政策シンポジウム他

女性が活躍できる社会の条件を探る

イベント概要

  • 日時:2004年11月9日(火) 9:50-17: 40
  • 会場:TEPIA(機械産業記念館)TEPIAホール(港区北青山)
  • 開催言語:日本語(同時通訳なし)
  • 平成16年11月9日、経済産業研究所は、政策シンポジウム「女性が活躍できる社会の条件を探る」を実施した。以下は、その際示された意見の主要論点と議事概要である。

    議事概要

    各セッションにおける各報告者の報告、コメンテーターの発言および質疑応答の具体的な内容は、おおむね、以下のとおりであった。

    (1)開会とイントロダクション

    開会の辞として吉富勝RIETI所長から本シンポジウムの議論の背景および視点を紹介したのちに、橘木俊詔RIETI研究主幹/ファカルティフェロー・京都大学教授が、職場への女性の参加の現状と女性の職場への参加が進んでいない理由についての次のような概観を行った。

    職場への女性の参加が進んでいない証拠として、労働力参加率の低さ、特に、管理職での女性比率の低さなどが挙げられる。そうなっている理由として、職場において女性の処遇に差別があるため女性の勤労意欲を阻害している可能性が強い。処遇における男女間の格差は、賃金格差と昇進格差に如実に表れている。

    このような男女間の処遇の格差は、直接的には、「男性は、ブルーカラーも多いが専門職と管理職という上級ホワイトカラーも多い」のに対して、「女性は、上級ホワイトカラーは少なく事務職と営業職が多い」という、職種の違いによってもたらされている。しかし、さらに、その背景として、大学における男女間の専攻分野の違い、および、幼少時からの家庭教育や学校教育における「男は仕事に、女は家庭に」という精神が影響している。

    また、女性は中途で労働市場から退場し、その後しばらくしてパートタイマーとして再参入することが多いことも、男女間の処遇格差の理由になっている。女性が中途で労働市場から退場する理由を調べると育児の負担が大きいからである。そして、育児・家事を女性が分担するのは、性別役割分担意識が大きな理由となっている。

    このように、女性が職場で活躍するための条件を探るためには、学校教育と家庭教育を含めた教育やライフサイクルを含めた本人と家族との関わりまで分析する必要がある。

    (2)第1セッション「子育てと女性の就業」

    橘木研究主幹が指摘したように、女性の就業が進まないこと、また、就業しても中途で労働市場から退場してしまうことの直接的な最大の理由は子育てにある。そこで、まず、第1セッションにおいて、子育てと女性就業との関係について論じた。

    1.白波瀬報告およびこれに関する議論

    白波瀬佐和子筑波大学大学院システム情報工学研究科助教授より、「母親就労の位置づけに関する国際比較研究-男女ともに働きやすい社会をめざして-」と題して報告が行われ、これに対して、永瀬伸子お茶の水女子大学大学院人間文化研究科助教授および落合恵美子京都大学大学院文学研究科教授からコメントが行われた。

    1) 白波瀬佐和子助教授による報告

    母親就労の国際比較から日本の位置づけを明らかにするため、米国、英国、スウェーデン、ドイツ(旧西独)、イタリアおよび日本の国際比較を行った。

    女性の労働力率、出生率の変化、婚姻率、離婚率、婚外子割合というマクロレベルの指標を見ると、これら諸国の中で日本は、女性の年齢階級別労働力率にM字カーブが残っていること、合計特殊出生率が一貫して低下傾向にあること、婚姻と出産の結びつきが強く婚外子割合が低いこと、といった特徴が確認できる。

    また、家族や性別役割分業に関する国際比較ミクロデータである1994年International Social Survey Program(以下では「ISSPデータ」)を利用して、各国の母親の就労状況の比較分析を行った。これによって、未就学児を持つ母親の働き方として、「無業」、「パートタイム」、「フルタイム」のいずれが望ましいと考えられているかを調べると、日本は西独とともに「無業」を望ましいと考える割合が特に高いが、いずれの国でも「フルタイム就労」を支持する割合は低い。すなわち、母親就労割合の高い国でも子供を持ちながら仕事をすることに何ら抵抗をもっていないわけでなく、子育てと仕事の両立に対する複雑な意識は、各国に共通している。しかし、日本では他国に比べて未就学児を持つ母親が仕事を持つことは望ましくないと見る傾向が強い。その背景として、日本では、専業主婦であることに対する肯定的な意識が特に強く、また、性別役割分業意識が強いという特徴が確認できる。

    性別役割分業意識をはじめとするジェンダー意識は、学歴、仕事の有無に加え、自分の母親が仕事をしていたか否かが影響している。また、これからの女性活用のあり方としては、男性の家庭責任への関与と生活者としての役割拡大が重要である。

