新春特別コラム:2020年の日本経済を読む

多死社会における産業振興のあり方

藤 和彦
上席研究員

人類初の「多死社会」の到来

超高齢社会となって久しい日本だが、その次の段階に移行しつつある(注1)。「突然の死」よりも「長くて緩慢な死」が太宗を占める人類史上初の「多死社会」が到来しているのである。2018年の日本の死者数は136万人(出生数は92万人)となったが、死者数を年齢別に見てみると、その9割が高齢者である。この比率は30年後に95%に達するとの予測がある。日本では「死」が社会から隠蔽されているため、このような事態となっていることがあまり認識されていないが、徐々にではあるがその影響が出始めている。

多死社会の到来により介護などの終末期ケアの重要性が高まりつつあるが、戦後の日本では死はタブー(無価値)とされていることから、終末期ケアの市場での価値は低いままである。先進国経済で成長を生み出す源泉は、潜在的需要を引き出す新たなモノやサービスの誕生(イノベーション)だが、「言うは易し行うは難し」である。だが死に対する社会の評価が変われば、終末期ケアは今後の日本の成長産業の1つになるのではないだろうか。

「看取り」というニュービジネス

このような問題意識から、筆者は「望ましい死」という概念を掲げ、終末期ケアで新たな価値を創造しつつある「看取り士」の活動に注目している。2012年6月に一般社団法人「日本看取り士会」を設立した柴田久美子会長が推進する看取りサービスの特徴は、「親族が看取りの際に抱きしめることで残された時間を温かくて幸せなものにする」ことである。これにより死別による喪失感に対するケア(グリーフケア)が必要なくなり、ポジティブな死生観が持てるようになるという。

注目すべきは、看取りの報酬が高額(1時間当たり8,000円)なことである。看取りサービスは保険の適用はないものの、生命保険のリビング・ニーズ特約(原因を問わず被保険者が余命半年以内であると判断された場合、将来受け取る保険金額の範囲内でお金を受け取れるもので、ほとんどの生命保険に付与されている)が利用できる。柴田氏が初期市場として見込んでいるのは「おひとり様の最期」である。日本における高齢単身世帯は680万に上っている(2018年時点)。エンディングプラン・サポート事業など急増する高齢単身世帯対策を講じ始めている地方自治体(神奈川県大和市など)と連携を図ることが大切である。

看取り士の有資格者は900人近くになっているが、柴田氏の目標は「2025年までに看取り士を3万人に増やす」ことである。実現すれば社会のパラダイム(死に対する価値観)を変える起爆剤になると期待できるが、そのためには組織力の強化に加えて、サービス価値のさらなる向上に向けた努力が必要である。

ケアの価値を高める「生まれ変わり」の観念

「抱いて看取る」ことの効果をより確かなものにするためにタッチング(触れる)の専門家の指導を仰ぐことは言うまでもないが、看取りサービスの価値を決定づけると言っても過言ではない死生観に関する知見の「深掘り」も重要な課題である。柳田国男がかつて指摘したように、日本人が本来有していた死生観は「生まれ変わり」の観念である。2008年のNHKらISSP(国際比較調査グループ)による調査で①42%の日本人が「生まれ変わり」を信じていること、②「生まれ変わり」を信じる人の幸福感が高いことが判明している。

生まれ変わりの有力な根拠とされているのは「過去生の記憶を有する子ども達」である。 日本ではあまり知られていないが、米ヴァージニア大学は60年以上にわたり、世界全体を視野に入れて「過去生の記憶を有する子ども達」についての調査・分析を実施している。その結果は驚くもので「調査した中で7割以上の事例(総数は2600以上)で過去生の人物が見つかっている」という。「生まれ変わり」の真偽のほどは置くとしても、医療・介護の現場では「生まれ変わり」に関する知識が「心のクスリ」として認知され始めている。「生まれ変わり」を信じることで、中長期的な展望が生まれ、生きる意味や心の平和がもたらされるからである。日本人は国際的に見て幸福感が低いとされているが、「生まれ変わり」の観念が持てれば、多死社会が到来しても幸福度が上昇するのではないだろうか。柴田氏は「看取り学」という新たな学問分野を提唱しているが、多死社会における産業振興という観点から、「生まれ変わり」の観念を中心とする新たな死生学の確立を政策的に支援することが戦略的に重要だと筆者は考えている。

母性資本主義の誕生?

日本では医療・介護関係従事者の比率が一層高まっていくことが予想されるが、このことは資本主義のあり方を変えるポテンシャルを有している。「困った人を助ける」という「母性」がこれまで以上に求められるからである。2020年の関心は専ら東京オリンピック・パラリンピックに集まっているが、その後の目標は、資本主義の推進力に「母性」を注入することにより、誰もが「満足して死ねる社会」を実現するための第一歩を踏み出すことではないだろうか。

脚注
  1. ^ 厚生労働省「平成30年(2018)人口動態統計の年間推計」
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei18/dl/2018suikei.pdf

2020年1月9日掲載