財政危機の時代こそ改革のチャンス─より洗練された経済財政政策の追及─

中林 美恵子
研究員

米国で大統領と議会が対立するたびに、日本などの議院内閣制度を羨ましがる声がワシントンで聞かれる。日本と米国は制度が大きく異なっており、単純な比較は成り立たない。しかし、それぞれの民主主義をますます成熟させ国民生活の向上を目指すという大目的があるなら、双方は学び合うべきものが多い。

パワーゲーム

財政政策は国政そのものである。日本は経済の低迷と巨大な財政赤字という難問をかかえ、予算面でも大胆なプライオリティー変換の時代にとっくに突入している。経済財政諮問会議の創設はその認識の表れだが、システム整備というより人治主義が採られたため、結果として既存ルールの中でのパワーゲームに諮問会議が翻弄された。パワーゲームは財政政策形成過程には必須のものである。つまりそれを前提としない制度改変は効果が薄い。日本同様、米国でもパワーゲームは日常茶飯事であり、合法であればどんな手でも使う。その米国が、1998年についに財政赤字を解消するに至った。そして財政黒字拡大予測と9月11日のテロや景気低迷をきっかけに再び赤字に陥っている。このコラムでは、好景気とあいまって米国の財政赤字削減に寄与したBEA(予算執行法)という法律を生んだ1990年の予算サミットを取り上げ、苦境にあったからこそ成し得た財政規律構築への痛々しくも実り大きかった経験を紹介したい。

アメリカの経験

29年ぶりに財政黒字を経験することになった1998年まで、米国は長期にわたり悪化する赤字と戦ってきた。底を打ったのは1992年度で、2900億ドル余の赤字はGDP比で4.7%になっていた。そこへ至るまで、さまざまな経済・税制政策と同時に財政規律回復の試みがなされたが効果薄く、1990年になって成立したOBRA90(包括財政調整法)とBEAが、やっと財政規律構築に成果を見せたといわれている。

1990年は、財政赤字解消への数値目標を定めた85年GRH法(財政収支均衡法)が、極端な目標を定めて失敗に終わった上、S&L(貯蓄貸付組合)など公的金融機関の不良債権問題が深刻化した年である。当時の大統領は共和党のジョージ・ブッシュ、そして議会は上下両院とも民主党が支配していた。年の初めから、行政府と立法府はあらゆる政策において真っ向から対立した。大統領の選挙公約は「Read my lips, no new tax」でありこれは議会民主党に簡単に譲れるものではなかった。それが早くも同年11月には、大統領が大増税法にサインすることになる。

予算サミット

GRH法の下、850億ドル分の一律歳出カットは国防予算で32%のカット、国防以外の裁量的経費で35%のカットという非現実的な数字となっていた。1990年5月、大統領はついに議会民主党との交渉を決意。政策対立を解消する平和交渉会議として「予算サミット」が開かれた。最初は双方がパワーゲームに奔走して進展ゼロ。しかし舞台は国民に見えるサミット・レベルである。悪化する経済と財政に直面する大統領は、国民生活向上のため民主党との最低限の妥協を選ぶ。大統領にとっての緊急課題は選挙公約以上に、S&L不良債権の早期解決、そしてGRH法による歳出大幅カット回避と、GRH法に代わるBEA(裁量的経費のキャップ、義務的経費増加における財源探しルールなど新設)による財政規律システムの構築であった。サミットが終了したのは、新会計年度が始まる10月1日の前夜であり、消耗戦の凄まじさを物語っている。

OBRA90は、増税の部分で民主党に大きく譲歩した結果になったが、BEAの中で仕組まれたルールは、パワーゲームに奔走する議会システムに上手く機能し、後に財政規律を高めた。特に不況を理由に歳出を主張する議員たちにとっては厳しいルール設定の受け入れとなった。大統領は「メリットある妥協」だったと述べている。しかしそのブッシュ大統領といえば選挙から1年も経たないうちに自らの公約を破ったうえ、議会共和党も分裂させ、1992年の大統領選挙に敗れたのが痛々しい。不況の下では湾岸戦争での成果も虚しかった。また果敢な改革努力も、結果が出るまでには時間がかかる。ブッシュ大統領の払った犠牲は非常に大きかったのである。

改革のチャンス

米国から日本が学べること、それは民主主義に対する執念を捨てることなく、より洗練された経済財政政策が生まれるシステムを練り続ける姿にある。OBRA90は、BEAが含まれたことによって財政規律に影響を与えた。経済財政政策が、熾烈なパワーゲームとプロセスの融合の上に存在するならば、改革にプロセスの概念を合体させた米国の成功や失敗の数々(たとえば74年予算法、85年GRH法、93年GPRA=行政評価法など)は、有効なシステム改革にまで手が回らない日本にとって参考となるに違いない。また米国では過去において、財政危機が深刻になってやっと、政策・プロセス・パワーゲームの3要素が改革の視野に入った。今まさに財政危機に直面する日本は、国政における民主主義の進化および有効な経済財政政策が生まれるシステム改革のチャンスを手にしているといえる。財政規律と予算編成プロセスの改善は、若い世代の負担軽減という明るい見通しをじわじわと生み、消費刺激及び経済浮揚、更には政府と政治の能力に対する国民の信頼獲得へと繋がるのである。

2002年6月25日

2002年6月25日掲載

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