米国トランプ政権下における関税引き上げが世界経済に与える悪影響が懸念されている。ただし、米国の各国に対する関税引き上げ措置は一様ではなく、各国にとっては経済的影響の大きさが異なるだけでなく、プラスとマイナスが交錯する可能性がある。
第1次トランプ政権の教訓
2018年、米国は中国からの輸入に対する関税を引き上げ始め、中国も対応して米国からの輸入関税を引き上げた。米国の中国からの輸入関税率の平均はBekker and Schroeter (2020)(注1)によれば、2018年1月の2.6%から2019年9月には17.5%に上昇している。一方、中国の米国からの平均輸入関税率は同じ期間に6.2%から16.4%へ上昇している。
この間、米国の対中国の貿易収支赤字は、2017年の3,752億ドルから2024年の2,954億ドルに減少した。ただし、対日本、ドイツなどの貿易赤字があまり変わらない一方で、対メキシコ、カナダ、ベトナムなどの貿易赤字は大幅に増加し、米国の貿易赤字全体は7,924億ドルから1兆2,022億ドルに拡大している。
米国の中国からの輸入は一定程度減少したものの、北米やアジアなどからの輸入によって代替され、国内生産の増加は限定的となっていることが伺える。二国間での関税引き上げは、二国間の貿易を喪失させる一方で、第三国にとっては貿易を創出する貿易転換効果が明確に示されている。
第2次トランプ政権のカギ
トランプ米国大統領は、2025年に入って鉄鋼・アルミニウムの輸入に対する追加関税を50%に引き上げ、自動車および部品の輸入に25%の追加関税を賦課している。また、4月2日には各国別の相互関税率を発表した。その後、一律10%の基本関税を導入する一方、図表1に示される通り、7月31日には関税交渉に合意した国々には当初より低い相互関税の適用を発表するのに対して、中国、カナダ、メキシコなどにはより高い追加関税を賦課している。ここで重要なことは米国の各国に対する追加関 税率が異なっていることである。

以上の米国による関税引き上げが各国の生産に与える影響は、世界貿易分析プロジェクト(GTAP)が提供する多国間多部門の応用一般均衡(CGE)モデルを用いた川﨑(2025a)(注2)の推計によれば図表2に示される通りである。米国の実質GDPはいずれにせよ4%程度減少し、1年間の経済成長率を上回る大きさとなる可能性がある。また、中国の実質GDPの減少はわずかな程度に留まるが、対米貿易依存度がその他各国に比べて著しく高いカナダやメキシコでは米国を大幅に上回る悪影響が懸念される。
一方、米国との関税交渉に合意した国々ではむしろ実質GDPが増加する可能性が示されている。また、自動車および部品の生産も当初の相互関税では減少するものの、新たな相互関税の下では増加に転じている。それら各国では依然として米国が関税を賦課するものの、その他の国々に比べれば低いことから、米国市場においてその他の国々に対して価格競争力が向上し、米国への輸出が増加するチャンスが示唆されている。
実際、米国による関税の影響を貿易相手別に推計した川﨑(2025b)(注3)によれば、日本の実質GDPは米国の対日関税による貿易喪失効果により0.7~0.8%減少するものの、中国(0.6%)、カナダ(0.6%)、メキシコ(0.3%)に対する関税などによる貿易転換効果によって増加し、総じて減少しない可能性が示されている。
なお、GDPは国内生産の動向を捉えるものであり、国民所得の動向は異なることに留意が必要である。北米における自動車および部品の大幅な生産の減少には、各国の海外投資による現地生産の減少も含まれている。各国にとっては海外投資収益の大幅な悪化が懸念されよう。

適切な経済分析と企業行動
日本の対米輸出金額は、2025年5月から7月には前年比10~11%程度減少しているが、その要因のほとんどは輸出価格の下落である。国際通貨基金(IMF)の経済見通しによれば2025年の購買力平価(PPP)相場は1ドル=93円程度とされている。日本企業にとってはこのところの1ドル=140~150円の円相場の下では数十%の関税の影響も対応可能とも考えられる。実際、2025年4-6月の財貨サービスの実質輸出は前年比4.9%増加し、実質GDPも1.2%増加している。
ただし、企業を始めとした経済主体が誤った行動をとることにより、不必要な景気悪化が自己実現するリスクが懸念される。2025年の経済財政白書では、米国関税措置の影響の不確実性に関連して、実体経済に対し大きな影響をもつような「認識が各経済主体に広がるような場合」も注意が必要としている。
エコノミストには企業行動の指針となる適切な経済分析の提供が求められている。米国による関税引き上げは世界的な貿易経済課題である。以上に論じた通り、関税引き上げの二国間での悪影響ばかりいたずらに強調し、多国間連関による貿易転換効果がもたらす漁夫の利の可能性を見過ごしてはならない。