労働者がすでに長時間労働している場合、さらに労働時間を増やすと生産性が低下するという議論がある。本稿では、その検証を試みた日本の事例を紹介する。チームの主要メンバーの長時間労働によってチーム全体の生産性が低下したことを確認した。労働時間が短縮されると、労働者が疲労から回復し、エネルギーと集中力を高めて仕事に臨むため、逆の結果がみられた。
Less is more(少ないほうが豊かである)というのは本当だろうか? 従業員に求めるものを減らすことによって企業がより多くのものを得ることは実際に可能なのだろうか? 少なくとも一部のケースでは、その答えはイエスだ。第一次世界大戦中の英国での事例は歴史的な一例である。労働者の多くは女性で、英国軍の大砲の砲弾の生産に従事し、出来高払いで毎週長時間働いていた。彼女たちは長時間の労働に従事することで生産量を増やしたが、それはある時点までに限ってのことであった。週の労働時間がすでにかなり長い場合、労働者の疲労や疲弊のためか、それ以上労働時間を増やすと生産性は低下したのだ。つまり、労働者の生産性と労働時間の関係は、逆U字型を示していたのである。
Pencavel(2015)の研究で示された1世紀もの前のこの興味深い現象は、現代に重要な疑問を投げかけている。こうした労働時間と生産性のパターンは、現代の職場にもあてはまるのだろうか? 軍需産業のような単純で個人で行われる生産工程以外にもあてはまるのか? より複雑でチームワーク型の生産組織で特徴づけられることが多い現代の職場にもあてはまる現象なのだろうか? その場合、チームのメンバーに労働時間を割り当てる方法が生産性に影響するのか。また、不況時に企業が労働力を削減するために短時間勤務制度を導入した場合、実際に生産性は向上するのか?
最近の論文(Shangguan et al.2021)において、私達は、日本の建築設計コンサルタント企業のプロジェクト管理データと人事データを用いて、こうした疑問に取り組んだ。具体的には、同社が2008年~2009年の世界金融危機に対してどのように対応したかを、社内のプロジェクト設計チームに割り当てた労働時間の観点から検証し、労働時間の割り当てがチームの生産性にどのような影響を及ぼしたのかを評価した。Pencavel (2015)で示された「少ない方が豊か」という結果を示すエビデンスが得られたが、チーム生産であるためにいくつか興味深い新発見がみられた。1つ目は、チームメンバー間の労働時間の配分に関するものである。金融危機後、総労働時間が短くなるにつれて、チーム内での労働時間配分も一部のメンバーに集中するようになった。つまり、需要の低下に伴いチームメンバーの数が減り、労働時間が最も長いメンバーがチーム全体の労働時間に占める割合が高くなっていたのである。
長時間労働と高い水準の雇用保障で知られる日本は、こうした問題の研究に理想的な設定である。近年、日本の長時間労働慣行が疑問視され、多くの企業が「働き方改革」を掲げて残業時間削減に取り組んでいることから、我々の研究結果は政策的観点からも興味を引くところだろう。2016年に安倍政権が掲げた公約がこうした変化のきっかけとなり、2019年に施行されたさまざまな労働関連法の改正(労働時間の上限設定など)につながった。長時間労働の削減が労働者の心身の健康のために必要であるという社会的な共通認識がある一方で、長時間労働の削減が日本企業の競争力をさらに低下させるのではないかという根強い懸念があった。果たしてそうなのか? 100年前の英国の軍需産業の労働者の事例によって得られた教訓は、むしろその逆を示している。
不況で財やサービスへの需要が低下すると、一般的に企業は人件費削減という形で対応する。これには労働者の解雇、労働時間削減という2つの方法がある。
労働力の調整を解雇によって行う場合、労働者は転職が難しい状況で解雇されるのを避けようと、努力を払って成果を上げようとするため、労働生産性が向上する可能性がある(Lazear et al.2016)。
多くの日本企業では、伝統的に労働者の雇用保障が充実しているため、需要の縮小には労働者数ではなく労働時間の短縮によって対応する傾向がみられる。特に、短縮される前の労働時間が極端に長い場合、それまで疲労困憊していた従業員が回復し、エネルギーや集中力を高めて出勤することで、労働生産性が向上する可能性がある。我々が調査した企業では、離職率は2008年~2009年の不況時も一貫して低く、労働者の削減は主に採用の抑制を通じて行われた。他方、図1が示すように、不況期の月間平均残業時間は大幅に減少している。
我々が調査した企業では、建築・開発プロジェクトをフェーズごとにジョブという単位に分けて、チームで仕事を行っている。チームの生産性は、事前に契約で決められた収入を、メンバーの総労働時間で割ることによって測定できる。図2は、金融危機後にチームレベルの生産性指数が上昇したことを示している。回帰分析では、7.6%の生産性向上があったと推定される。チーム生産性は必ずしも個人の生産性の平均ではなく、2つの新しい要素が追加される。1つ目は、個々のチームメンバーの仕事は相互に依存している。つまり、あるメンバーが適切なタイミングで質の高い仕事を行うと、他のメンバーも適切なタイミングでうまく仕事ができる。これはチームメンバーの仕事の補完性である。2つ目に、需要の低迷に対応して、有能な労働者がより少ない仕事に集中できる状況では、能力の異なる労働者への仕事の配分が調整される。これによって、より能力の高い労働者は、残りの仕事のうち、より多くのタスクを担うようになる。
本研究では、チーム内の労働力配分を分析するために単純化した理論モデルを用いてシミュレーションを行い、チーム内の補完性と労働力の再配分が、チーム労働生産性向上の重要な決定要因であることを実証的に示した。モデルでは、プロジェクトの作業量が増加するに従い、チームの有能なメンバーでは手が回らず、より能力の低い労働者がチームに割り当てられる。このことがチームの平均生産性の低下をもたらす。このメカニズムは、需要が低下した金融不況の際には生産性向上をもたらす要因となった。
具体的には、世界金融危機による労働時間の減少に対応して
(1)個人の生産性の向上以上にチーム生産性が向上し、労働分配は一部のメンバーに集中し、チームの規模が縮小した。
(2)大人数のチームや生産性の低いチームほど、生産性の向上幅が大きい。
(3)大規模なームほど平均生産性が低い。これは、有能な人材が処理できる以上の労働時間が必要になると、能力の低い人材がチームに加わるからである。
我々の分析によると、残業によって生産性が低下したのであって、その逆ではない。特に、プロジェクトに最も長い時間を投入しているメンバーの残業時間が多いほど、チーム生産性に悪影響を及ぼす。また、主要メンバーの長時間労働は、生産性の低下だけでなく、設計上の瑕疵の発生頻度の増加にも寄与していることがわかった。
これらの結果は、長時間労働が是正されると、個人の生産性が向上し、仕事でのミスが減ることを示唆している。これは、労働者が疲労から回復し、エネルギーと集中力を高めて出勤できるからであろう。このようにリフレッシュした労働者の生産性が向上することで、補完的な関係にある同僚の生産性も上昇する。その結果、より少ないメンバーで仕事を終えられることができるようになり、仕事量を補うためにより能力の低い労働者を追加する必要がなくなる。これによってチームの規模が小さくなり、生産性が向上する。この一連のメカニズムは、先行する実証研究結果からも示唆されており、今回の我々の研究と合わせて、長時間労働の是正を目指す働き方改革の有効性を裏付けている。
本コラムの主な研究内容は、経済産業研究所(RIETI)のディスカッションペーパーとして発表されたものです。
本稿は、2021年9月18日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。