コラム:RIETIフェローが見る瀋陽総領事館事件

中国で瀋陽総領事館事件を見る

孟健軍
ファカルティフェロー

この事件を初めて知ったのは、5月9日早朝の香港行きの飛行機の中でした。中国の経済特区である深セン市にある清華大学分校のMPA養成コースでの集中講義のため、香港に向かっていた私は、機内の日本経済新聞を片手にしてまず、一面の「日産、中国で合弁生産――4車種を年10万台・・・」という大きな記事をじっくり読んでから、隣りにあるこの事件に関する報道に目を通した。読んだ後、これは近年よく発生している類似事件が初めて日本の総領事館でも起こり、それによって日本はこの報道を紙面の一面にしたと感じた。その晩、大学より提供された宿舎で中国国内の7時台のテレビニュース(近年、通信の発達によって中国のテレビは、国際国内の衛星放送を含めて通常50以上のチャンネルが映されている)をザッピングしたところ、どのチャンネルも本件について手短に事実を報道するだけのものだった。さらに、香港に本拠地を置く中国版の「CNN」ともいわれている24時間北京語ニュースを放送している「鳳凰衛視資訊台」(中国では衛星受信可能のマンションおよび一般家庭にも見られている)をみると、日本政府から中国政府への抗議を報じていた。中国国内では、総領事館事件のニュースに対して人民日報国内版および地方紙の深セン日報は関連記事もなく、中国外務省の発言を載せる程度。また、その後の中国のテレビニュースをみると、中国外務省の報道官が一方的に中国の立場を説明し、冷静に対処するよう日本側に求めている姿が映された一方、日本ではこの事件に対して日々に増幅している過熱反応が伺われた。総領事館に駆込むシーンが中国のテレビにも放送されだした。日本での過熱対応を知った生徒から日本からきた私に「なぜ日本は過剰反応するのか、何の目的か」と質問が投げられたのは16日の授業の時だった。しかし、ほとんどの生徒は反応が冷ややかだった。日本からきた私は、ある意味で生徒達にもう少し説明する義務があると感じ、翌日の授業でRIETIのホームページに掲載された関氏の文章を紹介した。12日間の滞在で延べ32時間のマラソン授業を終え、20日夜に香港経由で東京に帰ってきた。翌朝のNHKニュースは、まだこの事件でもちきりで、一向に抑えられない模様だった。

私は中国でこの事件の一部始終を見た。日本側の一連の対応の仕方をみる限り、これは日本政府および日本のマスコミが中国に対して自信の無さを表しているものにほかならないとしか思えない。そもそも、日本では近年、中国に対する理解に多くの過ちがあり、それは中国の現実があまりにダイナミックに動いているため、外から見ているだけでの理解ではついていけない論者がほとんどなためだ。にもかかわらず、多くの「日本人評論家」は中国のことを平気で批評しており、また近年に中国現地をフィールドワークしていない「中国専門家」も中国の政治経済社会を観念論でよく話している。もう1つは、知識人の社会への責任感の問題だ。洋の東西を問わずにお互いに建設的な意見を出し合いながら、世界ならびに社会全体をより良い方向に導いていくのは知識人の責任だが、日本では、このような人物は現在少なくなっている。要するに、まず現代中国を理解するには、頭で決める既成概念ではなく、足で決めるという思考の変化が必要だ。また、確かに中国社会が抱えている問題は山ほどあり、前へ進むには日本より遥かなる重荷を抱えている。しかし、日本が中国に対していつも‘五十歩百歩’という真摯でない姿勢を懐いていると、先へ邁進する気概がとうてい生まれてこないと私は思う。中国の安定的な発展によって両国が繁栄する道を探ることこそ日本の国益になり、またこれは健全な日中関係構築の基礎でもある。

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