーナスが年収に占める割合が高く、企業特殊的人的資本の重要度・蓄積度合いとボーナスに関係があることが伺える。

賃金プロファイルの最近の変化

勤続年数と賃金の関係について、1989年と2008年の20年間にどのような変化があったかをデータから確認する。ただし、この20年間では出生率の低下による人口構成変化、および非正規雇用の急激な増加が見られるので、それらを考慮に入れて分析する。分析の結果、賃金プロファイルの傾きはこの20年で、大卒は半分、高卒も大幅に下落しており、日本型雇用慣行に大きな変化があったといえる。

今後はどうなるのか?

賃金プロファイルが再度急になるということは考えにくく、古き良き過去に帰ることは難しいだろう。今後、転職がより一般的になっていくだろうし、それを前提とした制度設計が必要である。ただし、それでもアメリカと比べると日本の雇用慣行は残っており、そこには良さもある。もっと雇用を流動化させるべきだとの考え方は、極端だと思われる。

報告「ワークライフバランスに対する賃金プレミアムの検証」

山本 勲 (慶應義塾大学商学部准教授)

近年、企業はワークライフバランス(以下WLB)が取れる環境を整備すべきだと多々いわれている。しかし、経済合理性が無ければWLBは導入しにくい。WLBが企業の業績や生産性を高めるのであれば、既にほとんどの企業で導入されているはずである。しかし、効果がなくとも、WLBの費用の一部を労働者が負担する、という補償賃金仮説の考えをとることもできる。

ワークライフバランスと企業の生産性

日本におけるWLB施策と企業業績に関する研究は、両者に正の相関があることを示している。しかしそれは、業績や潜在的成長力が高い企業がWLB施策を導入しているのであって、WLB施策が企業業績に影響を与える、という因果とは逆の因果性を示しているかもしれない。

山本・松浦(2011 RIETI DP)では、パネルデータを用いて逆の因果性を考慮している。説明変数には、従来の売上・利潤ではなく全要素生産性(TFP)を使用している。推計結果は、全体ではWLB施策がTFPに影響を与えるという因果関係を示していない。しかし、中堅大企業・製造業・労働の固定費が大きい企業・女性を活用している企業では効果があるという結果が得られている。中小企業でも労働保蔵が大きい企業・正社員比率の高い企業では一部のWLBに施策に効果が見られるが、負の効果が見られるケースもあり、慎重な見極めが必要である。

WLB施策の導入とTFPの推移(例)
WLB施策の導入とTFPの推移(例)
ワークライフバランスと労働者の処遇

処遇をパッケージとして考える補償賃金仮説をWLBに照らし合わせていうと、WLB施策が導入されていれば賃金は低くてもよく、逆にいうと未導入ならば賃金は高くする、ということになる。

この仮説を直接的に検証した黒田・山本(2011未定稿)では、説明変数にWLB施策を入れた賃金関数の推計を行っている。内外の先行研究の結果はまちまちである。補償賃金仮説は労働移動が無ければ成立しにくい、という点には留意が必要である。

推計結果は、逆の因果性を取り払った固定効果推計では、フレックスタイム制は男性にのみ4~10%の負の効果を持つことがわかった。転職者や中小企業の労働者は補償賃金がより高くなっている。対して、育休・短時間勤務経験は女性に影響を与えていない。

政策含意

WLB施策が生産性を高めるという条件に該当する企業に対しては、政府による導入の働きかけが望ましい。負のプレミアムが生じるような一部の施策については、賃金とともにWLB施策を処遇の一環として捉える視点が重要である。

第2部:均衡処遇と労使関係(法学からのアプローチ)

報告「正規・非正規労働者格差是正のための法原則のあり方」

水町 勇一郎 (東京大学社会科学研究所教授)

問題の所在

日本の労働法・労使関係では、正規労働者の働き過ぎと非正規労働者に対する格差問題という、2つの密接に結びついた問題が深刻となっている。格差問題に対して、政府は2009年のマニフェストで均等待遇を、2010年の新成長戦略で均衡待遇と正社員転換推進を掲げ、現在労働政策審議会などで派遣・有期・パートそれぞれについて議論が進んでいる。

