「新しい公共」の提唱と混迷
鳩山由紀夫前首相が所信表明演説において提唱した「新しい公共」は、政治主導や地域主権と並ぶ最も民主党らしいプロジェクトの1つだといってよい。NPOや社会的企業に関わる多くの人たちが大きな期待を抱いたのは当然である。
しかし、残念ながら、これも他のプロジェクトと同様に、提唱されはしたものの、戦略的、体系的に推進されないまま混迷を深めるという展開を辿りかねない状況にあると思われる。
そうなってしまった理由としては、民主党の政権運営自体の混迷という問題に加えて、本来は最も民主党らしいプロジェクトになりうるはずの「新しい公共」の内容や意義が民主党内で十分に理解されていないことや、それゆえにこのプロジェクトを戦略的に展開させていく構想が構築されていないことがあると考える。
「新しい公共」の担い手
2009年10月の鳩山総理の所信表明演説は、「新しい公共」を次のように描いていた。
「私が目指したいのは、人と人が支え合い、役に立ち合う「新しい公共」の概念です。「新しい公共」とは、人を支えるという役割を、「官」と言われる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人ひとりにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観です。」
菅総理もまた、2010年6月の所信表明演説でそれを引き継いでいる。
「鳩山前総理が、最も力を入れられた「新しい公共」の取り組みも、こうした活動の可能性を支援するものです。公共的な活動を行う機能は、従来の行政機関、公務員だけが担う訳ではありません。地域の住民が、教育や子育て、まちづくり、防犯・防災、医療・福祉、消費者保護などに共助の精神で参加する活動を応援します。」
ここで想定されているのは、主にボランティアによって担われる小規模なNPOや互助的な団体である。イギリスでは、これらをコミュニティ・グループと呼び、有給職員を雇用して本格的な事業を展開するボランタリー・オーガニゼーションと区別している。
こうした暗黙の想定もあって、民主党政権における「新しい公共」プロジェクトのこれまでの焦点は、寄付の税額控除の導入と、税制優遇措置を受けられる認定NPOの認定基準の簡易化におかれてきた。
これはプロジェクトの不可欠の第一段階ではあるが、そろそろ、本格的な事業を展開するNPOも視野に入れた第二段階への展開を考えるべき時期である。より具体的に言えば、任意団体や特定非営利活動法人だけでなく、社団法人、財団法人、社会福祉法人、学校法人、医療法人などの各種公益法人、生活協同組合、ワーカーズコープ、社会的企業なども含めた広範なサードセクター組織全体を「新しい公共」の担い手として想定したプロジェクトの展開が必要なのである。
なお、こうした法人制度の複雑な分岐は日本独特の特徴であって、英米では、このうちの各種公益法人までがボランタリー・オーガニゼーションやNPOとして一括して扱われている。
政府‐サードセクター関係の転換
「新しい公共」プロジェクトの第二段階においては、2つの連動する課題に取り組む必要がある。その1つは、政府‐サードセクター関係の透明化、対等化、競争の導入などによる転換である。もう1つは、それを通じた主務官庁制による各種法人の護送船団方式の解体である。
第1点を考えるうえで、英米のNPOの収入構成が、大まかに言って「料金・事業収入」50%、「公的資金」40%、「寄付」10%だという事実が参考になる(日本では寄付が3%程度なので、第一段階の意義は当然ながら大きい)。
これが意味することは、サードセクター組織が取り組む社会的課題は、顧客から代価を回収することが本来難しく、事業収入は財政の半分程度にとどまるので、公的資金が決定的に重要だということである。寄付も重要だが、全体の中での比重は小さい。
だとすれば、本格的なサードセクター組織の成長のためには、政府からの公的資金が民間団体に支払われる際の事業委託契約やバウチャー制度を、納税者へのアカウンタビリティを確保しつつも、民間団体の自律性や創意工夫を最大限に許容するようなものに改革することが不可欠である。
外郭団体を特権化する随意契約、福祉施設、学校、病院などの経営への厳しい参入規制、公益法人による独占など、日本ではこの分野で改革すべき課題が山積している。委託金などを、適正な人件費や間接費を含めたフルコストにすることも重要である。
こうした第1の課題は、福祉施設の経営は社会福祉法人だけ、学校は学校法人だけ、病院は医療法人だけというような、主務官庁制によってコントロールされた特定公益法人だけを対象にした護送船団方式の解体に直結する。また、外郭団体、随意契約、天下りの一体的構造の解体という、行政改革における民主党の中心課題とも重なる。
これをサードセクター側からいえば、種々の特権を伴う複雑怪奇な公益法人制度を単純化して、すべてのサードセクター組織に平等な競争条件を保障することによって、透明で活力に満ちた横断的サードセクターが構築されることになる。その過程で、外郭団体、依存的公益法人のなかでも自己改革力のあるものは、自律的なサードセクター組織となって存続、成長するだろう。
「新しい公共」プロジェクトが、こうした第二段階への展開によって、行政刷新や外郭団体、天下り改革などの重要課題とも連動する民主党政権に相応しいプロジェクトとしての可能性を全面開花させることを期待したい。