1 はじめに
企業成長の要因としては、企業内部の要因と外部の要因がある。企業内部の要因としては、R&D、イノベーション、デジタル・テクノロジー、あるいはマネジメント・プラクティスが挙げられる。企業外部の要因としては、インフラや金融制約、あるいは企業間の取引関係などがあり、取引関係を通じてショックが伝播される負のスピルオーバーや取引開始による成長機会という正のスピルオーバーが存在している。以下では特に、企業の内部要因としてのマネジメント・プラクティスと、外部要因としての取引関係に焦点を当て、企業成長をどのように促進できるかについて議論する。
2 企業におけるマネジメント・プラクティス
経済学において企業のマネジメント・プラクティスを定量化する試みとしては、2007年に経済学のトップジャーナルに出版されたスタンフォード大学のNicholas Bloom教授とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのJohn Van Reenen教授の研究が挙げられる (Bloom and Van Reenen, 2007)。彼らは、2002 年からWorld Management Survey(WMS)と呼ばれる国際的な調査を実施しており、日本や米国を含む35 カ国において企業のマネジメント・プラクティスを分析している(注1)。
近年はより詳細な情報を収集するために、Management and Organizational Practices Survey(MOPS)と呼ばれる調査を国際的に展開しており、米国ではU.S. Census Bureau(米国統計局)と共同で2010年に開始されている。英国では、筆者も携わっているManagement and Expectations Survey(MES)という調査が英国統計局(Office for National Statistics; ONS)と共同で実施されており、企業のマネジメントに関する英国で最大規模の調査となっている。これまで2017年と2021年に実施され、企業の「マネジメント・プラクティス」と「予測」を調査している。調査年はBrexitおよびコロナ禍にあたり、特に不確実性の高い経済環境下であったことも特徴である。
MESは、上記の通り、企業のマネジメント・プラクティスと予測を調査している。マネジメント項目については、Bloom and Van Reenen (2007) の計測手法に倣い、KPIなど12個の質問を実施し、それらへの回答からマネジメント・スコアを算出することが可能である。
予測項目としては、マクロおよびミクロの主観的な予測を質問している。本調査の特徴としては、定性的ではなく定量的な質問形式を採用していること、そして予測を単一の値ではなく、複数の可能性についてそれぞれの値を回答してもらうことがある(図1、2を参照)(注2)。
以下では、予測調査の項目について、詳しく説明する。マクロの予測としては、英国のGDP 成長率に関する主観的な予測を質問しており、1年後に実現した実際のGDP成長率と比べることで「予測誤差」を算出することができる。ミクロの予測としては、売上・雇用・中間財投入についての主観的な予測を質問しており、1年後および2年後の企業データと接合することで、予測値と実現値との乖離を「予測誤差」として算出することができる。さらに、複数の可能性について値と確率を質問しているため、それらの回答から予測の標準偏差を計算可能であり、「主観的な不確実性」を計測することができる。
以下、2017年、2021年の調査をもとに執筆した論文の分析結果を簡単に説明する(注3)。まず、従業員数が多く、外資系である企業ほど、マネジメント・スコアが高いことが明らかになっている。図3は、マネジメント・スコアの分布を企業規模別に示している。従業員数が多くなり規模が大きくなるにしたがって、スコアの分布が右に移動し、かつばらつきが小さくなっていることが分かる。また、回帰分析結果からはマネジメント・スコアの高い企業ほど、生産性や利益率が高いことも示されている。
次に、企業の予測に関する分析結果を説明する。マネジメント・スコアの高い企業ほど、予測誤差が小さいことが明らかになった(図4を参照)。この結果は、マネジメントの優れた企業ほどより正確な情報処理と意思決定を行う能力が高く、その結果としてより良いパフォーマンスを達成している可能性を示唆している。
3 企業の取引関係
