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米中経済関係の今後 (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2008年5月28日(水) 14:00~16:00(受付開始および開場:13:45)
  • 会場:経済産業研究所セミナー室(経済産業省別館11階1121)
  • 開催言語:英語⇔日本語(同時通訳あり)
  • 米中経済関係の今後

    スピーカー: ハリー・ハーディング (ジョージ・ワシントン大学教授)

    2006年~2008年報告の概要

    Eurasia Group のChina Task Forceにおいて、2015年までの中国の動向に関連するリスク評価報告を毎年作成している。2006年報告では、21のリスクを盛り込んだ包括的なリスクマップを作成、2007年報告ではこのうち3つの国内リスクをより詳細に分析した。そして2008年報告では、経済産業省とジェトロの要請に基づき、米中関係関連の3つのリスクを評価し、それぞれに関して3通りのシナリオを作成した。

    2008年報告~リスク1.貿易上の対立

    【脆弱性要因】
    (1)巨額の貿易収支不均衡、(2)相互の責任転換
    背景にある問題:(i)貯蓄率の問題、(ii)人民元引き上げと市場開放に対する中国政府の態度、(iii)不公正な貿易慣行と中国政府の輸出促進政策、(iv)「ブーメラン効果」懸念によるハイテク製品輸出制限

    【強靭性要因】
    (1)経済的相互依存関係、相互に貿易戦争を避けたい思惑、(2)一方的措置に反対する勢力の存在、(3)米中経済対話等の二国間のメカニズムとWTOによる多角的紛争解決メカニズムの存在、(4)中国側の歩み寄り、(5)ドル安による米貿易赤字の改善

    【不利なショック】
    (1)製品安全性の問題、(2)民主党政権が誕生した場合等の要因による米国の保護主義化、(3)両国の景気後退、(4)朝鮮半島、イラン、スーダン、人権問題等と貿易関係との相互波及

    【有利なショック】
    (1)人民元上昇、(2)新たな貿易協定、WTO紛争に関する決定、中国側の自主的な貿易障壁撤廃、(3)米国の景気回復

    <以上の要素に基づく3つのシナリオ>

    【シナリオ1.マネージされた緊張関係(ベースケース) 確率50%】
    貿易上の火種は残るが、一方的措置には至らず、WTO等のメカニズムを通じて処理される。日本には、第三国としてWTO訴訟に加わるよう米国から圧力が加わる可能性がある。

    【シナリオ2.紛争の減少 確率25%】
    米国の対中貿易赤字が削減される。景気改善により対中貿易問題が緩和される。しかし、米国の貿易赤字に占める対中貿易の割合が縮小するにつれ、日本に対する改善圧力が高まる懸念がある。

    【シナリオ3.貿易対立の悪化 確率25%】
    貿易収支不均衡が悪化。相手国に対する一連の制裁措置・対抗措置がとられることで米中の貿易が縮小する。日本企業への影響は業種次第。

    2008年報告~リスク2.投資の流れに関する対立

    【脆弱性要因】
    (1)経済ナショナリズム、(2)議論を呼ぶ中国の対外直投、(3)WTOに相当する多角的メカニズムの欠如
    (1)の内訳としては、(i)中国におけるナショナルチャンピオンの育成と全バリューチェーンの把握、(ii)米国におけるレビュー強化と保護主義の台頭が、(2)の内訳としては、(i)「ならず者国家」に対する資源目的の投資、(ii)先進国の戦略的セクターへの投資、がある。

    【強靭性要因】
    (1)両国の相互依存関係、(2)対内直投に関する雇用効果の認識、(3)二国間メカニズムの存在

    【不利なショック】
    (1)中国への反感:特に米国の象徴的資産の買収は「略奪的投資」と見なされる可能性あり、(2)米国への反感:米企業の中国法人に対する訴訟の増加ないし監視の強化、(3)保護主義政権の誕生、外交政策目標と直投との乖離、直投の政治問題化等の政治的ショック

    【有利なショック】
    (1)中国における自由経済型政権の誕生、(2)両国経済の好況、(3)両国間の信頼関係構築による投資問題の解消

    <以上の要素に基づく3つのシナリオ>

    【シナリオ1.こう着状態(ベースケース) 確率55%】
    投資制限は現状のまま残るが引き上げられることはない。直投申請は規制当局がケースバイケースで判断。日本企業が恩恵を受けることもある。

    【シナリオ2.投資環境の悪化 確率35%】
    より厳密且つ一律的な投資レビューが行われる。両国がお互い制裁措置・対抗措置をとる可能性も。仮に外資一律で投資制限が課された場合、日本企業も影響を受ける。

    【シナリオ3.投資環境の改善 確率10%】
    法律・規制環境が改善する可能性は低い。中国が一律的な投資自由化に踏み切れば、日本企業にもプラスとなる。

    2008年報告~リスク3.気候変動・環境政策に関する対立

    (ここでは強靭性について述べた後に、その実現を阻害する脆弱性要因について説明)

    【強靭性要因】
    (1)重要なシフト:日本のコミットメント、(2)米中における関心の高まり、(3)主要排出国としての責任の認識 特に(2)に関しては、双方で昨今の異常気象に対する危機感が高まっている。(3)も歓迎すべき変化ではあるが、下記の「脆弱性」もその点に関係してくる。

