AIなどの情報技術の導入とストレス

山本 勲
ファカルティフェロー

AIなどの新しい情報技術の発展と普及が進んでいるが、それによって労働者の働き方やウェルビーイングはどのように変わるのだろうか。AIは労働者の雇用を奪うので労働者にとって脅威であるといった見方も少なくない。しかし、単に雇用や賃金だけでなく、AIなどの新しい情報技術は、労働者の働き方、さらには、仕事のやりがいやストレス、健康といったウェルビーイングにも多様な影響を与えうる。この点について、どのような可能性があるのかをエビデンスをもとに整理してみたい。

技術革新と雇用・賃金の関係

経済学では産業革命以降、技術革新によって雇用が奪われる「技術的失業」(Technological unemployment)の可能性が指摘されてきた。また、1980年代以降は、高い技能を持った労働者のみが恩恵を受ける「技能偏向的技術革新」(Skill-biased technological change)が生じることで、賃金格差が拡大したとの指摘も、数多くの労働経済学の研究でなされてきた。このように、技術革新との関係では、雇用・失業・賃金といった側面に焦点が当たることが多く、近年のAIなどの新しい情報技術との関係についても、多くの雇用が奪われるといった予測や、より深刻な賃金格差を生み出してしまうのではないかとの懸念がしばしば示されている。

しかし、技術革新の影響は雇用・失業・賃金だけに及ぶわけではない。より広範な働き方やウェルビーイングに対して、例えば、従事する業務(タスク)の内容や職場環境、仕事のやりがい、ストレス、健康などにも影響は及ぶはずである。特に、AIなどの新しい情報技術の従事できる業務の範囲は非常に広く、また、普及のスピードも速いため、正負両面の影響が多方面で生じる可能性が高い。

新しい情報技術の普及がもたらす仕事のやりがいとストレスの増加

筆者らは、国立研究開発法人科学技術振興機構・社会技術研究開発センター(RISTEX)の企画調査において、約1万人の労働者に対するアンケート調査を実施し、新しい情報技術が働き方やウェルビーイングに与える影響を分析した。中でも興味深い分析結果として、図に示したように、AIを導入するなど新しい情報技術の導入段階が高いほど、労働者は仕事のやりがいを増加させる半面、仕事のストレスも増加する傾向にあることが分かった。

図:新しい情報技術の導入によるウェルビーイングとタスクの変化(主観的影響)
図:新しい情報技術の導入によるウェルビーイングとタスクの変化(主観的影響)
出所)JST-RISTEX2017年度企画調査(代表・山本勲)報告書
備考)新しい情報技術の導入によってウェルビーイングとタスクの各項目がどの程度変化したか(あるいは変化すると予想するか)についての回答を集計した結果

労働者のタスクの複雑化

その背景にあると考えられるのが、労働者の従事するタスクの内容の変化である。というのは、図にあるように、情報技術の導入段階が高いほど、労働者のタスクは、繰り返しの多いルーティンタスクから複雑な問題に対処しなければならないノンルーティンタスクにシフトしている。このことは、AIなどの新しい情報技術が導入されると、それらの技術で遂行できるタスクから労働者は離れ、代わりに労働者は浮いた時間をより複雑で、人にしかできないタスクに専念するようになる傾向があることを示唆している。

このようにタスクの複雑化によって、新しい情報技術の導入を経験した労働者の多くは、仕事上のストレスを感じやすくなったと解釈できる。また、同時に、複雑な仕事ほど達成できたときの満足感が高まるとも考えられるため、仕事のやりがいについては増加傾向にあったと考えられる。

AIなどの新しい情報技術は働き方やウェルビーイングに一様ではなく複雑な影響を与えるため、技術革新や普及に伴ってどのような影響が生じるかを分析することが重要といえる。

仕事の要求度・資源モデル

上で紹介した分析例のように、新しい情報技術の普及は、仕事のやりがいの増加といったプラスの影響をもたらすものの、ストレスの増加といったマイナスの影響ももたらす可能性があり、この点については何らかの対処が必要といえる。

そこで参考になるのが、精神医学・産業保健などの分野で発展してきた「仕事の要求度・資源モデル」である。このモデルからは、労働者のストレスは「仕事の要求度」が高まると増加する一方で、「仕事の資源」が多くなると減少することが示される。

ここで「仕事の要求度」とは、仕事量の多さや難しさなどであり、新しい情報技術の導入によってタスクの難易度が上がったり、新技術を使いこなすために新たな知識・スキルを習得しなければならなくなったりすることも該当する。つまり、上で示したストレスの増加は、新しい情報技術導入によって仕事の要求度が高まったためと解釈できる。

一方で、「仕事の資源」には、上司の支援やリーダーシップ、同僚の支援・信頼関係、人材マネジメント上の工夫など、さまざまなものがあり、企業や職場、個人などのレベルにおいて、多様な資源とその強化方法があるといわれている(島津(2015, 2017)など)。

ストレス増加を緩和する「仕事の資源」

筆者らの経済産業研究所でのプロジェクトでも、労働者のストレスやメンタルヘルスにどのような「仕事の資源」が影響を与えるかを検証してきた。例えば、佐藤(2015)やKuroda and Yamamoto (2016a)、Kuroda and Yamamoto (2016b)では、労働者のパネルデータを用いて、賃金や勤続年数、その他の個人属性などをコントロールした場合でも、仕事の明確性や仕事の裁量の大きさ、突発的な仕事の少なさ、長時間労働を前提としない職場風土、上司と部下のコミュニケーションの多さ、上司の能力の高さなどが労働者のメンタルヘルスの状態を改善させることを明らかにしている。つまり、それらの要因こそ、「仕事の資源」になると解釈できる。

AIなどの新たな情報技術は働き方や、ウェルビーイングにプラスの影響をもたらしうるため、そうした恩恵は可能な限り享受すべきであろう。しかし、労働者のストレスの増加や健康状態の悪化といったマイナスの副作用も生じうる。新しい情報技術のプラスの側面を最大限に引き出すためにも、「仕事の資源」を強化し、可能な限り副作用を減らしていくことが求められる。

参考文献

2018年8月24日掲載

この著者の記事