新春特別コラム:2021年の日本経済を読む〜コロナ危機を日本経済再生のチャンスに

日本的なESG課題を解決する ~ みなを豊かにする「三位一体の経営」モデルの提唱 ~

中神 康議
コンサルティングフェロー

約1年前(2019年12月12日)、多くの人々の度肝を抜く記事が『日本経済新聞』本紙に掲載されました。

「年収1千万円は低所得層――。米住宅都市開発省の調査では、サンフランシスコで年収1400万円の4人家族を『低所得者』に分類した。厚生労働省によると日本の17年の世帯年収の平均は約550万円、1千万円を超える世帯は10%強にすぎない」

日本ではわずか10%しか存在しない富裕家族は、サンフランシスコでは低所得者の部類だと言うのです。(近くに留学していましたので私もよく知っているのですが)サンフランシスコは確かに裕福な街です。IT産業の隆盛を背景に、世界でも例外的に裕福な街と言ってもいいかもしれません。ですから、そんな世にも稀な街と日本全体を比べても意味がない、日本人はまだ十分豊かだという主張はあるでしょう。でも気になるデータは、他にいくつもあります。

「私たち日本人は(相対的に)どんどん貧しくなっている」という現実を直視する

OECDが出している各種の経済統計、たとえば世界各国の実質賃金の推移を拾ってみても衝撃的です。たいがいの先進国では実質賃金はこの30年間で約1.3から1.5倍になっていますが、日本だけ1.06倍とほとんど増えていません。実際、私たちが生活の中で感じる豊かさは、ほとんど向上していないのではないでしょうか。他の国では物価も上がっていますが賃金はそれ以上に上がっているので、以前と比べるとずいぶん豊かになったという実感が、人々の日々の生活に存在するのです。

実質賃金の推移の国際比較
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気になるデータは他にもあります。法人企業統計をもとに労働分配率と総資産利益率(ROA)を分析してみると、「日本企業のROAは横ばいをキープできている。ただし労働分配率は長年低下傾向にある。すなわち、働くみなへの配分を減らしながら、なんとか利益をひねり出してきたにすぎない」という構図が見えてきます。では、従業員のみなさんを犠牲にして確保した利益で株主を潤わせてきたのかと言うと、それがまったくそうでもありません。老後の頼りの年金資産の運用も低迷し、「2000万円問題」が大きな話題になったことも記憶に新しいところです。

労働分配率とROAの推移
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世の中ではESGへの対応が話題となり、企業の「パーパス」が問われています。しかし私たちがいま真摯に向き合い直視しなければならない現実は、「日本企業に関わってきた人は、誰も豊かになれていない」という大きな社会的(S)課題ではないでしょうか。 気候変動に代表される(E)課題や、ガバナンス(G)課題ももちろん重要です。しかしこの(S)問題の解決なくして、日本経済全体が活性化することはないと思うのです。

日本企業経営の「何か」が変調をきたしている

私のような素人でもわかる経済学の基本中の基本は、「経済のエンジンは企業」という事実です。経済の中にはさまざまな主体がありますが、現実社会に富を生みだしているのは企業だけです。家計も政府もその恩恵にあずかっている存在にすぎません。

そして、長らく経営コンサルタントとして経営戦略の策定に取り組み、その後長期投資家として経営戦略を判定してきた私が実感していること。それは企業のエンジンは、他でもない「経営」だということです。

優れた経営のみが高い収益を生み、みなの収入を増やし、同時に株式という資産価値を上げていくのであって、それ以外にみなが豊かになるロジックは存在しません。

その逆もまた真なりです。良くない経営は収益を低迷させ、みなの収入も上げられず、同時に株式価値を毀損していきます。

これはとてもシンプルながら、誰も異論を差しはさめないロジックのはずです。

「日本企業に関わってきた人は、誰も豊かになれていない」とすれば、それは、日本企業経営の「何か」に問題があると考えるべきなのです。

「厳選投資家の思考と技術」に着眼する

これまでの経営の常識に問題があるとすれば、その解決も、これまでの常識とは異なるアプローチになるはずです。私の提案は『厳選投資家』の思考と技術を経営に取り込むことで、このS課題の解決を目指そうという、これまでとはかなり異なるアプローチです。

厳選投資家とは、統計学の言い方を借りると「2σ」(=偏差値で言うと70)という滅多にないレベルの優れた企業を探し出し、その経営の優秀さに賭けることで、株式市場の荒波を長期間にわたって乗り切っていこうと考えている投資家のことです。「1σ」(=偏差値で言うと60)という数値は、普通であれば相当優秀とされる企業だと思いますが、厳選投資家はそんな企業群には目もくれません。

みずからは経営に携わったことがないにもかかわらず、厳選投資家たちは上位2σの経営を判定し、選り分けています。この厳しい「経営選択基準」の中にこそ、これまでの日本企業経営の常識を覆し、収益性と企業価値を飛躍的に引き上げるヒントがあるはずなのです。

「みなで豊かになる」実践的ステップとは

日本の企業社会ではこれまで、投資家の存在感はほぼゼロでした。それは厳選投資家の思考と技術が浸透していないということに他なりません。私はここに、経営進化の大きな可能性を見ています。これまで浸透してこなかった「複利」「超過利潤」、「事業経済性」や「障壁」といった厳選投資家の思考と技術を取り込むことで経営の水準を格段に上げることが可能なのです。

経営者と従業員が運命共同体的として二人三脚的に作り上げてきたこれまでの日本的経営モデルに、 厳選投資家を加えた新たな「三位一体」モデルを創る。厳選投資家の経営選択基準を理解し、経営に実装する。これが投資現場にいる私の周辺の、そこかしこに実在している「株主だけでなく、経営者や従業員のみながいつの間にか豊かになっていた」ストーリーを普遍化し、誰もが再現できる具体的なステップに落とし込んだ経営構想です。

(詳しくは拙著『三位一体の経営』(ダイヤモンド社)をご参照いただきたいのですが)私が提案する具体的なステップは以下の通りです。

  1. まずは経営者や従業員が十分に自社株式を持つ。世界的にも低い企業内部者の株式保有比率を引き上げ、経営革新の長期的成果を享受できる構えを作る
  2. 自社株式を十分に持った従業員は経営への参画意識を高める。みなの知恵を経営レベルに結集するとともに、「厳選投資家の思考と技術」と組み合わせ、経営を革新し収益性と企業価値を上げていく
  3. 経営革新の長期的成果を、経営者・従業員・厳選投資家の三者で享受し、みなが経済的にも十分報われていくことで、大きな社会課題(S)の解決を目指す

新・日本的経営モデルを打ち立てる

いま、コロナ禍で多くの人々が苦しんでいます。需要自体が蒸発し、供給バリューチェーンも目詰まりを起こしている経済環境の中、従来のように賃金や賞与といったフロー収入だけに頼って、みなが豊かになる道筋を描くのは困難ではないでしょうか。株式という、資本主義の本質的(だが日本では忌避されてきた)ツールを巧みに使いこなすことが、わが国経済が内包している大きな社会課題を解決してくれるのではないか? 従来の経営者と従業員の二人三脚経営モデルを、厳選投資家を加えた「三位一体の経営」モデルに大胆に転回させることが、みなで豊かになる道を切り拓いていくのではないか?

そんなことを考えながら、この清々しい新年を迎えています。

2020年12月24日掲載

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