日銀のETF購入政策効果と今後

沖本 竜義
客員研究員

日本銀行(日銀)の非伝統的金融政策の歴史は長い。ゼロ金利政策を非伝統的金融政策に含めれば、1999年2月にゼロ金利政策が導入されて以降、2000年8月から2001年3月と、2006年7月から2008年12月に一時的にゼロ金利政策が解除された時期を除いては、非伝統的金融政策が継続されている。また、その中で、非伝統的金融政策手法も変遷を遂げてきた。具体的には、2001年3月に量的緩和政策が導入されて以降、2010年10月の包括的金融緩和政策、2013年4月の量的・質的金融緩和政策(QQE)、2016年1月のマイナス金利政策の導入、2016年のイールドカーブ・コントロールの開始など、幾度となく拡張されている。

先にも述べたように、日銀の非伝統的金融政策の歴史は他国よりも長く、計量分析に十分なデータも揃いつつあるので、日銀の非伝統的金融政策の効果を定量的に評価することは、筆者のここ数年の研究のテーマの1つとなっている。本コラムでは、日銀の非伝統的金融政策の中でも、日銀の上場投資信託(ETF)買入れに焦点を当て、最近の研究結果を踏まえながら、その効果と今後の展望を述べたい。

日銀のETF買入政策

日銀は、2010年10月に包括的金融緩和の開始とともに、資産買入プログラムを導入し、その一環として、2010年12月よりETFの買入政策を実施している。ETFの買入政策は、当初は2011年末までの時限的な政策の予定で、買入残高上限は4500億円と定められていた。しかしながら、2011年3月には期限が2012年6月末へ延長となり、買入残高上限が0.9兆円に引き上げられた。その後、2011年8月には期限が2012年末へ再び延長され、買入残高上限が1.4兆円に引き上げられた。さらに、2013年4月のQQEの導入時にはETF買入政策は質的緩和の一環として、枠組みが大幅に拡張となり、ETF買入政策の期限は廃止され、年間買入額は1兆円と定められた。その後も、ETF買入政策の拡張は続き、2014年10月には年間買入額が3兆円に増額、同年11月にはJPX日経400に連動するETFが買入対象のETFに追加された。2016年7月以降は年間買入額が6兆円となり、同年9月には買入の配分が見直されている。

QQEのもう一つの大きな核となる政策としては、量的緩和があり、日銀は2019年1月の時点で、保有残高の年間増加額約80兆円をめどとしつつ、弾力的に長期国債の買入を実施している。したがって、長期国債の年間買入額と比較すると、ETFの年間買入額は比較的小規模なものであるものの、ETFは満期がなく、価格変動リスクなども大きい。そのため、米国連邦準備理事会や欧州中央銀行なども、非伝統的金融政策の一環として、さまざまな資産を購入しているが、ETFを通じて株式の買入をしているのは日銀のみで、日銀の非伝統的金融政策の特徴的な政策の1つとなっている。

日銀のETF買入政策のマクロ経済に対する効果

それでは、日銀のETF買入政策はマクロ経済や金融市場に対して、どのような効果があったのだろうか?この問に一定の答えを見出すために、Miyao and Okimoto (2017)では、状態変化を考慮した構造VARモデルにより、日銀のETF買入政策を含む、非伝統的金融政策が、マクロ経済に与えた影響を分析している。その結果、近年のQQEを含む、日銀の金融政策の積極性がより高まった時期においては、日銀の非伝統的金融政策が生産活動や物価に対して、統計的に有意に正の効果があったことが確認され、その影響の持続性が高いことも確認された。また、ETF買入政策を中心としたリスク資産の購入は、特に生産活動に与えた影響が大きく、国債の買入と比較して、2倍程度の効果があったことが示唆された一方、インフレに対する影響は限定的であることが明らかとなった。上述したように、ETF買入政策は比較的リスクの大きい政策でもあるため、生産活動により大きな効果が観察されたことは、興味深い結果であるものの、インフレに対する効果がほとんどなかったことは、やや意外な面もある。

