IoT/インダストリー4.0が与えるインパクト

第44回「IoTによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会(NO.6)」

岩本 晃一 上席研究員

昨年4月にスタートした標記研究会は、当面予定していた最初の1年間の活動を終え、いま、研究会で得られた成果を本として日刊工業新聞社から出版すべく、委員間で分担して執筆中である。

当研究会では、初年度はまず中小企業の基本形である「機械系製造業の工場の中」をIoTの対象として検討するため、モデル企業として、日東電機製作所、正田製作所、ダイイチ・ファブ・テック、東京電機に参加願った。BtoBが2社、BtoCが2社とバランスがとれていた。

当研究会で採用した手法は、「モデル企業のケーススタデイの積み上げ方式」である。これまで、筆者の経験上、提示された他社の「導入成功事例」を見るだけで、IoT投資を決断する中小企業の社長は、まずいない。なぜなら、他社の最終的な完成形だけ見せられても、「あの企業は、あのやり方でよかったかもしれない。だが、自分の会社は違う」「あの会社は、スムーズにIoT導入を実現できた筈はない。途中で多くの壁にぶち当たり、紆余曲折があったに違いない。IoTを導入しようとすれば、自分の会社にも、どのような困難が待ち構えているかわからない」「あの会社は壁を乗り越えたかもしれない、だが自分の会社は果たして壁を乗り越えられるかどうかわからない」と不安を持ったとたんに、一歩踏み出すことができなくなる。得体の知れないものを導入して、自分の会社がめちゃくちゃになったら困るからだ。

筆者が地方で中小企業向け講演をしても、「ああ、面白かった」「本日は大変面白い話しを聞かせて頂き、ありとうございました」で終わってしまい、講演をきっかけに具体的な行動を起こした、という例は聞いたことが無い。

1 本書はIoT導入のノウハウを公開したもの

古くなった設備の更新や同じ設備の増設などは、設備導入後の状況を理解できるため、導入が進む。だが、IoTは、中小企業の社長にとって、未経験の新しいシステムであり、自社が果たして使いこなせるのか、もし使いこなせなかったらどうなるのか、技術をきちんとコントロールできるのか、果たして投資を回収できるのか、現場は大丈夫か、などなど、不安は尽きない。その不安を解消しない限り、中小企業の社長は、IoT投資を決断できない。

そこで、研究会では、モデル企業を取り上げ、検討の途中経過のノウハウを「全て公開」することで、全国の中小企業の社長に、自社の現実の問題として実感して頂きたいと考えた。途中の検討経過とは、たとえば、どのような困難が待ち受けていたか、その困難をどのように乗り越えたか、どのような検討が遡上に登ったか、検討の上、廃棄した投資案は何か、その理由は何か、最終的に社長が判断した投資の内容は何か、その理由は何か、投資対リターンの数字はどうか、などである。

本書は、こうした過去1年間の検討結果、得られたノウハウを、全国の中小企業の経営者、中小企業へのIoT導入を考えている企業の人、中小企業支援を業務として行っている全国都道府県の自治体、産業支援機関、公設試などに公開するものである。

2 試行錯誤でしか得られないIoT 導入のノウハウ

研究会に参加された方々には大変申し訳ないが、私は今回の研究会を始めるに当たって、正直、確たる見通しがあった訳ではなく、試行錯誤の手探りになるだろうと予想していた。また、モデルケースを取り上げるという手法は有効なのか、研究会という手法で大丈夫なのか、狙ったとおりの成果が出るのだろうか、などなど不安が尽きなかった。参加されたモデル企業の方々も、研究会を主催する私の方も、みんなが試行錯誤だったのだ。

だが、モデル企業の方々は、1年経た今、IoT導入のノウハウを手に入れた。今回、研究会と同時並行的に進めた第一弾のIoT導入は、ほんの小さなステップかもしれないが、今後、第二、第三のIoT導入のステップでは、もはや試行錯誤することなく、目標に向かって最短距離で一直線に進むだろう。それと同様、私としても、IoTの体験がない中小企業への円滑なIoT導入をサポートするノウハウを手に入れた。この研究会は、平成28年度、2年目に入るが、もはや研究会の進行において、試行錯誤することはないだろう。

