Special Report

政府広報のフロンティア〜総理官邸と政策担当の現場から(動画)

四方 敬之
内閣広報官

水口 怜斉
コンサルティングフェロー(内閣府科学技術・イノベーション推進事務局大学改革ファンド担当室 主査)

広報の世界には「知られていないことは存在しないこと」という言葉がある。政府の政策は、社会の“体力”を回復・増進させたり社会の“病気”を治したりするためのものだが、人々に体力回復のための運動をしてもらったり、その病気に気づいてクスリを飲んでもらったりするためには、病気やクスリを「知ってもらう」ための政府広報が不可欠である。
政府広報とはどのようなもので、その課題は何か。政府広報の将来はどうなるのか − 政府広報の司令塔を務める四方敬之(しかた・のりゆき)内閣広報官と、若手官僚による省庁横断の広報勉強会「霞が関広報の会」を主催する水口怜斉(みずぐち・りょうせい)RIETIコンサルティングフェローが、政府広報の現状と展望について語った。

本コンテンツはrietichannel(YouTube)にて提供いたします。


水口:
水口:本日は貴重なお時間をありがとうございます。最初に四方さまと広報業務との関わりについてお話しいただけますでしょうか。

現場からのスタート

四方:
2021年10月の岸田政権発足とともに、外務省から内閣官房の内閣広報官に就任いたしました。

外務省に入って米国ハーバード大学のケネディスクールで研修し、公共政策の修士課程を終えたあとの最初の勤務が在米日本国大使館広報文化部でのメディア担当でした。 1989年のことです。当時は一番若いプレス担当、英語で言うとpress attachéでした。先般亡くなられた海部俊樹総理が訪米され、ホワイトハウスでのブッシュ大統領(父)との日米首脳会談の報道取材の現場を仕切ったり、G7サミット(米国ヒューストン)の広報も担当しました。帰国後も、1992年1月のブッシュ大統領訪日時は、米国プレス担当としてすべての日程に同行しました。宮澤総理主催の官邸晩餐会でブッシュ大統領が倒れる事件があり、その際CNNなど米国メディアの人たちの対応をしました。

水口:
最初のお仕事が広報だったのですね。しかも米国で広報の最前線、「ザ・現場」からのスタートであったと。

四方:
そうですね。その後、外務省の国際報道官という外国プレス担当の課長クラスのポストに就き、2006年から2007年の小泉政権から第一期安倍政権では、総理の外国訪問に同行して現地メディアにブリーフィングをしたりしました。

2010年7月に内閣官房の内閣副広報官という国際広報を担当するポストに就任しました。当時、官邸に国際広報室を作る話があり、私はその初代国際広報室長に就任しました。

その翌年の3月11日に東日本大震災が起こり、当時の室員は7名だったのですが、10日間で英語のインタビューを50回ぐらい受けました。BBCに15回、CNNに7回とか、まさしく危機広報対応、クライシス・コミュニケーションでした。官房長官記者会見の日英の同時通訳導入も始め、3月20日ごろから1カ月強は週末も含めて毎日外国メディアに関係省庁と一緒にブリーフィングをしました。

そのときは、原子力安全保安院、原子力安全委員会、文部科学省、外務省、農林水産省、厚生労働省、国土交通省等々からも説明に来てもらい、また、放射能の風評被害も出てきたので水産庁から魚介類の安全性について説明するとか、そうした対応を官邸、フォーリン・プレスセンター(FPCJ)、外国特派員クラブなど場所を変えて行いました。この官邸での経験は、『パブリック・ディプロマシー戦略~イメージを競う国家間ゲームにいかに勝利するか~』(PHP研究所、2014)に「東日本大震災後の官邸からの国際広報活動とパブリック・ディプロマシー」として記録を残しています。

内閣広報官の業務とは

水口:
大変なご経験をされたのですね。現在の内閣広報官としてはどのようなお仕事をなさっているのでしょうか。

四方:
内閣広報官の仕事は、内閣の重要政策に関する基本方針についての広報です。また、霞が関の広報の企画立案・総合調整も行います。私の下には内閣官房の報道室、内閣広報室、国際広報室と内閣府の政府広報室の4つの室があります。

