障害者雇用の現状――対象拡大の段階へ
2024年4月、民間企業の法定雇用率は2.3%から2.5%へ引き上げられ、雇用義務の対象も従業員40.0人以上の企業へと拡大された。さらに2026年7月には2.7%(対象は37.5人以上)への再引き上げが予定され、2025年4月からは除外率が10ポイント引き下げられた。除外率とは、就労が困難とされる特定の業種において、雇用率算定の基礎となる従業員数を一定割合差し引く特例措置である。この縮小は、これまで軽減されてきた雇用責任を、より広く企業全体で分担する方向への転換を意味する。こうした負担増に合わせ、中小企業に対する助成金の上乗せや雇用管理サポートなど、一定の支援措置も講じられている。
直近のデータは、進展と課題の双方を示している。厚生労働省の集計(2025年6月1日現在)によれば、民間企業で雇用される障害者数は70万4,610人(前年差+2万7,148.5人)に増加し、実雇用率も2.41%と過去最高を更新した。一方、法定雇用率を達成した企業の割合は46.0%と横ばいで、未達成企業はいまだ多い。とりわけ企業規模別にみると、40~100人未満の実雇用率は1.94%にとどまり、未達成企業のうち約9割は障害者雇用数が0人である。ここには除外率が10ポイント引き下げられた影響も含まれるものの、「最初の1人」の障害者を迎えるハードルが依然として高いことを示している。中小企業において、最初の1人をどう迎え入れ、定着につなげるかが制度運用の核心となる。実際、採用ルートの確保、職務の切り出し、指導担当者の配置といった初期設計の段階でつまずく企業は少なくない。
2024年以降、新たに義務対象となった企業の多くは障害者雇用の経験に乏しい。達成率の低さは単なる意欲の欠如ではなく、採用チャンネルの不足、配慮の具体像が見えない不安、社内の役割分担の未整備といった初期障壁の高さを示唆している。適用範囲拡大の実効性は、こうした企業が短期間で学び、試行錯誤できる支援の厚みに左右されるだろう。
国際的アプローチ――制度は万能ではない
各国の政策は、大きく(1)教育訓練や職場環境整備、職業リハビリ等の支援策、(2)差別禁止法や雇用割当制など企業に働きかける規制策に分かれる。しかし、制度があれば必ず雇用が進むわけではない。差別禁止法については、導入後に明確な雇用改善が確認されないとの研究もあり、解雇制限や合理的配慮にかかるコストを懸念した企業が、かえって採用に慎重になる可能性が指摘されている。雇用割当制も同様で、罰則の水準が低かったり監督が緩かったりすれば罰金を払って終わりになりやすく、逆に厳格すぎれば形式的な数合わせに陥るリスクがある。つまり、制度の設計と運用のさじ加減こそが企業行動を左右するのであり、雇用増は自動的には起きない。
日本の仕組み――納付金と調整金の組み合わせ
日本は法定雇用率の義務に加え、未達成企業から不足1人あたり月額5万円等の納付金を徴収し、達成企業には調整金(報奨金)を支給する仕組みを採用している。集めた納付金を超過雇用企業の支援に回すことで、企業間での支え合いを図る制度だ。行政は、達成状況が著しく悪い企業への指導や、改善が見られない場合の企業名公表などを通じて履行を促している。
長らく、従業員300人以下の企業は納付金の徴収対象外とされ、雇用率達成は実質的な努力義務にとどまっていた。その結果、大企業を中心に雇用が進む一方で、中小企業の取り組みは相対的に遅れがちであった。この状況を変えるべく、納付金制度の対象範囲は段階的に拡大され、2015年4月には「従業員100人を超える企業」にまで適用された。これにより、中堅・中小企業にも経済的負担を伴う義務が課されることとなった。
中小企業への効果検証――雇用は増えたのか
では、この適用範囲の拡大によって中小企業の行動はどう変わったのか。2015年の適用範囲拡大を分析したMatsumoto et al.(2026)は、全体平均としては大きな変化が見えにくいものの、改革前の達成状況によって企業の反応が二分されたことを示している。すでに法定雇用率を達成していた企業は、将来の納付金負担増を回避するため施行前から雇用を増やした一方、未達成企業は適用開始後になってから雇用を増加させた。従業員100人前後の企業では、障害者の雇用人数が平均0.2~0.3人増え、少なくとも1人を雇用している確率も12~15ポイント上昇した。これは、納付金・調整金制度が中小企業でも一定の行動変化を引き出しうることを示す結果である。
ただし、その効果はおおむね7年後には弱まっていた。また、達成企業に対する調整金(報奨金)がさらなる雇用拡大を促したという明確な証拠は得られなかった。産業別に見ると製造業で相対的に効果が大きく、業務の定型化やノウハウの蓄積が適用範囲の拡大への対応を容易にした可能性がうかがえる。総じて、調整金というインセンティブよりも、納付金というペナルティが、とりわけ未達成企業の法施行後当初の雇用増を促したというのが主要な含意である。
さらに重要なのは、推定された効果の規模が小さい点だ。当時の法定雇用率は2.0%で、従業員100人の企業の義務人数は2人にすぎないが、推定された増加幅は0.2~0.3人と小幅にとどまる。これに対し、Mori and Sakamoto(2018)は、より規模の大きい企業(300~1,000人)において、1つの雇用義務枠あたり0.8~0.9人の増加効果があったと報告している。この対比は、中小企業においては制度的インセンティブだけで大企業並みの成果を得るのが難しいことを示唆する。中小企業で雇用を広げるには、制度の外側にある「働きやすさ」の条件を整える支援が不可欠である。
これからの論点――外圧を定着と質につなげる(注1)
効果検証から得られる教訓は、納付金のような外圧は採用のきっかけにはなるが、それだけでは雇用の持続性を保証できないという点だ。特に中小企業では、多能工体制(1人で複数の業務をこなす体制)が一般的であるため、特定業務の切り出しが難しく、支援の負担が現場の管理職や同僚に集中しやすい。採用後の適応コストが高いままでは雇用は短期化し、制度の効果も薄れてしまう。また、中小企業では受け入れ余力が限られるため、採用だけが先行すると、業務の切り出しや支援体制が整わないまま雇用が始まり、定着につながりにくい。昨今指摘される代行ビジネスの拡大は、数値偏重がもたらす歪みの一端といえるだろう。
そのため近年は、雇った人数から、どう定着し活躍しているかへ評価軸を移しつつある。中小企業にとっては、ハローワークや地域障害者職業センター、ジョブコーチ等の外部資源を前提に雇用を設計し、社内だけで抱え込まないことが現実的な解となる。完璧な受け入れ体制の完成を待つのではなく、外部支援を活用しながら小さく始め、改善を積み上げるアジャイルな発想が求められる。
政策面で特に重要なのは、支援策を単に配るだけでなく、どの施策の組み合わせが定着に効くのかを見極めることだ。例えば、職場実習の導入、業務プロセスの再設計、上司・同僚への研修、定期面談の仕組み化などは、比較的小さな投資で実装できる可能性がある。こうした取り組みが離職率低下や職務拡大にどう影響するかを、データに基づいて検証し続ける必要がある。
制度拡大の次なる焦点は、罰則を強めるかではなく、補完的な支援策が定着と活躍を通じて雇用をどこまで押し上げられるかにある。2015年改正の検証が示した法施行後当初の雇用増を、いかにして持続可能な雇用へと転換できるか。雇用率の引き上げが続く中で、企業の負担感だけが先行しないよう、現場で使える支援と検証結果を循環させることが、制度への信頼を支える鍵となるだろう。