RIETIセミナー

インセンティブ構造としての企業法 ~新しい日本のコーポレートガバナンスを考える~ (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2009年2月5日 (木) 13:00~18:25 (受付開始:12:45)
  • 会場:RIETI国際セミナー室 (東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)
  • 議事概要

    総論「企業における動機付け交渉と契約・市場・法の相互補完性」

    宍戸 善一(RIETIファカルティフェロー/成蹊大学法科大学院教授)

    本セミナーの総論として、宍戸氏による報告では、企業における動機付け交渉の全体像をもとに、企業法のあり方が議論された。

    1. 企業における動機付け交渉と企業法

    企業には「経営者」、「従業員」、「株主」、「債権者」の4つの当事者が存在する。その中で、企業法は「4当事者間の動機付け交渉に影響を与える法制度」と広義に捉えることができる。株主の議決権、SOX法、銀行持ち株規制にそれぞれ代表されるように、企業法は主に3つのルート(当事者間の力関係、当事者のインセンティブ、当事者間の連携)を通じて動機付け交渉に影響を与える。

    2. 法・市場・契約の制度補完性(相乗効果と減殺効果)

    法制度は、それだけで独立して機能することはなく、市場や契約といった他のインフラと相互補完しながら動機付け交渉に影響を与える。相互補完性を考える切り口として、(1) 経営者のインセンティブと市場の評価、(2) 経営者のリスク選考、(3) アクティビズムの促進、等がある。

    加えて、最近のトレンドとして、経営者を中心に従業員、あるいは持ち合い株主(銀行、取引先、債権者)がスクラムを組む「対純粋株主同盟」が散見される。とりわけ、敵対的買収に対抗する目的で(非効率な)業務提携を行う「取引先防衛策連合」が目立ち、第4の動機付け交渉パターンとして浮上しつつある。

    契約・市場・法の制度補完性と各法制度の波及性(spill over)や機能不全をインセンティブの観点から再点検し、今後の立法政策に反映する必要がある。

    コメント

    伊藤 秀史(一橋大学大学院商学研究科教授)

    1. 動機付け交渉の本質は価値(パイ)の創造と奪い合いにあるが、価値の最大化を妨げる要素として、特に経営者のモラルハザードと外部性が指摘される。
    2. 制度的補完性は代替性との見分けが難しく、他の(見えざる)要因による「見せかけの補完性」である可能性も考えられる。

    プレゼンテーション1「株式持ち合いと利益供与禁止規定」

    加藤 貴仁(神戸大学大学院法学研究科准教授)

    加藤氏による報告では、株式持ち合いと利益供与禁止規定の関係を具体的材料に、株主インセンティブ構造の純化が議論された。

    1. 利益供与禁止規定と株式持ち合いとの関係

    取引先による株式持ち合いと総会屋による株式保有には共通点がある。まず、敵対的買収防衛策としての側面が見られるなど、経営者との癒着が問題視されている。いずれも純投資目的ではない、手段としての株式保有であることから、株式の価値向上を目指す純投資株主とで利害が衝突しやすい。

    会社法の構造からは、会社法は純投資目的以外での株主議決権の行使を制限し、株主インセンティブを純化する立場にあることがうかがわれる。このことと関連する規定の1つである利益供与禁止規定(昭和56年商法改正)は、総会屋の資金源を根絶する目的で導入されたが、その適用範囲は広く、総会屋対策という本来趣旨を乗り越えて、会社運営の公正性・健全性確保のための一般的規定として理解されている。

    2. インセンティブ構造の純化

    利益供与禁止規制は、以下の点において一定の意義がある。

    1)社外取締役の独立性確保
    2)株主インセンティブ構造の純化

    特に後者に関しては、株主同士の利害衝突を回避したり株主間連携を円滑化したりする効果がある。また、株主権をテコにした取引交渉が無くなれば、市場競争の公正化にもつながる。

    一方、同規定は、買収交渉後に買収者と買収対象会社の間で締結される議決権停止などを目的とした契約の効力を無効にすることで敵対的買収を抑止したり、株主同士の利害調整を妨げたりする可能性がある。利益供与禁止規定の適用は抑制的にすべきで、株式持ち合いへの直接適用には限界があると考える。

