次の為替調整での協調こそが東アジアにとって重要である

劉利剛
上席研究員

世界経済は不安定な状態にある。米国はGDP(国内総生産)のそれぞれ約5%に匹敵する持続不可能な巨額の双子の赤字(財政赤字と経常赤字)を抱えている(図1)。これと対照的に東アジアでは地域全体で巨額の対米貿易黒字が生まれ、外貨準備高が急速に増加している。この外貨準備金の大半が米国に流入し、財政赤字を補填するものとなる。

図1:米国の貿易赤字と米ドル指数(物価調整後、ブロードベース)
図1:米国の貿易赤字と米ドル指数(物価調整後、ブロードベース)
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米国経済が大幅に失速すればこの状態の維持は難しくなるだろう。最近FRB(連邦準備制度理事会)が0.25ポイントの利上げを3回連続して行ったにもかかわらず、10年物米国債の利回りは4%すれすれのレベルに下落した。これは市場が11月の米大統領選後の大幅な景気後退の可能性を考慮し始めたことの表れである。米国経済は大統領選の年に見られる上昇局面の中、すでに今年に入ってピークを過ぎている。さらに双子の赤字を抱える状況下では、いずれ大規模な調整が必要となるだろう。

大統領選後の調整プロセスがどのように展開するかは定かではないが、過去の経験に照らして明らかにいえることが1つある。それは米国の貿易収支を持続可能なレベルに戻すためには、ドルが大幅に下落する必要があるということだ。最近のOECD(経済協力開発機構)の研究(OECD Economic Outlook (2004年6月版))によると、米国の経常収支赤字をGDP比で1ポイント下げるためには、ドルの実質価値が22.5%下がる必要があることが示されている。このことから推測すると、貿易赤字を許容範囲であるGDP比3%まで戻すためにはドルが45%下落しなくてはならない。一方、クライン(1989)の研究によると、ドルの価値が10%下落すれば、アメリカの国内総生産(GDP)の1%に匹敵する貿易赤字が削減される。この説によれば、20%のドル下落が必要ということになる。

インフレ加速が政治問題となっている東アジア地域

当然のことだが、こうした調整において東アジア通貨が果たさなくてはならない役割は大きい。中国やマレーシアなど、いまだにドルペッグ制を採用している国々では、通貨政策を変えない限り巨額の投機的な短期資本の流入を招き、外貨準備高をさらに増加させる危険がある。そうなればマネタリー・ベースと国内の信用供給が急速に拡大し、インフレの昂進につながるだろう。すでに変動相場制へ移行した東アジア地域の国々では、自国通貨の高騰によって輸出競争力が低下し、経済成長にブレーキがかかる恐れがある。昨年頃にはすでにドルが対ユーロで大幅下落したにもかかわらず、東アジア通貨の上昇幅はごくわずかであった(図2)。これは、この地域で日本や中国などの経済が、デフレの瀬戸際かまたは急速なディスインフレの状態にあって不胎化のコストが些細なものだったため、事実上、東アジアへの巨額の資本フローが不胎化されたことによる。

図2:米国および東アジア諸国の実質有効為替レート
図2:米国および東アジア諸国の実質有効為替レート
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しかし不胎化はいつまでも続かない。東アジア地域は昨年すでに相当の外貨準備が累積し、インフレ加速が現実の政治課題となっている。デフレが最も深刻な日本でさえ、景気が回復基調に乗るにつれて、現行のゼロ金利政策に代わる次の金融政策議論が行われている。

