1 はじめに
本稿では、筆者のこれまでの研究成果をもとに、日本の中小企業の成長と金融、さらには中小企業政策との関係について検討する。具体的には、以下の3つの問いに焦点を当てる。第一に、中小企業政策は企業の成長インセンティブを阻害しているのか(Tsuruta, 2020)。第二に、成長企業は金融機関からの融資に依存しているのか(Tsuruta, 2024)。第三に、信用保証制度は成長企業に利用されてきたのか(Tsuruta, 2025)。本稿では、これら3点について順に議論する。
2 中小企業政策と中小企業の成長
中小企業政策の経済学的な正当化根拠は、市場の失敗の存在に求められる(Storey, 1994)。たとえば、情報の非対称性が金融市場に存在する場合、公的信用保証や公的融資による支援は一定の合理性をもつ。また、技術のスピルオーバーが外部経済として存在する場合、研究開発投資への補助金も政策的に正当化されうる。しかし現実には、市場の失敗と直接関係しない政策が多くの国で採用されており、その結果、中小企業向け支援が過剰となる可能性がある。後藤(2014)によれば、日本の中小企業政策の予算は全体のわずか2.9%にすぎないものの、施策メニューは非常に多様である。その中でも企業にとって重要なのは、法人税の軽減措置など、法定上の「中小企業」であることに付随する優遇措置である。OECD(2016)も指摘するように、日本の中小企業が小規模にとどまる一因は、「中小企業の地位を失うと支援を受けられなくなる」ために、企業が意図的に成長を抑制していることにある。
中小企業であるか否かの判断は、資本金額および従業員数によって定義されている。たとえば1999年以前の製造業では、資本金1億円以下および従業員300人以下の企業が中小企業であったが、2000年の中小企業基本法改正後には資本金要件が3億円以下へと引き上げられた。また、法人税法では資本金1億円以下が中小法人(中小企業者)と定義される。この資本金要件が、企業の行動を歪める可能性がある。資本金を増加させると中小企業の資格を失い、各種の政策的便益を失うため、企業が意図的に資本金を一定水準以下に抑える「成長抑制インセンティブ」が生じうる。
このような問題意識の下、Tsuruta(2020)は資本金増加確率に対する資本金レベルの影響を法人企業統計の個票データを用いて明らかにした。図1は個別の企業属性をコントロールしたうえで、資本金1000万円以下の企業と各資本金区分(横軸)の企業の資本金増加確率の差(縦軸)を示したものである。資本金1億円以下においては、資本金増加確率の差がマイナス、もしくはゼロ近辺であるのに対して、資本金区分が1億円を超えると資本金増加確率が大きく上昇する。また、資本金が1億円以下のみに注目すると、資本金が5000万円を超えた区分では資本金増加確率のマイナス幅が小さくなる傾向があるものの、9000万円超1億円以下の区分では再びマイナス幅が大きくなる。この傾向は企業が法人税法や旧中小企業基本法の一部の資本金要件である資本金1億円に近づくほど資本金を増加させないことを示しており、企業が中小企業の要件を維持するために資本金を増加させないことを示唆する。
次に、1999年の中小企業基本法改正に伴う資本金要件緩和を利用した差分の差分法(Difference-in-differences: DID)により、中小企業基本法の資本金要件が資本金増加への制約となっているかを分析した。分析の結果、基本法改正による資本金要件の緩和は資本金増加確率に対して有意に正の影響を与えることが明らかになった。また、基本法改正以前において、旧資本金要件の上限に近づくほど資本金増加確率が低かったものの、基本法改正以降においてはこの傾向が弱まっていた。これらの結果は中小企業基本法による資本金要件に近い資本金の企業は増資しない傾向にあり、資本金要件の緩和とともにこの傾向が弱まったと解釈できる。つまり、基本法の資本金要件は中小企業の増資に対して有効な制約となっていたことを示唆する。
さらに、資本金を増加させた企業は総資産変化率で測った成長率が高く、負債比率が低下する傾向が確認された。この効果は特に、負債比率が高く、業績の変動が大きい小規模企業で顕著であった。これらの結果は、基本法の資本金要件が企業成長を抑制する構造的要因となっていた可能性を示している。
3 中小企業の成長と金融機関借入への依存