    【脆弱性要因】
    (1)国内におけるコンセンサスの欠如、(2)米中の相互責任転換、(3)各国の責任範囲に関する意見の不一致、(4)資金調達、技術提供に関する調整上の不一致

    【改善要因】
    (1)気候変動を裏付ける証拠がさらに加わることで建設的取り組みの機運が上がる、(2)「共通だが差異ある責任」に関する合意、(3)技術的革新によるコストの大幅削減

    【改悪要因】
    (1)米新政権による対中圧力強化、(2)米中経済の悪化、(3)気候変動以外の懸案(台湾、WTO、人権、開発、等)、(4)実施方法に関する不一致

    <以上の要素に基づく3つのシナリオ>

    【シナリオ1.合意未達状態(ベースケース) 確率40%】
    包括的合意が得られなければ、米国は排出義務不履行国に対する「国境調整メカニズム」(炭素税導入)に走る。日本が米中の「炭素通商戦争」に巻き込まれる可能性も。

    【シナリオ2.組織的な妨害 確率35%】
    米中が世界の排出削減枠組みを妨害する方向で一致する。日本に対する排出削減圧力は和らぐが、世界の気候変動の状況は決して改善しない。

    【シナリオ3.気候変動枠組みに対する各国の協調 確率25%】
    数値目標、資金調達メカニズム、技術移転に関する合意が得られる。気候変動解決にはベストだが、日本には一層の排出削減が求められる可能性がある。

    まとめ~「慎重ながらも悲観的」な見通し

    経済依存が深まる一方で、経済ナショナリズムが台頭する等、脆弱性と強靭性が複雑に絡み合う米中関係について確たるシナリオを描くのは難しい。

    実際のシナリオは、米中の景気動向と指導層の方針によって大きく左右される。景気後退はあらゆる面で協調を困難にする。また、先述の3つのリスクは相互作用する。

    最も確率が高いのは、ある程度のリスクが続く現状維持シナリオだ。それ以上に対立的な関係に陥る可能性は低いが、否定することはできない。貿易関係の悪化は25%、投資環境の悪化は35%、炭素通商戦争は40%の確立と試算されている。楽観的シナリオの可能性はより一層低い。

    以上から、米中関係全体について「慎重ながらも悲観的」との見通しを立てるに至った。

    コメントと回答

    1. 民主党予備選が長引いた結果、候補が保護主義的な公約をせざるを得なくなった。仮に民主党政権となれば、少なくとも1~2年は自由貿易機運が停滞する見通しだ。
    2. 中国に批判的なグループは民主党、共和党の双方に存在する。反グローバル化左派、労組、ネオコン、タカ派、宗教保守等の力関係も、今後の米中関係を占うものと思われる。
    3. さまざまな争点の累積効果についても、今後更なる検証が必要と考える。

    A:

    1. 米国の対中政策は国交正常化以来、(1)台湾問題、(2)二国間取組、(3)国際社会への中国の取り込みを軸に展開してきた。政権発足時は中国に批判的だった政権も、前政権の主流政策を概ね踏襲している。ただし、対中政策の主流はブッシュ政権の8年間でより強硬路線にシフトした。民主党候補が対中批判を強めたとしても、それは副次的な問題でしかない。
    2. 米国世論の対中好感度は今年2月の調査で7ポイント下落した。その後もチベット問題や聖火リレー等を巡り騒動が続いている。一方で、四川大地震を契機に中国に対する同情論も出てきた。全体としては「安定か改善」という見通しを立てている。

    質疑応答

    Q:

    北京五輪後の米国の対中イメージは。仮に中国の金メダル獲得数が米国を抜いた場合は。

    A:

    メダル数の優劣は米国にとってそれ程の関心事でないが、競技妨害や不正審判等があれば世論が動く可能性はある。また、五輪に関連して、大気汚染等も中国の対外イメージにとってリスクとなるが、対応次第でチャンスにもなり得る。

    Q:

    1.米中経済交流の規模、質の発展は3つのリスクにどう影響してくるか。経済関係は双方の対中・対米総合戦略の中でどのような位置を占めているか。

    2.知的財産権に関する米国の見方は。

    3.金融面の交流拡大が及ぼす影響は。

    A:

    1.経済的相互依存関係は安定要因ではあるが、「相手側に有利」と片方が受け取れば不安定要因にもなる。貿易不均衡をめぐる米中の見解不一致がその顕著な例だ。米国は中国の貿易黒字を、中国は外資による利益搾取を問題視する。

    2.知財に関しては部分的改善は認められるが、デジタル消費財の海賊版流通等の大きな問題は未解決だ。

    3.中国の金融システム自由化は、変動相場制への移行を意味する。

    Q:

    1.権威主義的資本主義(authoritarian capitalism)に関する米国世論の盛り上がりは。

    2.国際的評価を求める中国の思惑は日米にとってどの程度レバレッジとなるか。

    A:

    1.中国が規範の普遍性・正当性を認識した場合、国際的評価の渇望はプラスに作用する。しかし、聖火リレーに対する抗議活動のように、「正当な扱いでない」「普遍的評価でない」と中国が受け取れば、評価を求める感情はかえってマイナス要因となる。

    2.権威主義的資本主義に関する議論はそれ程盛り上がりを見せていない。共和党のマケイン候補が「民主主義国家の連立」に言及した程度だ。