RIETI政策シンポジウム

イノベーションの過程とそのパフォーマンス:日米欧発明者サーベイからの主要な発見と教訓

イベント概要

議事概要

第2部 パネルディスカッション「今後の研究開発のあり方」

[セッション概要]

本セッションは、これまでの基調講演・報告を踏まえた上で、日本の産業界の代表的企業からR&D活動の中で直面している問題、関係省庁からイノベーションに対する政策面の取り組み、学者から発明者サーベイの意義と限界についての報告が行われ、幅広い意見交換がされた。

セッション全体としては、以下の結論が得られた。
(1)今回の発明者サーベイは、初めて発明者本人に焦点を当てる研究であり、大変意義がある。日米サーベイの主要な結果は、企業の研究開発の現場での認識とほぼ一致している。
(2)科学技術立国に向けて、グローバルなR&Dネットワークの効果的な運営などオープン・イノベーションを効果的に進めることが重要である。
(3)イノベーションの効果的な推進のために、社会システム全体の改革、先端分野における特許制度のあり方などの課題がある。

まず、産業界からR&D活動に直面している課題の報告が行われた。

[武田薬品工業(株)秋元浩氏報告の概要]

(1)ライフサイエンス分野のR&D活動は非常に時間と資金が掛かり、不確実性が高い

  • 製品化できるまで15年必要。
  • 年間R&Dの投入は1000億円規模。R&Dの対売上げ比率は15%前後で、マイクロソフト、インテルと同じ程度。
  • 候補となる化合物の中で、1割のみが後に製品となる。
  • 発明は研究者個人のひらめきに依存するが、製品化は組織力が決め手となる。
  • 世界市場に日本発の医薬品が存在感を示している。

(2)大学がもっとシーズ発掘の役割を担い、そしてベンチャー企業が製薬企業における製品開発への仲介役となり、基礎研究とその商業化との連携をより強化することが課題。

[トヨタ自動車(株)江崎正啓氏報告の概要]

(1)「エネルギー」と「安全」はR&Dが直面している大きな課題であり、サイエンス領域における新原理、新物資の発見が重要となり、基礎研究の重要性が高まった。

(2)企業内外における基礎研究を強化するための取り組みを始めており、特に、公募式共同研究を行うなど産学連携に力を入れている。

[(株)日立製作所基礎研究所 長我部信行氏報告の概要]

(1)競争の激しい市場環境に所属し、R&Dは企業体力の勝負

  • 年間売上高の4%がR&Dへ
  • 1つのイノベーションは基礎研究から、開発、生産プロセス、販売、サービスなど多方面にわたる活動である。

(2)課題

  • 技術が非常に複雑化しており、製品に多くの技術を組み合わせることが必要である。
  • 市場が多様化、複雑化し、不確実性が高くなっている。

(3)取り組み

  • 技術のロードマップを1年ごとに更新し、R&Dの方向を見直し、ビジネスと整合させる。
  • 基礎研究と応用研究の連携を効率化するために、研究者を研究所と事業部へローテーションする制度がある。

産業界の報告を受け、パネリストの間で以下の討論が行われた。

■日本企業の基礎研究について

長岡貞男氏:
米国では多くの中央研究所が縮小されたにもかかわらず、サーベイでは、米国のほうがより探索的研究を行っているという結果が得られているが、その点についてどうお考えになるか?

長我部信行氏:
実感としてはサーベイの結果が正しい。当社の米国研究所においても、Ph.D出身者が多く、サイエンス志向が強い研究者が多い。なお、日立製作所の場合85% が事業部からの委託研究である。基礎研究は一般的に内部資金が主であり、基礎研究所の場合90%の研究資金が内部資金である。

■人材流動性の対応について

和田修一氏:
日本では人材の流動性が増え始めている。企業にとって、従来のほうがよいのか、米国のように流動化したほうがよいのか?

秋元浩氏:
企業の意向に関わらず、人材流動性が高まっている。やりたい仕事と報酬のバランスを求め、人材が流動することは良いことだと思う。

■発明者の動機について

長岡貞男氏:
医薬品産業では研究開発のリスクが高いとのご説明であったが、発明者の実績に応じて報酬を支払う制度であれば、研究者が大きなリスクを背負うことになるという問題がある。他方で、米国の場合は報酬等の契約が自由であるが、日本の場合は特許法の制約がある。そのあたりで差があるのか?

秋元浩氏:
米国研究所は米国の労働市場での状況に順じて処遇を行うため、発明者に対する報酬の制度は日本と異なっている。しかし、研究者は報酬で発明しているわけではないので、金銭的な報酬以外に、良い研究環境の提供、研究者意思の尊重など、他のインセンティブの併用も行っている。

長我部信行氏:
発明者は金銭のために発明しているわけではない意見に同感する。社内では名誉面などほかの面においての奨励も行っている。

次に、発明者サーベイの意義と限界について、和田氏の報告と問題提起が行われた。

[学習院大学 和田哲夫氏報告の概要]

(1)意義

  • 日米欧3極の比較ができることは大きな意味。
  • イノベーションのプロセスは、今まで外部から覗くことができなかったことが見えるようになった。これまでR&Dの入口と出口で行われたさまざまな研究とつなぐことが可能になる。

(2)限界

  • 調査対象を発明者に限定したため、調査の範囲が狭くなる。
  • 特許にならない活動も多く存在する。たとえば、ノウハウ・全員参加型・カイゼンなどの活動。むしろそこが日本企業の強みである。今回のサーベイ結果ばかりに目が取られると、日本企業の真の強みを評価しない可能性があるかどうか。

