経営資源の流動性とイノベーション

清水 洋
ファカルティフェロー

ヒト・モノ・カネといった経営資源は、より良いビジネス機会に向かって流れていく。ただ、いつもより良いビジネス機会に向かって経営資源がスムーズに流れていくわけではない。何らかの制約があると、うまく経営資源が動いていかない。この制約のことを流動性制約と呼ぶ。

流動性制約が大きいと、生産性の低いビジネスに経営資源がとどまってしまう。その結果、イノベーションは生み出されず、経済成長も低下する。だからこそ、流動性の制約を取り除いていくことが大切だと考えられている。

イノベーションを阻害する流動性制約

イノベーション創出に負の影響がある制約を見てみよう。その代表例は、雇用の保護である。雇用の保護が強いと、人材の流動性の制約となる。

日本は雇用の保護が強いと考えられている。労働争議に対する裁判の判例上、整理解雇の四要件が重要視されており、企業は整理解雇を行いにくくなっている。これに対して、米国では随意雇用(At Will Employment)が原則である。雇用者、被雇用者ともにいつでも理由を問わず雇用契約を破棄できる。もちろん、差別(人種、性別、年齢、宗教など)や不当解雇(公共の利益に反する、報復的な解雇)を禁じる例外条項は存在している。そのため、完全に自由に雇用契約を破棄できるわけではないが、基本的に米国の雇用の保護の程度は国際的に見ても低いと考えられている。

強い雇用の保護は、ヒトの流動性を低める。雇用保護の程度が強いと、全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)が低下することが見られている(注1)。強い雇用の保護は、企業の不採算のビジネスからの柔軟な撤退を難しくする。また、雇用の保護が強いと、労働の流動性と企業の参入・退出を抑制し、新産業の創出に有害であると考えられている(注2)。

GAFAM(Google(Alphabet)、Apple、Facebook(Meta)、Amazon、Microsoft)の従業員の大量解雇がニュースになった。遊休資産となった人材を柔軟に整理解雇できるからこそ、大胆に新規性の高いビジネスへ投資もできる。ブレーキがよく利くからこそ、アクセルを踏めるわけだ。

新規性の高いビジネスは、不確実性が高い。方向転換が必要になることも多い。求められる人材のスキルも変わるだろう。その時に、雇用の保護が強ければ、ビジネスの方向転換がしにくくなる。だからこそ、企業は新規性の高いビジネスに本格的に参入することに対して慎重になりやすい。これは、日本企業が新しいビジネスへの投資でリスクをとりにくい一つの理由だ。

資金制約も、イノベーション創出に負の影響があると考えられている代表例である。良いビジネス機会を見つけたとしても、それを追求するために必要な資金を調達できなかったり、調達に大きなコストがかかる場合もある。そのような場合にはビジネス機会の追求はなされない。スタートアップに対する資金制約はこれまで大きかった。新規性の高いビジネスは、企業側と投資家の間での情報の非対称性が大きい。情報の非対称性が大きければ、投資家にとってはハイリスクとなるため、高いリターンを求める。だからこそ、新規性の高いビジネスを企図するスタートアップなどは資金制約が大きくなる。ここに、新興企業用の資本市場の整備の重要性がある。

資金制約は徐々に小さくなりつつあるが、日本では赤字の企業に対する資金制約は依然として大きい。赤字の企業というと不採算のビジネスを抱える企業というイメージがあるかもしれない。しかしながら、研究開発投資型のスタートアップも、利益が出るまでには時間がかかる。赤字の企業への資金制約が大きいと、新規性の高いビジネスが生み出されにくくなる。

流動性制約を取り除く先にあるもの

経営資源の流動性の制約をとりのぞいていくことは、イノベーションや経済成長にとっては大切だ。制約が大きいと、新規性の高いビジネスは開拓されにくく、生産性の低いビジネスに経営資源がとどまりやすい。

しかし、流動性を高めていくことがすべてを解決する処方箋ではない(そもそも、社会はどこかでつながっているので、「これで万事OK!」という処方箋があるわけがない)。注意点は大きく二つである。

一つは、公共財となる知識への投資だ。特に重要なのは、基礎的な研究開発への投資だ。制約がなくなっていき、経営資源が新しいビジネス機会に動いていきやすくなると、ヒト・モノ・カネはどんどんアプリケーション側に移っていく。そちらの方が「もうかる」からだ。実際、米国でも1982年のSBIRの導入以降、研究開発型のスタートアップが興隆し、基盤的な研究開発がおよそ30%程度低減していることが観察されている(注3)。手近な果実もぎが始まる。だからこそ、新しいビジネスの基盤となる知識への投資は欠かせない。これがなければ、短期的にイノベーションが起こったとしても、それは中長期的な成長を犠牲にしたものだ。大切なのは、より良いビジネス機会に向かって流れていく経営資源を引き留めることではなく、より新しい知識に投資をして、より良いビジネス機会を作り出していくことだ。

二つ目は、格差の拡大だ。イノベーションは特定の人のスキルを破壊する側面がある。スキルが破壊された人は、所得低下や失業を経験しやすい。もちろん、中長期的にはイノベーションはより生産性の高い仕事を生み出す。ただ、スキルを破壊された当人が、そのような職に就けることは少ない。イノベーションを促進する時には、国はこの点も含めて考えていくことが必要だ(注4)。

脚注
  1. ^ Autor DH, Kerr WR, Kugler AD. 2007. Does employment protection reduce productivity? Evidence from US states. The Economic Journal 117(521): F189-F217, Bassanini A, Nunziata L, Venn D. 2009. Job protection legislation and productivity growth in OECD countries. Economic Policy 24(58): 349-402.
  2. ^ Haltiwanger J, Scarpetta S, Schweiger H. 2014. Cross country differences in job reallocation: The role of industry, firm size and regulations. Labour Economics 26: 11-25.
  3. ^ Shimizu H, Wakutsu N. 2026. Stimulating Spin-outs and Stalled Subsequent Technological Development: Laser diodes in the United States and Japan under the SBIR Program. Technological Forecasting and Social Change 223: 124420.
  4. ^ この点について詳しくは、清水洋. 2024. 『イノベーションの科学:創造する人・破壊される人』. 中公新書.を参照。
参考文献
  • Autor DH, Kerr WR, Kugler AD. 2007. Does employment protection reduce productivity? Evidence from US states. The Economic Journal 117(521): F189-F217.
  • Bassanini A, Nunziata L, Venn D. 2009. Job protection legislation and productivity growth in OECD countries. Economic Policy 24(58): 349-402.
  • Haltiwanger J, Scarpetta S, Schweiger H. 2014. Cross country differences in job reallocation: The role of industry, firm size and regulations. Labour Economics 26: 11-25.
  • Shimizu H, Wakutsu N. 2026. Stimulating Spin-outs and Stalled Subsequent Technological Development: Laser diodes in the United States and Japan under the SBIR Program. Technological Forecasting and Social Change 223: 124420.
  • 清水洋. 2024. 『イノベーションの科学:創造する人・破壊される人』. 中公新書.

2026年3月19日掲載

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