情報革命に取り残される日本のテロ対策

泉田 裕彦
ファカルティフェロー

ロバート・ボナー米国関税局長官は、同時多発テロから約4カ月後の2002年1月17日、毎年1600万個に達する米国に輸入されるコンテナをすべてチェックすることを念頭に、CSI(Container Security Initiative)の導入を宣言した。個体認識技術とネットワーク、コンピュータシステムの活用により、これまで不可能であったセキュリティー対策が可能になっている。米国は最新の情報技術をテロ対策に活用するため、組織の改編や制度的対応を迅速に実施した。これに加えて、情報システムを円滑に運用するために、国際標準の制定の働きかけを戦略的に行っている。一方、我が国は、米国から技術協力を求められるほどの技術力を持ちながら、これを戦略的に活用できずに世界の後塵を拝している。

米国の水際作戦

世界における貿易貨物の90%はコンテナ貨物であり、毎年1600万ものコンテナが船、空、トラック、鉄道によって米国本土へ運ばれている。海上では、毎年21万4000隻の船で570万のコンテナが米国に陸揚げされている。このような状況下、国連の新決議なしで、米英はイラク戦争を敢行した為、炭疽菌などの細菌兵器や核爆弾といった大量破壊兵器を米本土に持ち込むためにコンテナが使われるリスクが著しく高まっている。米国はコンテナを用いたテロの発生を防止するために、情報技術を総動員して新たな対策を構築することに取り組んでいる。

まず、体制整備だが、テロ対策を統括する国土安全保障省を2003年1月24日に発足させた。既存の各省庁から約17万人の人員が新省に振り分けられ、約370億ドルの予算が新省に割り当てられるという1947年の国防総省の創設以来、最大の省庁再編である。

2002年6月6日、ブッシュ大統領がTV演説で国土安全保障省の設立を提案するのに先立ち、同年2月26日政府関連機関のIT担当者や、Accenture、Electronic Data Systems、IBM、Sievel Systemsなどの代表者が出席して、連邦議会下院で公聴会が開催された。ここでは、互換性のないシステムなどが情報共有の障害になっていることや、9.11のテロ事件後にブッシュ政権が創設した本土安全保障局に対し、連邦政府と州/地方自治体、民間企業間の情報共有やコミュニケーションの欠如がみられることが指摘された。国土安全保障省は、テロ情報が有効に活用されなかったとの反省に立ち、情報や情報技術の活用を的確に行うために設立されている。水際での情報を一体的に扱うため、財務省の税関局や運輸省の沿岸警備隊、司法省の移民帰化局なども統合した他、サイバーインフラの保全なども担う。加えて、存続する中央情報局(CIA)や連邦捜査局(FBI)から必要な情報を吸い上げる機能も持ち、米本土への物資・資金、人の出入りをくまなく監視することとなる。このような設立経緯を持つ国土安全保障省が計画する米国の水際作戦においては、情報技術を活用することが当然の流れとなっている。

次に制度対応だが、米国は、情報収集・分析能力の向上のため、CSI、C-TPAT(The Customs-Trade Partnership Against Terrorism)、関税法改正(24時間前ルール)といった政策プログラムを矢継ぎ早に実施した。

(1) CSIとは、輸入コンテナ貨物のセキュリティ・プログラムである。膨大な数を扱うために電子的に処理する前提で、ハイリスクコンテナを峻別するリスク基準を作成し、輸出国へ米国の税関担当者を派遣した上で、米国到着前に貨物の事前チェックを行うとともに、個体識別技術を含む情報技術開発を行うことを包括的に定めた政府計画である。CSIは海上貨物から開始されたが、航空貨物等へ拡大される予定となっている。

(2) C-TPATとは、輸入関連企業が、関税局の示すガイドラインに沿って自らのサプライチェーン・セキュリティ・コンプライアンスプログラムを策定し、関税局と協力しながら運用していくボランタリー・プログラムである。関税局の審査によって参加が認められれば、迅速な輸入通関、低い貨物抜取検査率等の優遇措置が与えられることとなる。一方、当局は、プログラム参加者のサプライチェーンを把握することにより、セキュリティ確保を円滑に行うことができる。

