地域経済活性化の鍵を握る日本のヒドゥン・チャンピオン

細谷 祐二
コンサルティングフェロー

隠れたチャンピオンとは?

ドイツの経営学者ハーマン・サイモンは、1990年代に体系的調査を行い、「隠れたチャンピオン(hidden champions)」と呼ぶべき企業が多数ドイツ国内に存在していることを明らかにした。彼のいう「隠れたチャンピオン」とは、「中小・中堅企業で、同族経営・非上場で、地方都市に本社が所在し、社歴が比較的長く、ニッチ市場で世界シェアが極めて高く、売り上げの過半を輸出によっている」という共通の特徴を有している。ドイツ全体で500社から1000社あり、ドイツの輸出の相当部分を稼ぎ出しているとされる。また、著書(サイモン(1998))で同様のものは広く先進国を中心に世界的に見出せるとしている。

日本版「隠れたチャンピオン」の存在意義

日本においても、ものづくりのグローバル・ニッチ・トップ企業と呼ばれる中小・中堅企業の多くが「隠れたチャンピオン」に相当する。たとえば、京都に本社を置くいくつかの計測機器メーカーは、今では「隠れ」なき存在であるが、かつてはその典型であった。彼らが東京に本社を置こうとしないのは、早い時点からグローバル市場を相手としており、その必要がないためである。これに続く「隠れたチャンピオン」候補である高い国内市場シェアを有するニッチ・トップ企業も含めると、各地域の代表的企業として全国に広く、また数多く分布している。中小企業庁が2006年から毎年公表している「元気なモノ作り企業300社」は、今年で合計1200社を数えるが、この相当部分が「隠れたチャンピオン」およびその候補と考えて良い。

「隠れたチャンピオン」は、良質な雇用機会の提供をはじめ地域の経済・社会に数多くの貢献をする。新製品の開発を通じたイノベーションの担い手であり地域や国の経済成長にも寄与する。ドイツでも日本でも、他と差別化された素材、部品、機器をB to Bで必要とする世界の企業に納入しているものが多い。こうした企業については、リーマンショック以来指摘される「輸出依存」を問題にすること自体がナンセンスである。また、海外生産の拡大に伴い産業空洞化が懸念される中、国内に一定の生産基盤を保有し続ける存在でもある。その結果、これまで日本に蓄積されてきたものづくり技術を継承・発展し、将来の新規技術の出現に備えそれに対応可能な受容能力(absorptive capacity)を保有しつづける主体としても注目される。

日本に生まれる必然のある「隠れたチャンピオン」

Audretsch et al.(2008)は、ドイツのデータに基づく実証分析で、産業のライフサイクルが成熟期を迎えると、製品差別化されたニッチ市場を目指す中小企業の活躍の余地が生まれ、そうした企業はイノベーションにつながる知識のスピルオーバーを享受できる大都市周辺地域や最盛期を過ぎた産業集積地域およびその周辺地域に立地するというメカニズムが存在することを示している。そしてこの理論的予想は、現にドイツにおいて「隠れたチャンピオン」としてこうした地域に多くの中小・中堅企業が立地していることと符合すると指摘している(細谷(2009))。

日本はつい最近まで世界最大の製造業の集積地であり、現在最盛期は過ぎているものの日本列島の至るところに成熟期を迎えた製造業に属する中小企業が存在し、そのうち高い技術力を有するまだまだ元気な企業は第二創業という形でニッチ市場を目指しているものが少なくない。こうした企業は「隠れたチャンピオン」の予備軍であるとみることができる。これまで国は、産業クラスター関連政策等を通じてこうした企業を支援してきたが、それは産学連携や異業種連携等のネットワークを通じて、ニッチ市場開拓の成功確率を高め、「隠れたチャンピオン」を次々と生み出し、ひいては地域経済の活性化を図る政策であると理解することができる(細谷(2009))。

必要とされる日本版「隠れたチャンピオン」の体系的調査

このような施策支援の対象となりうる日本の「隠れたチャンピオン」候補企業については、存在自体は広く認識されているものの、体系的・分析的にその実態を把握する試みは必ずしも行われていない。中小企業庁の「元気なモノ作り中小企業300社」という全国的な取組みをはじめ、各地のものづくり産業集積で自治体や商工会議所等の編纂による企業名鑑が公表されているが、企業や製品の紹介の域に留まっているものが多い。また、広域多摩地域等集積地域を対象に行ったアンケート調査に基づく参考となる先行研究があるものの、客観的・統一的基準に基づく全国レベルの実態の把握は行われていない。

こうした実態把握を通じ、「隠れたチャンピオン」企業に特徴的な要素、成功の秘訣・ノウハウ等を抽出することにより、「隠れたチャンピオン」候補企業をターゲットにした支援機関によるソフト面の政策支援内容の充実を図ることができる。また、地域経済・社会における「隠れたチャンピオン」企業の果たしている役割を明らかにすることにより、経営者の自信やマインドの一層の高揚を図ることも可能となる。さらに、諸外国にこうした日本企業の実態を伝えることで国際的取引機会の増加も期待でき、真のグローバル・ニッチ・トップ企業への発展の道を拓くことにもなる。政策の企画立案につながる研究課題として今後是非取り組みたいと考えているところである。

2009年12月8日
文献

2009年12月8日掲載

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