政策シンポジウム他

多様化する日本のコーポレートガバナンス-特定のモデルへの収斂?-

RIETI政策シンポジウム「多様化する日本のコーポレートガバナンス-特定のモデルへの収斂?」の開催に当たり、御挨拶申し上げます。それとともに、併せて次のような主要な論点について一層光があてられ、より解明されると、政策研究機関であるRIETIにとっては望外の喜びであります。

1.日本は長いデフレのトンネルをようやく抜けようとしております。物価下落による実質金利の高止まりというデフレの最大の問題を克服しつつあるその動力のひとつは、企業利潤が高い水準にまで回復したことにあります。果たしてこれは、90年代の後半から、政府によるさまざまな制度整備、企業による事業の再構築、その中で進められたコーポレートガバナンスの見直しとどう関連しているか、これがこのシンポジウム開催の基本的動機です。そこで主要な5つほどの論点を、かいつまんで紹介しておきます。

2.第1の論点は、いわゆるメインバンク制に関するものです。
メインバンク制の下では、メインの銀行が借り手企業を3つの段階に分けてモニターしていたといわれます。(1)貸出し前のadverse selectionの回避、(2)貸出し後の借り手のmoral hazardの回避、(3)金融困難に陥った企業の on-going concernとしての企業価値の評価の3つです。このモニタリングは、メインバンクが借り手企業にとって主要な貸し手であり、かつその株式を保有していたという事実に基づいていました。

そういう意味でのメインバンク制は現在どのようになっているのでしょうか。融資による結びつき、株式持合い状況等にどのような変化がみられるのでしょうか。融資先企業のモニタリング、銀行の収益性・収益源の構成、救済への関与、倒産処理プロセスへの関与、既存融資・新規融資の状況等はどうなっているのでしょうか。

ひいては、メインバンク自体のコーポレートガバナンスについてはどういうメカニズムが働きつつあるのか。これも重要な論点でしょう。

こうした論点については、セッション1の「企業の経営悪化と企業・銀行間関係」が中心的に取り扱いますが、他のセッションでも繰り返し論じられることでしょう。

こうしたメインバンク制の変容と関係して考えられる論点は、事業法人相互の関係です。これまで企業間では、「系列」という水平的な関係がみられ、事業法人同士の株式持合いもかなり広範にみられました。

また、垂直的企業間関係は、長期にわたる取引関係を通じて物的資本、人的資本の投資に関連してさまざまな慣行を生み出してきました。たとえば、長期の視点に立った設備投資、長期雇用、OJT、デザイン・イン等が挙げられます。

それでは、上述したメインバンク制の変容に伴って、こうした事業法人間の系列関係はどう変わってきているのでしょうか。また、企業の垂直的関係に基づく長期的な視点に立った投資に基づく諸慣行に、どのような変化がみられるのでしょうか。

それがまたコーポレートガバナンスにどのような変化がみられるのでしょうか。

今回の発表では、こうした問題に直接焦点をあてている研究はありません。しかし、ディスカッサントの先生方からのコメント、あるいはフロアを含めた討議の中で、こうした問題にも議論が及ぶことを期待しています。

3.第2の論点は、倒産・企業再生についてです。

今回発表される胥鵬先生の研究にあるとおり、日本では、1990年代のはじめまでと比べ、90年代半ば以降、メインバンクは借り手の救済を行うことが少なくなり、その代わり、それまで少なかった大企業の倒産が数多くみられるようになりました。

それでは、なぜ90年代以降、メインバンクによる処理がうまくいかなくなったのでしょうか。

80年代までのメインバンク制の下での民間による救済処理と、2000年の民事再生法施行以降の倒産法制を用いた処理とを比較した場合、どちらがより有効で、より速く処理されているかといった比較は可能なのでしょうか。両者はどのような尺度によって比較し評価できるのでしょうか。

日本の倒産法制は米国の法制に近づいたといわれています。残る違いは何なのでしょうか。

最近、ダイエーの不良債権処理問題で注目された産業再生機構や現行の産業再生法は、こうしたコンテクストにおいてどのように評価されるのでしょうか。

こうした問題は、セッション1の胥鵬先生の「企業再生とコーポレートガバナンス:法的整理の役割」の中心的テーマです。

4.以上の問題は、メインバンクに代わる外部統治の仕組みは何かという問題にわれわれを導いていきます。

そこで第3の論点は、外国人機関投資家の役割です。
メインバンクに代わる外部統治の仕組みとして、外国人機関投資家や国内機関投資家に期待する指摘が、今回シンポジウムのさまざまの発表でなされることと思います。
Ahmadjian先生の研究によると、
1)現在のところ年金基金等の外国人機関投資家は、日本人投資家に比べ株式売買を活発に行い株価に強い影響を与えることができ、退出を日本企業への脅しに用いている、
2)それとともに、主にインフォーマルな形で、たとえばCEO等との会合において意向を伝える形でボイスによる影響力を行使しているケースが多い、
ということです。

