新春特別コラム:2024年の日本経済を読む~日本復活の処方箋

資産運用立国と企業年金~国民不安の解消につなげるために~

五十里 寛
コンサルティングフェロー

2023年8月に発表された金融庁の金融行政方針では「資産運用立国の実現と資産所得倍増プランの推進」がうたわれているが、国民の資産形成を安定した老後につなげることが期待されることは論をまたない。かつて話題となった老後2,000万円問題は直近データで算定すると930万円程度となっており、実際に退職時点でどれだけの資産が必要であるか見通すことは難しい。世界の幸福度ランキングで日本は149カ国中56位と先進国中では低い水準にあるが、国民の日常生活における最大の悩みは老後の生活設計である(注1)。

本稿では、資産運用立国を老後の経済不安解消につなげるための「媒介」となる年金制度に焦点を当て、今後に向けて取り組むべき課題を整理したい。

日本の年金制度の評価

米国のコンサルティング会社マーサーが10月に発表した「世界の年金総合評価指数(2023年)」によると日本の年金制度は56.3点で評価対象国48カ国中30位である。年金制度は各国の歴史や生活習慣を反映しており、かつ退職金等他の国内制度との兼ね合いもあるため単純比較は難しい。日本の年金制度の評価は時系列で見ると大きく改善しているが(図表1)、これは確定拠出年金促進に向けた法改正や厚生年金の対象拡大の動きを反映したものであり、またマクロ経済スライドも年金財政の安定化を図る仕組みとして評価されている。また日本の場合、生活保護制度や健康保険制度による低年金者や高齢者に対する支援等を勘案すると、高齢期の生活は実際の指数比較以上の水準であることが想定される。

しかしながら、年金制度自体の課題は依然残っており、国家財政の悪化や少子高齢化等の構造要因の影響を強く受ける「給付の十分性」、「制度の持続可能性」はさておき、主として私的年金のガバナンスや制度運営にかかる「制度管理の健全性」については改善に向けた検討が必要であろう(図表2)。

【図表1】年金総合評価指数推移
【図表1】年金総合評価指数推移
(出所)Mercer CFA Institute Global Pension Index 2023より筆者作成
【図表2】日本の年金総合評価スコア(2023年)
【図表2】日本の年金総合評価スコア(2023年)
(出所)Mercer CFA Institute Global Pension Index 2023より筆者作成

企業年金の動きと課題

わが国の年金積立金は492兆円(21年度末)に上るが、公的年金が271兆円と55%を占める。企業年金は約88兆円(18%)で、うち確定給付(DB)14%、確定拠出(DC)4%となっている(注2)。公的年金の将来的な目減りが不可避であるとして私的年金に代替としての役割が期待されているが、企業年金はその代表格といえる。

資産運用立国に向けた政府方針では、企業年金基金の予定利率引き上げを促すべく、運用状況の開示を進めるとされているが、企業年金の運用は政策アセットミックス(資産構成)の判断によるところが大きい。ここ15年間の各国企業年金の資産構成の変化を見ると、株式から①リスクを減らすために債券へ、②リターンを確保するためにオルタナへ、という2方向のシフトによりリスクを減らしつつ、同等のリターン確保を図ろうという合理的な行動が見られる(図表3、4)。さらに伝統4資産のみを保有したケースと比べ、オルタナを20%保有すると同等のリスクで高いリターンが得られると試算されるが(図表4)、日本、米国の企業年金は実際にオルタナが20%程度となっている。日本の企業年金の運用は他国に劣るわけでなく「リスクをコントロールしながらリターンを確保する」という適切な行動がとられているように見受けられる。

【図表3】企業年金の国際比較
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【図表3】企業年金の国際比較
(出所)「資産運用立国に向けた取組」に対する提案等について(企業年金連合会)
【図表4】資産別リスク・リターン(2007.9~2023.3)
【図表4】資産別リスク・リターン(2007.9~2023.3)
(出所)第1回資産運用立国分科会〔資料6〕 P3

企業年金は、運用受託額に応じて運用報酬を得る運用受託機関とは異なり、全ての運用リスクを負うことに加え、母体企業の経営状況、人事戦略などさまざまな要素を踏まえて予定利率、運用方針を決定する。また、年金財政上の負債を計算する際は30年国債利回りがベースとなるため、金利上昇時の債券下落は負債の減少によりヘッジされる面があり、債券保有リスクは軽減される。資産構成や予定利率は上記のような要素も考慮した総合的な判断により決定されるものであり、開示による他基金との単純比較は難しい。一方で、加入者にとっては最大の関心事である将来の受取額が分かりにくい等の現状があり、企業年金としても想定される給付額の開示等によって、加入者との距離を縮める必要はあるだろう。

2024年12月からDBとDCを併用する場合、限度額55,000円/月の範囲内でDBの想定掛金額によってDCの拠出可能掛金額が増減するという掛金合算管理が施行される。トータルでの税メリットの公平性を図る措置であるが、過去に退職一時金をDBに振り替えた企業も多く、その場合、従業員はDCの拠出枠が小さくなるため、別の形の不公平が生じ得る。またDCにおいて退職時の一時金・年金の選択で一時金を選ぶ割合が7割以上と非常に高くなっている(注3)が、一時金の方が年金より税制面で有利と考えられていることが原因であるとすれば、そのひずみは解消されるべきである。退職所得控除を縮小し、代わりに年金所得の控除額を拡大してバランスをとるなどの措置も一考に値しよう。一方で、従業員の側でも単に税制のみの違いで一時金を選択しているとすれば、年金の特性を軽視している可能性も残る。DCの運用において約3割の資金が預金等の元本確保型の商品となっているという消極的な運用状況を見ても、金融リテラシーの観点からの検討も必要であるといえよう。

今後に向けて(まとめ)

ここまで述べてきたように、日本の年金制度はこれまで国家財政の悪化や少子高齢化といった大きな課題に立ち向かってきた歴史の中で一定の改善を図りつつもなお引き続いての検討が欠かせない状況にあり、DBとDCの掛金合算管理や退職金税制などの制度改正が待たれるところである。企業年金においても、一定の制約条件の下で相応に合理的な運用を行ってきた経緯にあるが、情報開示については個別の説明が不足している感は否めず、また従業員側の金融リテラシーが十分でない点も随所に見られる。そうした中で、これまで何度も取り組まれてきた金融経済教育について金融庁主導で「金融経済教育推進機構」構想により、一元的な体制が整えられようとしている。

金融経済教育の推進による個々人の意識・知識の向上は企業年金の情報開示の呼び水となり、さらなるリテラシーにつながるという相乗効果をもたらし得る。そして年金制度について個人がそれぞれの立場で考えるようになれば、その声はより適正な年金制度改正につながるだろう。そうした過程を経て資産運用立国が国民の不安の解消、ひいては幸福度の向上につながることを期待したい。

脚注
  1. ^ 「国民生活に関する世論調査」(内閣府、令和4年10月調査)によると、悩み・不安の理由として63.5%が「老後の生活設計」を挙げている。
  2. ^ 「資産運用立国の実現に向けた取組」に対する提案等について(2023.9.29企業年金連合会)
  3. ^ 「確定拠出年金統計資料(2023年3月末)」(企業年金連合会)

2023年12月22日掲載

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