日本の学説や裁判例は、格差問題に対してまだ明確な方向性を打ち出していない。海外を見ると、ヨーロッパでは、「客観的理由のない不利益取扱いの禁止」が法原則として確立されている。ここには、不利益取扱いの裏に潜む「隠された差別」への懸念と高付加価値競争戦略が背後にある。一方、アメリカでは雇用形態による待遇の違いに法は介入しない。契約自由の原則を重視し、そもそも無期フルタイム労働者に特別な保護が存在しないことが背景にある。

法原則の形

選択肢としては、「同一キャリア同一待遇原則」「同一労働同一待遇原則」「合理的理由のない不利益取扱い禁止原則」の3つがある。この3つは、同じ状況にある人を同じように取り扱う、という核心部分は同じで、「同じ状況」をどのように捉えるかが異なる。第1の選択肢は、キャリアを前提とした日本の職能給に親和的であり、第2の選択肢はヨーロッパのいわゆる職務給と親和的である。しかし、実際の賃金制度や給付のあり方が複雑になる中、このような原則がなじむのだろうか。この点を考えると、第3の選択肢はそれぞれの給付ごとに合理的理由の中身を個別に見るというもので、さまざまな給付に適合しうる。ただし、内容が抽象的で予測可能性に欠けるという問題がある。

法原則の内容

この問題を克服するポイントは、立証責任を使用者に課し、労使コミュニケーションを促すこと、「合理的理由」の有無については集団的合意を尊重すること、行政または第三者機関が「合理的理由」の内容について例示することが挙げられる。

前提状況の違いに見合ったバランスをとりましょう、という均衡処遇は日本固有の問題であるが、これは政府や裁判所が命令できるものではないので、企業の実態に合ったバランスのとれた方向に進めていくという形で、法的に促すしかない。

今後の労働法・労使関係の方向性

ルール設定のあり方は、近年ヨーロッパもアメリカも、そして日本も集団的話し合いを重視してきている。話し合いの中で、大企業では非正規の人の意見や労働者の本音を吸収できるか、中小企業ではそもそも労使の話し合いの基盤をどうつくっていくのかという点が課題になるだろう。

報告「非正規労働者の処遇を巡る立法動向について」

竹内(奥野)寿 (立教大学法学部准教授)

パートタイム労働を巡る立法動向

「今後のパートタイム労働対策に関する研究会」が、2011年9月に報告書を公表している。基本的考え方として、「働き・貢献に見合った公正な待遇」を掲げ、通常の労働者との待遇の異同・待遇に関する納得性の向上・通常の労働者への転換の推進などを課題として挙げている。

待遇の異同については、パートタイム労働法8条の適用拡大も述べられているが、合理的な理由のない不利益取扱いの禁止により力点が置かれている。また、均衡待遇にあたっては、事業主の自主的な取り組み、およびそれを促す制度がより指向されている。納得性向上についても、事業主側に説明を義務付けるという選択肢も示されているが、労使間の自発的コミュニケーション・話し合いの枠組み設定の必要性を指摘している。転換の推進は、フルタイム正社員というより、短時間正社員あるいは勤務地・職種限定の無期契約が選択肢として示されている。

有期契約労働を巡る立法動向

「有期労働契約研究会報告書」が2010年9月に公表されている。基本的考え方は、雇用の安定や公正な待遇等の確保、安定雇用までのステップという役割への着目、有期労働者以外の労働者との関係にも着目、という3点にまとめられる。

更新回数や年数の規制については、まず無期原則の採用あるいは有期契約の締結事由の規制には消極的である。

3回・3年などの一定の上限を超えたら無期契約に移行するというルールは積極的に評価しているが、上限手前での雇い止めを懸念している。別の考え方として、長期に反復更新された有期労働契約に解雇権濫用法理を類推適用する雇い止め法理の明確化を挙げているが、予測可能性に欠けるという問題を指摘している。他には、更新の判断基準の明示、契約終了時の手当支払い、均衡待遇のあり方、多様な正社員への転換について述べられている。

