IoT, AI等デジタル化の経済学

第2回「日本ではビッグデータ・ビジネスが出来ない??」

岩本 晃一
上席研究員

「一体、何が問題なのだ?」

私は、そう聞かれて、どのように説明すれば相手に納得してもらえるか、考え込んでしまった。

先日、ミュンヘン大学の調査ミッションが日本のIoT/インダストリー4.0の状況を調査するため来日し、意見交換していたときだった。調査ミッションは、アジアでは日本、中国、韓国を訪問し、更にEU各国、北米と多くの国を回っていた。日本では私を含め、5〜6名と意見交換するとのことだった。

先の質問が出されたのは、調査ミッションとの意見交換のなかで、いわゆる「データ所有権」「個人データの保護と利用促進のルール化に関する問題」などと呼ばれているテーマで議論していたときだった。

このテーマをご存じない方のために、事例を挙げよう。

事例; W子さんは、THE社の電気自動車を購入し、個人用として使い始めた。W子さんの車に取り付けられているセンサーから送り出されたデータが、KDDIのインターネットを通じてグーグル社のデータセンターに蓄積され、そのデータをTHE社が中小企業数社に外注して解析した。その解析結果は、THE社の新しいサービス商品としてTHE社の売上増につながるとともに、THE社の次の新製品の開発に活かされる。だが、このデータは一体、誰のものだろうか。

THE社は、データの収集・解析が同社の売上増に繋がるため、データ収集を強く望むだろう。そもそも、そのためにデータを収集するのである。そうしたTHE社にデータを提供してもよいと考える人もいるだろう。運転手は、自分の車からデータが収集されていることに全く気づかないので、気にとめない人もいるだろうと思われる。だが、自動車に組み込まれた多くのセンサーは、W子さんのプライバシーをかなりの程度まで明らかにしてしまう可能性がある。たとえば、朝、子供を送る時間、ランチに出かける時間、帰宅する時間が把握される。車のなかの電池の消耗状況から、夕食や風呂の時間、消灯時間などもわかる。椅子の下の圧力センサーや車内の熱・CO2センサーやGPSなどからは、いつもは使わない助手席に男の人を乗せて、いつもと違う場所に出かけたこともわかってしまう(出典; インダストリー4.0, 岩本晃一著, 日刊工業新聞社, 2015年7月)。

私は、調査ミッションに対して、2013年に日本で発生した社会問題を説明した。それは、JR東日本がSuicaの利用履歴を日立製作所に販売しようとした問題である。日立製作所は、そのビッグデータを駅エリアのマーケティングに活用していこうとしていた。だが、それに対して、国民から懸念の声が上がり、結局、JRはデータの売却を諦めた。JR東日本は、Suicaのデータから個人が特定できるようにはなっていない、個人情報ではない、と説明したが、国民からの懸念の声は治まらなかった。

私は、だから日本では恐らく個人データを用いたビッグデータ・ビジネスはできないのではないか、と言った。それを聞いた調査ミッションは、「JRが売却しようとしたデータは個人情報ではないのに、日本人は一体何を問題視したのか?」と質問したのである。

続いて、調査ミッションの1人が、「では、多くの日本人はグーグルの製品を使っているが、本人が知らない間にグーグルが個人データを使って何かビジネスをしようとしているかもしれないのに、なぜそれに対しては、声を上げないのか?」と質問した。

私はこの2つの質問に対して、日本の事情や日本人の感情を全く知らないドイツ人に対して、彼らが納得できるよう整合的かつ論理的に説明しなければならなくなった。

一応、私は私なりには返答した。では、読者の皆様方であれば、どう答えるだろうか?

ところで、もう1つ、答えに窮した質問があった。調査ミッションから、日本ではIoT/インダストリー4.0はどのような形態で進んでいるか、と問われたので、日本では、センサーからデータを収集しデータ処理をするという形態-それを日本人はM2Mと呼んでいる-がほとんど大部分であり、ドイツで主流となっているカスタマイズ生産は、日本では、私の知る限り、福井のセイレン1社のみであり、それ以外を知らない。懇親会などでも、カスタマイズ生産の話題が出たことはない、日本人は関心がないのだ、と述べた。

すると、調査ミッションの1人から「なぜ日本人はカスタマイズ生産に関心がないのか?」と聞かれた。この質問にも読者の皆様方はどのように応えるだろうか?

ちなみに、データ所有権の問題について、ドイツでは、個人データに関する法律があり、個人情報が含まれないことを政府が保証する制度があり、政府の保証なので、国民は安心して個人でデータを提供する、との説明だった(少し聞き違っているかもしれないが、大筋はこのような内容だった)。また後者の質問から、ドイツではグーグルに対して懸念の声が出ているらしいということもわかった。

2016年4月1日掲載

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