企業は、国内での取引関係や国際的な貿易関係を通じて、さまざまな企業とつながり、相互に影響を与えている。経済学では、このような企業間取引に注目した研究が近年盛んに行われている。日本では、東京商工リサーチのTSRデータから企業の仕入元および販売先企業を識別できることが知られており、以下ではそのデータを用いた研究を紹介する。
3.1 取引関係を通じたショックの伝播
Kawakubo and Suzuki (2024) では東日本大震災が企業活動に与えた影響に注目し、2007~2018年のTSRデータを利用して、被災地外の企業の中で震災前に被災地に仕入元企業のいたグループ(処置群)と、そうでないグループ(対照群)を比較した。分析結果によれば、売上、雇用、利益、生産性などの指標について、処置群と対照群の間には有意な差がなかった。これは、処置群の企業が震災後に仕入先を被災地外の企業へ迅速に切り替えていたためである。
次に、震災以前の取引継続年数に注目して、取引継続年数の中央値を基準に、処置群を長期間の取引をしていたグループと短期間の取引にとどまったグループとに分けて比較したところ、処置群の中で取引の継続年数が長かった企業ほど売上に有意に負の影響を受け、かつ取引先の再構築が困難であったことが明らかになった。これは、取引関係の長かった企業ほど特定の仕入元への依存度が高く、代替先の探索が難しかったためだと解釈できる。この結果は、パキスタンの大洪水に注目したBalboni et al. (2024) や、コロナ禍におけるインドのロックダウン政策に注目したKhanna et al. (2022) の結果とも整合的である。
これらの研究の示唆としては、ショック後に柔軟にサプライチェーンを組み替えられるかが企業のレジリエンスにとって重要であり、企業によるモニタリング強化や多元化戦略を促進する政策的支援が求められる。
3.2 取引関係を通じた正のスピルオーバー
最後に、企業間取引の開始による成長機会について説明する。Kawakubo and Suzuki (2025) は、前述のTSRデータに経済産業省の工業統計調査および工場立地動向調査を組み合わせ、日本の大規模事業所開設に注目し、取引関係を通じたスピルオーバー効果を定量化した。分析結果からは、近隣、特に10km圏内の仕入元事業所には売上・雇用・生産性などについて有意かつ大きな正の効果がある一方で、近隣の非仕入元事業所には負の影響が見られた。
さらに、近隣の仕入元事業所は、大規模事業所との取引開始後に大規模事業所以外の販売先も新たに獲得するという「シグナリング効果」が存在することが明らかになった。したがって、大規模事業所のサプライチェーンに参加できるかどうかが、その後の事業所の成長にとって極めて重要な意味を持つと言える。
4 おわりに
本稿では、企業成長の要因として、企業内部の要因としてのマネジメント・プラクティス、そして企業外部の要因としての取引関係に注目して議論した。ミクロデータを用いた分析から、マネジメントの優れた企業ほど、より正確な予測に基づいて意思決定を行い、生産性や利益率などの成果を高めていることが示された。また、企業間取引を通じて、成長機会につながる正のスピルオーバーが存在する一方で、ショックが伝播される負のスピルオーバーも観察されている。
さらに、取引関係の分析からは、ショック後に柔軟にサプライチェーンを組み替えられるかどうかが企業のレジリエンスを左右していることが明らかになった。特に、取引関係の代替性が低い企業ほど影響が大きく、調達先の多様化やモニタリング体制の強化が重要である。
経済安全保障政策や産業政策の重要性が高まっている中、今後の政策的課題としては、企業がより良いマネジメント・プラクティスを導入し、正確な予測に基づく意思決定を行うための支援施策を強化するとともに、サプライチェーンの柔軟性を高めるための制度設計が求められる。
具体的には、①マネジメント向上のための人材投資や研修制度の整備、②デジタル技術を活用した企業間取引情報の整備やモニタリングの強化、③調達先の多様化を促進する政策の活用、④中堅企業および中小企業のサプライチェーン参加を支援するマッチング施策などが考えられる。これらの取り組みによって、企業は外部ショックに対して持続的な回復力を備え、結果として日本経済全体の成長力向上につながると期待される。
国際的な貿易環境の変化や気候変動に伴う自然災害の激甚化の中で、どのようにして企業成長を促進できるかは喫緊の課題である。本稿で示したミクロデータに基づく研究成果は、企業活動と政策設計の双方に対して重要な示唆を提供しうる。