    コメント

    宮島 英昭(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学商学学術院教授・グローバルCOE企業法制と法創造総合研究所副所長/早稲田大学高等研究所副所長)

    株式持ち合いは1997年を境に減少傾向にあるが、実際には、機関投資家と外国人投資家の株主比率が高い企業と、銀行や取引先等の安定株主の比率が依然として高い企業とに二極化している。ガバナンス改革が遅れがちな後者にこそ、株式保有割合に対する規制が必要である。

    Q&A

    加藤氏に対する質疑

    1. 実際に何が「利益の供与」に値するのか。規制方法であるが、純投資目的ではない株主に対して、株式取得を止めるのか、あるいは議決権行使を凍結するのか。
    2. 取引先等による株式の持ち合いはすべて悪か。事業提携や取引関係の維持等による企業価値の向上もありえるのでは。

    上記に対する加藤氏の回答

    1. 会社法の定義によると、利益供与とは、株主の権利行使に関して財産上の利益を与える行為であるが、市場競争上の過度の優遇措置も「財産上の利益」に相当しえる。また、株式取得を禁止することはできないが、議決権行使の凍結を通じて事業法人の株式取得を抑制する方法はある。
    2. 取引先による株式持ち合いが企業価値を向上させるかは明確的でない。だからこそ、市場(純粋株主)の判断に委ねるのが最善と考える。

    プレゼンテーション2「大量保有報告制度の派生効果と機能不全」

    大崎 貞和(野村総合研究所研究創発センター主席研究員)

    大崎氏による報告では、大量保有報告書制度に関して、特に2006年改正の派生効果と制度の機能不全の問題が議論された。

    1. 大量保有報告書制度の意義

    日本の大量保有報告書制度は、週末を利用した電撃的TOB(サタデー・ナイト・スペシャル)を想定した米国のウィリアムズ法を参考に導入された。同制度の本来目的は、経営支配権の異動に関する透明性を高め、投資家の投資判断を助けることにあるが、経営者のグリーンメーラー対策に資することも想定されている。その一方で、投資家の情報開示負担や、それに乗じた投機的な投資行動が問題視されている。

    2. 2006年の法改正

    2006年の法改正によって、同制度の特例適用条件が「事業活動の支配」から「重要提案行為等」を目指さないものに厳格化され、経営支配を目的としない純投資株主(投資信託を含む)にも5営業日以内の報告書提出が義務付けられるようになった。

    当時の村上ファンドに対する警戒感が改正の背景にあるが、「重要提案行為等」の定義は幅広く、意図せずに不記載や虚偽記載の嫌疑をかけられかねないため、大多数の純投資株主にとっては、経営者に意見を言わない負のインセンティブとなる。一方で、アデランスとスティール・パートナーズ・ジャパン(SPJ)の事例等から、制度が機能不全に陥っている可能性も指摘できる。投資家の判断を助けるという本来の目的を果たさずに、純粋投資株主と経営者との健全な対話を阻害するなどの派生効果をもたらしている可能性がある。

    コメント

    柳川 範之(東京大学大学院経済学研究科准教授)

    1. そもそも大量保有報告書は何を目的とすべきか。投資家の利益というタテマエでグリーンメーラー対策をしていることが、歪みを生じさせているのではないか。
    2. 実質的な保有者と議決権行使者を明確にする制度上の工夫が必要と思われるが、制度でもってどこまで実質的に迫れるか。そもそも一般の投資家にとって、それを明確にすることは本当に必要か。

    プレゼンテーション3「解雇権濫用法理のインセンティブ効果と派生効果」

    十市 崇(アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー弁護士)

