中国の高齢化は、その規模とスピードが世界史上例を見ないほど突出している。当然のことながら、それに伴い、高齢者サービスの需要は爆発的に増大していくことが予想される。したがって、中国に先んじて高齢化を経験し、技術やノウハウを蓄積してきた日本の高齢者サービス企業にとって、中国における事業展開は非常に魅力的になるだろう。しかし、実際に中国で事業展開していく上で重要なのは、中国の高齢者サービス市場が抱える問題を理解すること、また、中国の高齢者サービス市場に対する中国政府のスタンスを見極めることである。本稿では、中国の高齢者サービス市場の規模と特徴を解説し、これを踏まえて2016年12月23日に中国国務院が発表した「高齢者介護サービス市場の全面的開放と介護サービスの質的向上に関する若干の意見」(以下「意見」)がもつ意味を考えてみたい。
すでに日本の総人口を超えている中国の高齢者人口
中国国家統計局が発表したデータによると、2015年末時点で65歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合は、10.5%で、同時期の日本の26.7%と比較すると低い水準である。しかし、実際の数を見ると1億4386万人と、すでに日本の総人口(2015年10月時点で1億2711万人)を超えている。今後本格的な高齢社会に突入し、60歳以上の高齢者人口が2053年には4億8700万人にまで増えると予測される。また、全国老齢委員会弁公室が発表した『中国老齢産業発展報告』によると、2013年から2053年までの40年間でフローの高齢者人口が約10億人増加する見込みである。もともと東アジア儒教文化圏の中国の伝統には「養児防老」、つまり、子供を育て、老後の面倒を見てもらうという考え方あった。しかし、1978年から実施された一人っ子政策によって核家族化が深刻化した現在、高齢者サービスに対するニーズが飛躍的に高まりつつある。こうした高齢化と高齢者サービスに対するニーズが掛け算的に組み合わさると、高齢者サービス市場は爆発的に拡大していくだろう。全国老齢委員会の報告書によると、高齢者の潜在的な消費能力は2014年の4万億元から2050年の106万億元に増加し、GDP(国民総生産)に占める割合はその間に約33%に達する見込みである。
上記のような膨大で多様な高齢者サービスへの需要に対応するため、すでに中国政府は、民間・外国資本の活用や高齢者サービス市場の産業化に関するさまざまな対策をうち出している。さらに、習近平政権は、経済発展が「新常態」(ニューノーマル)の段階に入っているとし、さらに消費者の需要を満たし、市場分析を行うことを重視する政策方針を明確に示しており、その一環として「意見」を発表した。「意見」は、2020年までに同市場を全面的に開放するという発展の目標を掲げている。政府、民間部門、個人、外資などの積極性や創造性を最大限に引き出し、産業の発展につなげ、ひいては経済全体への波及効果が期待される。ここで注目したいのは、高齢者サービス市場のサプライサイドである。すなわち、現実の需要と潜在的な需要を理解したうえで、高齢者サービスの需要構造に対する供給構造の適応性を高め、必要な高齢者サービスを実際に供給することを目指している。
「意見」に留意すべき3つの点
1つ目は、参入条件を引き下げることで民間・外国資本による進出を促し、産業の発展に結びつけることである。実は、2013年9月に国務院が発表した「高齢者サービス業の発展を加速するための若干の意見」には外資参入の許可と支援策などが明確にされていた。しかし、事業を開始する過程での規制が多く、煩雑な手続きなど非効率的な問題も多く、結果として投資の妨げとなっていた。しかしながら、今回の「意見」は「先照後証」を打ち出した。すなわち、まず事業を立ち上げてから、関連許可書などを事後的に揃えていくことである。起業にかかる時間を大幅に短縮し、手続きを簡素化することで民間・外国の資本や経験をより早く導入し、より開放的で競争的な市場環境を整えることができ、高齢者サービス業の健全で持続的な発展につながると思われる。
2つ目は、非営利の高齢者施設が外資参入に対し、全面的に開放されることである。中国の伝統と現実をふまえ、2020年までに在宅介護を基盤とし、「社区養老(コミュニティ介護)」と施設型介護で補完することで、完全に機能する介護サービスシステムの構築を目指している。特に上海の「9073養老計画」、つまり高齢者全体のうち、在宅介護90%、全部社区介護7%、施設型集中介護3%という介護体制は高く評価されている。これまで中国政府は施設型介護には民間・外国資本の参入を推し進めており、高齢者の大半を占める中間層と貧困層を対象とした在宅・全部社区介護については、公共政策の一環として対応する姿勢を鮮明に打ち出してきた。しかし、高齢者の多様なニーズに対応するため、民間資本による民間サービス提供の次は、非営利の外資参入によって良好な資本、優秀な人材が培ってきた経験やノウハウを社区に浸透させ、高齢者サービス産業に刺激を与えることで、産業全体がさらに発展していくだろう。
3つ目は、これまでの報告書には触れられていなかった新しい点である。つまり、1つの高齢者介護サービス施設の下に複数のチェーン店を開設できることである。これにより、成功したビジネスモデルを全国に広めることができる。生産性が上昇すれば、高所得層だけでなく、中低所得層や地方に住む高齢者のニーズにも応えられる。その意味で、在宅・地域型高齢者介護にとって特に重要な意義を持つと考えられる。
世界最速で高齢化が進んでいる日本の関連企業にとっては、中国市場は非常に大きなチャンスとリスクが同時に存在する。外資参入の全面的開放といえども、企業は投資先によって異なる文化や風土、支援・補助政策を十分に把握したうえ、慎重に投資を行うことが望まれる。
注
新常態(ニューノーマル):習近平総書記は2014年5月に河南省を視察した際、「我が国の発展はなお重要な戦略的チャンスの時期にあり、自信を強め、現在の我が国経済発展の段階的特徴を生かし、新たな常態に適応し、戦略上の平常心を維持する必要がある」と指摘した。「新常態」という言葉が生まれ、中国経済が高速成長から中高速成長へ移行している現段階を意味し、中国国内外で流行している。
在宅介護:訪問介護、医療サービス、精神ケア、緊急救護などをすべて自宅で行う介護形態である。
「社区養老」:地域(コミュニティ)型介護。居住地域を中心として生活共同体であるコミュニティにアクセスしやすい小型の施設を設立し、高齢者は在宅で介護サービスを受けられる形態である。