選挙後のアメリカ議会:レイムダック・セッションからの示唆

中林 美恵子
研究員

世界中で接戦と報じられ、大きく注目された米大統領選挙が終了した。同じタイミングで連邦議会の上下両院でも、新しいメンバーが(ルイジアナ州の下院議員2選挙区の最終決戦を残し)確定し、2005年からの政策形成に向けた胎動がキャピトル・ヒルでは既に始まっている。米国民の投票行動分析や閣僚の指名予測なども含め、連邦選挙にまつわる情報収集と分析の興味は尽きないが、この時期に連邦議会に目を配っておくこともまた、アメリカがこれから直面する重要政治課題を考えるにあたって必要なことである。

大統領と議会との力関係

残念ながら、議会は大統領の指示通りには動いてはくれない。議会には議会の力学が存在し、上院と下院それぞれが政党勢力となる議席獲得比率を武器に、競争と妥協の作業を経る。たとえば財政赤字削減の功績について大統領府のみに注目し、クリントン政権とブッシュ政権を比較してみても、なかなか予算策定の全体像は掴めない。クリントン政権期の財政黒字を大統領の手柄と称する者もあるが、これは共和党率いる議会が果たした役割を認識しない見解である。同様に、ブッシュ政権期の財政赤字額にしても、一定の条件下で共和党議会が競争と妥協を実践する過程で、歳出全体が増幅された点を無視して説明することは難しい。

来年から始まる第二次ブッシュ政権は、国民保険や医療保険の改革、減税の恒久化、テロとの戦争、2009年までに財政赤字の半減、などといった多くの政策課題を掲げている。しかしこれらもやはり議会の意思決定プロセスを通過せずには実現できない。日本が気にしている為替レートさえ、米議会が財政規律をどのように回復するのかという問題と無関係ではない。つきつめていえば大統領の立法案件や予算案は、立法府に対する行政府側のリクエストなのである。つまり来年から始まる第109議会(2005~2006年)がブッシュ政権の政策運営に大きな影響を与えることは明白である。

議会では選挙が終わると新会期に向けて、各党とも上院と下院それぞれ党のリーダーシップ職に誰が就くかを選定する。また、選挙後には立法過程の中心である委員会の構成や委員長の選定も模索され始める。上院では特に多数党と少数党の合意をもとに委員会メンバーの人数比率を決めることが多く、今年の選挙後も如何なる比率が採用されるのかに注目が集まっている。

この選挙では、共和党が上院で4議席増やして100議席中55議席を占め、下院でも435議席中227議席だったものを少なくとも231議席にまで増やした(ルイジアナ州の2選挙区は12月4日に再選挙をして選出する予定)。議席バランスに開きが生じれば、最大の影響を受けるのは委員会構成である。現在の第108議会上院では各委員会における共和党と民主党のメンバーが10対9の比率になっており、委員会メンバーの52.6%が共和党で占められている。これが来年から始まる第109議会では、12対9という比率を採用するのか、それとも10対9の比率にするのかなどの争いが予想される。ほとんどの法案はまず委員会を通過せねばならないので、委員会構成が立法に与える影響は絶大であり、ブッシュ大統領のリクエストが議会でどのように扱われるかにもインパクトを与える。

レイムダックに残された仕事

2004年11月16日から、米連邦議会はレイムダック・セッションに入る。選挙の結果、新しい議員が確定したにも関わらず古いメンバーが積み残した仕事をこなすため、こう呼ばれる。議会がまだ採決できずに積み残した立法案件は数限りない。こうした法案が現在の第108議会(2003~2004年)で通過しない場合、来年また振り出しから再挑戦せねばならなくなるので、自ずとプレッシャーがかかる。

連邦議員たちは、できれば一週間以内、遅くとも11月25日の感謝祭の前には、レイムダック・セッションを終了したいとしている。しかしその成否は今週の立法府協議の進み具合や妥協の具合を見てみねば分からない。2000年のケースでは12月5日まで本会議が続いたという事実もあり、今年も楽観はできないだろう。それでも時間が非常に限られているために、必ず通過させるべき法案である予算関連法案が何とかなりさえすれば会期終了となることも考えられる。

数ある課題の中でも必ず通過させるべきだとされている予算関連政策の1つに、債務限度額の引き上げがある。現在7.38兆ドルと定められた債務限度額は、11月中旬にその限度額を超えるとされている。そこでレイムダック・セッション中にその限度額を7000億ドル前後引き上げることが期待されるが、少数党の民主党がブッシュ政権の財政赤字拡大を強調するために抵抗すれば、米政府債務不履行が発生する可能性もある。そこで共和党は、2005年度(2004年10月~2005年9月末)の裁量的経費の歳出を決める法案9本と債務限度額引き上げを全てワンセットにして(包括法として)通過させる作戦を採りたいようだが、当然ながら民主党からの賛同は得られていない。