雇用の安定

非正規労働者の雇用の不安定は、有期契約労働であることに由来する。雇用の安定を実現するには、有期契約の利用を制限し無期契約へ移行させる、あるいは有期契約のまま雇い止めを保護する、という考え方がある。解雇規制が厳格と捉えられていることを前提とすると、無期契約への移行が雇用の増大に結びつくかどうかは疑問で、むしろ直前での雇止めが問題となるだろう。無期契約への移行を考えるには、「多様な正社員」構想に本格的に取り組む事、および整理解雇法理の再理解が必要となる。雇止め法理は、その適用は簡単に認めた上で、合理的理由を緩やかに判断して良いと考えたほうがいいのではないか。

コメントおよび報告

島田 陽一 (早稲田大学法学部法務研究科教授)

日本の企業社会における正社員と非正社員の労働条件格差

戦後日本の労働関係は、企業の経済力の成長に依存し、それを前提とする社会制度とともに、内部労働市場で完結するものであった。その結果、外部労働市場に身を置く労働者のための仕組みが形成されず、この矛盾が近年露呈している。今後は、内部労働市場における安定雇用の増加と、外部労働市場にいる労働者に対する生活保障や安定雇用への展望が必要である。

正社員と非正社員の格差是正と法政策

パートタイム労働者に関する規制緩和があったという事実はなく、規制緩和が非正規労働者の大幅な増加の理由であるという主張に根拠はない。格差是正には内部労働市場の流動化と、内部労働市場に労働者を取り込むという2つの戦略が考えられるが、どちらもうまくいかないのではないか。

前者には、解雇期間中の生活保障・次の雇用へのアクセスの容易性・労働市場の整備が前提であるが、これは成り立っていない。また、この考え方は日本企業が築きあげてきた人事管理のあり方と大きく衝突する。後者は企業に高い雇用吸収力がなければ機能しないが、余力がある企業が少ないのは明白である。いずれの戦略も、日本企業の労働関係の強靱性を軽視しているし、そこには同一労働同一賃金を実現するような職務給の基盤はない。

水町報告について

ヨーロッパの状況の正確な理解をもとに、既存の介入理論の弱点を克服する具体的提案を出した点が注目に値する。水町報告の肝は、合理性の確保を集団的な労使コミュニケーションを媒介に行うというアプローチである。基本的には賛成であるが、具体的なアプローチがないと、なかなか議論は進まないのではないか。先進的な労使が均衡処遇のモデルを示すというプロセスが必要だと考えられる。また、解釈論としては合理的理由のない差別の禁止は相当であるが、法政策論としてはずれがあるのではないか。

竹内報告について

これまでの立法動向が正確に紹介され、かつ問題点を全体的な視点から的確に指摘している。私としては、有期雇用に関しては、入り口規制よりも出口における雇い止め規制に特化していくのが適正ではないかと考えている。

むすびにかえて

均等処遇は既に内部労働市場に吸収されたパートタイム労働者に対するものであり、均衡処遇とは問題がかなり異なる。しかし、均衡処遇には根拠がはっきりせず、何と何を均衡させるのが適正なのかが見えてこない。また、ワーキングプアに対する対策は均衡処遇を超えた問題があり、社会保障あるいは経済政策を含めて、一体となって検討していくことが今後重要である。

第3部:パネル・ディスカッション「大震災後の雇用・労働政策のあり方」

報告「被災地の雇用の現状と雇用対策」

藤澤 勝博 (厚労省職業安定局雇用政策課長)

震災による産業・雇用の状況

津波で被害を受けた臨海部の事業所数は約8万8000所、84万人ほどが働いていた。被災3県の産業構成は、岩手は農業・漁業、宮城は卸売・小売、福島は製造業が比較的多い。