    2) 永瀬伸子助教授のコメント

    福祉国家の3類型、つまりリベラル型(米、英)、北欧型(スウェーデン)、保守型(伊、独)を比較すると、米、英では保育サービスが市場で買えること、北欧では女性が働くことが当然で逆に働かないとデメリットが大きいこと、独、伊、日では正規労働者への手厚い保護があるとともに保育サービスが不十分といった社会の特徴が、女性労働とジェンダー意識に影響している。白波瀬報告にはそのことがよく表れている。

    今後の変化の鍵として、魅力的な家庭と仕事のモデルが提示されるかどうかが重要である。今後専業主婦を続けることがより難しい状況になっていくという展望の下で、日本はどのような福祉国家を目指すのかを考える必要がある。

    3) 落合恵美子教授のコメント

    過去10年間に日本の女性の労働参加に変化がなかった。ヨーロッパでは男性の失業問題が契機となって社会の再編を促し、一時期に痛みを伴いながらも安定してきているのと比べ、日本では、女性労働にとっても「失われた10年」であった。その上で、国際比較については、自身が参加しているアジア諸国との比較研究結果を紹介すると、たとえばシンガポールでは幼児期の育児よりも就学期の子どもの教育のために女性の労働力率が低下している。白波瀬報告において幼児を持つ母親の就業に対する複雑な意識が各国共通にみられることが興味深いが、国際的には、幼児の育児よりも教育の高度化の競争激化の傾向があり、高いレベルの教育への対応が新しいトレンドを作っているのではないか。また、母親の就業に対する意識が複雑であるなら、母親はどのような働き方をすればいいか。また、白波瀬報告に示された、日本における性別役割分業という形での規範意識の強さは戦後形成されたものであって、日本の伝統とは異なることに注意を要する。

    「失われた10年」の間、日本では会社や結婚等の制度変化が非常に小さかった。変化の有無が社会的にどのような影響を及ぼすのかといった分析の必要性とともに、女性の問題は、少子化問題、介護問題などと密接にからんでおり、政策的にもこうした問題を総合的に取り上げることが重要である。

    4) 白波瀬助教授による応答

    落合教授のコメントに対して、女性の働き方として、人々の意識を変革して男性型と同じような形で女性も働くことが疑いもなくできるという社会にはならないと思う。日本の規範意識の強さについては、変化の早さが日本の特徴の1つではないかと思う。

    2.松田報告およびこれに関する議論

    松田茂樹第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部副主任研究員から、白波瀬助教授の提言にあった男性の家事・育児参加をテーマとして「男性の家事・育児参加と女性の就業促進」と題する報告が行われ、これに対して、永瀬伸子助教授および落合恵美子教授からコメントが行われた。

    1) 松田茂樹氏による報告

    女性が活躍できる社会を実現するためには、男性のライフスタイルが変わらなくてはならないという問題意識を底流に置きつつ、わが国において、第1、男性の家事・育児参加が増えれば女性の就業促進につながるか、第2に、どうすれば男性の家事・育児参加を増やすことができるか、という問題設定を行って検討した。

    第1の男性の家事・育児参加と女性の就業との関係については、男性の家事・育児時間と女性の労働力率との関係についてマクロデータによる国際比較を行うと、先進国の中で日本の男性の家事・育児時間が極端に短く、また、男性の家事・育児時間と30代前半女性の労働力率は正の相関関係がある。また、わが国のパネルデータ((財)家計経済研究所「消費生活に関するパネル調査」)を利用した分析からは、夫の家事・育児分担率が高くなると妻の出産後の就業継続が高まる傾向がみられており、夫の家事・育児分担は、女性の就業を促進するといえる。

    第2の男性の家事・育児参加を増やす方策については、個票データ(日本家族社会学会全国家族調査研究会「家族についての全国調査」)を用いて夫の家事・育児参加を規定する要因を分析したところ、夫の時間的余裕すなわち労働時間の短縮が重要であり、本人の性別役割分業意識(ジェンダー・イデオロギー)とは有意な関係が見られなかった。

    以上の分析結果から、女性の就業促進にとって、男性の家事・育児を増やすことが重要であること、そのためには男性が家事・育児に関わることのできる時間を増やす、つまり労働時間を短縮することが重要であることが示された。一方でジェンダー・イデオロギーに訴える啓発活動は効果不明であるとともに、社会構造の問題を個人の問題に転嫁するものであるため適当でない。

    2) 永瀬伸子助教授のコメント

    男性が家事・育児参加することが女性の継続就業を支えること、そして、そのためには男性の労働時間を短くするというように、個人ではなく社会が動くことが重要であるという結論には賛成。しかし、啓蒙活動については、夫本人だけでなく、職場での周囲も含めて考えると、やはり重要である。