(3) 24時間前ルールとは、輸出貨物搬入の24時間前までに米国に対し、マニフェスト(貨物目録等)の提出を義務づけるというものである。これらが相互補完することによって、米国の対テロ対策が構築されることとなるが、共通思想として貫かれているのは、人的対応では限界がある事象に対する電子化対応を行うということである。

情報システム自体についても大幅に見直しが行われている。現行の通関手続システム(AMS: Automated Manifest System)に代えて、2006年の運用開始を目指して新米国関税システム(ACE: Automated Commercial Environment )[図-PDF : 20KB]が構築されている。ACEは、テロに対する脅威が顕在化する中、グローバル経済で勝ち残るために、1.密輸防止率の向上、2.テロ防止、3.利用者の輸出入手続の大幅な簡素化、4.政府の人員・予算の据え置きという矛盾するように見える命題を同時に解決するために計画されている税関システムである。

ACEは、現行の電子手続きのためのAMSと異なり、それ自体が関連情報を格納、分析する情報基盤である。関係官庁でそれらの情報を共有することで、効率的な業務執行・的確なセキュリティー確保が可能となる。さらに事業者が業務改革(BPR: Bussiness Process Reengineering)を推進できるよう、貿易手続の簡素化や情報伝達をサポートする情報インフラでもある。単なる電子行政手続システムとなっている日本のシングルウィンドウシステムとは対照的な設計思想となっている。

セキュリティーの確保と経済合理性

米国のACEの構想は、1993年の米国税関近代化法に遡ることができる。当時は、能力的に限界を迎えていたAMSを更新し、行政手続きと密接に関連する民間業務を効率化することを主眼においてその基本コンセプトが練られた。しかし9.11の同時多発テロにより、この基本コンセプトの中で「セキュリティーの確保」が第一順位に押し上げられた。現在ではACEのコンセプトは、密輸防止やテロ対策が主目的で、物流・行政手続きの簡素化によって、コストや人員の増加を防ぐということになっているが、中身は、当初の設計思想と変わらない。実際、韓国においても、輸出入港湾手続きの完全電子化によって、セキュリティーの向上とBPRが同時に達成され、規制当局と事業者双方にメリットがあったと報告されている。釜山港は、電子化により国際競争力が向上し、国際港としての地位(世界における貨物取扱量)は、1980年16位から2001年3位と大幅に向上している。

通常、セキュリティーを高めるためには、手続きの厳格化が必要であり、円滑な貿易の流れを阻害する。米国の水際作戦は、この相矛盾するテーマを情報技術によってに同時解決することを狙ったものであり、実際に貿易活動を円滑にする新しいテロ対策が実施されはじめている。

近未来のセキュリティー確保のイメージ

それでは、近未来のコンテナセキュリティー確保はどのような形態になっていくのであろうか。現在の施策をもとにイメージ[図-PDF : 64KB]を描くと以下のようになる。

搬入前24時間までに輸入国へ積荷目録の提出を行う。 提出されたマニフェスト情報は、貿易金融情報、輸出国政府への申告情報と合わせて、ACE等情報システムによって、輸出者、輸入者、輸入経路、最終配送先、過去の実績等からプロファイリングが行われ、ハイリスク・コンテナが選別される。 この情報は、CSIに基づき輸出国に派遣された係官に通知され、輸出地を出る段階でエックス線、ガンマ線検査装置、RFID(Radio Frequency Identification)による積み荷確認といった近代的機材も活用したコンテナ・チェックが行われる。この際、RFIDを用いた個体追跡技術は、C-TPATにより申告されたサプライチェーン全体との整合性を瞬時に行うことになる。安全性を確認されたコンテナは、電子シールを施され、開封された場合は、人手を介さずに自動認識され、陸揚げが拒否されることになる。なお、C-TPAT参加者によって輸送されたローリスク・コンテナは、ファーストレーンに乗せられ迅速な輸入通関が行われる。国際貨物が輸入された後も、RFIDとITSを活用することにより自国内で配送される貨物の内容物をHS6桁分類等で把握し、緊急事態に迅速に対応することが可能となる。一方、電子化を前提にインフラが整備されれば、企業サイドにとっても一定の情報開示を受けることにより、関係者との情報のやりとりが一元化され、サプライチェーン全体の効率化を促すことになると期待される。