被災地での求人は震災後継続して増加し、現在求人は4万3000件弱である。求職は4月から6月にかけてピークを迎え、現在の有効求職者は14万6000人ほどである。ハローワークでの就職件数は前年比で増加している。10月は1万3000人弱が就職、前年比15%程度の増加であった。雇用保険の受給資格決定件数・受給者実人員も求職者と同じような動きをしている。産業別の求人を見ると、5月の段階では建設業および雇用創出基金事業による公務が大きく増加した。10月では、それ以外の産業でも幅広く増加している。

求職者の前職は水産加工業、飲食宿泊業が多く、次の仕事にも同じ仕事を希望している。また県内での就職を希望する地元志向の方が多い。一方求職は建設業、医療福祉など免許や資格が要するものが多く、職種のミスマッチが発生している。秋以降は、休業に耐え切れなくなった企業による解雇、仮設住宅への転居に伴う求職、および他県への避難から戻ってくる方が増えてきている。

震災に対する雇用対策の経緯

3月28日に被災者等就労支援・雇用創出推進会議を設置、4月5日に「日本はひとつ」しごとプロジェクトのフェーズ1を、27日にはフェーズ2を取りまとめ、実施に移した。フェーズ1では、できる対策として、雇用創出基金事業や雇用調整助成金等、既存の施策の要件緩和を行った。フェーズ2ではさらに、被災された方を雇い入れる企業への助成、雇用保険の延長給付の拡充を行った。

3県の臨海部の市町村の産業別就業者割合
3県の臨海部の市町村の産業別就業者割合
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10月のフェーズ3では、「地域経済・産業の再生・復興による雇用創出」「産業振興と雇用対策の一体的支援」「復興を支える人材育成・安定した就職に向けた支援」の3つを柱としている。

ディスカッション

モデレータ:樋口 美雄 (慶應義塾大学商学部教授)

大震災後の雇用・労働政策のあり方

阪神淡路大震災と今回の震災を比較すると、まず死者・行方不明者が非常に多い。建物の被害件数には大きな差はないが、工場や産業資本が大きく被害を受けている。大きな違いは、今回は人口減少が続く中での震災であったという点、職住が接近していて両方失ってしまった人が多かったという点である。

製造業の現在の状況は、8月まで持ち直したものの、9月以降円高などの問題で回復が止まっている。現在の求人は有期の求人であり、来年の秋以降ブレーキがかかる可能性がある。東日本では雇用は3月以降減少しており、雇用保険受給者は4月に急増した。求人は増加してきているが、ミスマッチが非常に大きい。

世帯主が65歳未満の貧困世帯の世帯属性
― 世帯内の就業者数別割合 ―

世帯主が65歳未満の貧困世帯の世帯属性

人口移動も大きな問題である。今年は被災3県からの転出者が大幅に増加し、特に15~24歳の男性や25歳以降の子育て世代の女性が多く、さらなる高齢化が懸念される。

非正規雇用の現状と課題

有期契約労働者は全体の労働者の21%程度であり、そのうち約半分が正社員と同じような仕事を、残りの半分が軽易な仕事をしている。企業が有期労働者を雇う理由として、業務量の中長期的変動への対応、人件費の抑制を挙げている。有期労働者は勤続5年を超える人や3回以上契約更新している人も多く、有期労働の長期化が進んでいる。日本では無業の貧困層が相対的に少なく、ワーキングプアが多い。また長期の貧困が問題となっている。

* * *

大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所教授)

「日本はひとつ」しごとプロジェクトについて

「日本はひとつ」しごとプロジェクトは、政府の方針が不確定な中で、政策を立ち上げられたという意味で、非常に高く評価している。ただし、ハローワーク中心主義、失業給付が働く意欲を下げるという問題、最低賃金によるキャッシュフォーワークの阻害などの問題が考えられ、これから検証することが重要である。

大災害と経済成長

経済学の実証研究は、大災害は長期的経済成長にプラスあるいは影響を与えないという結果を示している。これは創造的破壊のプロセスが加速されることが理由と考えられている。

