中国経済新論:中国の経済改革

12人のエコノミストの朱鎔基に対する政策提言

中国国務院の朱鎔基総理(首相)は、6月24日に中南海で経済工作座談会を主催し、経済界の専門家・学者を招いて当面の経済問題について議論した。

座談会に参加した学者は王洛林、呉敬璉、呉樹青、黄達、謝平、胡鞍鋼、林毅夫、樊綱、陳東琪、呂政、賈康、馬暁河、の12人(プロフィールは文末に添付)である。人々の注目を集めたのは、厲以寧、蕭灼基、易綱、呉暁求、魏杰、劉偉といった近年すこぶる知名度の高い学者の何名かが招かれなかった点である。一方、今回招かれた学者のうち、陳東琪、呂政、賈康、馬暁河らは広範な大衆にとってはなじみの薄い学者である。

招かれた12人のエコノミストは、(1)金融業界の突出した問題である4大国有銀行の不良債権、(2)国有株放出と上場企業のガバナンス、(3)レイオフ・失業と農業の余剰労働力、(4)財政赤字と内需拡大の関係、(5)WTO加盟後の農民所得の引上げ問題、(6)所得分配の問題など、中国経済の難問について深い研究と独自の見解を有している。中国経済改革の次の大きな動きのフレームワークは、彼らの政策提言のなかにあるのかも知れない。

真っ先に矢面に立つ金融業

中国が直面している最大の問題は金融問題である。そのうち最も突出しているのが4大国有銀行の不良債権である。金融の権威である中国人民銀行研究局局長・謝平は、現在4つの問題が国有商業銀行の発展を制約していると指摘する。(1)不良資産比率が依然として高く、2001年末で25.4%に達している。(2)銀行の利潤が小さく、赤字の銀行もある。(3)国有商業銀行の資本金が不足しており総合的な競争力が劣る。国有商業銀行の1人当りの指標(1人当り資産、1人当り利益)は外国銀行の5分の1から6分の1に過ぎない。(4)国有商業銀行の内部管理がずさんで不正事件が多い。内部の汚職・腐敗・横領逃亡といった状況がときに発生し、比較的大きな損失をもたらす。これらの問題が起こる主要な原因は、国有商業銀行の改革が目標を達していないからである。

銀行改革については、関係部門が国有商業銀行の株式会社化への改造プロセスを加速し、最終的に上場させることを提案している。しかし、上場すべきかどうかについては、異なる意見も多い。経済学者の呉敬璉は独自の見方をもっている。中国政府の提案している商業化経営、会社化、上場という三段階の戦略を改めるべきだと主張している。つまり、商業化経営と会社化は同時に進行させ、上場については、全体組織改革の方法を選択し、分割上場といったやり方を放棄すべきだと言う。

当然ながら、中国金融の問題は、国有銀行問題にとどまらない。銀行システムおよび資本市場システムを含む金融システム全体は極めて脆弱で、外部からのショックに対する抵抗力も低い。それゆえ、全体としての金融改革のプロセスを加速させなければならない。この点について、民間銀行はますます経済学者の関心を引き付けている。呉敬璉は、民間金融の発展、とくに金融業の対内開放、県レベルの金融システムの建設をかねてより唱えている。

民間金融の重点は、もとより中小金融機関である。しかし、4大国有独資商業銀行と都市信用合作社が改組されて出来た88の都市商業銀行以外は、これまでに営業が認可された銀行は中小商業銀行10行と住宅貯蓄銀行2行に過ぎない。北京大学中国経済研究センターの林毅夫教授は、この点について、中小金融機関は重要な役割を発揮すべきであるが、それは現在のような大型金融機関を主体とする金融システムの中の補完的役割ではない。中小銀行なくしては中国の中小企業は発展し得ない、と認識している。

手のつけようがない証券市場

中国の証券市場(より正確には株式市場と言うべきだが)が設立してから10年が経過した。株式市場は設立当初から、国有企業の困難からの脱出という重責を担うことになった。そのために、間違った市場規則が多くの問題を蓄積することになった。とくに、国有株の問題は上場企業のガバナンス構造を極度にねじ曲げ、証券市場の諸悪の根源となった。

しかし、昨年より始まった国有株放出は、投資家の強烈な「抵抗」に遭い、株式市場はこれに対し暴落という形で反応した。このため、国有株放出はいったん頓挫し、国務院は放出停止を宣布せざるを得なくなった。この件については、経済学者の呉敬璉が一度ならず主張している。すなわち、国有株放出は、退職労働者に対する政府の年金給付の財源を提供するだけでなく、国有株が上場企業の大半の株を占めるという局面を打破するためにも重要である。

