Special Report

日本は「ルール志向」の国際秩序のリードを!

豊田 正和
国際経済交流財団 会長

ケント・E・カルダー
ジョンズ・ホプキンス大学 SAIS、教育・学術担当 副学部長

混迷するウクライナ情勢は世界の食糧、エネルギー、商品市場に影響を与えている。世界情勢の重大な局面で、米国はもはや世界の警察官ではない。世界秩序を回復するためには、どうしたらよいのだろうか。

エドウィン・ライシャワー門下の知日派研究者であり、安全保障にも詳しいケント・カルダー ジョンズ・ホプキンス大学 SAIS教育・学術担当副学部長と、元経済産業審議官であり、内閣官房宇宙開発戦略本部事務局長、一般財団法人日本エネルギー経済研究所理事長等を歴任したビジョナリスト、豊田正和 国際経済交流財団会長に、日本が目指すべき国際秩序の姿について伺った。

進行:渡辺 哲也 RIETI副所長・EBPMセンター長/経済産業省特別顧問

ウクライナ情勢の行方

渡辺:
本日は、カルダー先生と豊田会長から、ウクライナ問題、米中問題、G7やG20をめぐる地政学的な混乱や経済的な共依存の世界について、そして世界経済秩序をどう再構築していくかなどについての見解をお伺いしたいと思います。まずカルダー先生から、よろしくお願いします。

カルダー:
ロシアのウクライナ侵攻は、第二次世界大戦以降、欧州における初めての大規模な軍事侵攻です。これが「新冷戦」につながると思われるかもしれませんが、ロシアのGDPは中国の10分の1程度ですし、冷戦時代のワルシャワ条約機構のような強力な同盟国もないので、冷戦になる危険は低いでしょう。ただし、ロシアの「強さ」ではなくロシアの「弱さ」が、核戦争の引き金になる危険性があることは確かです。

エネルギーと食糧市場にも大きな影響がありました。ウクライナとロシアは戦争前、世界の小麦輸出量の28%、大麦の 26%、トウモロコシの16%のシェアを占めていました。しかし戦争で輸出が困難になり、国際的な穀物価格が高騰して、スリランカやアフリカ諸国など人口が多くエネルギーや食糧を輸入している国々は深刻なダブルパンチを受けています。

ロシアはウクライナに侵攻し、ウクライナに莫大な損害をもたらしました。人的被害はもちろんのこと、インフラへの被害は6000億ドル(約80兆円)とも言われています。この戦争の経緯を今後明らかにするとともに、より包括的な国際システムについて議論する必要があると思います。

豊田:
私たちは今重大な岐路に立たされています。これまで世界を支えてきた国際秩序は完全に崩壊してしまいました。

パックス・アメリカーナという第二次世界大戦後の国際システムは、米国という警察官がいて機能していましたが、今や米国は世界の警察官ではありません。

しかし、この状況を絶望的だとは思っていません。国連に加盟する193カ国のうち140カ国以上が、戦争を直ちに停止する決議を支持しており、これは非常に心強いことです。ただ、残念ながら、この愚かな戦争を止めることはできてはいません。

今後重要なのは「ルール志向」だと思います。「民主主義国家」と「権威主義国家」という分類ではなく、「ルール志向の国」と「非ルール志向の国」という分類の方が妥当な気がします。パックス・アメリカーナが崩壊したことを認め、ルールに基づく新しい国際秩序を再構築しなければならない重要な局面であり、そのための努力が必要だと思います。

重みを増すG7の役割

カルダー:
パックス・アメリカーナは崩壊しましたが、ロシアのウクライナ侵攻に対し、バイデン大統領は他のG7諸国と非常に緊密に連携しています。特に金融制裁では、日本を含むG7が協調して対応し、ロシアを驚かせました。これは私の知る限り過去最強のG7のデモンストレーションだったと思います。

G7が動き出したことは、岸田首相にとっても日本全体にとっても大きなチャンスだと思います。ドイツのシュルツ首相が4月に訪日しましたが、2022年のG7議長国であるドイツと2023年G7議長国となる日本、そして米国の強い協力関係は、G7にかつてない力を与えており、これは素晴らしくかつ重要なことだと思います。

豊田:
G7の連携はかなりうまく機能していますが、G7だけでは世界秩序の再構築に十分ではありません。中東産油国など他の国々を巻き込むことが重要です。ですので「民主主義」という言葉の使い方には気を付ける必要があります。民主主義の国、非民主主義の国という言い方をすると、彼らは非常に不安になります。サウジアラビアや他の多くの国々は、国際的なルールには従おうとしていますので、「ルール志向」が1つのキーワードになるでしょう。

