はじめに
近年、中国の特許出願件数が大幅に増加していることは、WIPOや各国特許庁等が公表した統計でも明らかにされている。中国国家知識産権局 (SIPO) への出願件数の伸びは著しく、既に日米特許庁への出願に次ぐ水準となっている (WIPO 2010)〔図1参照〕。
本稿では、中国の特許出願の動向とその特徴を、最近の内外の実証研究とともに簡単に紹介したい。利用したデータベースは、国家知識産権局知識産権出版社のCNIPRデータベースと欧州特許庁のPATSTATデータベースである。ただし、中国特許の情報についてはデータベースの整備状況が必ずしも十分ではなく欠損値も多いことが指摘されている(知的財産情報検索委員会第2小委員会(2012))ことに注意されたい。
増加する中国企業の出願
中国への特許出願は、以前は日米欧等の企業による外国からの出願が過半を占めていた(1990年代後半は約7割)。しかし、近年では、国内からの出願も増加し、SIPOの統計によると2003年から中国居住者による出願のシェアが外国居住者による出願のシェアを上回り、2010年には約75%になったとされている。
今回利用した特許データベースでは、出願人の居住国情報は筆頭出願人についてしか判明しないが、時系列推移を確認すると図2のようになっている。2000年代に入ってから筆頭出願人が中国国内の出願の伸びが著しいことがわかる。
外国からの出願は、多国籍企業が出願している場合が多く、現地での生産や市場の確保といった目的のために中国における特許権を取得している場合が多い。Lerner (2002) は、特許制度の強化により多国籍企業による特許出願が増加することを示している。中国では2001年に特許法の改正が行われ、同年にWTOにも加盟しており、知的財産権制度に係るTRIPS協定に従った特許制度の整備が国外からの出願増加に関わっていることが示唆される。また、Hu (2010)は中国への輸出がより競争的であるような産業分野で外国から中国への出願が多いことを、産業別に集計した2004年までのデータで分析している。中国市場の国際的な開放度の高まりが外国企業の出願を増加させているといえる。
これら海外からの出願の要因に関する分析の他に、中国国内での出願の増加に関する分析も進みつつある。Hu and Jefferson (2009) は、中国企業のR&D投資や海外直接投資の増加、特許制度の整備等が特許出願の増加をもたらしたとの結果を示している。また、Choi, Lee and Williams (2011) は中国における企業 (548社) の所有構造と中国への特許登録件数 (2001-2004年)との関係に注目し、外国資本の企業、ビジネス・グループ内企業の方が出願件数が多いと結論付けている。このほか、Li (2012)が指摘しているように、各省が設けている特許出願への補助金の効果も大きいものと思われる。
中国企業の特許の質
急激に増加している中国国内からの特許出願については、その技術・特許の質が気になるところである。特許の価値を直接測るのは難しいが、ここでは、中国国内居住者による特許がどの程度海外にも出願されているのかでみてみよう。海外に発明を特許出願する多くの場合は、はじめに自国の特許庁に出願し、その後にパリ・ルートの優先権主張、または特許協力条約(PCT: Patent Cooperation Treaty)に基づいた国際出願をする。
質の高い特許ほど、海外に出願するケースも多いと思われる。以下では、前者(パリ・ルート)について、CNIPRとPATSTATから抽出したデータで、どの程度の特許が国外にも出願されているのか確かめてみたい。
外国企業との共同発明である場合は、中国居住の出願人のみの場合と比較して外国への出願行動は大きく異なると考えられるため、ここでは中国居住の単独での出願人のみに注目してみる。
そのような中国出願を基礎としてパリ・ルートで外国に出願しているような特許は、累積で約1万3000件でしかなく、非常に少ないが、時系列での動向では2000年時点で約228件であったものが、2007年には2千676件と10倍以上に増加している(図3参照)。出願先は米国が最も多く、図3に示した期間では概ね8割以上の特許が米国にも出願されており、累積での米国への出願件数は約1万件である。次いでEPに約6000件、日本に約3000件となっている。
実務に携わっている方々に現況を伺うと、分野によっては技術的な価値が非常に高いものも確かに存在するようになっている模様である。本稿では特許に限ってみてきたが、中国では、特許だけではなく、実用新案の重要性も高いことが指摘されている。他方、日本とは比較にならないほど特許訴訟の件数も多い。
中国市場における特許戦略は、日本企業にとってこれからますます重要になっていくものと考えられる。