国有株の放出は停止されたが、中国の証券市場の規範整備は絶えず進めなければならない。そのなかで最も根本的な問題は、上場企業のガバナンスの確立である。呉敬璉は、「民営企業発展フォーラム」で、中国のコーポレート・ガバナンスには6つの問題があると指摘したことがある。それは、(1)不合理な株主の権利、(2)「授権投資家」制度、(3)「多級法人制」、(4)董事会、監事会の欠陥、(5)董事会と執行層の関係、(6)弊害を生む企業の執行機構、である。

経済学者の樊綱も、中国の株式市場に相当な関心を寄せている。彼の認識では、中国の株式市場の問題は、株式市場の中だけにあるのではなく、政府の職能転換、国有企業改革、法治建設、工業化プロセスなどにまで及ぶものである。資本市場で何かが起きたからと言って、すぐに市場が悪いと言うべきではない。重要なのは、何かが起きたときに、問題点を明らかにすることである。樊綱は、さらに、中国が透明で規範が公正な、法治された資本市場を作るには、少なくとも20年かかると言う。この過程のなかで、絶えず改革、刷新、改善を図ることが必要である。

社会安定に関わる失業問題

清華大学公共管理学院教授の胡鞍鋼は、中国の失業問題に最も注目する学者の一人かもしれない。最近彼が発表した「中国が直面している就業戦争」は、社会的にも広範な注目を集めた。彼は、「深刻なレイオフ・失業問題は、我が国の経済、社会、政治等のあらゆる方面に巨大な影響を与えており、中国の新世紀最初の10年で最も厳しい発展上の挑戦となっている」と述べている。

胡鞍鋼は、国際比較のアングルから、中国の就業・失業問題は多重総合症であると指摘している。彼によれば、第一に、伝統的な正規部門(国有単位、都市集団単位など)と特定地区(東北地区など)の失業は、移行期経済に現れる突発性の「移行期失業」である。つまり、失業率が突然上昇し、新規の貧困人口が急速に増加する。第二に、都市部の労働力市場には、先進市場経済国家の高失業率という特徴がすでにある。先進国との違いは、失業保険福利の水準が高いことではなく、労働力供給能力が大き過ぎる点である。実際に失業保険のカバー率は低く、福利水準も低い。さらに、農村部においては、多くの発展途上国が抱える深刻な就業不足と比べても非常に大きい農業余剰労働力がある。中国が他の国々と異なるのは、農村労働力の都市・発展地域への移動を制限または軽視してきた点である。第三に、都市部の実際の失業者数(EUの失業者数に相当する)がどれだけあるかはともかく、農村部の余剰労働力の規模は大きく、かつ急速に上昇している。これらに基づくと、少なくとも短期・中期内に、都市部の失業率は比較的高い水準に達する可能性がある。就業と失業問題は中国の21世紀初期の経済発展の上で最大の挑戦になる、と胡は言う。

胡鞍鋼は、中国の失業問題に対して、独自の「処方箋」を提出している。彼によれば、中国は今後、各種サービス業の市場の開放を加速し、市場の発展を通じて就業を拡大する。一方で、国有企業、国有事業単位、国家機関のバックオフィスのサービスを社会に対して開放し、社会化、市場化を実現し、所属単位とのしがらみを解き、それによって就業機会を大幅に作り出す。

これに対して、呉敬璉は、中小企業により多くの注意を払っている。彼によれば、中小企業の発展は、国有企業のレイオフ・分流に有利であるばかりか、農村部の大量の余剰労働力に対しても就業機会を提供する。統計資料によると、中小企業が提供する就業機会は、中国の都市部就業総数の約75%を占める。全国の工業部門における1億5000万人の労働力の中、1億1000万人は中小企業で就業している。

財政は危機か

中国政府が今年度3098億元の赤字を計上する予算を提出して以降、財政危機に対する議論が盛んになっている。経済学者の呉樹青は、赤字の規模が妥当かどうかは、経済発展を促進しうるかどうかによって決めるべきだ、と述べている。財政赤字でなくても、経済が発展しないのであれば、財政収入も増大しない。一見すると、財政収支のバランスはとても良好だが、経済状況が良好であることを意味するものではなく、また財政の基盤が良いことを意味する訳でもない。中国がデフレの影から抜け出すことができない現状では、政府がエンジンをふかすことが経済成長には必要である。しかし、多くの学者は異なる意見を提出している。中国社会科学院副院長の王洛林は、早くから次のように指摘している。中国が拡張型財政政策を継続する余地は1998年に比べ狭まっている。長期的に考えれば、国債発行のみに頼って経済を刺激するのが唯一の方法ではない。財政手段を用いて投資を拡大すると、その効率は逓減し、また腐敗が生じ易くなる。

