中小企業向け政府系金融機関が果たす役割に関する定量的な評価

植杉 威一郎
ファカルティフェロー

政府系金融機関への評価

リーマンショック後の深刻な景気後退時における政府系金融機関による貸出は、企業の資金調達やパフォーマンスにどのような影響を及ぼすだろうか。公的部門は、金融機関が家計や企業など経済主体の間で資金仲介機能を果たす際に重要な役割を担っている。その中でも、政府が金融機関を所有・経営して資金供給を行う政策は、経済における資金の流れに大きな影響力を持つ。

日本における特徴は、政府系金融機関の役割に関する世論の評価が大きく振幅した点である。2000年代半ばに小泉政権の下で郵政事業の民営化と並行して政策金融改革が行われた際には、政府系金融機関が民間部門の業務を圧迫して効率的な資金配分を妨げているという評価がされた。その結果、政府系金融機関は再編・統合され、業務量は縮小した。ところが、こうした業務縮小の流れは、大規模な負のショックの発生によって反転した。すなわち、2008年秋に発生したリーマンショックとその後の深刻な景気後退や、2011年3月に発生した東日本大震災に伴い、資金供給主体としての政府系金融機関の重要性が一転して強調されるようになり、実際に政府系金融機関による貸出額が総貸出額に占めるシェアも高まった。

十分ではない実証的な知見

このように政府系金融機関に対する評価が二転三転する背景には、政府系金融機関の役割に関する実証的な知見が限られていることが挙げられる。2008年秋以降の深刻な景気後退時に政府系金融機関が大きな役割を果たしたと評価される割には、その評価を裏付ける定量的な知見は少ない。政府系金融機関は危機時にどのような企業を対象に貸出を行ったのか、これらの貸出を得た企業は事後的にどのようなパフォーマンスを示したのか、民間金融機関の貸出行動を圧迫しなかったのか、といった疑問に対しては説得的な答えが示されることは少なかった。

今回は、こうした背景を踏まえて、新たに利用可能となった大規模な企業レベル・貸出契約レベルのデータを利用した研究内容(植杉・内田・水杉(2014))を紹介する。分析対象とするのは、日本政策金融公庫の中小企業事業本部(2008年10月以前は中小企業金融公庫、以下公庫と呼ぶ)が行う貸出である。公庫の貸出残高は2013年3月末で約6.5兆円に上り、銀行以外の資金調達手段が限られる中小企業にとって重要な借入先である。この研究では、1990年代末から現在までの公庫貸出を広く分析対象としているが、本稿では、特にリーマンショック以降の急激な景気後退時において公庫が果たした役割に焦点を当て、1)公庫は危機時にどのような企業に対して貸出を行ったのか、2)貸出を得た企業はその後パフォーマンスをどのように変化させたか、公庫は事後的に経営危機に陥るような企業への貸出を行っていたかという点を検証する。

リーマンショック前後における貸出行動の変化

公庫は、2008年秋に生じたリーマンショック後の景気後退時に、貸出件数を増やすだけではなく、直近の業績がそれほど良好ではない企業にも資金供給を行うように、貸出行動を大きく変化させた。図表1は、公庫が新規に貸出契約を結んだ企業数を2005年以降集計したものである。徐々に減少していた新規契約件数が、2010年(2009年4月初から2010年3月末まで)に倍増し、2011年も高水準であったことが分かる。

貸出先企業数が増えただけでなく、貸出先企業の属性も大きく変化した。公庫からの新規借入の決定要因を年ごとに示した図表2をみると、公庫は従来、利益率の高い企業、信用力が高く低い金利を支払っていた企業、売上高が伸びている企業に新規に貸し出していたが、こうした傾向はリーマンショック後に弱まったことが分かる。たとえば2009年までは、ROAが1%上昇すると公庫からの貸出を得る確率が0.6%から1%程度高まっていたものが、2010年以降にはROAが同じだけ上昇しても、公庫からの貸出確率は0.2%程度高くなるに過ぎない。売上高伸び率や、企業の信用力を示す金利も、2010年の推計では有意に貸出確率に影響しなくなった。公庫は、深刻な景気後退に際して、信用力の高い企業に限らず資金供給を行うようになったと考えられる。