そのような状況下、11月20日の夜中12時には、政府活動の継続を可能にするための暫定予算が期限切れを迎える。米国では議会が13本の歳出法案を策定し大統領のサインを得て法律として成立させねば政府活動の資金を供給することはできない。現在のところ上下両院が通過させて立法に漕ぎ着けた歳出法は4本(国防総省、ワシントン特別区、国土安全保障省、軍事施設建設費のための予算)のみとなっている。残る9本が通過せねば、11月21日から政府機能が一部停止する可能性も皆無ではない。したがって歳出法の通過または来年まで続く暫定予算措置を通過させることは、レイムダック・セッションの必須の課題なのである。

米国の財政状況

10月14日、米財務省と行政管理予算局(OMB)は、2004年度(2003年10月~2004年9月末)の財政赤字が、4130億ドルであった事を発表した。これはOMBが2月に予測した5210億ドルおよび7月に修正予測として算出した4450億ドルを下回った。その原因としては、法人税収が1890億ドルにも上った事が予想を上回ったこと(これは7月の予測より80億ドル多かった)などが上げられている。ただし赤字総額は、2003年度(3770億ドルの赤字)より更に大きい額になっている。税収が伸びたのに財政赤字の総額が増えたのは、歳出が大きく伸びたからである。昨年度に歳出増加率が大きかった省庁は、住宅都市開発省が20%増額で450億ドル、国防総省は12.4%伸びて4370億ドル、続いて教育省が9.4%の増加率で628億ドルの支出となっている。

こうした歳出圧力の中、来年からブッシュ大統領は議会とともに5年で財政赤字半減に向けての予算策定を目指さねばならない。そこで今年のレイムダック・セッションで争われる裁量的経費の上限額8219億ドルは、象徴的な意味をもつことになるだろう。既に通過した4本の歳出法は2005年度に4360億ドルの歳出を確定している。これを含めた裁量的経費を8219億ドル以下に押さえるには、残る9本の歳出法を約3850億ドルの枠内に収めねばならない。下院側では既にこの金額枠で法案が通過しているが、上院で通過した法案は金額枠を80億ドルも超過しているのが現状である。

レイムダック・セッションと第二次ブッシュ政権

今年のレイムダック・セッションでは難しい課題が山積みである。特に裁量的経費8219億ドル枠の問題は、早く結論を出さなければならない。ホワイトハウスと下院は放漫財政を引き締めるため、上院に対して歳出案から80億ドルを削るよう求める構図になるが、その交渉相手は同じ共和党の、テッド・スティーブンス上院歳出委員長である。彼は上院の歳出委員会という特殊な組織を取りまとめている。この委員会に所属する委員達はポークバレル(地元利益誘導の歳出)を決めるのに圧倒的な影響力を及ぼす。それぞれの議員が甘い汁を分配することによって合意形成を可能にする委員会といってもいい。さらに上院には、フィリバスター(60人の賛成がなければ審議がストップする)というルールがあり、下院に比べて野党の影響力が強く、交渉は常に難航する。80億ドルの歳出枠超過という上院の問題は、そう簡単に解決できるものではないのである。

ましてや、クリントン政権期の議会構造と異なり、大統領府と議会府を共和党が主導する構図の中では、党派による大々的な対決姿勢や政策競争は、交渉のカードにならない。また、クリントン政権下にあった共和党議会のように民主党大統領に対し立法権限で応戦することは困難であると同時に、大統領府も議会府に強硬姿勢で臨むという手段を採り難い。

しかし一方で、選挙を共に戦い政策優先課題で歩調の合う共和党同士だからこそ、大統領が議会と協調して政策運営のリーダーシップを発揮できるという利点も生まれる。ただし問題は、この優位性をどのような優先順位で適用していくのかという部分が問われるということである。たとえば第一次ブッシュ政権ではテロとの戦争等が財政規律問題より優先され、議会もこれに同調したが、それは同時に財政赤字の拡大を助長することにつながった。

第二次ブッシュ政権にとって何が優先課題なのかは、このレイムダック・セッション中に交渉される裁量的経費の歳出枠問題に取り組む姿勢を通して占うことができよう。将来アメリカがいかにして財政赤字削減に取り組むのかは、議会の影響力が大きいだけに、ブッシュ政権の政治的力量が試されることになる。今回の連邦選挙では共和党が議席を伸ばす結果に終わったが、そのことによって生じる利点と弱点を大統領がどのように活用するのか、それは今まさに議論されている裁量的経費枠がどう決着するかによって示されるといえる。大統領が共和党議会に財政危機を実感させることができるのか、米国が財政赤字半減をいかに達成しようとしているのか、その方向性を占うヒントは、このレイムダック・セッションに隠されているのである。

2004年11月16日

2004年11月16日掲載

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