生活保護受給者への就労支援事業は効果があるか

松本 広大
研究員(政策エコノミスト)

リーマンショックやコロナ禍において現役世代の生活保護の利用が増加したといわれている(周・鈴木2012、Ando and Furuichi 2022)。例えば、「その他の世帯(高齢者世帯、傷病者世帯、障害者世帯、母子世帯のいずれにも該当しない世帯)」はリーマンショックが起こった2008年には12.2万世帯であったが、翌2009年には17.2万世帯とわずか1年で5万世帯程度上昇し、5年後の2013年には28.5万世帯とリーマンショック前の2倍以上を記録した(注1)。生活保護を受給していて働ける人については、かねてから生活保護担当ケースワーカーによる就労支援や自治体独自あるいは国と自治体が連携した就労支援が行われてきたものの、「その他の世帯」のような働ける可能性の高い世帯数が上昇した背景もあって、生活保護受給者への就労支援がより重要となってきた。そのため、2015年度以降には「生活保護受給者等就労自立促進事業」や「被保護者就労支援事業」などにより、生活保護の申請段階を含めた就職困難者や生活困窮者を対象とし、自治体におけるハローワークの就労支援窓口のワンストップ化や、両者の連携を基盤としたチーム支援が強化された。また、「被保護者就労準備支援事業」では、日常生活習慣の改善指導、訓練、職場見学、ボランティア活動等を通じて就労に向け一定の準備が必要な者への支援を行ってきた(注2)。しかしながら、これらの事業について厳密な効果検証がなされていない。「生活保護受給者等就労自立促進事業」、「被保護者就労支援事業」、「被保護者就労準備支援事業」の事業費は2019年度の実績で約159億円(注3)と多額が投じられたため、それらの事業の効果検証が必要とされてきた。本コラムでは、効果検証を行うに当たっての分析方法の簡単な解説を行うとともに、先行研究に照らし合わせながら現状を整理する。

どのようにすれば就労支援事業の効果を検証できるか

就労支援事業の効果を厳密に分析するには、個票による複数時点のパネルデータが必要である。その上で、重要なことが2つある。第一に、就労支援事業の参加者と非参加者を比較することである。仮に、就労支援事業の参加者のみのデータで評価して、参加者の就業率が上がったことが分かったとしよう。しかし、その場合においては、分析対象期間が好況時であれば景気などの経済状況を反映しているだけかもしれない。

第二に、年齢、能力、意欲など就業に影響を与える個人属性を考慮に入れた分析を行うことである。なぜなら、就労支援事業の参加者は、非参加者と比べて、年齢、能力、意欲などさまざまな面でもともとからの違いがあるからである。仮に、その参加者が非参加者よりも就業率の上昇が大きくても、それはもともとの属性の違いを反映しているだけかもしれず、事業の効果ではない可能性がある。

これまでの研究から言えること

玉田・大竹(2004)は、大阪府下44市のクロスセクションデータを用いて、「能力開発講座」や「求人情報提供・求人情報フェア」といった施策が就職率に影響しないことを明らかにしている。道中(2009)は、ある自治体における就労支援事業の参加者の集計データに基づいて評価し、就業に至った人は参加者の3分の1程度しかおらず、そのほとんどがパートタイムであり、就業により生活保護から脱却することはまれであるとしている。四方(2013)は、さいたま市を除く埼玉県全域で展開されている就労支援ならびに職業訓練プログラムの参加者データから就職率などの傾向を考察している。この研究によると、事業の実施主体に一定の就職実績が問われるため、就労支援事業への参加は比較的就職しやすい人が参加するという選別が行われることを示唆している。以上の先行研究では、集計されたクロスセクションデータに基づく分析であったり、就労支援事業の参加者のみを評価したりしている。一方、Matsumoto(2022)では、ハローワークと連携した就労支援事業の非参加者の情報も含んだある自治体のデータを利用し、事業の参加者と非参加者を比較している。それだけではなく、年齢や福祉事務所が個々の受給者に対して定めた支援レベル(能力や意欲の代わりとして使用)などの個人属性の違いを傾向スコアマッチングという手法で統制した分析を行っている。事業に参加してから2年後までを追跡した結果、「その他の世帯」において、就業率は上昇することが明らかになった。しかし、生活保護から脱却できるほどの大きな効果はなかったとしている。