    3) 落合恵美子教授のコメント

    男性の家事・育児への参加が女性の就業を促進するという指摘については、家事・育児の担い手として、夫・妻以外に支援ネットワークを想定すべきではないか。また、ジェンダー・イデオロギーが男性の家事・育児参加を規定していないという結果は興味深いが、白波瀬報告における教育が重要(学歴が高いほど性別役割分業に否定的)との指摘との違いを検討してほしい。

    4) 会場からの発言

    社会構造を変換する上で企業トップの意識が重要であり、そのための啓発は重要である。

    5) 松田茂樹氏の応答

    啓蒙活動の必要については、全体として必要だとは思うが、男性の家事・育児への参加が少ないのは、やはり男性の労働時間が余りに長いことの方がより重要な問題であり、特に、育児期に関しては、目を向けるべきは規範意識よりも労働環境や社会環境である。家事・育児の支援ネットワークとしては、親族のネットワークは日本ではこれ以上は期待できず、また、ベビーシッターは日本では少ないため、保育所以外の選択肢としてはやはり夫の参加が重要である。

    (3)第2セッション「女性の活躍と教育のあり方」

    第1セッションでも明らかになったように、女性の就労には教育が大きな影響をもたらしている。それは、母親の就労を可能とするために子供の教育をどのように考えたらよいのかという問題と、女性本人に対する幼児期から高等教育に至る教育をどうするかという問題である。第2セッションでは、これら、母親にとっての子供の教育と女性本人への教育の両面から教育の問題について論じた。

    1.本田報告およびこれに関する議論

    本田由紀東京大学大学院情報学環助教授からは「子供というリスク-女性活用と少子化対策の両立を阻むもの-」と題する報告が行われた。前セッションでは、子供の教育が母親の就労を抑制する大きな問題となっていることが示唆された。本田助教授の報告は、このような問題意識にも対応して、子供の教育問題が母親の就労に与える影響について報告を行ったものである。これに対して、尾嶋史章同志社大学文学部教授および清水明文部科学省生涯学習政策局男女共同参画学習課長がコメントを行った。

    1) 本田由紀助教授による報告

    現代社会において、子供が将来、上位の地位を獲得するためには、学業や個人の努力だけでは獲得できない、ソフトで目に見えにくい能力、すなわち、問題解決力、対人コミュニケーション能力、創造性、自発性、積極性など人間の内面の深い部分に根ざした柔軟な能力が必要になっている。

    従来型の反復学習など地道な努力で身につけうる能力を「近代型能力」と呼べば、このような目に見えにくい柔軟な能力は「ポスト近代型能力」と呼べる。「近代型能力」が選抜や競争の主な指標となっていた社会は「メリトクラシー社会」と呼ばれているが、現代社会は、ポスト近代型能力が選抜や競争において重要化した「ハイパー・メリトクラシー社会」化しつつあるといえる。ポスト近代型能力の形成に家庭環境が担う役割が極めて重要であり、とりわけ、母親の役割が重要である。すなわち、社会のハイパー・メリトクラシー化によって、子供の教育達成が家庭のあり方に大きく左右されるようになり、子供の地位達成に与える母親役割の増大こそが女性の活躍を阻み、少子化を一層促している。

    このような認識の下、教育意識変数が利用できるデータ(大阪商業大学比較地域研究所、東京大学社会科学研究所「日本版General Social Surveys 2002年」)を用いて分析を行った結果、子供の地位達成リスク意識は、女性に結婚を躊躇させる要因とはなっていないが、出産を躊躇させる要因となっており、また、就業を躊躇させる要因となっていることが示唆された。

    子供の地位達成リスク意識が、女性の活躍を阻害しないようにするための政策として、a.女性が安心して子供の教育を任せられるような公教育の拡充、たとえば、学童保育の教育機能の拡充、b.専門的能力の形成・評価・証明の整序などによる社会のハイパー・メリトクラシー化の進行の抑制、c.父親の子育て参加の促進が、必要である。

    2) 尾嶋史章教授のコメント

    ハイパー・メリトクラシーという状況設定は、都市型の限定的な事例を念頭においているのではないか。メリトクラシーからハイパー・メリトクラシーへと「変化」が強調されているが、入試などを例にみても選抜方法そのものに大きな変化はない。

    3) 清水明氏のコメント

    子供の地位達成に関するリスクという切り口が新鮮であるが、メリトクラシーからハイパー・メリトクラシーへとメリトクラシーが過去のことになったとする状況設定は疑問。また、メリトクラシー社会においても母親の役割は重視されてきた。むしろ、最近は子供の地位達成リスクに無関心な親が増えているという問題も指摘されている。今の教育問題が、新たなハイパー・メリトクラシー社会に対応する教育に内在する問題なのか、それとも、ハイパー・メリトクラシー社会に向けた変化に教育改革が遅れていることが原因問題なのかによって、教育改革の処方箋が変わってくる。