積極財政政策に偏りすぎているという問題を解決するために、専門家は多くの建設的な提言を行っている。呉敬璉は、内需拡大政策を実施するに当って、財政による投資の増加から税制改革の推進へと重点を移すべきである、と主張している。呉によれば、減税も一種の積極財政である。減税が財政収入を減少させると認識すべきでない。減税は短期的に税収を減少させるが、税制が合理化し民間投資が増加する。企業の活力が引き出され、税収基盤も拡大する。税収基盤が拡大すれば、最終的には税収総額も増加するはずである。

胡鞍鋼の試算によれば、2000年の個人所得税はGDPの0.6%に当たる511億元に過ぎず、低所得国家よりもはるかに低い。このことは、中国の税収システムは、企業等法人からの徴税は効率的だが、個人に対する徴税は非効率であることを示している。個人所得税を払うべき高収入者の大部分は、額面通りに納税していない。このため、中国は、多くの徴税方法から国際的な経験を参考に、脱税等の懲罰を強化し、納税しないことのコストを高めるべきである。

最も頭の痛い農業問題

農村は、中国の内需拡大において最大の潜在市場であるが、人々にとって頭の痛い市場でもある。それゆえ、WTO加盟後に外国農産品の押し寄せるなか、中国の農村に第2の飛躍を実現させることが、政府の切迫した任務となっており、農民収入の引上げは最も重要な課題となっている。

呉樹青は、国家が西部地区および食糧主産地などでの農業税の減免を求めている。呉によれば、これらの措置で農民の負担は200億元強ほど軽減される。農村の教師の賃金等は、元来は農民による負担であるが、むしろ中央財政を犠牲にしても、それを負担するほうが望ましい。

国家発展計画委員会産業発展研究所所長の馬暁河は、農業分野の専門家である。馬は次のように指摘する。中国政府は、WTOが認めている12項目の「グリーンボックス」政策を十分に利用すべきであり、農業生産に必要な援助を行うべきである。これにより、中国農業がいかに外的ショックと挑戦に対応するかという問題だけではなく、国民経済発展の大枠のなかで考慮すべきである。国家投資で農業発展を援助することを通じて、農民収入を直接引上げ、中国の農産品の国際競争力を高め、農村失業を減少させ、国内需要を刺激することができる。

必要に迫られる所得分配の是正

所得分配問題について、陳東琪は、現在の個人所得税制度は「貧民に厳しく富裕層に甘い」という問題点があり、すでに所得分配の不公平を助長し、社会安定に影響し、国家財政収入を減少させ、大衆の消費需要を抑制し、景気回復を阻害していると指摘した。そのため、陳氏は、租税政策の構造的調節の実行を提案している。すなわち、個人所得税の課税対象所得を800元から1501元または2001元に引上げ、同時に高額累進税制を厳格に施行し、高所得者層への課税率を大幅に引上げるなどが含まれている。

「三農」、財政税制、金融、輸出入、国有企業改革、就業、社会保障、所得分配など中国経済が直面している問題の将来の政策提案について、われわれは、こうした座談会に招かれた専門家の見解から、これからの中国経済改革の基本線を探し当てることができるに違いない。

