イベント概要
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議事概要
趣旨と概要
急速に進む経済のグローバル化は企業間・企業内の国際的な取引関係・業務分担に大きな変化をもたらしている。従来行われてきた輸出や直接投資以外に、業務のアウトソーシングが国境を越えた取引としてシェアを伸ばす傾向にある。その一方で、こうした海外アウトソーシングの活動が今後どのように進展するのか、制度設計にどのような影響をもたらすのかという点は十分に議論されていない。
アジアを中心に急速に進む日本の製造業の海外展開の中で、海外アウトソーシングが今後どのように進むのかは、日本経済の展望を大きく左右するものであり、正確な実態把握と政策への影響に関する議論が必要とされる。
今回RIETIは、欧州屈指の政策シンクタンクCEPR(Centre for Economic Policy Research) との国際共同セミナー第2回目として、ジュネーブ国際研究大学院のリチャード・ボールドウィン教授を招き、企業ネットワークのグローバル化とアウトソーシングに関する国際共同セミナーを開催した。日本側からは、藤田昌久RIETI所長、若杉隆平教授(RIETI研究主幹/京都大学経済研究所)、冨浦英一教授(RIETIファカルティフェロー/横浜国立大学)が最新動向に即した研究成果を発表し、その政策的な意義についてボールドウィン教授と議論を行った。
“Great Unbundling”:ボールドウィン教授講演
グローバリゼーションは従来考えられてきた側面と異なる新しい側面を見せている。従来の側面は第一次のUnbundling(分離)の現象として考えられる。これは生産と消費の分離として定義されるもので、特に財の貿易コストが急速に低下したことに起因している。旧パラダイムと位置付けられるこの分離は、1870年頃から現在に至るまで、リカードやヘクシャー・オリーンモデルといった基本的な貿易理論によって説明することが可能である。これに対して第二次の分離現象は、工場とオフィスの分離によって定義づけられ、財の貿易にとどまらない“tasks”(業務)の貿易が生じていることを意味する。これは主にアイデアの貿易コスト低下によるもので、1980年代中頃から現在にわたる新パラダイムとして位置付けられる。
この新パラダイムに関しては米国プリンストン大学のBlinder教授やGrossman教授、Rossi-Hansberg教授らによって理論研究が進められているが、統計データに基づく研究はまだ少ない。旧パラダイムの場合、分析対象として適切な統計は財やセクター、企業といったレベルのデータであったが、新パラダイムの場合、業務の取引が行われていることから、業務レベルの統計が必要となってくることに注意が必要である。また、新旧パラダイムの徹底的な違いは、財の貿易から業務の貿易になることで、グローバル化の勝者と敗者が業務に応じて決定されるということである。以前は、セクターやチームという単位だったものが個人という単位にまで国際競争に晒されるようになったという点に大きな違いがある。
この違いが政策決定に対しても影響を及ぼす。第一に注意すべき点として、予測が不可能であることが挙げられる。生産を企業とオフィスに結びつけている“Glue(糊)”が何かということが判らないため、どの業務がそれぞれ生産から分離可能であるのか予測できないという問題がある。第二に、オフショアリングが始まることには突然性を伴うことがある。また、第三に、政策決定の違いとして個別性が生じる点がある。業務レベルの貿易の加速により、従来考えられてきたセクター/企業/地域向けの政策ではなく、個人向けの政策が必要となってくるのである。したがって暫定的な政策への影響として、勝者と敗者の区別を付けることが困難であることが指摘できる。とりわけ情報通信に関わる業務は貿易コストの変化に影響を受けやすく、オフショアリングされる可能性が高い。たとえばVan Welsum and Reif (2005)はオフショア可能な業務の特徴として次の4つを挙げている。(1)IT集約型、(2)アウトプットがITに移転可能な業務、(3)コード化できる業務であること、(4)人とのface-to-faceの交流が少ない業務の4点である。政策含意として、柔軟性と継続的な学習(learning to learn)が必要とされることに注意が必要である。
結論としてまとめると次のようなことがいえる。第一に、新たに可能となる業務の貿易から得られる利益は、従来の財の貿易を通じて得られる場合と同じように得ることができる。第二に、業務の貿易による国内産業の痛みは、これまで見られたような技術レベル、職業経験、セクターとの相関が低くなる可能性がある。第三に、社会政策よりも、より政治的な判断を必要とする政策が必要となる可能性がある。たとえば雇用の保護ではなく、労働者保護の政策が必要となるであろう。第四に、グローバル化を促進しながら、国内調整によって痛みを緩和し、新たな機会を模索するような政策が労働者レベルで必要となるであろう。
以上の研究報告を受けて、主に政策立案への影響について議論が展開された。まず、ボールドウィン教授が指摘した予測不可能性に対して、業務レベルの統計データを収集することで問題を緩和できるのではないかという指摘があった。これに対して、同教授は労働市場レベルの統計データによってある程度業務を把握することが可能であるが、企業について業務の実態を把握する統計データは十分でないと答えた。また、政策含意において言及した学習の必要性について、教育政策の重要性について言及した。具体的な政策については専門外であるが、国際競争におけるショックに耐えうる政策を準備すべきと述べた。さらに、国外へのアウトソースは雇用の低下などをイメージするが、アウトソーシングは一方向的なものでないことにも触れられ、日本国内に業務がアウトソースされる可能性も視野に入れ議論する必要性を指摘した。
