高齢者雇用を促す制度と年金リテラシーの向上

五十里 寛
上席研究員

アベノミクス第二弾では一億総活躍社会が標榜されているが、2012年12月の第二次安倍政権誕生以降、高齢者の労働市場参加は着実に進んでいる。65歳以上の就業率はアベノミクス前の水準より3%以上高い22.2%に達しており、今や年金世代の4人に1人が働いている、という時代になりつつある。

我が国の高齢労働者は人材としての評価が高く、The Human Capital Report<World Economic Forum>において年代別(65歳以上)で世界首位に位置付けられている(全年代合計では世界5位)。他方、同報告書では、一般論としてではあるが、高齢者が労働市場に残るのは未成熟な年金制度の裏返しである、という見方も示されている。本稿ではこうした見方も踏まえつつ、高齢者雇用と年金について制度面の関係から見ていきたい。

中高年者縦断調査より

日本の年金制度の相対的な成熟度については議論が分かれるかもしれないが、少なくとも先行きに不安を抱える国民は一定程度存在するだろう。厚生労働省の中高年者縦断調査によると、60歳以降の生活を公的年金でまかなうとした50代の回答者が、実際に60歳になった時に公的年金を受給している割合は8割にとどまる。残り2割のうち半分は、他の収入が無いにもかかわらず年金も受給していない。一部は年金の受給を繰下げた可能性はあるものの、いずれにせよわずか数年後の予定が変わっているわけであり、自身の年金についての見通しが確たるものでなかった層が一定程度存在したことになる。

年金の繰上げ・繰下げという選択

年金の受給(注1)にあたっては、本来の支給開始年齢(65歳)の繰上げ(60歳以降)、繰下げ(70歳まで(注2))が可能であり、その利用状況は表1の通りとなっている。繰上げ・繰下げ受給した場合、それぞれ各回の支給額が割引き、割増しされるため、金額が少なくなっても良いので早くもらいたい人は繰上げ、しばらく待っても良いので老後に多くもらいたいという人は繰下げのインセンティブが働く。

表1:老齢基礎年金繰上げ・繰下げ受給状況(平成25年度)
受給開始
年齢(*)
受給権者数(人)男子女子
構成比
(%)
構成比
(%)
構成比
(%)
繰上げ3,043,97338.6662,07635.72,381,89739.5
本来4,739,54660.11,158,92162.53,580,62559.4
繰下げ102,1651.333,0971.869,0681.1
合計7,885,684100.01,854,094100.06,031,590100.0
(*)受給開始年齢:「本来」は65歳、「繰上げ」は60~64歳、「繰下げ」は66~70歳

表1を見ると、繰上げの利用者は38.6%と大きな割合となっている。繰上げ受給者に対する意識調査では、繰上げ理由として「年金を繰上げないと生活できなかった」という切迫した状況にある人が約3割である一方、「減額されても、早く受給する方が得だと思った」という判断をした人が35%存在する。ただ、たとえば5年繰上げて60歳から受給した場合、各回の受給額は30%減となり、累積の受給額は76歳時点で65歳からの本来受給のケースを下回ることになる。60歳時点の平均余命が男性23.4年、女性28.7年であることを考えると、「得だと思った」という判断は合理的には見えない。

これに対し、65歳以降に繰下げて年金を受給している人はわずか1.3%に過ぎない。5年繰下げて70歳からの受給とした場合、割増し(+42%)となった各回の受給額累計が本来受給のケースの総受給額を上回るのは81歳頃であるが、男女とも65歳時点の平均余命(それぞれ19.3年、24.2年)を加えると81歳を上回ることを考えれば、繰下げという選択はもっとあってもいいように思われる。繰上げ・繰下げ受給の選択にかかる合理性については何れも疑問が残るところである。

「長生きリスクに対する保険」としての年金リテラシーの向上

繰上げ・繰下げの選択については、上記のように、何歳まで受給(長生き)できるかという想定を踏まえた総受給額の比較が1つの目安にはなる。しかしながら、年金を考える上で忘れてならないのは、年金の「長生きリスク」に対する保険としての機能である。繰上げ受給した場合、その後一生割引かれた受給額になるため、「長生きリスク」に対する保険機能は低下し、逆に繰下げた場合は受給開始後の毎回の受給額が増え、より高機能の保険となる。「長生きリスク」の高い女性の方が繰上げについては積極的で、繰下げについては消極的という、よりリスクの大きい選択をしている状況(表1参照)を見ても、年金受給について「長生きリスク」を適切に認識する年金リテラシーの必要性が感じられる。

高齢者雇用を促す制度設計

年金リテラシー向上に加え、「年金を繰上げないと生活できない」状況を防ぐため、高齢者雇用の促進が望まれる。高年齢者雇用安定法の改正(2013年4月より段階的に希望者全員の65歳までの雇用を義務化)により、希望者全員が65歳まで働ける企業の割合は同法施行前の47.9%から足下72.5%へと大きく上昇し、これが60歳以上の就業者増加につながったことは間違いない。ただ、ボリュームゾーンである団塊の世代が60歳に達した2007年時点では希望者全員が65歳まで働ける企業は37%にとどまっていた。この世代は60~64歳の就業率を約4%ポイント引き上げた(52.9%→57.0%)が、仮にその時点で法改正がなされていれば雇用の押し上げ効果はより大きかったかも知れない。制度設計の上では、この世代が70歳に到達する時期(2017年)が次の大きな節目と考えられる。

また、70歳という年齢は年金繰下げの事実上の上限年齢となっているが、70歳以降も繰下げができれば、働く意思のある人にとって年金受給を遅らせて働き続けるインセンティブとなりうる。ひところ75歳までの繰下げ受給を可能にする制度が話題になったこともあるが、退職のタイミングを自ら決めることができる個人事業主や自営業者にとっては1つの選択肢になると思われる。繰下げ年齢を無制限としている国(注3)もあり、最長寿国の日本としても検討の余地はあろう。

高齢者雇用と年金制度は切り離せない関係にある。雇用環境の整備も含め、年金受給にあたって選択肢を増やすこと、そして制度の内容を個々人が十分に理解して自身の価値観・ライフスタイルに合った選択ができるような年金リテラシーの向上が望まれる。アベノミクス新3本の矢である「安心につながる社会保障」の制度設計と併せ、個々人が働き方や年金受給の面で自ら「安心につなげる」選択・行動ができるように支援していくこともまた重要である。

2015年11月19日掲載
脚注
  1. ^ 老齢厚生年金の場合、繰上げ・繰下げに関して在職老齢年金との調整が起こりうる為、以下では老齢基礎年金についての検討としている
  2. ^ 繰下げ受給請求をしなかった場合でも70歳に達した時点で繰下げ受給の申し出があったものと見なされる為、70歳が事実上の繰下げ上限となる
  3. ^ イギリスは繰下げ支給年齢に制限はなく、1年の繰下げにつき、10.4%の受給増となる
文献
  • 総務省統計局『労働力調査』
  • 厚生労働省『第9回中高年者縦断調査(中高年者の生活に関する継続調査)』
  • 厚生労働省『高年齢者の雇用状況』集計結果
  • 厚生労働省『平成26年簡易生命表』
  • 厚生労働省年金局『平成25年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』
  • 厚生労働省年金局『高齢期の就労と年金受給の在り方』(第25回社会保障審議会年金部会資料)
  • World Economic Forum『The Human Capital Report 2015』

2015年11月19日掲載

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