IoT, AI等デジタル化の経済学

第154回「生成AIと雇用・リスキリング(2)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 はじめに

私が本テーマに取り組み始むようになったきっかけは、2013年9月、マイケル・オズボーンとカール・ベネデイクト・フレイ(オックスフォード大学)が発表した衝撃的な論文である(Frey, C. B., & Osborne, M. A. (2013).)。

2013年9月、オックスフォード大学のフレイ&オズボーンは、米国において10~20年内に労働人口の47%が機械に代替されるリスクが70%以上という推計結果を発表し、それを契機として、世界中で「AIと雇用の未来」に関する研究ブームが発生した。研究はめざましいスピードで進み、日々、新しい研究成果が発表された。研究のピークは2015、16年であるが、それ以降も地道な研究が続けられている。

だが、日本はそうした研究ブームとはほとんど無縁で、日本のマスコミは、フレイ&オズボーンの推計結果について、「人工知能が雇用の半分を奪う」という曲解したプロパガンダを流し続け、その後の新しい研究成果を一切報道することなく、人々の不安を煽ってきた。その結果、日本人の間で、「AIは怖い技術」という考え方が浸透した。

私は、このままでは次代の国の競争力の決定的な要因となるAI技術の分野で、日本は世界に遅れてしまうと危機感を持った。日本では特に映画のターミネーターのような機械が人間を支配するなどといった感情的な議論が多かった。だが、そうではなく、感情に左右されない、数字、データ、証拠に基づいた科学的な議論をすることで真実を明らかにしたいと考えた。

だが結果的に日本はAI技術のスタートが遅れ、欧米中に大きく引き離された。スタート時の数年の出遅れは決定的となった。

2 生成AIと日本人の雇用の問題

2023年度は、年初よりチャットGPTなどの生成AIが注目を集めている。生成AIの登場は、企業のDX化やリスキリングにどのような変化を与えているだろうか。

企業にとってAIといえば、最近までRPAが代表的であり、日本企業らしく、横並びで他の企業の動向を見ながら、バスに乗り遅れじと、おっかなびっくりしながら、試行錯誤で企業の各部署にRPAを徐々に導入し始めたところだった。

そこにRPAよりも遥かに進んだ強力な生成AIが登場し、企業は、驚き、危機感を持ったと想像される。だが、企業としては、ここで立ち止まっている訳にはいけないので、生成AIのことをあまりよく理解できない中で、生成AIにどう対応すべきか、模索を始めた段階であろう。

最近では、日本を代表するような大手企業でも全社員を対象としたデジタル・AIのスキル獲得を求める企業が増えている。

かつて日本企業において、パソコンが職員1人に1台ずつ配布されたことがあった。それは筆者がまだ若い頃のことである。そのとき、企業の全員がパソコンの研修を受け、パソコンを使いこなすことが求められた。それはオフィスで仕事をする人は全員がパソコンを使うと考えられたからである。

AIも同様である。AIを将来、オフィスで使うことが必須と考えている会社は、全員にAI研修を行い、AIを使いこなすことを求めるだろう。

図1 DX・AIリスキリングによる労働力移動のイメージ
図2 DX・AI時代に新しく労働市場に参入できる人々と退出する人々

東京都は、生成AIを全ての部署の業務に2023年8月から導入すると発表した。まずはチャットGPTを業務マニュアルの要約やQ&Aの作成などで活用することを想定する。小池百合子知事は、6月13日、都議会で「様々な行政分野で活用を進める」と述べた。

都は、情報漏洩や誤情報などの懸念を踏まえ、有効性の検証やガイドラインを策定したうえで導入するとしている。関連法令の情報抽出や行政事例の収集、高度なプログラミング技術がなくても扱える「ローコード開発ツール」で使うコード作成などでの活用も検討するとのことである(日本経済新聞、2023年6月14日)。

また大学は生成AIを前向きに活用し、大学に変革が迫っている。日本経済新聞社は、学生数の多い国公立大・私大の上位10校計20校を調査した。その結果、一律に利用禁止を求めた大学はないことがわかった。20校中18校は、既に指針や見解を提示した。各大学に共通するのは「AIは有効な指導が出来れば学生の知見を広げられる」との認識である。例えば、東洋大学は、AIとの対話を通じて考え方を深めることが出来る。むしろ奨励する。としている。東京大学は、かなりの作業を自動化できる「可能性を積極的に探る」との授業での利用方針を公表した。九州大学は、新入生に「主体的な学びの為に上手な活用を呼びかけている。近畿大学は、「自らの能力を高める利用は推奨」と周知した(日本経済新聞、2023年5月28日)。

大学がこうした方針を打ち出したことで、2024年度春以降、大学で生成AIを使いこなす若者が社会に出て働き出す。すると、会社の中で、生成AIを使えない人々を目にすると、陰で悪口を言う若者も出てこよう。丁度、パソコンが全職員に配布されたとき、パソコンが使えず、人差し指だけでキーボードを押す人がいた。若者は陰でそういう人の悪口を言った。その歴史が繰り返される可能性がある。

ところで、DX・AI人材に関する世間の誤解について筆者は各所で協調している点がある。それは、DX・AIの技術的知識を持ち、会社のマネジメントにかかわる技術系事務職の必要性についてである。