12人のエコノミストのプロフィール

  • 王洛林(おうらくりん, Wang Luo Lin):
    中国共産党中央委員、教授、博士指導教官、香港嶺南学院名誉博士(1997年)。厦門大学副学長兼党委員会書記を経て、現在は、中国社会科学院副院長、中国金融学会副理事長、現代経済史学会副会長、東欧中央アジア学会副会長、企業管理学会副会長、全国日本経済学会会長。
  • 呉敬璉(ごけいれん, Wu Jing Lian):
    経済学者、国務院発展研究センター常務幹事・経済動態組組長、国務院経済体制改革方案検討小組弁公室副主任、中国社会科学院研究員。1979年より研究の重点を社会主義経済制度と経済発展の歴史と現実の比較研究に向けてきた。これらの研究の基礎の上に、中国の経済発展戦略と体制改革の目標モデルの考え方を徐々に形成する。呉は他の経済学者と共に、中国における比較経済体制研究という新しい学問領域を開拓するために、大きな努力を払っている。
  • 呉樹青(ごじゅせい, Wu Shu Qing):
    教授、北京大学教育基金会理事長。北京大学学長を歴任。研究領域は政治経済学。主要な業績は、『思想解放で社会主義が明確になる』、『人民生活向上の諸問題について』、『「十五」計画の諸問題について』
  • 黄達(こうたつ, Huang Da):
    教授、中国社会科学院経済研究所学術委員、財貿物資経済研究所学術委員。1981年11月3日に国務院が批准した第1期の博士指導教官。中国人民大学学長、応用経済学学科評議組召集人、中国人民銀行通貨政策委員会委員などを歴任。「通貨供給量問題の研究」、「社会資金のマクロ分配方式の研究」、「社会主義市場経済制度下の貯蓄の投資への転換メカニズムの再編」、「鄧小平の社会主義市場経済理論と国有企業改革深化についての総合研究」など重要課題の研究を主宰している。
  • 謝平(しゃへい, Xie Ping):
    中国人民銀行研究局局長、研究員。中国金融学会学術委員会委員、社会科学院金融研究センター研究員、中国人民銀行研究生部教授、中国人民銀行金融研究所所長。中国人民大学経済学系博士。
  • 胡鞍鋼(こあんこう, Hu An Gang):
    中国科学院国情分析小組研究員、中国科学院生態環境研究センター国情研究室主任、清華大学21世紀発展研究院教授、中国科学院国土資源専門家委員会委員、農業部ソフト科学委員会(第2期)委員、国家計画生育委員会人口専門家委員会(第4期)委員、北京科学技術大学兼任教授。1985年より中国の国情研究を始め、多くの研究成果を発表。正式に発表された国情研究シリーズは単著・共著含め18冊。
  • 林毅夫(リンイフ, Lin Yi Fu):
    中国の改革開放以後に米国から帰国した最初の経済学博士。国務院農村発展研究センター発展研究所副所長、国務院発展研究センター農村経済と都市農村協調発展研究部副部長を歴任。1994年に北京大学に中国経済研究センターを創設、現在同センター主任、教授、博士研究生指導教官。1986年より世界銀行顧問、米国デューク大学などで兼任教授または客員教授。主要著作には、『制度、技術と中国農業の発展』『中国の奇跡:発展戦略と経済改革』など。
  • 樊綱(ファンガン, Fan Gang):
    経済学博士、中国社会科学院研究員、中国社会科学院研究生院教授、「卓越した貢献をした国家級中青年専門家」の称号を受賞。現在、中国経済体制改革研究基金会秘書長、国民経済研究所所長。中国社会科学院研究生院経済学教授、博士指導教官。主要な研究領域は、マクロ経済学、制度経済学および「移行経済学」。
  • 陳東琪(ちんとうき, Qin Dong Qi):
    中国の著名な経済学者。現在、国家計画委員会経済所所長。1994年に中国社会科学院で最年少の博士指導教官となる。中国社会科学院研究生院副院長を歴任。1989~90年、92~93年に、前後して米国ハーバード大学等の大学院で通貨金融理論を学び、博士課程に進み研究を続ける。著書は『東欧経済学概論』、『新土地所有制』、『強波経済論』、編著は『世界の社会保障制度考察』、『社会主義市場経済学』、『労働過剰経済の就業と収入』。陳の提出した「微調」「穏中求進」といった経済政策の意見は、中国政府の採用するところとなった。
  • 呂政(ろせい, Liu Zheng):
    経済学博士、社会科学院工業経済研究所所長、研究員、博士指導教官。主要な研究領域は、工業発展理論と政策。主要な著作は『計画と市場メカニズムの結合に対する再認識』、『90年代中国工業発展の任務』、『工業構造調整任務の変化』、『90年代以来の中国工業発展の新特点』、『需要制約下の工業増長』、『中国の工業経済問題研究』、『工業経済学』、『21世紀に向かう中国経済』、『貧困から小康へ』。多くの研究成果は、国家級、院級の奨励賞を受賞。「卓越した貢献をした国家級中青年専門家」の称号を受賞。1993年に国家政府特殊補助金待遇を享受する専門家に選ばれる。
  • 賈康(かこう, Jia Kang):
    研究員、博士指導教官。1982年2月~85年4月財政部科学研究所研究生部に在籍、経済学修士の学位を取得。95~98年に財政部科学研究所で在職研究生として学び博士の学位を取得。1985年から現在まで財政部科学研究所に勤務し、研究室副主任、主任、副所長、所長を歴任。財政・税収と国民経済理論、政策研究領域で10年以上の豊富な経験をもつ。国家級、部級の研究プロジェクト多数を主宰、参加。著書は10冊余、論文は200篇以上。
  • 馬暁河(まぎょうか, Ma Xiao He):
    国家計画委員会産業発展研究所所長、研究員。研究領域は、農業・農村発展政策と都市農村経済関係。主要な著作は『工業化中期段階の農業政策』、『新段階に入る中国農業』、『中国食糧貿易の安定性とその影響』、『農産品加工業の展望と政策の選択』

翻訳協力:野村アセットマネジメント 曽根 康雄

2002年8月19日掲載

脚注
  • グリーン・ボックス(Green Box Policies):ウルグアイ・ラウンドの農業協議では、農業生産に対して、修正する必要のない国内の維持政策を指している。こうした政策は貿易に対する影響が非常に少ない。例えば、科学技術のR&D、技術推進、食品の安全備蓄、環境保護などの政策が含まれている。
出所

本文は「国際金融報」2002年6月26日第一版と6月28日第四版の関係記事を編集したものである。なお、訳文の掲載にあたり「国際金融報」より許可をいただいている。

2002年8月19日掲載