Special Report

総合知の活用とイノベーションの創出

奈須野 太
内閣府科学技術・イノベーション推進事務局 統括官

第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021年度〜2025年度)における「『総合知』の基本的考え方及び戦略的に推進する方策 中間とりまとめ」(2022年3月)では、社会のさまざまな課題を解決するためには、あらゆる分野の知見を総合的に活用する「総合知」が不可欠だとされている。

本インタビューでは、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局の奈須野太(なすの・ふとし)統括官から、日本のイノベーション創出のために「総合知」をどのように活用していくのかを伺うとともに、知のプラットフォームとしての大学の役割や文系人材の育成、RIETIへの期待などについて聞いた。

聞き手:関口 陽一 RIETI上席研究員・研究コーディネーター(研究調整担当)

社会的ニーズから政府の研究課題を設定

関口:
日本はこれまで「技術大国」として技術を形にする「プッシュ型」のイノベーションを進めてきましたが、最近は「プル型」、ニーズに合った技術を開発したり、技術を活用してニーズに応えたりすることが大事だとされています。奈須野統括官は、イノベーションにおけるニーズの重要性についてどのようにお考えでしょうか。

奈須野:
内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI:システィ)は、総理を議長とする科学技術やイノベーションの司令塔として、現在3つの大規模プロジェクトを進めています。

1つ目に「ムーンショット型研究開発制度」は、月にロケットを打ち上げたアポロ計画のように、長期の社会像からニーズを導き出し、人々を魅了するビジョンから研究課題を立てています。

2つ目に「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)では、5~10年の中期的ニーズを把握し、各省連携で研究開発を行っています。

3つ目に「経済安全保障重要技術育成プログラム」(K Program)は、今年度スタートしたものですが、防衛や警察など公的ニーズと民生ニーズを横断して活用可能性のある重要な技術を特定し、研究開発を行っています。

内閣府は、ニーズの側から研究開発課題を特定し、リソースを各省から集める手法を採っている点が特徴的だといえるでしょう。他省庁と違って、自前の研究所などのリソースを持っていない総合調整官庁だからこそ、リソースに引きずられることなく分野横断的な各省連携によって、社会の課題を解決することに優位性があると思っています。

新たな価値を創出する知の活力「総合知」

関口:
イノベーションはNew Combination、新しい組み合わせであり、イノベーションを実現するためにはそれぞれの専門領域の壁を超えた「総合知」を生み出すことが重要だといわれています。内閣府における総合知の基本的な考え方についてお教えください。

奈須野:
「総合知」については、第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021年3月26日閣議決定)でその基本的考え方と戦略的な推進が明記されており、CSTIは2022年3月に、その「中間とりまとめ」を行いました。

そこでは「我が国の科学技術やイノベーションが様々な課題へ適切に対応し、世界に伍していくためには、『総合知』すなわち、多様な 『知』が集い、新たな価値を創出する『知の活力』を生むことが不可欠」とされており、所属組織や専門領域を超えてさまざまな知が集い、新たな価値を創出すべきという考え方が示されています。

例えば介護で使うAIロボットにしても、機能が優れているだけではダメで、人の顔をしたロボットが目の前に立ったときの気持ち悪さとか、心理的な課題も考えないと導入が進みません。このように、あらゆる「知」を動員して社会課題を解決するという考え方が重要になります。

関口:
イノベーションには、ドローンや電子商取引といったすでにある技術を過疎地域の社会課題にうまくあてはめて解決するようなものもあります。こうした事業の仕組みを新しく構築するイノベーションを担う文系人材の育成についてはどのようにお考えでしょうか。

奈須野:
文系と理系という二分論は時代遅れになりつつあります。例えば、「情報」は文系でもあり理系でもありますよね。ビジネスの現場で重要なのは課題を解決することただ1つなので、課題解決能力がこれからの人材育成には不可欠だと思います。最近は高校や中学でも社会課題について考える授業が行われていますが、大学や修士・博士レベルにおいても現実の課題に対して分野横断で解決する方向を目指すべきだと思います。

また、日本は他の先進国に比べて「低学歴社会」なんです。多くの国では修士号や博士号を取って社会に出ることが成功の1つのチケットになっていますが、日本の場合は博士号を取っても民間企業の就職では必ずしも有利にならず、出口のない状況です。今後は、博士課程で高度な問題解決の手法を学ばせ、ビジネスの現場で実装させる社会に変えていく必要があるでしょう。政府としても博士課程修了者をできるだけ社会で活用するための環境整備をしているところです。