    十市氏による報告では、解雇権濫用法理の概要の説明に続き、同法理のインセンティブ効果と派生効果および、同法理のあり方と政府の役割等が議論された。

    1. 解雇権濫用法理のインセンティブ効果と派生効果

    解雇権濫用法理によって、経営者が雇用調整を含めた従業員の人件費を抑制する手段が極めて限定されていることから、経営者側に正規社員の雇用を抑制し、非正規雇用を拡大するというインセンティブを生ぜしめている。その結果、解雇権濫用法理は正規社員を保護するための法理として機能しており、正規社員と非正規社員の地位の固定化を生ぜしめ、昨今の「派遣切り」等の原因ともなっている。他にも、経営者と労働者との一体性が醸成され、雇用の流動性が低下することにより、ベンチャー精神の低下やガバナンス低下による企業不祥事の温床等となっている可能性があるとともに、M&Aなどのリストラクチャリングに対しても種々の影響を及ぼすなどの派生効果をもたらしている。

    2. 解雇権濫用法理のあり方と政府の役割

    解雇権濫用法理を撤廃すべきという議論もあるが、撤廃することによって、直ちに期待されるような雇用創出につながるかは疑問なしとはしない。また、解雇権濫用法理を撤廃するのではなく、これを修正すべきという主張もある。とりわけ、解雇無効判決による原状復帰(職場復帰)に代えて、金銭的解決制度を導入することも考えられるが、労働者側からの批判が強いなどの問題点も残されている。

    解雇権濫用法理は、いわば正規従業員の保護を政府ではなく、各企業に委ねる施策であるといえる。しかし、政府は個別的対処ができないなどの一定の限界があるものの、正規社員と非正規社員の地位の固定化の問題は、市場原理に委ねるだけでは解決し難く、非正規雇用者に対する教育機会の拡大など、政府による積極的な緩和措置が期待される。

    今までの経緯等に鑑みると、解雇権濫用法理を即時に撤廃することは難しいが、その適用については、インセンティブ効果や派生効果や政府の役割も踏まえた議論の深化が望まれる。

    コメント

    山川 隆一(慶應義塾大学法科大学院教授)

    1. たとえば米国では解雇が容易だが、リストラをしなかったことで経営者が株主から責任を追及されることはないのか。
    2. 長期雇用と解雇権濫用法理の関係については、歴史的経緯から見てどちらが先か、欧州との比較はどうかなど、実証的な検討も有益であろう。

    山川氏コメントに対する十市氏の回答

    たとえば、米国では巨額の退職給付債務などが大手の自動車会社の経営を圧迫しているが、これを圧縮しないことなどを理由として、経営陣が株主から責任を問われているという話は聞いたことはない。

    (宍戸氏による補足)米国では「経営者は株主利益の最大化のみを目標とすべき」という社会的規範(ノーム)があり、株主からのリストラ圧力も当然高くなる。その点に関して、日本の経営者には「解雇権濫用法理」という逃げ道がある。

    Q&A

    大崎氏、柳川氏に対する質疑

    大量保有報告書制度の主目的がグリーンメーラー対策なら、いっそ直接的に経営者のための情報開示・早期警告を制度化すべきでは。また、コスト負担上、情報開示のタイミングを見直すべき。

    上記に対する大崎氏と柳川氏の回答

    1. 早期警告は必要なく、経営者が必要に応じて情報を請求できれば十分と考える。情報を開示する真の目的はあくまでも投資家による相互監視にある。(大崎)
    2. 加藤氏の発表とも関係するが、株主経営者間の見えざる取り引き・交渉をどの程度認めるべきかを今一度検証する必要がある。不意打ちの買収が行われる状態は好ましくないが、大量保有報告書は入口の前々の段階から報告をさせるようなものだ。(柳川)
      日本には「TOB強制ルール」がある。その上で厳格な大量保有報告書制度も置いていることの意義を今一度検証すべきである。(大崎)

    大崎氏から十市氏に対する質疑

    解雇権濫用法理のもう1つの波及効果として、解雇回避努力義務を遵守する目的で希望退職を募ると、転職できる自信のある優秀な社員ほど先に辞め、整理すべき人員が逆に残ってしまうという「逆選択」の問題がある。