低い学歴:学歴構成 ― 大学・大学院卒業者比率 ―
低い学歴:学歴構成

被災地はマイナスの人口トレンドにあり、特に岩手・福島では学歴も低く、その結果賃金水準も低くなっている。グローバル化や技術革新の影響で産業が衰退していたと思われる。

雇用・労働政策のあり方

長期的には新しい産業が必要であり、若者の教育支援が必要である。政策は雇用を過大に創出するのではなく、失職の痛みを和らげる方向に絞らざるを得ない。ただし、労働意欲維持のため、失業給付より再就職支援や職業紹介をもっと利用すべきである。さらに長期的には、農林水産業の規制改革や土地利用のミスマッチなど構造的要因の改革が必要である。

近年の労働政策は、政権交代もあって大きな不確実性を持っている。このため、企業は保守的となり、極端な対応をせざるを得ない。このような不確実性を小さくする工夫が必要である。

* * *

荻野 勝彦 (トヨタ自動車株式会社渉外部第2渉外室主査)

日本製造業の6重苦

既に震災前から、日本の製造業は円高・通商交渉の遅れ・高い法人税率・環境政策・労働規制の5重苦に見舞われていた。現在は電力不足を含めて6重苦といわれており、深刻な空洞化危機にある。特に円高は、07年に比べて対米ドルで5割程度切り上がるなど、問題は深刻であるが、なかなか効果的な施策もないままに現在でも円高が続いている。サプライチェーンが大きいので企業はなかなか海外に出て行かないという面はあるが、出ていくときは丸ごととなってしまい、ちょっとしたことで大規模な雇用喪失が起きかねない状況にある。

大震災後の雇用・労働政策

さまざまな労働政策の検討が進んでいるが、このような状態で企業活動にブレーキを踏むようなことをやっても、少なくとも雇用が増えるということはありえないし、労働条件が良くなることも期待できない。

被災地周辺は、当面は雇用の維持・確保、失業中の生活安定、再就職促進がもちろん必要であるが、出口戦略も考えていかなければいけない。そのためには、良質な雇用ができれば現地で必要であり、企業活動を活性化するような施策が求められる。復興特区のようなものを活用して、大規模な規制緩和も検討すべきだろう。

非正規雇用は勤続が長期になるほど条件が上がりやすく、正社員への転換もしやすくなる。なるべく勤続を長期化し、短期化を妨げる方向性の検討が必要である。

* * *

長谷川 裕子 (連合参与 / 中央労働委員会委員・全国労働委員会労働者側委員連絡協議会事務局長)

大震災と雇用

震災直後の雇用政策は、リーマンショックの経験を活かしたもので、内容もスピードも評価できる。問題は中長期的な雇用創出策であり、産業政策と連動させなければならない。

震災後、民間団体で一番ボランティアに人を出したのは連合である。ただし、被災地はある時点で、「働いて賃金を得て生活する」という、普通のスタイルに戻れるよう誘導するべきである。

労働施策の課題

非正規労働者の問題は不安定雇用、処遇、スキルアップにある。どのような働き方をしたとしても普通に生活できるような賃金、および同じように働いている人が同じような処遇を得られるような政策が必要である。

労働法は、シンプルにして、細かい部分は労使交渉で決めることが必要である。雇用ビジョンは明確にすべきであり、期間の定めのない雇用が原則で他は例外、としないと無理がある。均等均衡処遇は、企業別の労使関係の中で行ったらどうだろうか。正規・非正規の格差問題は労労分配の問題ではなく、全体の分配構造の問題である。

派遣法・有期労働契約のルールは、3者構成の審議会で、落ち着くところに落ち着くだろう。次の課題は、委託・個人請負労働者である。

集団的労使関係の再構築は重要である。組合をもう一度元気にさせて、労使交渉を行い、様々な課題を解決することが求められる。

Q&A

―我々はこの震災から何を学んだのだろうか。教訓は何だったのだろうか。

大竹: 「日本はひとつ」しごとプロジェクトは緊急対策としてはうまく機能したが、ハローワーク中心主義、雇用調整助成金と失業給付延長の長期的悪影響、キャッシュフォーワークの機能不全、という問題点があった。