Tsuruta(2024)は、平時および大規模な経済ショック時にどのような中小企業が金融機関からより借入に依存するかを、日本の過去20年間にわたる1,000万件を超える企業レベルのパネルデータ(Credit Risk Database)を用いて分析した。具体的には、Tsuruta(2024)では、借入金比率を被説明変数、前年度のキャッシュフロー比率、売上高変化率をメインの説明変数とし、固定効果モデルにより分析した。各年の係数を推定するために、メインの説明変数と各年のダミーの交差項(メインの説明変数×各年ダミー)の係数を推定した。これにより、各年におけるメインの説明変数の係数を一つの式により推定することができる。図2はキャッシュフロー比率の係数を年別に示したものである。グラフの値が低いほど、キャッシュフローが減少した企業がより借入を行っていることを意味する。分析の結果、2000年代前半には、キャッシュフローが上昇している企業がより借入を行っていた。しかし、この傾向は2008年以降の世界金融危機(Global Financial Crisis: GFC)前に徐々に弱くなり、GFC時にはキャッシュフロー比率が下落している企業がより借入を行っていた。その後、キャッシュフロー比率の係数の値は横ばいであったものの、コロナショック時である2020年および2021年に大きく低下している。
成長している企業の金融機関への依存度をより詳しく明らかにするために、各年の売上高成長率の係数を示したのが図3である。係数の値が大きければ、売上高が伸びている企業がより借入を行っていることを意味する。係数は2000年代前半においてプラスであり、売上高が伸びている企業がより借入を行っていた。しかし、係数は2008年のGFC時にマイナスに転じ、2020年以降のコロナショック時には大幅にマイナスとなっている。つまり、GFC後には売上高変化率がより低い停滞企業が借入を多く行う傾向があった。この傾向はコロナショック後に顕著であった。
Tsuruta(2024)の結果によると、2000年代前半にはキャッシュフローが高い企業や売り上げが伸びている企業など、成長可能性が高い企業が金融機関借入に依存する傾向にあった。しかし、GFC、コロナショックという2つの大きなショックを経て、このような成長可能性が高い企業は金融機関の借入に依存しなくなり、経営が脆弱(ぜいじゃく)な企業がより多くの借入を行う傾向がある。このような結果を踏まえると、金融機関における中小企業の成長を支えるという役割は、徐々に弱まっていったといえる。
4 公的信用保証制度と中小企業への資金配分
Tsuruta(2025)は、公的信用保証制度が中小企業への資金配分を向上させていたかどうか、実証的に分析を行った。中小企業向け貸出市場において、貸し手である金融機関と借り手である中小企業の間の情報の非対称性の問題は深刻である。そのため、大企業と比べて中小企業の資金制約が強いことが多くの論文で指摘されている。この資金制約により、中小企業は正味現在価値(Net Present Value: NPV)を生み出す有益な投資であっても十分な資金調達ができず、企業成長が阻害される可能性がある。このような問題を緩和するために、中小企業向けの公的な信用保証制度が中小企業に対する資金供給を促進し、社会厚生を改善させる可能性がある。
仮に資金配分の改善機能を公的信用保証制度が担っていたとすれば、高い付加価値を生み出す産業に対して信用保証制度に資金が配分されていたと考えられる。一方、公的信用保証制度は中小企業に対する資金配分を歪める可能性もある。第一に、信用保証制度が金融機関の情報生産活動を阻害し、付加価値を生み出さないリスクが高い中小企業への資金配分を促進する可能性がある。金融機関が信用保証を利用せず融資する場合、審査やモニタリングを通じて情報の非対称性を緩和し、市場の効率性を高める。しかし、信用保証付き融資では、債務不履行時に損失を負わないため、金融機関の審査・監視インセンティブが低下し、付加価値を生まない投資や高リスク企業への融資が行われる可能性がある。
第二に、公的信用保証制度が社会政策の一環として機能していた可能性である。中小企業基本法改正前の中小企業政策において、中小企業を弱者として位置付ける傾向が強く、成長する中小企業を後押しするよりも、経営が悪化した中小企業を救済し格差を是正する、という考え方の下で運営されていた可能性がある。つまり、市場の失敗が深刻でなくても信用保証付き融資が提供され、付加価値を生み出さない経済的困窮に陥った中小企業向けに信用保証付き融資が利用される可能性がある。したがって、このようなケースでは、信用保証融資と付加価値との関係は負の関係にあると考えられる。ただし、景気の悪化により一時的に付加価値が低下した企業を、金融機関が信用保証制度を利用して救済するケースも考えられる。このような金融機関の行動は経済的に合理的であり、中小企業の持続的な成長に不可欠である。このケースでは、信用保証付き融資が債務不履行を増加させる効果はみられないと考えられる。