3 モデル企業の感想を以下に紹介

ところで、私は、研究会に参加されるモデル企業と、きちんとコミュニケーションをとってきた訳では無かった。モデル企業が、どのような思いで研究会に参加されていたのか、本の執筆のためのインタビューを通じて始めて知ったことも多かった。恥ずかしながら、インタビューで語られた言葉をもって、始めて各社の思いを知ったと言っても過言ではない。だが、そのなかに、驚くような言葉や強く印象付けられた言葉がいくつかあった。

最も響いた言葉は、「もし研究会に参加していなければ、IoT導入は出来なかっただろう」という言葉である。「どうしようか、と悩んでいるうちは、新しい技術を導入することはない」「早く取り組むと、それだけノウハウが蓄積する、それが競争力になる」「誰も、やれ、とは言ってくれない」とのことだった。私は、研究会の運営の必要上、単に「次の研究会までに、○○○をやってきて欲しい」「次の研究会で×××を発表してください」などと言っていただけだったが、それがモデル企業には、「そのような追い立てられる状態に置かれたからこそ、できた」「ぬるま湯の中小企業では、自分たちだけではとても出来なかった」とのことだった。

もう1つの響いた言葉は、「社長がやれ、と言ってくれたからこそ、できた」という言葉である。東京電機は、数年前から、似たようなアイデアが社員の間で浮かんでは消えていたという。社長から、「研究会に参加して新しいことにチャレンジしてみろ」という声があったからこそ、IoTが実現できたという。逆にいえば、IoT投資は、中小企業にとって経験が無く、社内に理解者が極めて少なく、しかもそこそこの投資額が必要であることから、社長のリーダーシップ無くしては、実現できない種類の投資なのである。

更に日東電機からは、「IoT導入のために色々と試行錯誤した、その試行錯誤こそがノウハウである」「IoT導入の完成形を他社に惜しげも無く公開する企業は、そのノウハウを真似されないという絶対の自信があるからだ」との言葉があった。IoT導入の成功企業に多くの見学者が押し寄せているが、それを真似する企業が1社も現れない理由がわかった。

この点から言えば、「試行錯誤のノウハウ」を日本の中小企業向けに公開する本書は、献身的なモデル4社の善意で成り立っている。本書の読者は、本書の価値を十分に認識していただきたい。

インタビューのなかでも、「他社の検討状況を知ることができたことは良い参考になった」という言葉があった。モデル4社が研究会で、お互いに「試行錯誤のノウハウ」を出し合い、情報を共有化すること自体が、有益であったということである。

中小企業のIoTは、社長の掛け声の下、とにかく、何でもいいからやってみようとすることである。

正田製作所は、「研究会に参加したお陰で、将来に向けた大きな戦略が明確化しつつある」「もし研究会に参加しなければ、戦略は出て来なかった」「目を開かせてもらった」「当社にとっての大きな転換点となった」「これで、世界で通用する生産方式を作り上げていける」とのことである。

正田製作所は、IoT導入のために技術部職員を1名専属に当てる。その業務内容は、生産技術を理解した上で、得られたデータを処理し、見える化すること、それに伴って生産工程のみならず、必要な社内の体制をも再設計するとのことである。聞けば聞くほど、その業務内容は「デザイナー」「データサイエンティスト」そのものである。同社は、そのような言葉は聞いたことがなく、概念さえも知らなかったとのことだが、同社が自身で考え出して生まれた業務内容が、正に、「デザイナー」「データサイエンティスト」であったことは驚きであった。

ダイイチファブテックは、「大企業のIoTは素晴らしい、自分の会社もお金があれば入れたい、だが大企業と中小企業では大きな差がある」「大企業を見て、自分の会社には無理だと諦めてはいけない」「自分の身の丈に合ったIoTを入れることが重要」との言葉であった。また「自動運転車は数年後には現れる、そのとき自分の会社が作る部品は本当に必要とされるのだろうか」という危機意識を持っていた。

日東電機は、IoTは、Internet of Thingsの言葉通り、インターネットに接続しなければならないものだと思い込んでいたとのことだった。だが、私の講演を聞いて、工場の内部だけでネットワークが閉じても構わないことがわかったため、研究会に参加したとのことである。私は、この言葉を聞き、日本全国に、言葉の誤解から、IoTを導入せずに、時代の潮流に取り残され、競争力が低下する中小企業が、かなりの割合で存在しているのではないかと思った。