    いずれにしても、「経済的条件だけでなく、子供の能力伸長を願う親の切実な気持ちにきめ細かく応える施策が必要」という方向性については共感する。そして、それに向けた効果的な教育上の施策のあり方についてさらに具体的に検討を深めてほしい。

    4) 会場からの発言

    メリトクラシーからハイパー・メリトクラシーへの移行を強調するより、現状認識を今一度明らかにしたほうがよいのではないか。ポスト近代型能力の獲得のために家庭の役割が一層大きくなったといわれるが、家庭の役割そのものが変化しているのではないか。子どもの量から質へと、少子化の必然的な結果の1つとして質の高い子どもを志向する風潮が生まれる。家庭の力、特に母親役割の大きさについては、実感としてもよく理解できる。

    5) 本田助教授による応答

    メリトクラシーかハイパー・メリトクラシーかの現状認識については、企業の世界が先にハイパー化していて、教育の世界には比較的旧来のメリトクラシーが残っているが、それでも徐々にハイパー化しているという状況だと思う。従って、今は、近代型能力もポスト近代型能力も両方求められていて、だからこそ、母親の役割が一層大きくなっていると思う。非教育ママ(地位達成リスクに無関心な親)が存在しているのは事実だが、地位達成リスクの高い層が子供を持ちにくくなったり、働きにくくなったりしているという問題が生じていることとは矛盾しない。

    2.木村報告およびこれに関する議論

    木村涼子大阪大学大学院人間科学研究科助教授から、「教育システムと労働市場の不適合-女性労働力活用の課題-」と題して、女性本人にとっての教育の意義について検討する報告行われた。これに対して、尾嶋史章教授清水明課長からコメントが行われた。

    1) 木村涼子助教授による報告

    女性就労と学校教育との関係に関する論点としては、a. 高学歴女性のいわゆる「ハイタレント」活用、すなわち、大卒女性の就業継続と再就職、並びに、科学技術分野での女性の能力発揮、b. M字型カーブの解消、すなわち、子育て期を終えた女性の再雇用の推進、に加えて、c. 若年女子の雇用問題がある。

    ここでは、特に、若年女子の雇用問題に焦点を当てると、高校教育と労働市場の不接合が浮かび上がる。1960年代から80年代にかけて、高卒女子が、OLとして雇用され、結婚・出産とともに退職して主婦として性別分業世帯を形成し、その後、パート労働者として再就職するという雇用慣行システムが確立した。しかし、90年代になって、かつては高卒女性が獲得したポストに短大・大学卒業者が取って替わるようになり、高卒就職システムが崩壊しつつある。就職するためには、短大、大学に進学するか専修学校に進むという、さらなる教育投資を強いられており、この結果、経済的格差の影響が拡大している。とりわけ、女子の教育は経済的格差の影響を受けやすい。また、かつて正規雇用の経験があり、企業内訓練も受けたことある中高年パートを安く活用する一方で、正規雇用経験のない女性層が若年層で累積しているという問題も惹起されている。

    このため、労働市場との接合の観点から現在の教育改革を検討すべきであり、特に、進学不安定層を生み出す高校教育を見直す必要がある。また、家計の経済格差がより直接的に反映される女子の高等教育進学にあたって、再分配効果を狙った奨学金制度も重要な施策である。さらに、中高年パートと若年女子という低賃金の不安定雇用下にある女性の労働条件を改善する必要がある。

    2) 尾嶋史章教授のコメント

    不安定な高卒労働市場が実際に何をもたらすのかまで言及すべきではなかろうか。日本では大卒同士、高卒同士といった学歴内婚割合が高い。不安定な労働市場という意味のみならず、学歴、配偶関係を含めた格差がある点も見落とせない。女性の学歴達成は男性よりも経済的資源に大きく左右されるので、教育と労働市場の関係は格差、階層という観点からも議論されるべきテーマである。

    3) 清水明氏のコメント

    教育と労働市場との接合を図る対策が必要である点については同感。実際の政策においても、日本版デュアルシステムのような産業界と連携した職業教育プログラムを展開中である。木村助教授から総合学科創設の効果が限定的であることが指摘されたが、総合学科の多くは、既存の専門学科等を土台として地域・産業界との連携により教育活動の活性化を進めており、進学率・就職率のみで評価すべきではない。また、労働市場との接合の観点から教育改革の有効性を問い直すことの必要性はそのとおりだが、企業側の連携協力もお願いしたい。

    4) 木村涼子助教授の応答

    高卒労働市場の問題が結婚市場にも影響するというご指摘に同感。
    総合学科の効果については確かに地域の活性化に力を入れられているが、熱心な取り組みが行われているだけに、清水氏のご意見にもあるとおり、もっと企業との連携を強めないともったいない。