私たちは、産油・産ガス国側の問題や、COVID-19で深刻な被害を受けた国の問題も理解しなければならないと思います。例えば、2年前に国際的な原油価格が急落し、一時的にマイナスになったことがありました。その時、米国は戦略備蓄を増やすことで、意図したかどうかは別として、結果として産油国を助けたことになったのですが、このような連携は非常に重要であり、エネルギーの産出国と消費国が助け合えるようなルールを構築すべきです。食糧の問題も国際的な協力が必要であり、できれば「ルール志向の国」として日本も貢献できればと思います。その点では、中国もエネルギー価格や農作物の価格高騰を緩和するために協力してくれるかもしれません。

このようにG7諸国は他の多くの国々と密接に協力することができると思いますし、その前提はルール志向です。ルール志向の国々は協力し合える。これがこの重要な局面における1つのキーワードでしょう。

カルダー:
ルール志向のシステムの重要性については私もまったく同感です。G7は新しい時代に入ったと思いますし、将来的にも重要な存在ですが、GCC諸国(ペルシャ湾岸6カ国)やオーストラリアなどを取り込んで、ルール重視のシステム、各国の問題を解決できるシステムを構築することが重要だと思います。

最後にもう一点。これは最も重要なトピックの1つですが、米中関係において、ウクライナ危機への対応は非常に重要です。米国が単独行動せず、G7がリーダーシップを発揮していることが、米中関係で非常にプラスになっています。新しい国際秩序のためだけでなく、現在のウクライナ問題を安定的に終結させるためにも、G7のリーダーシップは非常に重要だと思います。

米中対立の行方

渡辺:
ウクライナ問題により、米中間の対立が緩和されるということでしょうか。

カルダー:
おっしゃる通りです。米中関係には、2つの重要な問題があります。

1つは、AIや5Gなど民生用と軍事用の技術が融合される「デュアルユース」問題です。テクノロジーの構造的な進化は、必然的に米中関係の緊張を高め、これは避けて通れないと思います。

もう1つは、台湾問題です。米国は50年前の上海コミュニケで台湾海峡の両側が1つの中国であることを「認識」しましたが、一方で台湾関係法などにより、米国は台湾への軍事支援を行ってきました。地政学的にも、北東アジア全体の平和と安全にとって、台湾の将来は非常に重要です。

中国は大国であり国際システムの中で重要な国です。私の著書『スーパー大陸 ユーラシア統合の地政学』(2019)でも指摘したように、中国は東欧まで含むユーラシア大陸全体で 16+1(中東欧16カ国と中国との経済協力枠組み)や一帯一路構想により各国と非常に重要な関係を築いています。中国はまだ発展途上国ではあるものの、ウクライナの復興などに積極的に貢献できるポテンシャルがあるのです。

また、中国は世界最大のCO2排出国で、気候変動問題は中国にとっても最も重要な問題の1つです。気候変動問題については、中国は国際的にも建設的な取り組みをしており、そこは評価されるべきだと思います。

渡辺:
米国では、中国に対してどのような政治的感情があるのでしょうか。

カルダー:
楽観的な人はいないと思います。中国のレトリックは、米国の指導者、米国の立場に対して非常に批判的です。当然ながら米国はそれに反応しますので、政治的な季節になるとこれが双方で強まるわけです。米国の中国に対する感覚 は「懐疑的(skeptical)」というのが一番近い言葉かもしれません。

豊田:
G7諸国がルール志向の国々と協力すれば、中国は台湾に関してより注意深く考えるようになると思います。中国に対して楽観的になりすぎるのはよくありませんが、中国と何らかの形で協力することは非常に重要です。中国を孤立させるのではなく、中国と協力すべきなのです。気候変動は、中国と協力するための重要な分野の1つでしょう。

ルール志向の国際秩序の形成と日本の役割

渡辺:
軍事力という暴力が行使される中で、今後「ルール志向」の国際秩序の形成は可能なのでしょうか。

豊田:
非常に興味深いのは、中国がCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に参加したがっていることです。日本は、中国のCPTPPへの加盟は歓迎するけれども、国際ルールを守ることが条件だと言い続けています。中国は、WTOに加盟するために15年かかりました。CPTPPへの参加にも15年かかるかもしれません。中国はまだWTOの政府調達協定に加盟していませんので、政府調達協定に参加するなど中国が国際的なルールを守るなら歓迎する、などと伝えるべきでしょう。また、 CPTPPについては、将来的に米国が参加することを期待しています。

