Special Report

ディープテック創業の胎動〜若者に今こそ自由な研究環境を

郷治 友孝
株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ 代表取締役社長CEO

日本経済の復活のカギは何か―東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)は、2004年の創業以来、東京大学をはじめ国内外の大学や研究機関と幅広く連携し、新産業を創造するベンチャーキャピタル投資を行ってきた。これまで累積で約850億円となる5本のファンドから140社以上に投資を行っており、うち18社が株式上場、15社がM&A(合併・吸収)等の成果を挙げている。今回は、経済産業省を退官して創業時からUTECを率いてきた郷治友孝社長に、東京大学の学生の最近の嗜好やディープテック創業への動き、こうした動きを加速させるための政府が取り組むべき政策などにつき、話を伺った。

聞き手:佐分利応貴 RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事

ディープテックを志す若者が増えている

佐分利:
最初に、日本の若者の動きを見て感じるところについて伺いたいと思います。日本経済の地殻変動というか、「失われた30年」が、若者の手によって今変わりつつあるという感触をお持ちでしょうか。

郷治:
そうした胎動というか、スタートアップを起こして世の中を変えてやろうという人が増えていると感じます。特に注目しているのは、いわゆるディープテックといわれる分野です。日本で従来スタートアップがよく上場していた分野はITサービス系だったと思うのですが、それに対して、より深みのある技術に基づくディープテックの起業を考える動きが出てきていると思います。

東京大学(以下、東大)では昨年(2021年)からディープテックのアントレプレナーシップ講座ができて、私も講義を時々するのですが、学生たちの熱意が非常に強いと感じます。

佐分利:
東大でディープテックのアントレプレナーシップの講座が始まったのは期待できそうですね。何人ぐらいの学生がいるのですか。

郷治:
30人ぐらいのクラスです。ディープテック企業に夢をかけたい、挑戦したいという若者が増えています。それからどんどん若年化しているという流れも心強いですね。東大松尾豊研究室が取り組んでいる高専向けのDCON(ディープラーニングコンテスト)もありますし、東大の駒場キャンパスでは、1年生を対象としたディープテック起業講座というものもできて、そちらの方にも学生がかなり参加しており、若者が起業を通じて世の中を変えようという動きが広がっているのは心強いと思っています。

佐分利:
SDGs関係が若者に人気ですが、ディープテックもかなり皆さん注目しているのですね。

郷治:
今まで若者の起業といえば、どうしても初期資本があまりかからないITサービスが多かったのですが、例えばライフサイエンスや製造業、化学産業や物理的な知見が必要なフィジカルサイエンスの分野においても、時間をかけてでも本質的な社会課題の解決をしたいという、ディープテックに関心を持つ若者が増えています。

伸び伸びと研究できる環境を

佐分利:
若者が、社会課題解決に向けて、ディープテック系のベンチャーを創って立ちあがろうという動きに対して、政府ができることは何かあるでしょうか。

郷治:
最近政府の動きで良いことだと思うのは、2004年の国立大学法人化以降続いていた、基礎研究にかける政府の予算を減らす流れが再考されていることです。国立大学法人の年間予算を毎年1%ずつ減らす政策によって国立大学、特に地方の国立大学はずいぶんと疲弊しました。また、若い基礎研究者が非常に不安定な立場に追い込まれましたが、それがようやく改善され始めるようになったと思います。

2004年に始められた大学予算削減政策から解きほぐさなければならないので、その見直しの動きを褒めるのはまだ早いかもしれませんが、例えば若手研究者や博士課程を終えた研究者を国としても支援しなければならないという動きが具体化してきたことはいいことだと思います。

ただ、多くの研究者が抱えている問題は研究予算だけではありません。例えば、研究に割ける時間の問題があります。日本では、最近は、研究者が予算を取っても、予算取得後のレポート作りに相当時間を取られてしまって、肝心の研究がなかなかできないといいます。研究者が使える時間の半分も研究に使えないという報告すらあるほどで、そうした点を改善して伸び伸びと研究に専念できるようにする工夫が必要だと思います。そうした中、私ども東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)は、大学への寄付を行ってきたのですが、基礎研究に使えて若手研究者が報告書を書かなくても済むような研究費を出していて、非常に好評を頂いています。

