米WTI原油先物価格は2023年12月に入り、下落傾向を強めている。
11月30日に発表されたOPECプラス(OPECとロシアなどの大産油国で構成)の閣僚級会合の決定に市場が失望したからだ。OPECプラスは2024年1月から日量220万バレルの自主減産を行うとしているが、実効性に疑問の声が上がっている。OPECプラス全体で取り組む協調減産と異なり、自主減産には目標が遵守されているかどうかを定期的にチェックする仕組みがないというのがその理由だ。サウジアラビアやロシアを筆頭に自主減産を表明している各国は懸念の払拭に躍起になっているが、市場関係者の反応は冷ややかだ。
「泣き面に蜂」ではないが、需要サイドの懸念も浮上している。米国ではガソリン在庫が増加している。物価高と金利高で消費者が節約志向を強め、ガソリン需要が落ち込んでおり、足元のガソリン価格は2023年1月以来の安値となっている。米連邦準備制度理事会(FRB)は「10月以降、米国経済は減速している」との見方を示しており、冬場の原油需要は低迷するとの見方が強まっている。
国際エネルギー機関(IEA)は11月の月報で「欧州の原油需要量は著しい減速の最中にある」と指摘している。
中国でも不動産不況の影響が原油需要に反映されるようになっている。中国の11月の原油輸入量は前年比9.2%減の日量1,033万バレルとなった。前年(2022年)に比べて減少したのは4月以来だ。高水準の在庫や弱い経済指標などを受けて原油需要の減退が顕在化しつつある。
上半期の原油価格は低位で推移か
市場では「原油価格はさらに1バレル=65ドルを下回る」との見方が出ているが、OPECプラスにはこれを止める手段がほとんど残されていないのが実情だ。
サウジアラビアの第3四半期の国内総生産(GDP)は前年比4.4%減少した。石油部門が17%減少したことが足を引っ張っており、これ以上の追加減産は不可能だろう。市場では「原油相場は2018年以来の長期低落になる」との見方が強まっている(2023年12月8日付ブルームバーグ)ことから、筆者は「2024年上半期の原油価格は1バレル=60ドル台以下で推移するのではないか」と考えている。ガソリン価格高に悩まされ続けてきた日本にとっては朗報だが、2024年を通じて原油安が続く保証はないと言わざるを得ない。
可能性が高いリスクはフーシ派によるサウジアラビアへの攻撃
2023年12月10日時点で、中東地域からの原油供給に支障が生ずる事態にはなっていないが、潜在的な脅威として浮上しているのはイエメンの親イラン武装組織フーシ派だ。フーシ派は紅海の民間船舶などにミサイルやドローン攻撃を実施しており、同航路を運航する際の戦争リスク保険料が上昇している(2023年12月4日付ロイター)。フーシ派の戦力は不明だが、中東に展開する米軍の脅威になり得るだけの対鑑ミサイルを保持しているとの見方もある(2023年12月5日付ニューズウイーク日本版)。
米国防総省は12月5日、紅海で商船防衛を実施するため、「連合海上部隊(CMF)」を活用することを明らかにした。CMFは中東地域を中心に活動する多国間の海洋安保の枠組みであり、日本を含め30カ国以上が参加している。米国では「フーシ派に攻撃を仕掛けるべきだ」との声も上がっているが、「自国が新たに攻撃対象になってしまう」と恐れたサウジアラビアがこれに「待った」をかける展開となっている(2023年12月6日付OILPRICE)。
サウジアラビアは2019年9月にフーシ派のドローン攻撃を被り、同国の生産能力の5割に相当する日量570万バレルの石油施設が損傷するという「苦い経験」がある。米軍とフーシ派が衝突すれば、その悪夢が再現されてしまうと恐れているのだ。
UAEで「アラブの春」が起きる?
親イスラエル政策を堅持しているアラブ首長国連邦(UAE)も心配だ。
UAEは2020年8月、イスラエルとの国境を樹立した。いわゆる「アブラハム合意」だが、同国民の大多数がこれに反対している。米ワシントン近東政策研究所が実施した調査によれば、UAE国民の約7割がアブラハム合意に否定的だ(2023年11月6日付日経ビジネスオンライン)。
パレスチナへの攻撃の手を緩めないイスラエルに対し、イスラム協力機構(56カ国・1機構が加盟)などの場で多くのアラブ諸国から「原油輸出を禁止せよ」との声が高まっているが、UAE政府はイスラエル擁護の姿勢を崩していない。アラブ地域全体でイスラエルへの怒りが高まっている状況下で、政府が民意に反する行動をとり続ければ、2010年から2012年にかけて中東・北アフリカ地域に吹き荒れた「アラブの春」がUAEでも起きてしまうのではないかと不安が頭をよぎる。UAEの現在の原油生産量は日量約330万バレルだが、国内が大混乱に陥れば、当時のリビアのように原油生産量はゼロにまで落ち込んでしまうかもしれない。
UAEに一朝事があれば、日本にとっては一大事だ。
日本の2023年10月の原油輸入に占めるUAEのシェアは40%と高いからだ(サウジアラビアのシェアは42%)。中東地域と地政学リスクは切っても切れない関係にある。残念ながら、原油価格が2024年に急騰する可能性は排除できないのではないだろうか。