荻野: 民間の人材ビジネス事業者をもうまく使う方法はなかったのだろうか。また、原子力の技術者が誇りを持って働けるような処遇の確保をきちんとしなければならない。

長谷川: 震災後3カ月くらいは雇用保険で生活を守るのが精一杯だった。民間の職業紹介は、これからの話になる。労働移動が始まっているので、そこでのマッチングは、民間の力がなければできない。

樋口: 自営、家族従業者、一部の非正規労働者など、雇用保険でカバーできない人が非常に多い。また、自営業を再開したいと思っている人たちへの支援は、雇用対策だけでは不可能。

―キャッシュフォーワークをどう評価するか。最低賃金は守られるべきなのか。

大竹: 最低賃金に例外措置があってもいい。沿岸地域の最低賃金は相場より比較的高い。

長谷川: 最低賃金は基本的に維持するべきだと思う。危険な議論なので、慎重にやらなければならない。

荻野: キャッシュフォーワークは、物はあるが手元にお金がないときに効果的な施策といわれていて、失業給付や他の支援が回り始めた段階で優先順位の高い政策だとは思わない。

樋口: 雇用主が払う賃金は低くても、それに政府が上乗せして労働者が受け取る賃金は最低賃金を超えるという制度は検討できると思う。

―産業政策について、何か具体案はあるか。

大竹: かなり難しい。急に新しい産業が興るという絵は描けない。過大な投資をするのではなく、できることをやることが重要。

荻野: 日本全体で経済を良くし、雇用を増やさなければ、被災地にも及ばない。東北は高速道路沿いに技術の集積があるので、産業クラスターのようなものを構想していくことはできる。

長谷川: 内陸部にはいろいろな技術を持つ中小企業があるので、彼らが逃げて行かないことは働く意欲になる。沿岸部の漁業と農業は3年くらいなければ立ち直らないので、生活を再建しながらやりたい仕事への融資・支援をしていく政策が必要である。

―景気が回復し、経済成長が高まれば安定的な雇用は達成できるのだろうか。

荻野: 一定以上の経済成長を実現できれば、非正規の増加もどこかの割合で止まり、長期雇用の増加につながる。

長谷川: 非正規の問題が社会を不安定にしたのは事実であり、軌道修正しながら空洞化にならないような政策にしなければならない。現在の問題を分析するには、労使協議を詰めていくことが不可欠である。

大竹: 円高が過去の水準まで戻るのは現実的ではないので、ある程度の円高は覚悟して日本の雇用を考えるのが現実的。非正規の問題は、正規か非正規化という二極化が問題で、条件が連続的になるようにすれば勤続に応じて雇用条件が良くなる。

―政権交代による政策の不確実性の増加をどう考えるか。

大竹: 仕方がない一面もあるが、変更するときのルール作りを模索することは必要ではないか。

荻野: 現場が混乱するのは勘弁して欲しい。雇用政策は、政労使の3者で検討するのがグローバルスタンダードであり、どの政党が政権を担当しても尊重してほしい。

長谷川: 労働政策は公労使3者で決めていくので、そのまとめを尊重して欲しい。審議会できっちり議論をすることが重要。

―日本の労使関係は個別労使の議論にとどまり、社会全体へと議論が進んで行かないのではないか。非正規の人たちは排除されていないか。

荻野: 個別な労使関係から労働条件の改善が行われ、それが広がって社会的なルールにしましょう、となるのが望ましい。使用者サイドに労働組合と交渉するインセンティブを与えることが必要ではないか。

長谷川: 労働組合は非正規労働者を排除していない。パートタイマーの組織化・団体交渉が進んでいる。問題は派遣労働者であり、派遣先事業者と団体交渉ができない。社会全体での議論は、産業別の労使会議およびナショナルセンターレベルでも行われている。