日本企業のオフショアリングの実態について:若杉教授・冨浦教授の研究報告
IT・輸送手段の技術革新により輸送コストは大幅に低下し、1980年代以降の国際的な工程間分業は急激に増加している。海外調達やアウトソーシング、海外でのR&D活動といった企業のオフショアリングは、これまで主に産業連関表や部品/中間財貿易等の産業レベルのデータによって計測が試みられてきた。
今回我々がRIETIの研究会において実施したアンケート調査は、業務レベルまで調査対象としたオフショアリングに関する初の調査である。調査は本年1月に実施し、調査対象は日本の製造業約1万4000社で4割近くの企業から回答を得た(本調査と結果概要についてはRIETIディスカッションペーパーDP-07-E-060を参照 )。この調査では、市場における調達を海外購入、契約により仕様・業務を特定化した調達を海外アウトソーシングと定義した。また、後者の海外アウトソーシングについては、自社の海外子会社との企業内取引、他の日本企業の海外子会社との取引、現地外国企業との取引の3つに分けて調査している。外注される業務については、生産部門における業務として、工具・金型、部品・中間財、最終財の加工・組立に分け、サービス部門の業務に関しても、R&D、情報サービス、顧客支援業務、法律・会計・金融サービスに分けている。
また、外注先についても、中国、ASEAN、他のアジア地域、米国、欧州などに地域を細分して調査している。調査は1時点で実施しているため、過去との変化を知る目的から5年前どうであったかという質問項目も用意している。さらに、R&D活動に関しては、契約によって事前に仕様・業務を特定化しないケースが多いと考えられるため、別途詳細な調査項目を用意した。調査項目には、R&D活動の動機、実施施設、立地場所の選択要因、本社との関係、展開地域に関する内容を含んでいる。最後に、企業のオフショアリングの意志決定に影響を与えると考えられる要因の1つに、海外の知的財産権保護の程度が考えられるため、各企業に対して外国の知的財産権をどのように評価するか5段階でスコアリングを実施した。この結果、56カ国に関して知的財産権制度の評価指標を構築することに成功している。
アウトソーシングに関する調査結果から、第一に海外アウトソーシングを実施している企業は一部の企業に限られることが判明した。また、国内のアウトソーシングをせずに海外アウトソーシングを実施している企業はほとんど存在しないことも判明した。さらに5年前どうであったかという回答と現在の回答を比較すると、海外アウトソーシングする企業は増大している。次に海外アウトソーシングの業務内訳について、調査対象が製造業企業に限られていることが少なからず影響していると思われるが、7割以上が生産に関する業務(工具・金型、部品・中間財、最終財の加工・組立)であった。地域別では、件数で中国が5割以上を占め、ASEANとその他アジア地域を含めると8割近くがアジアに集中している。外注先の企業に関しては、同じく件数で見る限り4割程度が海外子会社に対する企業内取引であった。海外アウトソーシングに重要な要因としては、生産業務のアウトソーシングには低コストであること、専門的サービス業務のアウトソーシングには規制緩和であると回答した企業が多い。また、自社子会社や日系企業へのアウトソーシングは、従来から取引関係のある国内取引先への配慮が影響していること、外国企業向けのアウトソーシングには外注先候補に関する情報を得ることが重要であることなど示している。
R&D活動を海外で実施している企業は全回答企業の内209社(約4%)と非常に少なかった。実施場所は主に工場・事業所内で行っているケースが3分の2程度を占めている。本社のR&D活動と一体的な運用と回答する企業も7割程度を占めていて、特に中国、ASEANではやや高い数字を示している。ロケーションに関する選択要因については、現地市場への近接性を第一に挙げる企業が半数以上を占め、次に企業・研究機関の集積地域を挙げる企業が多い。税制面での優遇措置を理由に挙げる企業は非常に少なかった。また、海外でR&D活動を実施する動機についても、現地の生産・販売のサポートのために実施しているというケースが数ある選択肢の中で最も多く全体の4割を占めた。地域別には、米国や欧州において現地の企業・研究機関との連携・共同研究を理由に挙げる企業が多い一方、アジア地域ではR&Dコストの低さを挙げる企業が多い傾向が見られた。海外アウトソーシングと海外R&D活動との関係については、海外R&D活動を実施している企業は海外アウトソーシングについても実施しているという傾向が見られ、オフショアリングの活動に補完的な関係が示唆された。最後に、企業の外国の知的財産権制度の評価によると、法的な知的財産権制度の整備状況に比べ、実際の保護の履行が弱い国々が発展途上国を中心に数多く存在することを示している。
以上の研究報告を受けて、主に今後の研究テーマについてボールドウィン教授と日本側研究者との間で議論が展開された。特に同教授からはオフショアリングが企業規模の大きさと密接な関係がある可能性について指摘があった。これに対して報告者からは、今回対象とした比較的大規模な企業が多いサンプルの中でも回答が大きく異なるケースが見られ、規模が大きい中でもオフショアリングの意志決定に影響を与える規模効果が存在する可能性について指摘があった。さらに、ボールドウィン教授からはサービス産業を対象として同様の調査を行った場合、製造業の場合と比べ結果が非常に異なる可能性についても指摘があった。また、オフショアリングの意志決定に与える国の属性として知的財産権保護の評価との関係を見ることも興味深い分析テーマであるとの指摘があった。終盤にはフロアの参加者を交え、オフショアリングの今後の展望について議論が展開された。
最後に、このような業務レベルに及ぶ詳細な調査を継続的に行うことが、政策を立案する上で重要であり、今後もこうした調査を元に分析が蓄積されていくことが必要との認識を共有し議論を終えた。