    上記に対する十市氏の回答

    希望退職者を募集する際の方法に関わる点であるが、優秀な社員については希望退職の対象とはせず、またそのような方法も判例上許容されているので、実際問題としては、「逆選択」の問題は先鋭化していないと思われる。

    ラウンドテーブルディスカッション

    プレゼンテーション「法制度と市場環境の補完性」

    中原 裕彦(経済産業政策局知的財産政策室室長)

    ディスカッションの前に、中原氏により、企業法の歴史的展開の説明と制度補完性を図る上での課題の提示がなされた。

    1. 企業法の基本的考え方

    昨今の企業組織関連法制の整備全体に流れる1つの基本的考え方として、グローバル化・IT化の流れの中では、企業が迅速かつ柔軟に組織変革を行うことを可能にすることにより、経営資源の有効活用をできるようにすることが競争力を維持する鍵であるとの認識がある。すなわち、株式交換、会社分割、民事再生法における再生計画前営業譲渡等における各規に見られるように、企業内の経営資源を法人格から解放(アンバンドル)して、タイムリーな合従連衡が図られることを目指そうとする考え方である。そのため、(1)組織形態や資金調達手法の選択肢をシームレスに整備する、(2)組織(entity)の裁定が適切に行われる環境を整備する、(3)組織内の経営資源が有効活用されるようガバナンスを強化する、という3つの方向での法制度の整備が目指されているといえる。

    2. 労働市場の改革も視野に

    90年代後半以降の金融市場改革および企業組織関連制度の改革によって企業内の経営資源がアンバンドル化していく中で、労働市場がそれに十分対応し切れていない印象がある。たとえば企業の敵対的買収に対する防衛反応の裏には、外部労働市場の未発達が指摘される。企業特殊的技能のあり方も含めて、金融市場、労働市場、会社システムが上手く相互補完できるような法整備が考えられないか。

    その後、RIETIの鶴上席研究員より、本セミナー全体の論調がまとめられた。

    本日の主な論点
    1)純粋株主が日本に占める位置
    2)労働市場改革の必要性
    3)制度の本来目的と透明性の必要性

    現在の「企業法」を考える上での問題点を、宍戸氏の「対純粋株主同盟」という言葉が非常に的確に表している。経営者と持ち合い株主、経営者と従業員の2つの連携を指すが、特に経営者と従業員との間である種の結託が残る背景には、労働市場改革の遅れがある。

    日本の企業法は80年代までは上手く機能してきたが、昨今の環境変化によってさまざまな問題が出始めている。しかし、それがなぜ問題となるのか。市場の透明性と公正性を確保するのは重要だが、制度本来の目的を明確にするためにも、世論や政治的思惑にとらわれずに問題の本質を足元から見つめなおす必要がある。

    ディスカッション

    ディスカッションでは、宍戸氏をセッションチェアとして、(1)企業法の目的、(2)労働法制との兼ね合い――の2点を大きなテーマに、研究会メンバーによる活発な議論が行われた。

