コロナ禍の経済回復の鍵を握るのはシルバー消費

藤 和彦
上席研究員

問題の背景:「物」を前提とするABSの仕組みと途上国の不満

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)がいまだ収まらない状況下で、世界各国では経済を正常化させていくための模索が始まっている。

中国の李克強首相は5月28日、第13期全国人民代表大会(全人代)第3回会議終了後に「中国が新型コロナウイルスに関連して打ち出した経済対策が6兆元(90兆円)規模に上る」ことを明らかにした上で「このうち約7割を消費刺激に充て、内需によって経済の立て直しを図る」と訴えた。

ドイツ経済省も近く打ち出される景気対策の一環として50億ユーロ(6,048億円)規模の自動車購入支援スキームを検討している(注1)。

ドイツ政府はさらに6月5日、消費喚起のために付加価値税を7月から半年間、現行の19%から16%に引き下げることを決定した。

米国でも消費刺激対策が打ち出されることは間違いない。米商務省が5月29日に発表した4月の個人消費支出は、前月比13.6%減少と下げ幅が1959年の統計開始以来、最大となったからである。

しかし米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が5月29日、「感染第2波が起きれば長期停滞に陥る」との懸念を示したように、新型コロナウイルスは依然として脅威のままである。日本の4月の消費支出は前年比11.1%減と過去最大の減少となった。

世界銀行は6月8日、「2020年の世界の経済成長率はマイナス5.25%となり、第2次世界大戦後で最悪の景気後退になる」との予測を明らかにした。

なぜアジアで人口当たりの死者数が少ないのか

新型コロナウイルスの感染拡大当初に日本では「正しく恐れる」ことの重要性が強調されていたが、改めてこのことについて考えてみたい。

非常に興味深い事実が明らかになってきているからである。

アジア地域ではおしなべて新型コロナウイルスの人口10万人当たりの死者数が有意に少ないのである。日本の死者数(約0.7人)が少ないことについて、医療体制の充実や国民の公衆意識の高さなどが指摘されているが、このような条件を満たしていないとされるフィリピン(約0.9人)やインドネシア(約0.6人)、マレーシア(約0.4人)などでも人口当たりの死者数が欧米諸国に比べて2桁低いのである(米ジョンズホプキンズ大学)。

アジア地域では、SARSの流行もさまざまなコロナウイルスが出現しており、これにより生じていた抗体が新型コロナウイルスに効果的に作用した説がある一方で、「白人に比べて黄色人種の方が新型コロナウイルスに対する抵抗力が高いのではないか」とその要因を遺伝子レベルに求める論調が専門家の間で高まっている。

日本では、慶應義塾大学、東京医科歯科大学、大阪大学、北里大学、京都大学を中心に約50の研究機関等が参画して、日本人患者の遺伝子解析から新型コロナウイルスの重症化要因を突き止めるプロジェクトが始まった(注2)。

研究総括を務める金井隆典教授(慶應義塾大学)は「重症化には、HLA(ヒト白血球抗原)関連の遺伝子が関わっている可能性がある」と述べているが、HLA関連の遺伝子は人種間の偏りが大きいとされている。

アジア地域の人々の新型コロナウイルスに対する抵抗力が高いのだとすれば、今後は重症化リスクの高い基礎疾患を有する人や高齢者を中心に対策を講じれば良いということになる。この仮説は現段階で100%正しいとは断言できないが、このアドバンテージを奇貨として今後の施策を考えてみるのも一案ではないだろうか。

冷え込んだままのシルバー消費

政府は5月27日、臨時閣議で2020年度第2次補正予算を決定した。一般会計からの追加歳出は約31.9兆円で、補正予算では過去最大となる。最も力を入れるのは新型コロナウイルスで打撃を受けた企業の資金繰り支援だが、企業による雇用の維持も後押しする。

しかし「第3の矢」としての景気拡大策が必要となるのは時間の問題であるが、グローバリゼーションの進展によるてこ入れが使いづらい状況下では消費主導型の経済運営にならざるを得ない。

諸外国の状況を見ながら、政府はさまざまな対策を講じていくだろうが、筆者は「シニア消費」の活性化という観点から提言を行いたい。 シニア消費とは、世帯主が60歳以上の世帯の消費のことを指すが、日本の個人消費全体の約50%を占めている。

若年層の間では、「巣ごもり消費(Eコマースなど自宅にいながらのショッピングなど)」が盛り上がりの傾向をみせているが、新型コロナウイルスによる重症化リスクが高いとされるシニア層の間では、自粛モードのままではないだろうか。

新型コロナウイルスによる外出自粛の悪影響が世界各地で出始めている。

フランスでは、緊急事態宣言解除後も市民の2人に1人が「外に出るのが怖い」というストレスを感じていると言われている。

英紙ガーデイアンのコラムが主張するように、「都市封鎖は解けても『こころの封鎖』は解けない」のである(注3)。

新型コロナウイルス感染を恐れ、人々が接触を避けていると、「人に触れたくない」という思いがパンデミック収束後もトラウマのように残り、「新常態」になってしまう可能性がある。しかし人々の間で信頼関係が醸成されるためには触覚によるコミュニケーションが不可欠である。

実験によれば、触覚によるコミュニケーションのみにより参加者の間で信頼関係が生まれることが分かっている。視覚や聴覚によるコミュニケーションではなし得ないことである。

触覚によるコミュニケーションを研究している山口創・桜美林大学教授は、「タッチ不足になれば、幸せホルモンとして注目を集めているオキシトシンが体内で欠乏し、些細なことでトラブルになることがあり得る」と指摘している。

日本でも接触することを過度に恐れ、それによって社会との関係性が危うくなっている症例が増加している(注4)が、この傾向はシニア層で特に強いだろう。日本での新型コロナウイルスによる全体の死者数に占める60歳以上の比率は7割弱である。

このままでは、個人消費全体の下押し圧力になるばかりか、シニア層が経済再生の動きにストップをかける最も厄介な抵抗勢力になる可能性がある。

「安全」ではなく「安心」が得られる検査体制の整備

シニア層の「こころの封鎖」を解くためには、「安全(客観的に人間の身体などに対する危険がない状態を指す)」レベルの措置では足りない。ゼロリスクとまではいかないが、「安心(主観的に危険と感じることがないことを意味する)」レベルが求められる。

医療関係者の負担が高い状況が続いているが、日本は依然として医療資源を徹底的に弱者のために使うことができる環境にある。

政府は「PCRの検査能力を1日1万件に増やす」としているが、シニア層の安心を醸成する観点から、老人ホームやリハビリ施設、さらには希望する高齢者はいつでもPCR検査が受けられるようにすべきである。

筆者は「苦肉の策で生み出されたクラスター対策が日本モデルとして評価できる」と考えてきたが、ドイツの著名なウイルス学者であるクリスティアン・ドロステン氏も5月28日、日本のクラスター対策が感染の第2波を防ぐ決め手になり得るとの考えを示した(注5)。

シニア層の「安心」に着目した景気刺激策を講じることにより、日本が再び世界の見本となるべきモデルを提示できるのではないだろうか。

2020年6月25日掲載