製造メーカーに、本社(スーツを着て事務作業をする技術系職員)と工場(作業着を着て現場でものづくりをする技術職員)があるように、DX推進本部にも技術系事務職と現場で手を動かすプログラマー・システムエンジニアの双方が必要である。両者は車の両輪であり、どちらが欠けてもいけない。

DX・AI導入にプログラマー・システムエンジニアだけいればよいという考えは、製造メーカーに工場だけあればよいというのと同じ考え方である。

一方で、生成AIの活用により、本当に日本企業の生産性が高くなるのだろうかという疑問もまた呈されている。その背景として、かつてパソコンが登場したとき、同様の議論があり、パソコンを活用することで生産性が飛躍的に高まるとの期待があった。だがパソコンの機能が年々高くなっても、仕事は益々忙しくなり、生産性は高くならない。その理由として、社内用の資料を必要以上に作り込むなどの指示が上司から出され、企業のパフォーマンスに結び付かない作業に若者の膨大なエネルギーが投入されるなど、日本企業はエネルギーが内向きだと指摘されている。

AIは本当に人の仕事を奪うのだろうかとの疑問を呈する人もいるが、パソコンの登場がタイピストの仕事を奪ったように、AIが出来ることをしていると仕事が奪われることは事実である。だが自動化が進んだ工場でも、どうしても人間でないと出来ない作業は人間が行っているように、オフィスでも、AIが導入されても、どうしても人間でないとできない作業は必ず残る。AIは、その限界を理解して使いこなせば、とても便利なツールである。例えば、秘書に雑用を任せて自分は重要な業務に特化することに似ている。

3 生成AIを用いた新しいビジネスモデル

生成AIは、雇用を奪うとか、その利用に伴うマイナス面などが強調されている(注1)が、生成AIを使った新しいビジネスモデルも登場してきている。ただ、生成AIの特徴が完全に把握された訳でなく、様々な問題を抱えていることから、まだまだ試行錯誤の段階である。

例1:グーグルは、生成AIを活用し、衣装メーカーが用意した商品画像と実際のモデルの画像を合成し、モデルが商品を着用している画像を見られるようにした。生成AIを使うことで、記事の伸び具合やしわの入り方などを再現し、自然に見えるようにした。検索市場ではグーグルのシェアは93%に達し、売上高でも検索結果に連動する広告が6割を占める。そのため偽情報や差別、プライバシー侵害といった課題のある生成AIの応用に慎重だ。グーグルは弊害が少ない分野から段階的に使う方針である。一方、マイクロソフトは検索市場で3%のシェアしかなく、生成AIのいち早い利用に積極的。生成AIを組み込むことで消費者の関心をひきつけることを狙っている(日本経済新聞、2023年6月15日)

例2:2023年6月7日、集英社は、AIグラビアアイドル・さつきあいのデジタル写真集『生まれたて。』が、6月7日以降に販売終了となることを発表した。さつきあいは、雑誌『週刊プレイボーイ』の編集が画像生成AIを用いて生み出したAIグラビアである。グラビアコンテンツサイト「週プレ グラジャパ!」では6月7日11時に販売が停止。そのほか、Amazon等でもすでに販売が停止している。また、開設されていた公式Twitterのアカウントも削除されている。否定的な意見としては、現実のグラビアタレントの仕事減少を心配する声や、『週刊プレイボーイ』がAIグラビアへの参入することに対する懸念の声が寄せられていた。また、実在するグラビアアイドルとさつきあいの顔が酷似している、という指摘もあった。
(Yahoo News 6/7(水) )

4 おわりに

生成AIの登場を契機に、筆者が読者の方々に最もお伝えしたいことは以下の通りである。

生成AIは、情報処理工学の発展のほんの小さな1局面でしかない。1つ1つの新しい技術の登場に一喜一憂されている方々には、これはテクノロジーの過去からの長い長い発展の歴史のほんの1コマでしかない、ということを伝えたいというのが一番の思いである。

テクノロジーの発展の歴史は、ある時期はほとんど平坦であるが、ある時期は飛躍的に伸び、数多くの新しい局面が登場することがある。だが日本人は、貪欲で、そうした新しいテクノロジーを日本人なりに吸収し、生活を豊かにしてきた。それはかつて日本人が中国や西欧から新しい文化を輸入し、日本的に改良しながら吸収し、日本独自の文化として発展させていた歴史に似ている。今新しい文化は、海外からでなく、テクノロジーの世界からやってくる。

脚注
  1. ^ EUの欧州議会は世界初の包括的なAI規制案を採択した。規制案は2021年に提案していたが、生成AIの登場を受け、見直しを急いでいた。
    ・生成AIを用いたサービスの提供企業には、生成物が人間ではなくAIが生み出したものだと明示させる。
    ・AIが著作権で保護されたデータを取り込んだ場合には公表を求める。
    ・企業はEUのデータベースに登録する必要がある。
    ・技術文書の保管を求める。
    ・違反すれば巨額の罰金を課す。
    承認後、欧州委員会とEU加盟国閣僚理事会との詰めの協議に入り、年内合意を目指すが、完全適用は2026年頃の見通しである(日本経済新聞、2023年6月15日)
参照文献
  • Frey, C. B., & Osborne, M. A. (2013). The future of employment: how susceptible are jobs to computerization?, 1–72.

2023年6月20日掲載

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