一方、宍戸先生の論文では、「日本の製造業では、いわゆる『擦り合わせ型』の産業が比較優位を有している。こうした産業に属する企業では、引き続き技能の修得等において企業特殊的な投資が重要であり、例えば長期雇用等の伝統的な日本企業の慣行と新しいコーポレートガバナンスの仕組みの組合せが求められている」との指摘がなされています。

ところで、こうした擦り合わせ型の製造業に属する有力企業の多くは、銀行融資に依存する度合いを低め、市場からの資金調達力を高めるとともに、潤沢な自己資金を保有しているのが現状です。自己資金を豊富に保有する製造業優良大企業は、外部統治の仕組みとどのような関係を持つべきなのでしょうか。

メインバンクに代わる、今後の外部統治の仕組みは内外の機関投資家なのでしょうか。内外の機関投資家に一層の役割を期待するとして、その具体的な役割、影響力行使はどのような形が考えられるのでしょうか。そのためには、どのような環境整備が必要なのでしょうか。

日本の機関投資家はどんな役割を果たしているのでしょうか。日本の株主総会は本当にコーポレートガバナンスに役立っているのでしょうか。

5.第4の論点として、以上みてきた流れは、大きな目でみると、企業のコーポレートガバナンスが外部のメカニズム(銀行、株式市場)を通して行われる時代から次第に内部のメカニズムに重点を移していく変化ととらえることができるのでしょうか。

この論点は、セッション2「変貌する所有構造:企業は誰のものか?」とセッション3「取締役会の変革:いかに理解するか」で議論されるテーマに関連します。

米国のCalPERS(カリフォルニア州職員共済組合)は投資先の株式保有比率が高まり、退出による影響力行使が株価に与える影響が大きすぎることから、社外取締役の送り込みといった内部統治に比重を移しているといわれています。また、Enron事件以降は、世界のガバナンスが収斂(convergence)していく先のモデルとみられていた米国のガバナンスにも大きな問題があることが分かり、さらなる改革が提案されています。また、こうした流れは、日本における委員会等設置会社制度の利用の拡大等につながっていくのでしょうか。

それにしても日本ではどうして委員会等設置会社が急速に普及しないのでしょうか。この制度は企業のパフォーマンスにとってどのようなプラス面、マイナス面を持つのでしょうか。

6.最後の論点5は、コーポレートガバナンスを構成する制度や慣行の間の補完性がどの程度に強いものなのか、という問題です。

これまで日本型のコーポレートガバナンスを構成している主要な要素、すなわちメインバンク、長期雇用、株式持合い、系列取引等は相互に補完的関係にあるという議論がなされてきました。例えばメインバンク制であるから長期雇用が可能だというタイプの議論です。ところが実際には、メインバンク制が崩れても長期雇用を残している企業もあります。つまり、今回のシンポジウムの発表から分かるとおり、日本企業のコーポレートガバナンスのパターンは多様性を増し、伝統的な日本型とアメリカ型を組み合わせたハイブリッド型も発生しています。

ここから生じる論点としては、もし制度間の補完性がかなり絶対的で強い場合、ハイブリッド型は生まれない筈です。それでは、従来の制度・慣行の一部が崩れ、新たに異質な要素を旧来の要素と組み合わせて出来上がっているハイブリッド型のガバナンスが生じている現状を、どう評価すべきか。それは、
1)新たなモデルに収斂するまでの過渡的な現象なのか。或いは
2)複数の異なるモデルへの併存へ向けた変化を表しているのか。或いは
3)それともそもそもモデルなど存在しないのか、
という問題提起も可能でしょう。
そして、こうしたことを判断する理論的フレームワークは何なのだろうかという大きな研究課題も浮かび上がってきます。

本日は、日本のコーポレートガバナンス研究の第一線で活躍される内外の専門家の方々に、スピーカー、ディスカッサントとして多数御参加いただきました。皆様、本当にお忙しいところ有難うございます。本日各スピーカーから発表される日本のコーポレートガバナンスに関する最新の実証研究を踏まえて、フロアも含め活発で突っ込んだ議論がなされることを心から期待しています。

この経済産業研究所・RIETIは、日本経済が当面する最も重要な政策課題について研究し、分析と政策についての賛成論と反対論、つまりpros and consを客観的、分析的に明示し、専門家、有識者、そうして国民に貴重な判断材料を提供することを大きな目的にしております。このシンポジウムがこの目的へ一歩でも接近することが出来れば、RIETIにとっても最大の収穫であります。

ご静聴ありがとうございました。

開会挨拶

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