これらの結果を受けて、状態変化を含んだハイブリッドフィリップス曲線に基づいて、日本のインフレ率や長期期待インフレ率に関して、金融政策との対応や主要な変動要因を分析したものがOkimoto (2019)である。分析の結果、日本の長期期待インフレ率レジームは金融政策レジームと大きく関連していることが明らかとなり、2013年の2%の物価安定目標の導入とQQEの開始に伴い、長期期待インフレ率が大きく上昇していることが確認された。しかしながら、それでも長期期待インフレ率は1%に満たず、日銀が目標とする2%とは大きな差があることも示唆された。また、2013年以降のインフレ率の変動には、為替と原油価格の寄与が高い反面、株価はほとんど影響を及ぼしていないことが明らかとなった。日銀のETF買入政策が2013年以降の株価の上昇に貢献をしているという前提で議論を行うと、ここでもやはりETF買入政策がインフレに与えた影響は限定的であることが確認されたことになる。しかしながら、Okimoto (2019)では、株価が長期期待インフレ率レジームに与えた影響も分析しており、その結果、株価は長期期待インフレ率レジームの推移に寄与する部分が大きく、2013年以降の正の長期期待インフレ率レジームの維持には、株価の上昇が重要な役割を果たしていることが確認された。言い換えれば、日銀によるETF買入政策が長期期待インフレ率を下支えしている可能性が明らかとなり、ETF買入政策が長期期待インフレ率の上昇を通じて、実体経済やインフレに好影響を与えていたことが示唆されたことは興味深い。

日銀のETF買入政策の株価に対する効果

上述の議論は、日銀のETF買入政策が株価に正の効果があったことを前提としている。しかしながら、日銀のETF買入政策の主目的はリスクプレミアムの縮小であり、株価を上昇させることではない。とは言うものの、実際にETFの購入を通じて、株式を購入しているわけであるので、株価に影響を及ぼしている可能性は十分考えられる。その点を、明らかにするために、日銀のETF購入政策が株価に及ぼした影響を分析したのが、Harada and Okimoto (2019)である。具体的には、日銀による日経平均ETFの買入に焦点を当てるとともに、個別銘柄の日次株式収益率を前場収益率と後場収益率に分割し、日経平均に含まれている銘柄と含まれていない銘柄の後場収益率の違いを、差分の差分法に基づいて日経平均銘柄に対する政策効果を定量的に評価した。分析の結果、日銀による日経平均ETFの買入は日経平均銘柄の後場収益率に対して、有意な正の効果があったことが示唆されたが、その効果は減少傾向にあることも示唆された。具体的には、QQE開始当初は、日銀が日経平均ETFを100億円買入れると、日経平均銘柄は平均的に0.055% 上昇する傾向があったが、2016年9月以降の期間においては、その効果が0.020%まで低下していることが明らかとなった。また、2017年10月の時点で、累積の政策効果は20%程度となることも示唆された。推計には誤差が含まれるため、この数字自体は幅を持って見る必要があるものの、日銀のETF買入政策がQQE開始以降の株価の上昇に少なからず寄与していたことが示されたことは、示唆に富む結果である。

結び

2013年4月にQQEが開始されて以降、5年以上が経過したことで、QQEの政策効果を定量的に分析した研究が増えつつある。筆者も、QQEの政策効果の定量化には非常に興味があり、本コラムでは最近の筆者による、日銀のETF買入政策の効果に関する分析結果を紹介した。その結果、日銀のETF買入政策は、生産活動に対して比較的大きな正の影響を及ぼし、インフレに対しても、株価の上昇を通じて、期待インフレ率を上昇させている可能性が示唆された。つまり、日銀のETF買入政策は株価だけではなく、生産活動やインフレ率の上昇に対して大きく寄与しており、一定の成果を上げることができたと言ってよいだろう。しかしながら、少なくとも株価に与えた影響に関しては、近年、その効果が小さくなってきていることも示唆されており、ETF買入政策に陰りが見えつつあるようである。また、日銀がETF買入政策を継続している中で、ETF購入単価も上昇しており、日銀が含み損を抱え得る日経平均株価の水準も高水準になりつつある。言い換えれば、日銀が損失を抱えるリスクが高まっており、一定の対策を講じる必要が高まっていると言えるだろう。さらに、日銀がETFを通じて保有している株式残高も、東証1部銘柄の時価総額の5%に迫っており、日銀が多くの企業の筆頭株主となる中で、株価形成やコーポレート・ガバナンスの観点からも政策の副作用を指摘する声が多い。したがって、日銀のETF買入政策が縮小される時期が近いのは必然である。現に、日銀は2018年の7月に、市場の状況に応じてETF買入額は上下に変動しうるとして、ETFの買入額の縮小も視野に入れ始めている。しかしながら、実際には2018年10月以降の世界的な株価の下落により、2018年におけるETFの年間買入額は6兆5040億円と過去最高となり、縮小が容易ではない事が確認された。日銀が2%の物価安定目標を達成できず、大規模金融緩和を終了できないのは、政府による構造改革とその効果の波及に時間がかかっていることや世界経済の停滞などの影響もあるため、金融政策だけに責任を追わせることは難しい。しかしながら、そういったリスクをきちんと管理しながら、持続可能な金融政策を施行していくことは日銀の使命であり、今後も適切な政策運営がなされていくことを期待したい。

参考文献

2019年3月6日掲載

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