理工系人材の育成は、男女間の賃金格差とも関係している。例えば、Card and Payne (2021)は、米国とカナダにおける大学教育を受けた若い男女間の賃金格差の5分の1は理工系(STEM:Science, Technology, Engineering, and Mathematics)関連の学位を取得して卒業する確率の男女差により説明できることを発見している。日本においては、2015年の第4次男女共同参画基本計画において、内閣府は科学技術・学術における男女共同参画の推進を掲げ、理工系女性人材の育成のためにさまざまな事業を展開してきた。このように、STEM教育の推進は、労働生産性の向上と賃金の男女格差是正のための政策手段とも考えられている。
教師の専門性とマッチング
児童・生徒の科学リテラシーを高める上で、学校教育は最も大切なもののうちの1つであり、そこで教育を行う教師は言うまでもなく重要な役割を担う。しかし、教師が児童生徒の学力を伸ばす効果(学力効果)には大きなばらつきがあることが、国内外の研究で報告されている。では、「何が教師の学力効果を決めるのか?」という疑問が浮かぶが、実証分析を行っている先行研究では、さまざまな結果が得られており、十分なコンセンサスがない。その中で、さまざまな研究者が注目してきた教師属性の1つに、教師の「担当科目の専門性」があり、それが児童生徒の学力を向上させることを示唆する結果も、多く報告されている。しかし、教師の担当科目の専門性が、どのようなメカニズムを通じて学力を向上させるかについては、報告がほとんどない。筆者らの最近の研究(Inoue and Tanaka, 2022)は、教師の専門性として大学時代の「専攻分野」に注目し、理科教師の専攻分野が中学生の理科の学力に与える効果と、そのメカニズムについて検証している。
教師属性の効果を検証する際に、常に対処しなければならない推定上の問題は、「生徒と教師の組み合わせは、通常、無作為には行われない」という事実である。ある分野を専攻した教師と生徒の学力の間に、正の相関が確認されたとしても、それは教師の専門性の効果ではなく、単に、能力の高い生徒集団に、ある分野を専攻した教師が配置されやすい、という教師配置の傾向を示しているにすぎない可能性がある。特に、クロスセクション・データ(同一時点のデータ)を用いて、「生徒間」の違いを利用して分析する場合、教師属性の効果を識別することが困難となる場合が多い。そこでInoue and Tanaka (2022)では、理科の分野間(物理、化学、生物、地学)の「生徒内」の違いを利用することで、上記の問題に対処し、教師の専攻分野が生徒の学力に与える効果を検証している。分析には、国際的な学力調査である国際数学・理科教育調査(Trends in International Mathematics and Science Study)の、世界中の中学生のデータを用いている。