図1:内閣広報官の役割
図1:内閣広報官の役割

業務の4つの柱の1つ目は、「官邸における報道対応」です。総理の記者会見を開催し、内閣広報官はその司会役を務めます。総理の「ぶら下がり」記者会見や外国訪問時の内外記者会見もあります。総理インタビュー、メディア出演、平日の午前と夕方の官房長官記者会見もあります。

次に、「官邸のデジタルメディアを通じた情報発信」です。災害・危機管理情報Twitter(通称:赤Twitter)が2011年3月に開始されましたが、これはおそらく日本の政府機関で最初のTwitterのアカウントではないかなと思います。2011年11月には首相官邸・Twitter(通称:青Twitter)が立ち上がりました。これら以外にも、災害等の被災者応援情報Twitter(通称:緑Twitter)が 2016年に立ち上がっています。

首相官邸のホームページには1つのダッシュボード(一覧画面)を用意していて、岸田内閣の4つの柱となる施策を紹介し、各省庁のホームページにも飛べるようにしてあります。また新型コロナワクチン特設ページやワクチン関係のTwitter(通称:オレンジTwitter)も運用しています。ワクチン接種推進の取り組みでは、総理からのメッセージ動画やワクチン担当の堀内詔子大臣(当時)の対談動画を配信したり、テレビCMに国立感染症研究所の脇田隆宇所長に出演していただいたり、リーフレット、新聞広告、ポスター等も展開しています。

3つ目の「政府広報を通じた情報発信」は、内閣府の政府広報室の担当で、テレビ、新聞広告、インターネット・SNS広告等により政府の重要施策について発信しています。最近の成年年齢の引き下げなど、関係省庁からのご提案も踏まえ重点広報テーマを選んでいます。

最後の「世界に向けた情報発信」は、新型コロナ対策、新しい資本主義、外交安全保障など、岸田政権が進める重点政策を海外の方にもできるだけ分かりやすく説明をするものです。デジタル田園都市とか、最近はウクライナ支援、ロシア制裁に関心が集まっています。外国メディアへの説明や信頼度の高い海外のインフルエンサーとの対話を通じた情報発信も行っています。2012年の春には中国語の官邸ホームページも立ち上げました。私自身にも、岸田政権の経済政策、新しい資本主義、日米経済関係等について講演や対談をしてほしいとの依頼があり、英語で対応しています。

3.11のときは、官邸に英語のTwitterアカウントがまだなかったので、取りあえず自分の持っているアカウントを使って福島第一原子力発電所の状況とか、官房長官の記者会見のポイントなどを英語で発信していました。3.11の前は100人ぐらいしかフォロワーがいなかったのですが、英語で発信しているうちに2カ月でフォロワーが1万人ぐらいに増え、今では2.5万人ぐらいいます。

在京外国特派員を対象にして発信したいという話があれば、官邸の国際広報室にもご相談いただければと思います。最近では、デジタル庁、COP26、安全保障といったテーマについて、関係省庁の担当者による説明の場を設けています。

いずれにせよ、SNS などを通じて英語で迅速に発信する能力は重要だと思っています。ホームページJapanGov(https://www.japan.go.jp/)や英語広報誌『KIZUNA』(https://www.japan.go.jp/kizuna/index.html)など、さまざまなチャンネルから官邸主導で戦略的に広報すべき重要政策課題等について発信しています。最近のウクライナ情勢などは、英語や中国語だけでなく、ウクライナ語、ロシア語、フランス語、スペイン語なども外務省の支援も受けつつ発信しています。ブランディングや風評被害対策といった取り組みも重要で、関係省庁と協力をしながら進めています。

若手有志による「霞が関広報の会」

四方:
関係省庁といえば、水口さんは若手による「霞が関広報の会」を立ち上げられたのですよね。

水口:
「霞が関広報の会」という勉強会を2019年から大体月 1ペースで開催しています。私は経済産業省から内閣府に出向しておりますが、経産省には広告代理店の方が広報アドバイザーとして勤務していて、その方が毎週広報に関する勉強会を広報室でやっておられたので、省内で関心あるメンバーはたくさんいるから他のメンバーにも話してみませんかと誘って始まりました。