私どもからすると、研究報告は政府や寄付者に対して行うのが大事なのではなく、世界トップクラスのジャーナルなどに研究成果をちゃんと出すことこそが一番大事な報告ですので、研究者にはそこに専念・集中してもらえるようにすることが肝心です。政府にもそのような方針で研究者を支援していただきたいと思います。論文は、サイエンスにおける最大の宣伝道具です。優れた論文で世界的に注目される研究こそ、スタートアップでも世界を獲りに行けるのです。最近は大学の研究者の方も起業されますが、こちらからはむしろ起業しないで研究論文を書いてくださいと伝えることもあります。

若者へのメッセージ

佐分利:
最後に、若者へのメッセージを頂けますか。

郷治:
「君の本当にやりたいことはなんだ」と聞きたいですね。やりたいことがあって、そのための最善の手段が起業なら起業をすべきでしょう。結局は、ビジネスも研究も優れたチームがあるかどうかで決まってくるので、成功するためにはさまざまなことに長けた相互補完的な強いチームを作ることが必要になります。ですので、自分のやりたいことと専門性をしっかり考えて勝負すべきだと思います。

課題が山積していることは確かですし、日本人は日本のことについて何かと悲観的になりがちです。ただ、日本には非常に多様で深い技術や科学の力という強みがあると、海外出張などに行くといつも実感します。そのような日本の素晴らしさへの自信を失うことなく、技術や知見を生かしてより深い課題解決を行うディープテックのスタートアップが増えていることは非常に良い流れなので、それをぜひ推し進めていかなければならないと思います。政府には若い方々の挑戦や探求心をサポートするように、起業や研究を伸び伸びとできるような環境を作っていってほしいと思います。

佐分利:
具体的にはどのように進めればいいでしょうか。

郷治:
例えば研究であれば、若手に対してあまり実績は問わない方がいいと思います。どうしても研究業績のある大御所に多くの予算が集中しがちですが、それだけではなくて、より自由で発想が面白い若手研究者にも研究費の「戦略的ばらまき」をしたり、研究の多様性を認めることが大切だと思います。研究業績をあまり求め過ぎると、前例があるものばかり採択されてしまうので、自由な発想で斬新な研究を奨励するといいでしょう。「ばらまき」というと言葉のイメージがあまり良くないのですが、もっと多様で自由に使えるような研究予算を付けた方がいいと思います。

21世紀に入ってからの日本のノーベル賞受賞者数は米国に次いで世界2位と高い地位にあるのですが、あれはほとんどが1970~1980年代の自由な研究の成果ですね。戦略的だったかどうかは分かりませんが、薄く広く研究予算が自律的にばらまかれていた時代に出てきた面白い研究が世界的な科学成果につながったということです。そうした点を再考すべきではないかと思います。そうでないと、粒の小さなものばかりになってしまいます。スケールの大きな課題解決を図るためには、研究についても自由な発想がより求められると思うので、若手研究者向けの政策はそういった観点で見直すことが重要だと思います。

佐分利:
自由な予算の使い方、あるいは若手にフリーハンドで渡すことが実際にうまく進められないのは、制度的な面が大きいように思います。新しい研究分野は、誰が、どう評価するかが難しく、このため評価するモノサシが結局のところ過去の研究実績になってしまいます。これでは新しい分野は研究予算が取れませんよね。

郷治:
そうですね。私どもが東大に寄付しているプログラムでは、東大内で評価する委員会を作っていただいています。ですので、アカデミアの知見のある人がちゃんと評価する仕組みを作ることが大事なのだと思います。

例えば、英国では政府から独立した王立協会が科学技術政策を指導していますが、日本の場合はそうはなっていません。米国のように一流の科学者が研究予算配分を含む科学技術政策を立案するようにもなっていません。日本では研究予算の配分にしても、科学技術政策に科学とは違う力学が働き過ぎているように思います。独立性が高くて、科学に関する知見や見識の高い適任者がより科学技術政策の決定権を持つようにする仕組みを考えるべきではないでしょうか。

また、大学の研究予算を確保する「産学連携」も、これまでは大学の研究成果を企業が刈り取っていく発想が強かったと思います。しかしそれでは大学が痩せてしまいます。大学発ディープテック系スタートアップが成功し、そこで生まれたお金や知見が大学に還流し、さらに新しい研究がなされ、人材が育ち、新しいシーズが生まれ続けていくような「産学協創」のエコシステムを構築していかなければなりません。

佐分利:
日本でも、そのような仕組みを考えていけるといいですね。本日はすばらしいメッセージをありがとうございました。

2022年12月12日掲載

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