国際的動向

テロ防止の第一歩は正確な情報把握である。このため外国政府との情報交換が重要な意味を持つことになる。貨物情報等の交換を円滑に行うためには、データ構造が共通になっている必要がある。比較的柔軟な技術であるXML(Extensible Markup Language)を用いる場合においても、データエレメントのシマンテクスを確保する必要があり、国際間の取決めを作ることが不可欠である。米国の積極的な働きかけにより、国際社会でも情報技術を活用したテロ対策のフレームワークが構築されつつある。国際機関、地域間、G8、更には二国間関係とあらゆる場面で、標準化作業や制度整備が進められている。

具体的には、2002年6月26日のG8共同宣言「交通保安に関するG8協調行動」の中で、"国際的コンテナ安全体制の構築及び実施に向けて迅速に作業すること"が宣言された。また、2002年10月26日には、「テロリズムとの闘い及び成長の促進に関するAPEC首脳声明」が出され、コンテナ輸送の安全性確保、迅速な作業、コンテナ内容の事前電子情報の提供、電子税関申告のための国際標準の実施が盛り込まれた。

これらの基本方針に符合する形で、国際機関でも各種の制度改正が行われている。世界税関機関(WCO)では、政府間の情報交換をシステムを通して円滑に国際標準で行えるようにする「税関手続の簡素化及び調和に関する国際規約の改正議定書」が成立した。また、国際版CSIである「税関相互行政支援条約案」が2003年6月の総会での採択を目指して改正作業中となっている。国際海事機構(IMO)では、海運について、電子シールの活用も視野に入れたSOLAS(1914年の海上における人命の安全のための国際条約)の改正、手続の国際標準化の促進をめざしたFAL(Facilitation)条約の改正や政府間の情報交換を念頭に置いたシングル・ウィンドウ・コンセプトの国際慣行化の検討といった動きがある。国際標準化機構(ISO)においてもRFIDを用いて国際複合一貫輸送を行うためのデータエレメントの標準化作業(TC/204)、物理規格やバイオメトリックス利用の標準化(JTC1/SC31, /SC37)が進んでいる。国際航空運送協会(IATA)においてもRFIDのデータ構造やハードの規格の標準化が進められている。

これらの一連の動きによって、国際社会の共通認識は、最終的に、電子化を前提に国際間の情報共有を実施することに収斂していくものと思われる。

まとめ

米国は空爆が先行した湾岸戦争と異なり、イラク戦争において陸海空の同時統合作戦を実行した。この背景には、軍事情報革命といわれるRMA(Revolution in Military Affairs)があった。テロ対策においても米国は世界を巻き込みつつビジネスの効率化も視野に入れた情報技術の活用を押し進めている。

米国等の先進国のようにテロからの本土防衛に戦略的に取り組んでいる国にテロを仕掛けることはリスクが伴う。テロリストでなくても、相手に打撃を与えるためには、同盟国の中で手薄なところを狙って、バイオテロや核テロをしかけることを考えても別に不思議ではない。何の安全対策も行っていない日本の首都近傍、東京湾での核爆発等による大きな被害の発生が懸念される。

また、日本は情報革命に対応して、ビジネスの効率化を視野に入れたテロ対策を実施するという発想を持てずに思考停止をしている。日本は、前例踏襲主義が強く、必要な施策が実施される速度が遅い。世界の趨勢に合わせるという「言い訳」があっても良いが、安全を確保した上で、社会全体の厚生を最大化する戦略的な思考と早急な対応が望まれる。

2003年5月13日

2003年5月13日掲載