Tsuruta(2025)は全国信用保証協会連合会が毎年度、発行していた『業務要覧』、および経済産業省(旧通商産業省)による『工業統計』に記録されている1973年から2005年までの日本の地域別(信用保証協会別)、産業別、年別データを使用して、付加価値と信用保証付き融資との関係を実証的に明らかにした。これらの期間の日本は、1970年代のオイルショック、1980年代後半のバブル経済、1990年代のバブル崩壊後の金融危機といった、大きな景気変動を経験している。日本のデータから得られた分析結果は、上記の問題意識を明らかにするうえで有益な示唆を与えると考えられる。
Tsuruta(2025)の分析結果によれば、1973〜2005 年の全期間を通じて、保証付き融資に対する付加価値の係数は負であり、付加価値が低い業種ほど信用保証付き融資が大きいという明確な負の関係が観察される。この傾向は特にオイルショックを含む1970 年代に強く、付加価値の係数は統計的に有意なマイナスとなっている。一方、バブル経済期を含む1980 年代にはこの負の関係は弱まり、付加価値の係数は統計的に有意ではなくなる。バブル崩壊後 1990 年代以降は、負の関係が統計的に有意となり、不況期には経営基盤の弱い企業に保証融資がより多く供給されたことが示唆される。また、Tsuruta(2025)は景気状況による違いを GDP 成長率を用いて検証している。その結果、不況期(GDP 成長が中央値以下)の年に、付加価値の係数は一貫して大きなマイナスとなり、低付加価値業種に信用保証付き融資が集中しやすい傾向が示されている。逆に、好況期(GDP 成長が中央値以上)の年にはこのマイナス効果は弱まり、統計的に有意でないケースも観察される。
上記に加えて、Tsuruta(2025)は被説明変数を債務不履行の代理変数である代位弁済額(または代位弁済率)、説明変数を保証承諾額として推定し、信用保証付き融資は1~4年の遅れを伴って債務不履行を増加させる傾向を示している。これらの推定結果から、日本における公的信用保証制度は高い付加価値の産業や企業に資金を配分するという機能は観察されなかったと解釈できる。むしろ、信用保証制度は中小企業の成長を促進する仕組みよりも、経営困難に陥った中小企業を救済する制度として機能していたと考えられる。
本稿の政策的含意は以下の2点に整理される。第一に、日本の信用保証制度では2007年まで保証割合が100%であったため、金融機関は中小企業の債務不履行リスクを負わず、情報生産機能が阻害され、付加価値を生み出さない企業にも資金が配分された可能性がある。第二に、不況期には付加価値の低い企業ほど保証付き融資が増える傾向が示されており、資金繰り支援という観点からは一定の合理性があるものの、資金配分の効率性を損なう側面も併存する。このため、不況期の信用保証制度は、支援目的と効率性のバランスを踏まえて制度設計する必要がある。
5 おわりに
本稿では、中小企業の成長と金融に関して、いくつかの実証研究結果を示した。これらの結果から今後の政策的な課題について2点ほど指摘したい。第一に、法定中小企業の定義に関する課題である。中小企業基本法、法人税法ともに企業の資本金要件を満たせば法定中小企業となり、それが成長への制約となることを述べた。実際、節税目的での減資の例がみられることから、企業側が比較的容易にコントロール可能な資本金を法定中小企業の要件としていることが、企業行動を歪めていると考えられる。企業規模の代理となる変数はさまざまなものが考えられるが、より企業の実態を反映している従業員数の方が妥当であろう。従業員を節税や補助金を目的として減らすことは困難であることから、企業行動の歪みは現状より緩和されると考えられる。
第二に、成長している企業が金融機関からの借入金を利用していない、もしくは成長しているセクターに金融機関からの資金が配分されていないという問題がある。特に最近は自己資本調達の比率が増えており、中小企業全体として負債による資金調達への依存が低下している。この背景として、企業側のリスク回避行動が考えられる。近年、企業はデフォルトリスクや財務状況の悪化を避けるため、内部資本調達による資金調達に依存する傾向にある。このような状況において、負債による資金をより成長企業に配分するためには、新株予約権付融資といったエクイティの性質をもったベンチャーデットの促進は不可欠であろう。