生活保護受給者への就労支援事業を評価する上での今後の課題

生活保護受給者への就労支援事業は保護から脱却できるほどの効果がないと結論付けるにはまだ早い。Matsumoto(2022)では、条件が整えば就労可能と思われる母子世帯の分析はしていない。また、事業内容についても、ハローワークと連携した就労支援事業に着目して分析していた。しかし、自治体によっては、ハローワークと連携した就労支援のみならず、「被保護者就労準備支援事業」などにおいて、社会参加や就労への第一歩として一般就労に必要な訓練を行うなどにより、就労支援を行っているところもある。これまでの日本の研究の場合、このような訓練に着目した厳密な分析が行われていない(注4)。海外の研究であるCard et al.(2018)によれば、訓練や教育といった人的資本を蓄積しやすい事業は、終了直後よりも2年から3年経過した方が効果的であるとされている。また、生活保護を受給している人の中には、訓練や教育といった問題に加えて、対人関係に課題を抱える人や就労の経験が少ない人等、日常生活や社会生活の面で課題を抱え、就労による自立に一定程度の時間を要する人も存在しているため、支援の効果が得られるには時間がかかる可能性がある。厚生労働省の社会保障審議会では、こうした問題に対して対象者にアセスメントを丁寧に実施しつつ、就労に向けて徐々に自立支援を行っていく取り組みを強化していく必要があるとしている(注5)。今後の研究では、就労支援事業の内容ごとに詳細な研究を行うとともに、「その他の世帯」以外にも着目し、大規模かつ多様なサンプルを用いて、長期的な分析を行う必要がある。

脚注
  1. ^ 厚生労働省ホームページ「生活保護制度の概要等について」(https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/000771098.pdf)を参照した。
  2. ^ 記載に当たっては、勇上・田中・森本(2017)や厚生労働省ホームページ「生活保護受給者に対する就労支援の状況について」(https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/siryou4_4.pdf)を参考にした。
  3. ^ 厚生労働省ホームページ「就労支援・自立支援について」(https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/000865547.pdf)を参照した。
  4. ^ 厚生労働省ホームページ「EBPMの分析レポート(生活困窮者自立支援制度の効果検証)」(https://www.mhlw.go.jp/content/001043249.pdf)によると、生活保護に至る可能性のある者をターゲットとした制度であり、かつ自治体の集計データによる分析であるものの、「自立相談支援事業」における就労支援の効果があった他、「就労準備支援事業」を実施した翌年度に就労者数の増加が確認できることが明らかになった。
  5. ^ 厚生労働省ホームページ「生活困窮者自立支援制度及び生活保護制度の見直しに関するこれまでの議論の整理(中間まとめ)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_29894.html)を参照した。
参考文献
  • 四方理人(2013)「生活保護と就職困難者」埋橋孝文編著『生活保護』ミネルヴァ書房
  • 周燕飛・鈴木亘(2012)「委員年の生活保護率変動の要因分解―長期時系列データに基づく考察」『季刊社会保障研究』48巻2号:197-215
  • 玉田桂子・大竹文雄(2004)「生活保護制度は就労意欲を阻害しているか-アメリカの公的扶助制度との比較」『日本経済研究』50号:38-62
  • 道中隆(2009)『生活保護と日本型ワーキングプア-貧困の固定化と世代間継承』ミネルヴァ書房
  • 勇上和史・田中喜行・森本敦志(2017)「貧困問題と生活保護政策」川口大司編著『日本の労働市場-経済学者の視点』有斐閣、261-285
  • Ando, M., & Furuichi, M. (2022). The association of COVID-19 employment shocks with suicide and safety net use: An early-stage investigation. PLoS one, 17(3), e0264829.
  • Card, D., Kluve, J., & Weber, A. (2018). What works? A meta analysis of recent active labor market program evaluations. Journal of the European Economic Association, 16(3), 894-931.
  • Matsumoto, K. (2022). The effects of employment support programs on public assistance recipients: The case of a Japanese municipality program. Journal of the Japanese and International Economies, 63, 101186.

2023年6月27日掲載

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