多国間の貿易収支に基づいて議論されるべき為替レート

一方米国では、ブッシュ政権が中国に対し人民元切り上げを強く求め、中国との二国間で貿易赤字の解決を図る政策を取っているが、この構想には問題がある。もちろんこの政策は功を奏していないが、その理由は明らかだ。為替レートは元来マクロ経済の問題であり、二国間ではなく多国間の貿易収支に基づいて議論されるべきものだ。さらに中国は現在、東アジア貿易の三極の中心に位置し、日本、NIES(韓国、台湾、シンガポールなどの新興工業国群)、ASEAN諸国から部品やコンポーネントなどの、精巧で技術集約型の中間財や商品を輸入している。つまり中国が単独で世界の工場として機能しているのではなく、東アジア地域が全体でこの役割を果たしているのだ。もし為替調整の責任を中国一国に負わせて他の国々が個々の役割を果たさなければ、「ただ乗り論」問題が浮上し、米-東アジア間の貿易不均衡は解消されない。また、人民元を一度で大幅に切り上げれば中国で大規模な資産バブルが起こり、1985年のプラザ合意後の日本の二の舞になる。

すでに東アジアで確立している生産および分配のネットワークを見れば、地域全体での通貨の安定が重要であることは明らかだ。貿易額の対GDP比が大きいこの地域では、為替レートの安定は重要な政策目標であり続ける。

政策協調の経験がなく金融インフラの弱い東アジア地域で、EMS(欧州通貨制度)のような相互ペッグ、変動幅を持つ共同フロートの通貨制度を目指すのは、明らかに時期尚早だ。しかし東アジアは、それぞれの通貨がどの程度ドルに対して上昇すべきかという点について、合意に向けた交渉の第一歩を踏み出すべきだ。そして各国の市場やマクロ経済の状況に応じて新たな為替レートの変動幅を定め、各国がその範囲内に自国通貨を誘導するべきだろう。

変動幅は通貨政策の信頼性に応じて、信頼性が高い国にはたとえばプラスマイナス5~6%など狭く、信頼性が低い国にはたとえばプラスマイナス10~12%など広く設定すればよい。このように設定された変動幅は東アジアにとってふさわしく、また遵守可能だろう。その理由は3つある。

第1に、この地域は伝統的にマクロ経済のファンダメンタルズの状態が良く、市場の信頼を確保しやすい。第2に、この地域に十分な法制度、監督機関、情報交換のしくみがないことから、中国など発展途上の東アジアの国では変動性の高い短期資本の流入を減らすために、市場原理に基づく有効なしくみの代わりにチリ方式の資本移動管理をいまだに適用している。第3に、アジア金融危機の経験から、1997年にアジアを襲った資本収支の危機的状態においては米国の影響力の強いIMFが世界規模の最後の貸し手として機能しないことが示された。このIMFの機能不全は、米国議会が新興成長市場の危機的状況下で米国以外の機関の救済のために自国の税金を投入すべきではないとの正しい認識を示したことによる。

必要性が明らかな東アジア地域の金融制度創設

東アジアの新興各国が投入できる資金には限りがあり、巨額の資本流出を食い止めることはもちろん不可能だ。逆にこのことから、特に地域内で発生伝播する伝染病のように強い波及効果を持った資本収支危機への対応を目的とした、東アジア地域の金融制度創設の必要性が明らかだ。こうした危機の再発を防ぐために東アジアではすでに外貨準備のプールが始まった。為替の共同調整を目指して、既存の地域スワップ制度(すなわちチェンマイ・イニシアチブ)を強化するための一層の努力をすることが東アジアにとってはまさしく賢明であり、このことが、より緊密な金融および為替政策協調への具体的な第一歩となる。地域の金融市場や政策協調メカニズムがさらに発展すれば、相互ペッグ、共同フロートの地域通貨制度が中期的に東アジアに出現することも不可能ではない。

現時点では、東アジアにはマクロ経済政策を調整するための公式の制度がないため、為替レート調整のための政策立案には当然ながら、数多くの困難が伴う。しかし東アジアにそのような制度が存在しないことは逆に、通貨調整の問題について集中的な政治対話を始める機会を生むことにもつながる。東アジアは、そのような政治対話の場や政策調整を通じて、現在の貿易および外国直接投資のしくみを超え、ついには通貨統合に向かう可能性を秘めているといえるだろう。

本コラムの原文を読む(英語)

2004年12月7日

2004年12月7日掲載

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