関口:
中学や高校では「探究学習」といって、いろいろな知識を総合して物事を解決するトレーニングが始まっていますが、大学や大学院でも専門分野だけにならないようにすることが重要ということでしょうか。

奈須野:
他の分野の知識がないと解決できない課題も多くあります。AIロボットはまさにそうで、高校なら高校、大学なら大学でそれぞれ適した課題解決の方法があると思いますので、内閣府が全体をリードして各専門分野をうまくつなぎ合わせることが求められています。

大学はイノベーション・エコシステムの中核

関口:
イノベーションを生み出す上で、大学には今後どのような役割が求められるでしょうか。

奈須野:
大学はイノベーション・エコシステムの中核となるべきであり、内閣府としても大学向けの支援策を充実させています。

まず「国際卓越研究大学制度」は、世界最高水準の研究成果が期待できる大学を「国際卓越研究大学」として指定し、研究者の処遇改善や研究力強化、研究成果の社会還元を支援するプログラムです。このため10兆円規模の大学ファンドを作り、その運用益を活用する予定です。

もう1つは、「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」で、地域の中核大学や特定分野の強みを持つ大学が、その強みを十分に発揮して研究成果を社会に還元できるよう、各大学を支援します。

今後は海外の大学のリソースやネットワークを日本に持ち込むために、ディープテックに特化した研究ハブである「グローバル・スタートアップ・キャンパス」を設置したいと考えています。海外のトップレベルの大学の研究拠点を日本に誘致し、日本の大学やスタートアップと共同で研究しビジネス化する取り組みです。

また、「国際頭脳循環」と称して、いくつかの分野において最先端の海外の研究者と日本の研究者が共同研究できるような支援策も始めています。

RIETIは「総合知」で未来社会のデザインを

関口:
RIETIに対して期待することはありますか。

奈須野:
RIETI創設にも尽力され、先日お亡くなりになった小宮隆太郎先生がよく言っておられたのは「通説を疑う」でした。例えば、最低賃金を引き上げると企業が雇用を減らすから地域が疲弊するとか、法人税を減らすと企業活力が増して投資や賃金が増え好循環が生まれるとか、そういった世の中の通説を疑い、人々を魅了するようなゴールやビジョンを示す。エビデンスに基づく政策立案(EBPM)はもちろん重要なのですが、EBPMでは現状維持に陥りやすくなり、それだけでは新しい社会像を作る議論にはならないし、優秀な人は集まりません。通説に対して人々に驚きを与えるような理想的なビジョンや社会像を与える機能をRIETIには期待したいと思います。

その意味ではデザインシンキングも重要です。デザインは単に見た目をよくするのではなく、目指す社会像や価値を表現することです。人々の驚きや感動、ユーザー体験など人間の内的なものを掘り起こすアプローチとして、最近は広くデザインシンキングが唱えられるようになりました。ビジネスでも政策でも、人々をひきつけるビジョンやパーパスの共有を意識することが重要だと思います。数字やテクノロジーがどうかだけでなく、国民の意識を呼び起こすような政策体系の議論も必要ではないかと思っていて、そのあたりもRIETIには期待しています。

関口:
まさに総合知を用いたフューチャーデザインセンターの機能ですね。デザイン経営に関しては、RIETIでも研究プロジェクトを立ち上げています。政策立案においても、将来世代のことも考えて今の政策を考えることが大事なのでしょうね。

奈須野:
そうですね。みんなが理想とする社会像からきちんとバックキャストする(未来と現在をつなげる道筋を考える)ことが大切だと思います。最近のデザインシンキングの例として気候変動問題の議論を挙げますと、京都議定書の第二約束期間(2013年〜2020年)について、COP15では計画経済的な拘束力の強い枠組みを目指して空中分解してしまったのですが、COP21では日本が提案したプレッジ&レビュー(誓約と評価)という拘束力の弱いルールを導入したことでパリ協定の合意を見ました。気候変動の議論も実はデザインシンキングであり、理想像を先に決めて、そこから試行錯誤しつつより良い結論を目指すアプローチが有効だと思います。

関口:
本日はすばらしいお話をありがとうございました。

2023年2月17日掲載

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