■発明者サーベイを使った研究について

江崎正啓氏:
我々は特許になりうるものをすべて特許化している。生産部分のコスト、品質など特許にはならないカイゼンの領域については、イノベーションに大きく影響しないので、問題ないはずである。

Dietmar Harhoff氏:
発明者が特許化せず、10年も、20年もシークレットのままに保持する発明はそれほど多くないはずである。シークレットの最も多い化学分野においても、時間が経つにつれ、発明者がシークレットから特許へ転換する傾向が研究でみられた。また、発明者サーベイの意義について、これまでの研究はマーケティング、セールスを含めたチームの活動に過剰に注目してきたともいえる。発明者サーベイは発明者本人に焦点を当て、この種の研究は今まで体系的に行われていない。

■特許の活用について

長岡貞男氏:
サーベイの結果によれば、特に日本の大企業では、使われていない自社特許がかなりあるようだが、もっと活用する試みがあるのか、また、どのような成果が出ているのか?

長我部信行氏:
使っていない特許を有効活用するために、特許の販売、有用でない特許の切り捨てを行っている。その結果、スタートアップ企業などの外部企業が当社の特許を買い取り、商業化される特許の例もでてきている。

次に、イノベーション政策の取り組みについての報告が行われた。

[内閣府 和田修一氏報告の概要]

(1)イノベーション創出のための取り組み

  • 科学技術基本計画第3期(2006年―2010年)において、政策のプライオリティにおいて人材育成、社会還元を高めたい。
  • 年間1兆4000億円を、自由な発想に基づく基礎研究に当てている。
  • 同時に、投資の選択と集中を行い、政策課題対応型研究開発を年間1兆7000億円程投じている。ライフサイエンス、エネルギーが大きな割合を示し、他には情報通信、環境、ナノテク材料などがある。

(2)イノベーション立国にむけた社会的システム改革

  • イノベーティブ社会への転換を図る。
  • 「イノベーション25戦略会議」が設置され、短期、中長期課題を取り組む。
  • 医薬分野などで、基礎研究の社会還元を加速するための、制度改革を含めた政策面の取り組みを行う。

[経済産業省 土井良治氏報告の概要]

(1)日本の民間企業のR&D出資が世界最高水準にある。しかし、価値に十分繋がっていない懸念がある

  • 日本ではR&Dの出資はほとんど民間企業で担われる。米国では、政府のR&Dへの比率が世界主要国内で最も高い。

(2)経済産業省は対策として、技術のロードマップを作成し、一般提供している

  • ロードマップは各先端の技術分野を含み、企業・研究機関の専門家を招き、作成した。無料配布している。
  • ロードマップは政府予算、企業の基礎研究の方向を定めるのに有用である。

これに対し、以下の討論が行われた。

■経済産業省が作成したロードマップについて

Bronwyn H.Hall氏:
ロードマップはどのように使われているのか、どのような効果があるのか?

土井良治氏:
ロードマップは技術の今後の傾向を把握し、政府研究の予算を決める際に有用である。また、ロードマップを作る過程により、産官学とのコミュニケーションツールが作られ、お互いにコンセンサスが取れるようになった。企業がこのロードマップにより産業の将来像、自社のポジション、若しくはロードマップにはない新しい技術領域などを認識できるようになる。

[Q&Aの概要]

Q.科学技術立国の構想について、現在日本では子供の理工離れが進んでいる。今後日本にとっては理工系人材の枯渇が深刻な問題となる。人材豊富な隣国といかに交流を深めたらよいのか、アジアの中でどのように日本が協力していけばいいのか、企業の方からご提言をいただきたい。

A.秋元浩氏:
アジアでは、シンガポールに研究拠点がある。日本だけでやる考え方は確かに脱却したほうがよい。また、アジアゲートウェイの発想にもあるように、国際研究のプラットフォームは国を挙げての取り組みが必要である。

A.江崎正啓氏:
中国では大学と共同開発センターを作っており、研究開発に投資する枠組みは持っている。ただ、トヨタの研究開発拠点は置いていない。中国では人材の流動性が高いため、人材・ノウハウが競争企業に流れていくことを踏まえて考える必要がある。

A.長我部信行氏:
日本・米国・中国・シンガポール4極の研究拠点がある。中国の北京、上海を拠点にし、現地の大学と共同研究も行っているが、日本側の研究開発部門との効果的なコラボレーションは今後の課題となっている。確かに現地の人材が豊富であり、潜在能力が高い。日本における国際共同研究のプラットフォームについて、今まで研究所に外国研究者を招く経験からでは、言葉の違いが大きな壁と感じる。まず、外国人研究者を受け入れるために国全体として諸制度をもっと整える必要がある。

Q.製薬業界において、欧米ではここ10年、開発専門のベンチャー企業が産学連携の仲介役として必ず登場する流れにある。日本もそのような方向に向かっているのか? また、米国の研究では、そうした流れが必ずしも新薬数の増加といった成果に繋がっていない。従って、このような流れが日本にとって望ましいのか?

A.秋元浩氏:
日本もそのような流れになっている。大手製薬会社もリスクを減らし、事業を絞らなければならないため、開発専門のベンチャー企業による産学連携の仲介が重要である。また、現在までの新薬の数で成果を判断するのが難しい。何故なら、各国の医薬当局が定めた基準で左右されている面が大きいからである。最後に、個人的な意見として、日本では法律上、バイオ分野において多くの発明が権利化できない。技術が進歩している中、法律・政策面の見直しをしていただきたい。また、日本で特許権利が認められないなら、米国で取るような積極的な行動が日本の大学にあってほしい。民間企業が当たり前に行っていることであるが、大学もそうした国際化をもっと進めてほしい。