フューチャー・デザイン:将来世代の利益を踏まえた政策立案に向けて

原 圭史郎
コンサルティングフェロー

世代間利害対立を乗り越える

気候変動、エネルギー問題、社会保障や政府債務の増大などといった諸課題に対しては、長期的観点からの対応が欠かせない。これらの課題の本質は世代間の利害対立という側面であり、現世代による近視的な対応や意思決定が、将来世代に大きな不利益をもたらす可能性がある。まだ生まれていない将来世代は声をあげられず、現世代と交渉することは不可能であるため、現世代寄りの意思決定がなされても全く不思議ではない。これらの課題を乗り越え、将来世代につながる持続可能社会を形成するためには、人間が本来持つ「近視性」を乗り越え、将来世代への資源配分機能を必ずしも具備していない「市場」などの社会システムを補完しうる、何らかの仕組みや制度が必要となる(西條、2017)。

このような問題意識から、将来世代の利益を踏まえた意思決定や将来世代視点による未来社会のデザインを実現するための「フューチャー・デザイン」研究が進められている。経済学、工学、心理学、ニューロサイエンスなどさまざまな分野の専門家に加えて、自治体関係者を含む政策担当者や実務家が参画協働し、学際研究および具体的な政策立案のための参加型討議の試みが進んでいる。2018年1月27日、28日には、フューチャー・デザイン研究に携わる専門家や実務家が一同に会した「第一回フューチャー・デザイン・ワークショップ」が開催され、最新情報の共有と意見交換が行われた(小林、2018)。

フューチャー・デザインの根幹は「将来世代の利益を代弁する代表者グループ(ステークホルダー)を現代の意思決定の場に創出する」というものである。このような将来世代を代表する役割を与えられたグループを「仮想将来世代」と呼んでいる。現世代グループと仮想将来世代グループとが、交渉・合意形成を行うことによって、世代間利害の対立の解消や利害調整を進め、将来世代の利益も明示的に反映したビジョンづくりや意思決定を進めていく、というアプローチである。

仮想将来世代は機能するか

仮想将来世代を導入することで、グループの最終的な意思決定や判断はどのように変化するのか? この点については、実験や住民参加に基づく討議実践などを通じてさまざまな検証が進められおり、その効果が具体的に確かめられつつある。実験では、将来世代の利益を代弁する役割を与えられた「仮想将来世代」が現世代も含むグループの意思決定において重要な役割を果たすことが分かっている。たとえば、被験者を集めた経済実験においては、仮想将来世代を含むグループが、自分たちのグループが持ち帰る謝金を減らしてでも(自己利益を抑えてでも)、将来世代に対して資源(ここでは実験参加後に受け取る謝金の額)を残す判断・意思決定を行う能力があることが分かっている(Kamijo et al. 2017)。

また、筆者を含む研究グループは、自治体での参加型討議を通じて、仮想将来世代の役割や機能を検証している(原・西條 2017、 Hara et al. 2017)。この研究では、岩手県矢巾町において、住民の参加に基づくフューチャー・デザイン討議を2015年度および2016年度に実施した。2015年度に実施した一連のビジョン設計討議では、参加住民が現世代グループと仮想将来世代グループそれぞれに分かれ、まずは別個に矢巾まちづくり2060年ビジョンの策定や政策立案の討議を繰り返し、最終段階で現世代、仮想将来世代の双方が交渉・合意形成を行うプロセスを再現した。この討議実験ではさまざまな点が明らかになっている。 たとえば、仮想将来世代は現世代と比べても極めて独創的かつ具体的なビジョン提起をする傾向にあること、現世代と仮想将来世代の思考パターンや判断基準が大きく異なること、フューチャー・デザイン討議の中で、現世代にも将来世代的視点への気づきが生まれる可能性があること、現世代だけのビジョン検討の討議からは生まれ得なかったビジョンや施策案が、両世代の合意形成プロセスを通じて最終的に多く取り入れられたこと、などが確認された。つまり、将来世代を代表するグループを導入することによって、意思決定の結果が将来世代の利益も反映したものに大きく変化したところが重要な点である。さらには、仮想将来世代を経験することによる人々の意識変化も明らかになっている。討議直後のインタビュー調査からは、仮想将来世代を経験した人々は、程度の差こそあれ、「現世代の自分」と「仮想将来世代としての自分」の双方に対する俯瞰的な視点を持つようになり、そのような俯瞰的視点の下で意思決定を行っている可能性が示唆されている(Nakagawa et al, 2017)。

フューチャー・デザインの社会実装に向けて

上記は仮想将来世代の効果や可能性について検証した一例であるが、この他にも、多様な専門分野の研究者がフィールド実験や実践を通じて、仮想将来世代導入の意義や最終的な意思決定プロセスに与える影響、また意思決定が変容することの意味など、さまざまな観点から学際的に検証している。同時に、実際の政策立案や未来ビジョン設計において、フューチャー・デザイン手法を適用する動きも出てきている。先述の矢巾町では、2018年度から検討を始める町の総合計画にあたってフューチャー・デザイン手法を導入する計画である。また、上水道システムなど都市インフラの長期ビジョンの計画にあたって、自治体職員の中で将来世代の代弁者グループ(将来世代行政官と呼ぼう)を設け、現世代行政官と将来世代行政官の間で合意形成を進めビジョン提起を行う、といった実験的かつ萌芽期な取り組みを始めた自治体もある。さらには、将来世代の利益を考慮した政策立案プロセスを担保するための行政機能として、将来省や将来課あるいは将来室の設置可能性を検討する研究者もいる。たとえばこれらの機構においては、各種政策が将来世代にどのような影響を及ぼすのか、定性・定量的に評価するという「フューチャー・アセスメント」の実施機能を与えることも考えられるだろう。

もちろん、これらのフューチャー・デザインの社会実装に向けては今後詳細に検証すべき点も多い。たとえば、仮想将来世代は、どのようなプロセスを経てどういった方法で選抜され、実際の政策立案においてどういった権限や責任を与えられるべきか、将来課や将来室が仮に設置されるとして、そこで政策立案を担当する行政官にはどのような素養がもとめられるのか、などさまざまな観点から検討を要する。先述のように既に自治体レベルでは実験的取り組みがスタートしていることから、これらの先進的に進む実践と理論研究とが両輪となって、今後展開していくことになるだろう。まさにフューチャー・デザイン研究の推進やその社会実装に向けては、専門家や政策担当者、住民の間の協働が鍵であり、具体的な政策分野において、これら多様な主体が参画した実践的研究の深化が求められる。

文献

2018年3月22日掲載