正田製作所も、私の講演を聞いたことが転機であったとのこと。同社は、IT技術で後れをとっていることは感じていたが、私の講演を聞き、「IoTとはそういうことか」、とイメージがわいたとのこと。

最後に東京電機の言葉を紹介したい。同社は、従来、立会検査時に顧客の様子もあまり見ず検査成績表を説明していた。しかし、社員にタブレットを持たせ、会議室にプロジェクタを入れたところ目線が変化し社員が前を向いて説明するようになったことで顧客の表情が見え、顧客の要望に応えようとするようになった。接客の考え方も変化し、立会時の工場見学も工場全域を回るようになり、今まで顧客が来ない場所も見学するため、社内の元気な挨拶も定着し、ある顧客から「以前と変わった、まるで別の会社のようだ」と言われたりと、社内の雰囲気まで変わったとのことであった。私を含めIoT専門家は、IoT導入がもたらす直接的な効果だけを考えてきたが、社内の雰囲気まで変えてしまうような力があったとは、驚きとしかいいようがない。

4 2017年度の研究会の予定

2017年度、当研究会は以下の研究課題を掲げて議論を行っていこうと考えている。
(1)  中堅・中小企業向け高度専門技術人材の育成のあり方
中堅・中小企業向け「デザイナー」「データサイエンティスト」を育成するにはどうすればいいか、を検討する。現在、日本が最先端で世界と競う大企業向けの「デザイナー」「データサイエンティスト」をどうすればいいかという点は、各所で議論が始まっている。だが、日本で中小企業向け「デザイナー」「データサイエンティスト」を育成するにはどうすればいいか、については、まだどこでも議論がなされていない。そこで、当研究会で検討する。
(2)  今年度対象とした「機械系製造業の工場のなか」以外のケーススタデイ
今年度検討が行われなかった機械系以外の製造業の工場のなか、製造業以外の業種などのモデル企業を新規に募集して参加して頂き、検討対象を初年度よりも若干幅を広げ、さらにケーススタデイを積み重ねる。

上記(1)の検討課題を取り上げる理由は、当研究会における1年間の活動経験から来ている。すなわち、当研究会を通じてわかったことは、
1 企業が抱える「課題」を見いだすこと。
2 「課題」の「解決策」を見いだすこと。

以上、2点が、中堅・中小企業向けIoT導入の最も重要なポイントであることがわかった。しかも、1社ずつ全て「課題」「解決策」が違うというケースバイケースに対応しなければならない。 この業務を担う高度な専門技術職を組織的に養成すること、そして「課題発見」「課題解決」の業務を組織的に進めるためのノウハウを蓄積することが必要である。その高度な専門技術職は、世間では、「デザイナー」「データサイエンティスト」と呼ばれている。

研究会開始当初は、中堅・中小企業に共通する「課題」が何か存在するのではないか、もし共通の「課題」が存在するのであれば、それを「解決」するためにカスタムメイドの「プラットフォーム」のようなものを開発し、用意しておけばいいのではないか、と考えていた。だが、研究会が始まったとたん、その考えは大きな間違いであることがわかった。4社に共通する「課題」など存在せず、ましてやカスタムメイドの「プラットフォーム」のようなものなど、いつの間にか、研究会での議論から飛んでしまっていた。最終的にたどり着いた結論は、1社ずつ全て「課題」「解決策」が違うというケースバイケースに対応しなければならないこと、そして、その業務を担う「デザイナー」「データサイエンティスト」の養成が必要である、という点であった。

ただし、上記2「課題の解決策を見いだすこと」という点においては、必ずしもIoT導入を前提としないことである。たとえば、作業員が2時間おきに立ち寄って紙に書き取るくらいの数字の精度でも十分であれば、なにも敢えて数百万円を投じてセンサーやライブカメラなどを設置する必要など全く無い。課題解決によって得られるリターンを前提として、それに相応しい投資金額を考えることが重要である。こうした投資対リターンにより、必要なデータの精度を考えることも、「データサイエンティスト」の重要な役割である。

企業は繰り返し「カイゼン」活動を続けてきた。IoT導入も、その「カイゼン」活動の一環でしかない。いま行おうとする「カイゼン」のなかで、IT技術を使えば、それを人はIoTと呼び、IT技術を使わなければそれはそれで構わない。真の目的は「カイゼン」であって、IoTはそのための単なる1つの道具でしかない。

2017年3月23日掲載

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