カルダー:
日本はCPTPPの対応において模範的であり、米国が交渉から離脱してもルール重視のシステムを維持しました。これは、日本のリーダーシップが発揮された素晴らしいケースだと思います。

ルールの重視は、加盟を希望する国の国内政治に影響を与えることがあります。私は個人的に、中国国内でシステムをよりオープンに、よりルールを重視したものにしたいと考える人々のグループを知っています。ルール重視は、こうした人々が、中国の国内政治を調整する1つの方法でもあるのです。例えば、ベトナムはTPPで経済的に利益を得るため、ルール重視の秩序に向けて大きな譲歩をしました。このような国内的な圧力、ルール志向のアプローチによって、各国の国内政治が変革され、よりオープンなシステムへと移行できることが、ルール志向の秩序を重視すべき大きな理由の1つだと思います。

渡辺:
東南アジア諸国の役割はどうなっているのでしょうか。例えば、インドネシアはエネルギー供給国であり、2022年のG20では議長国を務めます。グローバル・ガバナンスの中で、あるいはルールに基づく国際システムの再構築の中で、 ASEANの役割はどのようなものになるのでしょうか。

豊田:
ASEAN諸国には権威主義国とわれわれ民主主義国の中間に位置する国が少なくありませんが、非常に重要な役割を果たすことができます。ASEANとわれわれとはこの地域に平和と繁栄をもたらすための協力ができます。ここでもキーワードは「ルール志向」です。

カルダー:
同感です。まず、7億人の人口を擁する東南アジアが国際システムの中で建設的な役割を果たせるようになることは、非常に重要なテーマだと思います。対東南アジアの ODAの半分以上は日本からで、地理的にも近くペルシャ湾へのシーレーンがあり、中国の近隣でもあります。拡大する中国の役割とASEAN諸国とのバランスをとるために、日本の役割は非常に重要です。

最後に重要なことですが、米国はインド太平洋構想を強調していますが、行き過ぎの面もあります。日本とASEANとの強い関係は、インド太平洋に関連する米国のイニシアチブをバランスのとれたものにできると思います。

渡辺:
ありがとうございました。最後に何か付け加えることはございますか。

豊田:
2点、付け加えさせてください。

1つは気候変動です。日本が強調しているのは、炭化水素の脱炭素化が重要であること、つまり、カーボン・ニュートラルへの過渡期には、石炭やガスなど化石燃料からCCS(炭素貯留)を用いて、水素やアンモニアを製造し、これを石炭火力などと混焼し、CO2の排出量を大幅に減少させることの重要性です。これは石炭に依存するASEAN諸国にとっても重要な技術だと思います。

もう1つは、経済に関する国際的なルールです。CPTPPは、今後日EU・EPA(経済連携協定)などと連結させることができるはずです。そして、もし米国がこのグループに参加できれば、これはほとんどWTO体制に匹敵するマルチルール形成の「飛び石」(Stepping Stone)になる可能性があると思います。

私たちはウクライナ危機という重大な岐路に立たされていると思いますが、重大な岐路というのは、必ずしも将来に絶望して悲観的になることを意味するものではありません。危機的状況とは、より良い世界システムに向けた分岐点であり、それを私たちは追求しなければならないのだと思います。G7だけでなく、ルール志向の志を同じくする国々が協力する必要があるのです。今回のウクライナ危機が、必ずしも世界の絶望を意味するものでないことを願っています。米国、日本、EU、そして志を同じくする国々が協力し合うという希望を持ち続けたいと思います。

カルダー:
新しく出現しつつある世界は、一国主義の世界ではありません。G7が重要な役割を果たすと同時に、より広範なシステム・ルールによる協力が必要です。CPTPPと日EU・EPAの接続は、WTOのような新しい経済秩序につながる建設的なアイデアだと思います。

1つ付け加えるとすれば、日本の経済産業省は国際経済の未来を創造的に考えるという点で、国際的な対話に多大な貢献をしてきたと思います。日本が代替エネルギーと気候問題を主導してG7は前進しましたし、私は当時日本大使館に勤務していましたので(1997〜2001年:駐日米国大使特別補佐官)、川口順子環境大臣(当時)、そしてもちろん豊田さんご自身が果たした重要な役割をよく覚えています。

渡辺:
本日は素晴らしいお話をありがとうございました。

2022年6月14日掲載

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