    <企業法は何を目指すべきか>

    1. 企業の役割とは
      • 純投資株主の期待に応える方向に経営を持っていくことが最も効率的であり、国全体を豊かにする鍵であるが、昨今は「従業員の生活を守るのが企業の役目ではないか」といった論調が強まっているとの指摘があった。続いて、別の参加者からも、昨今の解雇に関して経営者の責任が国会やマスコミで問われているが、企業法と社会的セーフティネットの議論が混同しているのではとの見解が述べられた。
      • 「米国ではむしろ解雇しないと責任が問われる」という話があったが、GM等を見ても必ずしもそうとはいえない。極端な米国のイメージに対する恐怖感から企業の責任やセーフティネットが論じられているのではないか。
      • 「100年に1度の危機」といわれる中、政府は無論のこと、企業をとりまく社会全体のセーフティネットやCSR、さらには消費者、マスコミ、地域社会、派遣労働者、求職者といった広い意味でのステークホルダーを含めた議論はもはや避けて通れない風潮になっている。(宍戸)
      • 社会的セーフティネットを企業内に取り込むのが伝統的な日本の社会システムの特徴だったが、その役割を企業が引き続き担うべきか、あるいは政府か地域社会が新たに担うべきか、という分水嶺にいま差し掛かっている。(柳川)
    2. 法制度のあり方
      • 法制度のあり方について、複数の目的が見えない形で絡まっていることが問題のもとになっている。解雇権濫用法理が典型例であるが、本来目的以外に、社会的コストの引き受けや社会的正義の実現といった別の目的が付与された法制度がある。その点を明確にしないまま、1つの法律で複数の目的を回している状態であるが、どういう目的のためにどういう法律が必要かという整理がないと政策的判断を誤るおそれがある。(柳川)
      • 目的を明確にするためには「一法律、一目的」――つまり、1つの法律は1つの特定の目的に対応するのが理想形の1つである。プレーヤー側に疑心暗鬼や負のインセンティブをもたらさないためにも、少なくとも立法の際には立法者が立法目的を明らかにすべきである。(宍戸、柳川)
    3. 企業法と競争力の維持
      • 企業法はそもそも何を目指すべきか――という問いかけに対し、大崎氏から、日本企業の競争力向上を目的とした場合、結局のところ純粋投資家から見た期待リターン以外に適切な指標は無いのではないかとの見解が述べられた。
      • 社会的セーフティネットはさておき、実は被雇用者が自由に転職できることが一番重要ではないか。その結果、従業員の自己投資インセンティブが高まれば企業価値も向上する。企業法の中でもそうした人的な観点からの競争力向上を強調すべきである。(山川)
      • 株主にしても、債権者にしても、各プレーヤーに対する最低限の出口保障が動機付け交渉において重要となる。そこに法制度の役割が求められるのでは。(宍戸)
      • 短期収益志向の欧米型企業と違い、日本企業はより長いスパンでのイノベーションや技術の蓄積を競争力の源泉としている。にもかかわらず、買収防衛策や雇用の流動性に関する企業法の議論の中で、そうした観点がいまひとつ欠けている印象がある。