図表1:公庫の新規契約件数
20052006200720082009201020112012
公庫が新規に貸出契約を結んだ先数*25912037161316211963441932271701
*前年3月末に借入契約がなく前年4月初から当年3月末までの期間に新規借入契約を結んだ先数

図表2:各変数が公庫からの借入確率に影響を及ぼす程度
新規貸出を行った年(t年)2005200620072008200920102011
ROA0.562 ***0.925 ***0.792 ***0.767 ***0.947 ***0.233 **0.212 *
支払金利-4.015 ***-3.616 ***-2.577 ***-3.276 ***-1.667 ***0.099-0.865 *
売上高伸び率0.115 ***0.162 ***0.198 ***0.091 ***0.100 ***0.0140.012
***,**,*はそれぞれの係数が、1%,5%,and10%の有意水準で0から異なることを示す。
例えば2005年のROAの0.562は、ROAが1%上昇することにより公庫からの借入確率が0.562%ポイント上昇するという意味。

公庫利用企業の事後パフォーマンス

次の検証課題は、公庫によるリーマンショック後の貸出行動が、かえってその後多くの企業破綻を招くようなことになっていないかという点である。この点を検証するためには、公庫から借入を受けた企業と、借入は受けなかったが事前の財務属性などが似通っている企業との間で、事後的な経営状況にどのような差があるのかを比較する必要がある。図表3は、このような比較を、公庫借入を行った年(t年)とその翌年(t+1年)について破綻(デフォルト)確率で行ったものである。

これをみると、リーマンショック後の時期に公庫から借入を受けた企業では、借入を受けなかった企業に比して、経営危機に陥る確率が概して低いことがわかる。たとえば右端の列からわかるように、2010年に公庫を利用した企業と利用しなかった企業を比べると、前者の2011年における破綻確率は後者よりも1.5%ポイント低い。この結果をみる限りでは、リーマンショック後における公庫の貸出は、検証期間中の企業の破綻(デフォルト)を少なくする効果を有していると評価することができる。

図表3:公庫借入に伴う企業パフォーマンスへの影響
新規貸出を行った年(t年)200520062007200820092010
t年におけるデフォルト企業比率-0.021 *-0.018 *-0.044 ***-0.020 *-0.034 ***-0.019 *
t+1年におけるデフォルト企業比率-0.017 *-0.038 ***-0.042 ***-0.061 ***-0.035 ***-0.015 ***
右段上から1行目の-0.019は、2010年(t年)において、公庫利用企業は非利用企業に比して、デフォルトに陥った企業の比率が1.9%ポイントだけ小さいという意味。

今後の課題

以上の結果を踏まえると、リーマンショック後の深刻な景気後退時において、公庫は信用力が比較的低い企業にも広く資金を供給したこと、その一方で公庫から貸出を得た企業では、事後的な破綻(デフォルト)確率がそれ以外の企業より低いことが分かる。

今回の分析結果を的確な政策立案に結び付けるには、更なる検証が必要である。考えるべきは、危機時に講じられる政策のコストである。公庫が広く資金を供給することにより企業の資金制約が緩和される一方で、危機の場合でも公的部門からの支援が得られるという期待が生まれる場合には、企業側が経営努力を怠るモラルハザードの問題が深刻になる。こうしたコストが不良債権比率などの貸し手側の経営指標にどのように現れるかについて、更なる分析が必要である。

なお、今回示した分析結果以外にも、日本政策金融公庫中小企業事業本部による貸出に注目し、その効果を定量的に明らかにしようとする研究が、いくつも進められている。危機時における政策金融の経済厚生、1997年から98年にかけての中小企業金融公庫の貸し渋り対策の効果、企業向けアンケート調査に基づく政府系金融機関の特徴、政府系金融機関と民間金融機関との間における与信手法の比較、2008年以降に大規模に導入された無担保貸出制度の効果などが、研究テーマの例である。こうした研究の蓄積を踏まえて、公的金融の役割に係るより的確な議論が行われることが期待される。

2015年7月3日掲載
文献

2015年7月3日掲載

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