IoT, AI等デジタル化の経済学

第155回「生成AIと雇用・リスキリング(3)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 はじめに

2022年11月、オープンAI社がチャットGPTを世の中に公表した。それからまだあまり時間は経っていないが、生成AIを取り巻く状況が激しいスピードで変化している。
日本において、最も影響を与えたのは、2023年7月4日、文科省が小中高校において生成AIの使用を認めた指針を出したことであろう(注1)。
生成AIの欠点を理解しながら、生成AIを使いこなす能力を身に付ける、という基本的な考え方を打ち出した。
この方針発表の影響は大きい。これまで生成AIの導入に躊躇していた多くの日本企業にとって、生成AIの導入は不可避と判断させたのではないか。
それを後押ししたのが、大学での生成AIの利用に対する各大学での方針発表である。
生成AIの欠点を理解し、注意しながらも、積極的に利用法を身に付け、自身のスキルや能力の向上に役立てる、という方針を各大学が次々と発表した。
そうした動きに後押しされるかのように、生成AI導入を表明する企業が相次ぎ、そうした企業の市場を狙って、各社独自の生成AIの開発に乗り出す企業が続々と参入している(注2)。
そうした急速な動きのなかで、人間がAIにとって代わられるのではないか、という雇用に与える影響を心配する声が上がっている。
その心配の声は、かつてディープラーニング(深層学習)が急速に発展し、自動車メーカーがAI搭載の自動運転車の開発に乗り出した2010年前半の頃と比べても、遥かに大きい。
なぜなら、今回の生成AIは、あまりに人間的だからである。
だが、実はAIが人間を代替する前に、「雇用に与える影響」として、違った別の大きな波がやってくることがだんだんとはっきりとしてきた。

2 チャットGPDが公開されて以降の生成AIに関する動向

(1)学校・大学

生成AIの長所と欠点を教え、しっかり理解し、欠点に注意しながら生成AIを使いこなすことを身に付ける。
小中高校で、一定のルールを守って、生成AIを使いこなすことを学んだ若者がやがて大人に育って社会に出ていく。
また、2024年度春以降、大学で生成AIを使いこなした若者が社会に出て働き始める。

(2)供給側企業

特定分野(金融、医療等)や社内での限定的な使用などに特化した小規模型、低コスト型、省電力型の専用生成AIの市場に次々と参入し、開発に着手している。

(3)需要側企業

自社内のみで使用する専用生成AIを供給側の企業と共同で開発又は特定分野(金融、医療等)や社内での限定的な使用などに特化した小規模型、低コスト型、省電力型の専用生成AIを購入して業務の効率化及び売り上げ増を推進している。

(4)公的機関

公的機関自身が生成AIを活用するという方針を打ち出し、生成AIの欠点、注意点などを明確化し、使用上のガイドラインを設定して業務の効率化等を図る。また、企業や団体等が生成AIを使用する際のガイドライン等を発表する。

3 AIが人間の労働を代替する前に、当面我々が直面する「生成AIが雇用に与える影響」の大きな4つの波とは

(1)生成AIを使いこなせない人は、労働市場からはじき飛ばされる

かつてパソコンが1人1台配布されたとき、パソコンが使えなくて、人差し指1本でキーボードを押していた年配者が多くいた。
「電話とファックスだけで十分仕事ができる」とおじさんたちは豪語した。
メールを送ってもパソコンを開かないので、「俺は聞いていないぞ」「俺のところに説明に来い」と威張っていた。
若者はそういった時代遅れのおじさんを避けるようになり、やがて自然とそうしたおじさんはどこかへ行ってしまった。
それと同じ現象が再びやってくると予想される。
仕事が出来ると自分で思っていても、「いやねえ、あのおじさん。AIが使えないんだって」と若者に陰口をたたかれたら、やがてどこかに飛ばされる。

(2)雇用減より賃金低下

例えば、生成AIによって、平均的な執筆スキルを持つ人々が、論文や記事を書くことができるようになり、ジャーナリストの競争は激しくなり、賃金が低下することが予想される。

また例えば、生成AIによって、平均的な描画スキルを持つ人々が、イラストを書くことができるようになり、イラストレーターの競争は激しくなり、賃金が低下することが予想される。

かつて、GPS技術とウーバーが出現した時、タクシー運転手が全ての道を知っていることの価値が下がり、その結果、既存のタクシー運転手は大幅な賃下げを経験した。それと同じ現象が、他の分野でも起きる。

(3)デジタルに関する高度な知識を持つ専門職に対する需要が急増

データサイエンテイスト、サイバーセキュリテイ専門家など高度な知識とスキルを持つ人に対するニーズが高まるが、こうしたハイスキル人材はなかなか増えないので、人材の需給アンバランスが発生し、賃金が高騰する。

(4)全てAI任せにせず、最後は人間が確認し、人間の創作物として提供できる能力を持った人が高く評価

今まで出来なかった新しい伝達方法が可能になり、多様化するメデイアに対応した伝達方法を、生成AIで生み出すことができるようになる。
働く人全てがAIを使い、コンピュータのスキルを持ち、技術を知り、新しいものを作っていく。
「自分は文系だからAIのことはわからない」と言う人は、どこかに飛ばされてしまう。
だが、生成AIを活用することになっても、人間が成果の最後の確認を行い、信頼できる情報を届けることの価値は、益々重要性が増す。
全てをAI任せにせず、最後は人間が確認し、人間の創作物として提供できる能力を持った人が評価される。

4 おわりに

オープンAI社は2023年7月5日、人間の知能を超えるAIが生まれた場合に、安全にコントロールするための研究を開始したと発表した。
AIが人間の意図に従うように自動で調整する機能の構築を目指すとのこと。
たとえばAIの安全性を評価するために別の監視用AIを設けることを想定し、問題のある動作や調整不良を自動で検出できるようにするとのこと。

生成AIを取り巻く環境は、早くも第二ステージを迎えつつある。このあまりに急な動きに、多くの働く人々は、追従できるだろうか。

脚注
  1. ^ 文科省は2023年7月4日、小中高校での生成AIの利用に向けた初の指針を公表した。使いこなす力を育てる重要性に言及しつつ、リスクを踏まえ、成果や課題の検証を重視する姿勢を示した。指導体制を整えたモデル校を指定し、成果と課題を検証。将来的に思考力や想像力を伸ばすことを狙う。
    指針のポイントは、利用を認める方針を明確にした点にある。「使いこなす力を意識的に育てる姿勢が重要」とした。
    チャットGPTは規約で13歳未満の使用を認めておらず、17歳以下は保護者の許可が必要。このため授業で使うのは中高生が中心とした。
    限定的な利用から始め、一部の学校で試験的に取り組む。学校外でも使われる可能性を考慮し、情報モラル教育を充実させる対策が重要とした。
    永岡桂子文科大臣は、7月4日の記者会見で、「生成AIは急速に普及し、夏休みの課題に不適切に利用される懸念があった。学校における考え方を出来るだけ早く示したかった。」と説明した。
    教員の仕事の効率化につながることも盛り込んだ。生成AIでテスト問題や保護者宛ての文書のたたき台を作ることを想定している。
    出典)日本経済新聞(2023年7月4日夕刊、7月5日)
  2. ^ 例えば、NEC、日立製作所、ソフトバンク、プリファードネットワークスなどがメデイアで報じられている。

2023年7月11日掲載

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