    <各論>

    1. 純粋株主の意義
      • 民主主義と市場重視の考え方が一致していた小泉政権時代と違い、民主主義と経済との乖離が拡大していて、その橋渡しに多大な政治的コストと労力、時間を要する時代になっている。金融市場の失敗を是正する道が無ければ、企業も行動原理を見失ってしまうが、労働市場についても同様のことがいえる。
      • はたしてリーマン・ブラザーズは純粋株主であったか。ファンドのモラルハザードまで問われる中で、一体誰が純粋な株主であるといえるのか。
      • 純投資株主の反対が取引先株主であるが、その最たるのがストックオプションを持つ経営者ではないか。経営者は企業に対し自分の経営能力を取り引きする立場にある。
      • ストックオプションに対する米研究者の評価は決して高くなく、経営者が行使条件を有利に決められることはインセンティブの歪みをもたらすとされている。(加藤)
      • 米国のストックオプションは必ずしも健全に機能していないが、1つの対策として、退職後にのみ売却可能なオプション(リストリクティッド・ストック)にする方法がある。そうして、より長期的な株価成長を目指した経営姿勢に誘導することはできる。(大崎)
      • 四半期単位での増収増益ばかりを目標にする経営姿勢は決して健全でなく、できるだけ長期を見渡す方向に誘導することも法制度の役割であると考える。その上で最も重視すべき発言者は、やはり純投資株主であると思われる。特に長期を見通す純投資株主が鍵を握るが、そうした方向に経営目的を絞った方が、「従業員も大事に、社会も大事に」というより結局は良い方向に落ち着くと思われる。(大崎)
    2. 利害調整による価値の最大化
      • 現行の会社法・企業法、あるいは株式会社の考え方は、株主利益の最大化に還元する形で当事者間の利害の一致を目指すものであるが、株主利益の最大化がすなわち全体利益の最大化であるとは必ずしもいえず、むしろ株主利益の最大化ができるだけ全体のパイの最大化につながるよう制度設計を考えるべきである。(柳川)
    3. 企業法と労働法制の関係
      • 日本の置かれる状況が厳しくなる中で、雇用や金融市場に関する対策が打ち出されているが、そうした緊急対策の話とここで議論している法制度のあり方に関する話とは本来区別すべきである。仮に緊急対策がすべて法制化されてしまうと、政策的にかなり間違った方向に行ってしまう可能性がある。(柳川)
      • 企業組織や金融市場にかかわる法制度論には、あまり人間の感情が入らない。労働法制はその点がやや異なると思われる。企業法の究極的な目標は人間社会が豊かになることであるが、労働法制は「一個人」を一方の当事者としている。
      • 労働市場の流動化は効率上非常に重要であるが、制度論を考えるときに、効率性のみを前面に出せる分野とそうでない分野があると思われる。たとえば、人事・労働の分野で効率性をあまりにも強調し過ぎると、弱肉強食のイメージが強くなり、必ず反発する人が出てくる。
    4. わかりにくさが負のインセンティブに
      • 今のような不景気下での人員調整型解雇と、好景気下での問題社員の解雇とは区別して考えるべきだが、それを一律にしていることが解雇権濫用法理のわかりにくさの根元にあるのではないか。
      • 疑心暗鬼に伴う非効率性が1つの大きな問題となっている。少なくとも人的資本の方が他のプレーヤーと同調して働かないと、日本企業の価値は上がらない。
      • 株主の保護は以前からいわれているが、株主にも品格が必要。株主の行動に関する説明責任や透明性が日本にはまだ欠けていて、大量保有報告と公開買付を通じてしかモニターされないようになっている。
      • 業種や時代、環境といった係数を考慮した、できれば公法ではない柔らかい制度設計が好ましい。金商法に代表されるような、刑事罰を伴う公的規制はどうしても硬直化を招く。公法と私法の役割分担、特に公法を使う場合はその意義を慎重に考えなければならない。
      • 当事者の不安をできるだけ減らすのが法制度の第一義的役割と考える。企業活動は4当事者間の共同プロジェクトであるため、一方の不安が過度に高くなることは、効率性の観点からも好ましくない。(宍戸)
    5. 企業を超えた政府の役割
      • 労働者ないし労働者保護に対する企業のコミットメントを緩和できないか――という全体の論調に対して、参加していた研究会メンバーの1人は、会社法・企業法など個別の法制度でパッチワーク的に救済するのではなく全体的な社会保障制度でもって包括的に救済するのが効率的に望ましいことは認めつつも、現実の社会保障制度の整備状況に対する懸念を示した。
      • それに関連して、別の参加者からも、次のような意見が述べられた。約1400兆円の資産を保有する高齢者の消費意欲を高めることが雇用維持の鍵となるが、そのためには社会保障の充実が重要であると指摘した。社会不安のコストともいえるが、将来への不安や格差拡大が内需不足、引いてはマクロの経済停滞を招くとの指摘がある。それは政治家の責任であり、そのことを研究者として強く訴えなければならない。
      • 従来の法制度は従業員の殆どが正社員であることを想定しているが、現実には正規雇用と非正規雇用との二極化が進んでいて、宍戸氏のいう「対純粋株主同盟」のような「非正社員‐対‐経営者・正社員」という意図せざる対立が生まれている。それが問題の本質と思われるが、その解消法として、解雇規制ないし雇用保護によって守る方法と、雇用保険等のセーフティネットで守る方法の2つの考え方がある。

    <まとめ>

    • まとめとして、柳川氏は、これまでは金融メカニズムを中心に企業法を検討してきたが、昨今の雇用問題もあり、これからは雇用法制をはじめとした雇用のセーフティネットとのカップリングで企業法を整備していくことが課題となると述べた。
    • 経済運営と企業経営における効率性の追求は避けて通れない道である――大崎氏は、研究者としてそのことを強調し続ける重要性を再確認して議論を締めくくり、以下のように述べた。「国が成長しなければ国民全員が貧乏になる」――いま、この国では当たり前の運命的事実が共有されていない。経済成長以外に皆にとって都合のよい、別の解決策があるかのような幻想は絶対に認めてはならない。それが我々研究者の重要な役目である。