図2:「霞が関広報の会」の説明
図2:「霞が関広報の会」の説明

最初はお昼休みに経産省の職員だけで集まってやっていたのですが、せっかく勉強会をやるならオール霞が関で、広報課室のメンバーだけでなく現場の担当職員にも参加いただくべきだと考えて、広報に関心があるメンバーを集めました。最初は10人ぐらいでお昼ご飯を食べながらぺちゃくちゃしゃべる感じだったんですが、最近は200人ぐらいメーリングリストに登録をいただいていて、2021年には全府省の皆さんに参加いただけるようになりました。ボトムアップ的ではあるのですけど、現場ならではのノウハウとかナレッジをシェアしています。

四方:
もう3年以上も続いているそうですね。

水口:
ありがとうございます。会としては「他省庁の先進的な取り組みを知る」「霞が関ならではの文化や制度を踏まえた実践的なナレッジを共有する」「広報マインドの高い人へのアプローチやコラボレーション」がテーマなのですが、事務局をしている自分としても、例えば農水省と文科省がそれぞれ外部から広報アドバイザーを採用されていて、そういった方がこの会でつながって省庁間で連携した取り組みが始まったりしていて、とてもうれしく思っています。

四方:
各省庁の良い事例から学ぶのは重要ですね。私も最近 Twitterを見ていて、防衛省や自衛隊のTwitterが日本語と英語をほぼ同時に出しておられて感心しています。実際に広報の現場で困っていることなどはありませんか。

水口:
そうですね、各省庁で広報を担当している方々と内閣官房や内閣府で政府広報を担当されている方とは、実はまだ距離があると思っています。現場では、人事異動で初めて広報を担当する場合など「こういう案件って誰に相談すればいいのだろう」といった初歩的なところで悩んでおられたりします。ですので、政府全体の広報を見ている方々と各省庁の広報担当がもっと連携していけば、政府全体として良くなるのかなと思っています。気軽に広報のプロに相談できるような窓口みたいなものがあると、専門人材が雇えない省庁にはありがたいですね。

政府広報の将来像

水口:
最後に、これからの政府の広報はどうなるとお考えか、お聞かせいただけますか。

四方:
広報環境は大きく変化しています。特に顕著なのは SNSなどデジタルですね。そして、多様性に基づく広報がますます重要になっています。同じような人が集まって広報をしても、効果的な広報につながらない。さまざまなダイバーシティに富む方にお伝えすることが重要ですので、広報サイドもいろいろな方に登場いただき、多くのチャンネルを通じて政策をお伝えしたいと思っています。

また、福島原発の事故の経験からは、科学的なコミュニケーションが非常に重要で、そういう科学のバックグラウンドを持った方がコミュニケーションに従事することが必要だと感じています。当時、英国で首席科学顧問(Chief Scientific Adviser)という方がいて、当時はサー・ジョン・ベディントンという人だったのですが、彼が日本に住んでいる英国人に対して「合理的な最悪のシナリオ下でも東京から離れなくてもいいですよ」というメッセージを出してくれたことがとても大きかった。各省庁にも科学者としてのバックグラウンドを持つ方がいるので、そういう方もぜひ広報あるいはコミュニケーションに参画していただきたいと思います。

私は英語の肩書を「Cabinet Secretary for Public Relations(PR)」から「Public Affairs」というより広い概念に変更しました。私が英国に駐在した2012年から2014年は「戦略的コミュニケーション(Strategic Communications:SC)」を英国政府も非常に重視していました。「パブリック・ディプロマシー(Public Diplomacy:PD、広報外交)」とSCを融合させるとか、あるいは軍事の分野でもSCを活用するとか。PRというよりもっと深く、どういう情報を、何のために、どうやって伝えるかを考える必要があります。

ブランディングやメディアとの関係(メディアリレーションズ)も重要です。外国のテレビに出るとなるとそのためのトレーニングが必要で、少なくとも英語でテレビ出演ができる人材が必要です。霞が関では広報の専門家を採用してキャリアパスを築いたり、あるいは広報の研修を十分できていないので、国家公務員試験の職種で「広報職」というのも設けてもいいのではないかという議論もありえますね。

水口:
広報の専門家を霞が関が確保するのはいいですね。政府職員は、広報担当だけでなく、誰もが広報を学ぶべきだと思っています。政策を作るときにも、これって誰に届けたいのかみたいなところが最初にあるべきですから。今日は素晴しいお話をありがとうございました。

2022年5月23日掲載

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